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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【2】

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交渉




 何もかもが彼の筋書き通りだ。
 シエルとアルボルたちを離れ離れにしたことも、ズユー国にロフロールがいると見せつけたことも、命が助かると言って期待させておきながらボニート町に来たことも、ベティスカと争うように仕向けたことも。全てアグラードが思い描いたものだ。

 あの場でベティスカに説明出来なかったことが悔やまれるが、それも全て計算された筋書きの一つだ。
 気を失ったシエルを運んだのもアグラードの仕業。わかってはいるのだが、どうにも腑に落ちない。

 ――アグラードはどうして、カルマさんを助けようとしてるの?

 人魚の血を持っていたことも疑問だ。すでに絶滅したはずの人魚の血をどうやって手に入れたのか、本当にそれは人魚の血なのか。

 疑問を出し続けても意味がない。アグラードの筋書きはまだ続いているのだ。

 薄暗い部屋はひんやりしていて肌寒い。濡れていたはずの服が乾いているところを見ると、それなりに時間は経っている。シエルが起きてから数時間。人の気配も、物音もない。時間もわからない。
 もちろんシエルのいるそこも何もない。冷たい床があるだけの牢だ。

 アグラードは倒れたシエルを山賊に引き渡したのだろう。おまけに胸の間に例の小瓶を押し込められている。

 ――次に会ったら絶対にぶん殴るわ!

 勝手に胸の谷間に手を入れられたかと思うと、恥ずかしくなる一方で怒りがおさまらない。
 しかし、山賊に見つからないようにするには一番いい方法ではある。武器や荷物は奪われてしまっていたのだから。

 何はともあれ、アグラードのお陰で山賊と交渉出来る。

「感謝はしないけど」

 ただ、本物であるかどうか確かめる術はない。小瓶を持った感じでは、人魚の血の量は極端に少ないのだ。

「ようやくお目覚めか?」

 アグラードに腹を立てたり、山賊との交渉や人魚の血のことを考えていて、近づいてきた足音に全く気づかなかった。立って後ろを向いていたシエルはゆっくり振り返る。

 山賊が二人。厳つい顔をした背の高い男。そして背の低い優男。低いとはいえ、シエルと同じ目線だ。

「来るのが遅いじゃない、山賊」
「お前が目覚めなかったからだろ」

 シエルは厳つい顔をした男を睨む。

「わたしを連れてきた人は?」
「すでに去った後だ。恋人か?」
「馬鹿言わないで! 逃がしたあなたたちは間抜けだって言いたいだけよ」

 ぴくりと眉を動かしたのは優男の方だ。しかし、言葉を発することはない。

「山賊は殺人魔獣キル・ビースト討伐を仕事にしていると聞いたことがあるわ。そんなあなたたちが彼を逃がすなんて、どうかしているわ」
「どういう意味だ?」
殺人魔獣キル・ビーストを操るような男よ。あなたたちにとっては、敵じゃないの?」

 優男は厳つい顔を離れた場所に呼び、何かを話している。口論する様子も見られたが、優男が彼を諌め説得しているようだ。
 やがて優男は牢を離れて駆けていく。残った男はシエルの元に戻ってきた。

「いい部下を持ったじゃない」
「お前に言われたくはない」
「早速、殺人魔獣キル・ビーストの調査と男の捜索かしら?」

 プライドのせいか男は答えない。その点に関しては特に今は気にしていないので、話題を変える。

「わたしをここから出す気はあるの?」
「……難しいだろうな」

 まだカルマが危険な状態にあると、男の話で気づく。
 カルマを統領にしたい山賊が、シエルを利用しようとしていることが丸わかりだ。もしもカルマが指示できる状態ならば、シエルは牢にいないだろう。

「カルマさんと話は出来ないの?」
「お前など、カルマ様に会わせるわけにはいかない」
「あの時は話せたのに」
「貴様、今の状況がわかっていて言っているのか! だいたいお前と話してからあの方の体調が崩れたのだ」

 その会話からまだ、彼らの中でカルマは大きな存在だと知る。新しい頭領を立てた様子もない。

「今、山賊の中で最も位が高いのは? カルマさんが無理なら、誰に話せばいいのよ」
「お前と話をする人間など――」
「カルマさんを救うためよ」

 すかさずシエルは切り札があるのだと教える。

「なに?」
「生きてほしいなら、わたしと交渉しなさい」

 アグラードはどこまで計算しているのか。それを知ることは出来ない。こうして交渉して、カルマを救うまでは想定内だろう。
 いつまでもアグラードの言いなりに動くのは、もう嫌だった。
 それでも、彼の上を行く行動が出来ないのも事実だ。歯痒い思いではあるが、カルマだけは救いたいと思っていた。

「どうするの?」

 男は苦虫を噛み潰したような顔をして、牢の鉄格子を殴る。
 シエルは涼しい顔をして言い放つ。

「プライドなんか、役に立たないわよ」


――――


 牢から出てやっと夕方だと気づく。まだ太陽の光はあるが、山の向こうに沈みかけている。

「なぜ、わたくしを指名なされたのですか?」

 彼の素顔を初めて見たシエルは驚く。褐色の肌に金髪のよく似合う男だ。年齢もシエルとさほど変わらないように見える。ただ、その表情やピンと伸びた背筋。彼の身を纏う雰囲気は常人とは違うものがある。

 シエルが交渉人として選んだのは、カルマの使いパサードだ。彼はただの使用人で、カルマの命令を聞いて動く。命令ならば、ズユー国のどこへでも行く。時には他国にも赴くことがある。
 命令されたことだけをこなしている彼は、あまり山賊たちと会話する姿も見かけない。パサードはカルマに近い場所にいながら、あまり目立たない。それは山賊たちが彼を使用人と見ていたからだ。

「私はただの使用人です」
「簡単に言えば、あなただけがカルマさんに信用された人間だからよ」

 パサードの表情が変わる。思った通りだ。
 シエルも実際に彼と話すのは初めてだ。ベティスカに会いに来たパサードを一度だけ見かけたことはあるが。ただ、その時の彼は黒ずくめの衣装をまとっていたためによくわからなかった。

『あの男。使用人と思って舐めたら駄目よ? 足元を掬われて地に落とされるわ』

 シエルにそう教えたのがベティスカだ。

「カルマさんはとても用心深い人。なにがあったかは知らないけれど、あのリオでさえ心から信用していないわ。でも、あなただけは違うみたい」
「まるでベティスカ様と対話しているようです。あなた自身も大きなものを抱えているようですね」

 山賊の町クヴァレ。屋敷の一室を借りて話をしている。一対一の対話を望んだが、部屋の外には多くの山賊が控えているに違いない。

「そうね。詳しくは言えないけど、生まれた瞬間に強要されてきたわ。それはあなたも変わらないはずよ。カルマさんは自身の体のことを考えて、あなたを次期頭領にと育てていたのでしょう?」
「……よく、おわかりで」

 シエルに言い当てられて、パサードは緊張していた顔を少し緩める。ここまで言われたのは初めてだったようだ。

「国を無くさないために、次の頭領を予め決めておくことは多いわ。ただ、山賊の在り方に疑問があったし、ベティさんにあなたは特別みたいに教えられて気づいただけよ」
「疑問ですか?」
「カルマさんを頭領として信頼していることは一目瞭然。でも、それだけよ」
「と、いいますと?」
「トップのカルマさん以下、山賊の位はみんな同じ。多少の差はあるみたいだけど。簡単に言えば王様と平民しかいないの。カルマさんが倒れた後の混乱を見ればわかることよ」

 次期頭領という話は誰も知らない。パサードは使用人という立場なので、命令することもない。山賊はバラバラに動いているのだ。

「ベティスカ様と話をした際、ズユー統領を続投されると聞きました。私はカルマ様と思っていたものですから。正直、怒りに任せてみんなをけしかけてしまったのは事実です」
「やはりあなたの仕業だったのね」
「まだ、私は未熟です」
「そんなことないわ。ズユー国だけではなく、ヴェス国、ノルデ国。時にはオステ国にも行き、世界を見てきたあなたは自然と先見の明を養い、頭領としての器を育ててきた。カルマさんに見合うほどの知識と経験。人を動かす能力は誰にも負けないはずよ。出来れば敵にしたくないわ」

 シエルは彼の存在は山賊の繁栄に必要だと思っている。ただ、怖さもある。カルマのような柔らかさが見えないからだ。

「私が後先考えずに、あなたを追わせるようなことをしました。結果的に、こうして交渉する形となって私自身のことも明るみに出てしまった。外にいる彼らも驚いていることでしょう」

 会話が途切れる。
 パサードは自身が隠し続けてきたものを言い当てられて、やはり困っているようだ。涼しい顔をして、内心では動揺しているのかもしれない。

 シエルは今しかないと思い、小さな小瓶を取り出す。

「これは……」
「カルマさんを救う方法がここにあるわ。これは――」
「人魚の血ですね」
「え?」

 まさか相手に切り返されることは予想出来ず、シエルは言葉に詰まる。なぜ、パサードが知っているのか答えを探していると、彼は噴き出して笑う。

「すみません。その小瓶は聖杯とも呼ばれるものです。だから私は、いえ。ズユー国の者ならばだいたいは知っているでしょう。実際に見るのは初めてですが」
「そんなに有名なもの?」
「ズユー国には珍しい鉱石があります。魔力を秘めた石。魔石ませきと呼ばれるものです。魔導具に使われていたものです」
「魔導具ですって?」

 今、魔導具の多くは博物館などの展示品として見ることが出来る。一部は魔法学校や魔法研究所で使われている。
 グリューン魔法学校の祈りの儀式で使われた宝玉。助けを呼ぶために支給されているピアスもその一つだ。ただ、魔導具のように強い力はない。

 ズユー国が鉱石の発掘をやめて、物としての価値は上がった。オークションに出品されるほどだ。

「お察しの通り、魔導具は今はかなり珍しいものです。土地を削る行為や魔導具の危険性を嘆き、当時の統領が魔石発掘を禁止されました。シエルさんが持つ小瓶は魔導具です。人魚の血は落ちるとすぐに消えてなくなりますが、その聖杯は受けることが出来ます」
「じゃあ、やはり本物……」
「おかしなことを言いますね。それを手に交渉しに来たのでしょう?」

 シエルは咳払いをする。

「元は瓶と杯が揃っての聖杯なんですけどね」

 人魚の血と知れば、それは喉から手が出るほど欲しいものであろう。しかしパサードは冷静だ。

「わたしはここにとどまるわけにはいかない。それから、カルマさんを救いたいとも思っているの」
「……なるほど。シエルさんが目指しているのはシュトライヒ国家ですね」

 シエルは無言で頷く。

「いいでしょう。シュトライヒ国家まで手を出すことはしません。これでどうですか?」
「信用出来ないわ」

 すかさずシエルは言う。

「ならば、どうしたら?」
「提案があるの」

 カルマの命を救い、自分の身を確実に守る方法。シエルは不敵な笑みを浮かべた。


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