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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【1】

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最強魔法使い、初めての経験。



 グリューン町は自然の中に出来た町だ。周囲は長閑な田畑が広がり、更に進むと大きな川がある。ちょうど祈りの森との中間地点だ。
 下流なので流れは緩やかで、いつもなら子供たちが川遊びをする姿もよく見られる。

「今日は誰もいないですね」
「当たり前でしょ!」

 マールの言葉を一蹴する。視界に入り始めた橋の近くには釣りを楽しむ人々が普段ならいるはずだった。
 全て港町であった事件のせいだ。

『ご苦労様。君が卒業生代表だね』

 グリューン町を出る前のこと。普段はいない門番の姿があった。中央都市プルプからの伝令で、日が落ちると同時に門が閉じられると言う。

『港町辺りで動物が人を襲う事件があった。港町には魔法騎士団が派遣されて討伐に向かっている。この辺りが安全とは言い切れない』

 グリューン魔法学校とも相談して、今回の祈りの儀式を先延ばしにすることも考えたそうだ。だが、シエルは稀に見る能力の持ち主。不安はないということで、予定通り祈りの儀式を行なうことになった。

 少し前に噂を聞いていた。動物たちが凶暴化している。場所によってはペットを禁止しているとも聞く。

『決まったことだ。何があっても朝まで門は開けられない。遅くならないよう注意してくれ。だが、もしも遅れた場合は出来るだけ町近くで待機しててくれ。力は弱いが結界が張ってある。川を越えれば安全だ』

 関係ない話だ。何があっても魔法で対処出来る。遅れることなど有り得ないのだから。

 そんな門番との会話を思い出しながら歩く。橋までは約三十分といったところだ。

「川を越えるまで油断しないように」
「はい」

 厳しい口調で伝えると、マールは一瞬にして真剣な表情に戻る。すぐに背筋を伸ばして周りに気を配り出す。護衛としての仕事を果たそうとしていた。

 ――いい奴だってのは認めるけどね。

 森の姿が後方で小さくなってきた。日も傾いてきたが、夕暮れまでには確実に帰れるペースだ。

 その時、ぽつりと頬に雨の滴が落ちる。シエルは天を仰いで眉根を寄せる。

「先輩」

 それまで黙っていたマールが声をかける。細かい雨が視界を覆い始めていた。

「油断するなと言ったはずよ」
「違います。なにかおかしいです」

 マールの言葉にシエルは振り向く。マールの表情が強ばる。目つきは鋭く、一つも聞き逃さないように、立ち止まったまま動かない。

「おかしい?」

 マールは森があった方角を見たままだ。平原であるここは見晴らしがいい。隠れる場所もない。あるとすれば祈りの森。しかし今は遠すぎる。
 道沿いに置かれた岩。ぽつんと一本だけ立った木。あるとすればその二つ。

「気配がします」

 言った直後、生暖かい風が二人を襲う。思わず髪を押さえたシエルは、やっとその気配を感じる。

「まずい気配ね」

 それは殺気だ。

「さすがマール。最高の護衛よ」

 マールの鋭い感覚に勝てる者はいない。
 彼の意外な才能を知っているシエルは、彼に頼ることもあった。今回も殺気や自然と違う空気を鋭く感じて、いち早く気づいた。

「なにか来ます!」
「マール、気をつけて!」

 シエルはマールを守るように立つ。

「平和ボケしたグリューンに現れる敵ってなに?」
「シエル先輩。もしかして……」

 マールは恐怖からか汗が滲み出る。戦いとは無縁の平和な世界。恐怖も当然と言えば当然だ。

「来た!!」

 マールの言葉と同時に突風が二人を襲う。雨の滴が目に入り、思わず目を細める。

「ガルゥゥゥ……」

 唸りをあげ、二人の前に現れたのは犬だ。黒い体躯に鋭い目つきの犬。

「犬。ということは予想通りね」

 シエルは不敵に笑う。
 噂の凶暴化した動物だ。身体能力の高い犬が現れたことは、不運としか言いようがない。しかし、シエルは負ける気がしなかった。

「シエル先輩!」

 地面を蹴って走ってくる黒犬。飛びかかろうとするその大きさは人間の身長と変わらない。
 マールを庇いながら難なく避ける。反対側に着地した黒犬は威嚇するように唸る。

「聞いていた以上に危険みたいね」

 門番の話を思い出しながらそれを見つめる。

 目は血のように赤く、口からは涎が流れ、唸る声は低く、地を蹴る脚は筋肉の塊のようだ。普通では有り得ない体つき。目はどこを見ているのかわからない。
「マール」
「はい」

 不安そうな顔をするマールがシエルの判断を待つ。
 そもそもマールに実践経験はないに等しい。想定外の状況に慌てないだけまだいい方だ。

「このままじゃやられるだけ。可哀想だけど、殺すわよ」
「はい」

 戦いが始まる前の緊張感をシエルは何度も経験しているが、今日は特にワクワクしている。訓練や演習ではない初めての実戦なのだから。
 一方のマールは緊張で震えている。

「次、来たら避けることを考えて!」
「は、はい!」

 黒犬が全速力で走ってくる。シエルが魔法を唱えようと正面に立つ。

 しかし体当たりではなく、口から吐き出されたその攻撃に、
身を守りし火炎の盾(スクード・フオーコ)!」
 炎の盾で防いだ。

 その壁を軽々越えた黒犬に狙いを定めたシエル。

「体躯を抉る狂気の火焔(ヴォルテ・フオーコ)嵐!!」

 火の渦が黒犬を吹き飛ばすように突き上げる。それは重力に抵抗することなく、地面に叩きつけられ絶命。
 焦げた臭いが鼻をついてシエルは目を細める。

「あいつ、炎を吐き出した」
「あれって魔法ですか?」
「まさか。聞いたことないわ」

 シエルは絶命した黒犬に近づこうと歩き出すと、マールがそれを制す。

「マール」
「まだ終わっていません」
「え?」
「来ました!」

 マールが指さした方向。
 木の横から一匹。岩の陰から二匹。計三匹の犬が唸りを上げて現れた。

「仲間がいたのね」

 緊張が走る。
 土を蹴る音が響き、シエルは両手を広げる。水たまりが犬の身体を濡らし、余計に獰猛なものに見えてくる。

「一気にやらせてもらうわ!」

 シエルは突進してくる犬を睨みつける。左右から攻めてくる彼らが集まったところを逃さない。

猛り狂う憤怒の業火(ヴォルテ・フィアンマ)!!」

 シエルの炎魔法で戦闘は終わる。そのはずだった。

 しかし、そこに炎は現れない。何も変化のない右手を凝視したまま、シエルは一瞬止まる。

 しかし、戦闘中であることを思い出して犬に向き直る。シエルもマールもギリギリで犬を避け、濡れた地面に手を着く。

「な……に?」
「先輩」

 マールが心配そうに見つめてくるが、それに気づかないほどシエルは動揺していた。
 魔法が使えないなど聞いたことがない。

「なにが起こっているのよ!」

 シエルは首を振る。
 考えるよりも今は、目の前の戦闘を終わらせなければならない。負けるわけにはいかないのだから。

 再び襲ってくる犬に目を向ける。先程より集中して目だけを見つめ力を入れる。

「身を貫く華麗なる火剣(スパーダ・フオーコ)の舞!!」

 やはり何も起こらない。
 魔法が出ないせいで犬の体当たりをまともに受け、シエルは地面に叩きつけられる。

「く……っ」

 ローブが破けて足を擦りむく。後頭部を強打し、すぐに起き上がれない。
 慌てれば慌てるほど混乱するしかなくて、呼吸まで荒くなる。

「先輩っ!」
「マール。あなたは魔法が使える?」

 マールに助けられながら起き上がる。言われた意味がわからないマールに、シエルは必死になる。

「なにかやってみて!」

 見えないトラップを踏んでしまったのかもしれないと、シエルはその可能性を考えた。
 マールが魔法を使えないなら、それが確定する。だからすぐ確認する必要があったのだ。

「早くっ!」

 シエルの必死な表情を見て、マールは慌てて呪文を唱える。

「水脈を巡りし水龍の癒(リクーペロ)し!」

 マールの手から青白い光が発せられる。温かい魔法がシエルのすり傷を綺麗に消し去った。

「使えます」
「どうなってるの?」

 トラップではない。他に可能性も見当たらなくて思考がパンク寸前だ。
 それは動きにまで影響を及ぼし、犬に囲まれていることに今更気づく。

 体に何かが起きている。しかし、それを考える余裕はなくなる。

「ガルゥゥゥ」

 シエルはまた向かってくる犬を睨む。その口の隙間から、赤いものが煙のように立ちのぼる。今、炎を吐かれたら逃げ場がない。

「ぼくがやってみます!」
「駄目。マールには無理よ。これは演習じゃないのよ! 死んでしまうかもしれない!!」
「でも!」

 マールはシエルの前に立つ。

「やらなければいけない!」
「マール!」
「ぼくは護衛です!」
「死ぬつもりなの!?」

 シエルがどんなに訴えてもマールは動こうとしない。

「マール!!」

 至る方向から迫り来る犬。そして吐き出された火の玉。

「身を貫く華麗なる水剣(スパーダ・アックア)の舞!!」

 驚くほど小さな水剣が弱々しく火の玉に近づき、そこに到達する前に蒸発。
 それを見届ける前に、シエルはマールを突き飛ばす。二人は難を逃れる。

 ――無理よ。

 マールには荷が重い。
 火を操る犬が三匹。勝てるはずがなかった。それでもこの危機を乗り越えなければ、待つのは死しかない。

「させない!!」

 シエルはマールの前に飛び出す。

 マールだけは死なせるわけにはいかないと、卒業生としての、何よりも首席であるというプライドがシエルを動かす。

 二匹が噛み付こうと飛び上がったのを蹴りと手刀で地面に転がす。

 そしてマールに襲いかかろうとしているもう一匹の前に立ちはだかり、同じように足を振り上げる。

 しかし、その動きは読まれていて簡単に足をすり抜けると、着地と同時に跳んでシエルの左腕に噛みつく。

「くっ」
「先輩っ!」

 犬の赤い目がシエルを見る。噛みついた歯に力が入る。痛みよりも、次に起こるであろうものを予想して目を見張る。

「うああぁぁぁ!!」

 シエルの左腕に噛みついたまま、犬から炎が吐き出された。
 一瞬にして目の前が赤く染まる。

「先輩!!」

 そう聞いたのを最後にシエルの意識は闇に落ちた。


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