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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【2】

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◇再会と別れ◇


 エレベーターが止まると、一人の男が下りる。緩くカーブした廊下を見つめ、すぐに歩き出す。

 冷たささえ感じる白く長い廊下。窓はなく、全て防音の壁に遮られて静かだ。ただ、自身の足音だけが響く。
 静かすぎて、まるで耳に膜でも張っているのではないかと思うほどに気分が悪くなる。臭いも気に入らない。清潔すぎて、まるで毒だ。

「気味が悪いな」

 顔を顰める。造られたものに囲まれる生活は、彼にとっては苦痛でしかない。それでも、望んでここにいる。逃げるわけにはいかない。

「ぼくはどうなるのかな」

 ふと呟いて、弱気になっている自身が可笑しくなる。この階に一つしかない扉を目指して進む。

 ここのありとあらゆる扉は独自のセキュリティによって守られていた。すなわち、魔法だ。
 どんな魔法を使っても、必ず癖や特徴がある。指紋や血のように、魔法には多くの情報がある。最近、始められた呪紋じゅもんも同じ原理になる。

 ただ、このセキュリティは呪紋じゅもんよりも精巧で、完璧に個人を判別する。まだ呪紋じゅもんすら浸透していない国々にとっては、信じ難いことかもしれない。
 それをいち早くセキュリティに用いる魔法研究所の技術には驚かされてばかりだ。

 魔法研究所の機密情報が存在する部屋は全てが魔法によるセキュリティが使われる。それだけ漏らされてはならないものがあるということだ。

「魔法研究所……恐ろしい場所だ」

 歩いていた彼は振り向く。先程乗ってきたエレベーターが動き出す音を聞いたからだ。
 ここは最高セキュリティの場所だと言ってもいい。エレベーターを動かすためにも、研究員の魔法が必要になる。それもそれなりの地位のある人物でなければならない。

 音もなくエレベーターが開く。エレベーターはカーブした廊下の造りに阻まれて見えない。ゆっくりと近づいてくる足音を彼は待つ。
 やがて白い服を着た人物が目の前に現れる。

「誰!?」

 驚いたその人物は大声をあげて咄嗟に魔法銃を構える。銃を構えながらその先にいる彼を覗き見る。

「誰かを脅して魔法銃にエネルギーを入れ、それを使ってエレベーターに乗り込んだわけですね」

 冷静に分析してから、彼は警戒した表情を見せる女性に敵ではないと両手を上げてアピールする。

「お久しぶりです。アイレさん」
「あなた……マール!? マールがなんでここにいるのよ!」

 彼、マールは屈託のない笑みを向けた。アイレは信じられないと呟いて魔法銃を下ろす。

「こんな所で会うとは思いませんでした」
「それはあたしの台詞よ。どういうことか説明してよ」
「アイレさんはシエル先輩の代わりに、魔法研究所に来たんですよね」

 アイレは疲れきった表情を見せる。ライバルであるシエルが見たら驚くほどやつれていた。
 白い研究員の制服を着ている。しかし盗んできたのかサイズは合っていないし、どこを歩いてきたのか疑問に思うほど汚れている。

「逃げてきたんですか?」

 マールの問いに、彼女は緊張していた表情を緩める。同じ魔法学校に通っていた生徒に出会えてほっとしたのかもしれない。

「あれだけ魔法研究所に行きたいって言っていたあたしが、逃げ出すなんてね。本当に笑える」

 自嘲するアイレ。しかし、マールは表情を変えずに聞く。

「なぜ、逃げて?」
「さっきから質問ばかり」
「……すみません」

 知らないなら教えてあげる、とアイレは壁に寄りかかり腕を組む。

「魔法研究所は人体実験をしているわ。それも、あたしたちみたいに魔法学校から優秀者として派遣された生徒を」
「……だから逃げてきたんですね」

 ずいぶんあっさりと事実を受け入れる。アイレは不審に思いながらも話を続ける。

「それに今日は研究員や幹部たちの姿をあまり見かけない。こんなこと初めてよ。だからチャンスだと思って逃げたの」

 アイレが本来いる別棟の研究施設ではたくさんの人が働いている。その彼らの姿がないのは不気味だとアイレは言う。

「今度はあたしの質問に答えて」
「なにが知りたいんですか?」
「ここは魔法研究所。マールみたいな能力のない人が働ける場所じゃないわ。それに、このフロアはトップシークレットだって聞いた。なぜ、あなたがここにいるの?」

 能力がないと言われて腹が立つことはなくなった。実際にアイレが知っているマールというのはそういう人物なのだから仕方がない。

 マールは答えずにアイレを見つめる。全て話してしまいたくなる。孤独でいることの苦しさも、長い時間を話すこともなく過ごしてきたことも、その全てを無にして叫んでしまいたくなる。

「マール?」

 不安そうな声にはっとしたマールは、頭を横に振る。だが、急に身体が熱くなり、壁に頭を押し付ける。

「ちょっと、どうしたのよ!」

 心配するアイレの声が遠くなった途端、壁に映り込む自身の目の色に気づく。燃え上がるような赤になり、同時に蔑んだように口元は笑い出す。

 ――またか。

 心で毒づいてからアイレに向き直る。

「逃げる? アイレさん、嘘をつきましたね」
「え?」
「逃げたければ外を目指すはずです。なぜ、わざわざ危険を冒して地下へ来たのですか?」

 アイレは冷静なマールの問いに一瞬悩みはしたが、正直に答える。彼女に嘘をついている様子はない。

「親友二人を捜しに来た。それから、魔法研究所がやろうとしていることを探ろうと思って」
「とても優秀なアイレさんとは思えませんね」

 アイレが反論するよりも彼の手が先。伸ばされた腕は魔法を使うことを示している。だが、アイレはマールだと思って油断しているのか動きが鈍い。

「身を貫く妖艶なる闇剣(スパーダ・ブイーオ)の舞!」

 黒く鋭く光る剣がアイレの頬を掠める。魔法の勢いに身体ごと持ち上げられ、そのまま吹き飛ばされた。
 白い壁に身体を打ちつけ、纏めていた黒髪が乱れる。何度も転がってやっと止まる。

 そこはエレベーター近くだった。よく見れば白壁に血の痕がついている。頭から血が流れていることに、アイレはやっと気づく。

「水魔法じゃない……本当に、マール? なんの魔法を――」
「まだ気絶、しないでくださいね?」

 歩いてきたマールがアイレの胸倉を掴んで立たせる。流れ出る血のせいで、アイレは片目を閉じたままマールを睨む。彼は怯むことなく笑う。

「冗談じゃない。あなた、誰よ」

 アイレはマールの魔法によって倒されたことが信じられなくて混乱する。

「質問に答えるつもりはありません。傷つけるつもりも、捕まえるつもりも」

 マールは言葉を切って、いつもの屈託のない笑みを浮かべる。

「これ以上、魔法研究所を調べることはやめて逃げてください」

 アイレは目を見開く。すぐに逃げろとエレベーターを指さしたマールは、その方向にアイレを投げつける。

「待って! あたしはまだ、親友二人を見つけてない。逃げるわけにはいかないわ!」
「諦めてください」
「え?」
「人体実験の後、二人は亡くなりました」
「……嘘つかないで。人体実験で死んだ人間はいないわ!!」

 アイレは叫んだ後、ずっと堪えていたものが溢れる。
 どこかでそうなのではないかと気づいていたのだ。頭のいい彼女はわかっていて、それでも納得出来なくて魔法研究所にとどまっていた。

 その姿を冷めた表情でマールはただ見ている。涙を流すアイレを面倒だと言わんばかりに、ため息を吐き出す。

「死んだのと同じですよ」
「違うわ! 生きてる。生きてるのよ!!」
殺人魔獣キル・ビーストに姿を変えたとしてもですか?」
「そうよ!!」
「親友に襲われても同じことが言えますか?」
「このっ!!」

 アイレはマールに掴みかかるが、その直前で彼は身を翻す。不意をつかれてアイレは無様に転ぶ。
 しばらく起き上がれずにいると、マールがすぐそばに立つ。

「泣いた顔をするくらいなら、早く出て行ってください」
「出来ない相談よ」
「もう動き始めてるんですよ。あなただけが、動いていないんです」
「なんの話? わかるように説明してよ!」
「早く気づいてください。あなたの役目に」

 アイレは言葉を失う。そんな彼女に畳み掛けるようにマールは喋る。

「あなたの出番はまだなんです。こんな所で利用されては困ります」
「なに言ってるのよ!」
「いずれわかります」
「ふざけないで!」

 アイレはやっと立ち上がる。見ればまたマールの腕が上がっている。

聖域を囲う疾風の壁(ムーロ・ティフォーネ)!!」

 早くに攻撃に気づき、防御魔法を唱えたアイレ。しかし、それは無意味であった。

「体躯を抉る狂気の暗黒(ヴォルテ・ブイーオ)嵐!!」

 マールの攻撃は風の防壁を簡単に貫通してアイレを再び地面に叩きつける。

「理解してください。アイレさん、あなたはまだ弱い。これは命令です。魔法研究所から離れてください」
「命令? マールのくせに……」
「地面に這いつくばった人間の言う台詞ではありませんね」
「あなたっ!」

 朦朧としているのか会話をするアイレの焦点が合わない。もう攻撃する必要もないだろうと、マールはアイレを担ぎ上げる。

「なに、するのよ!!」

 マールはエレベーター横にあるボタンを操作する。魔法を唱えると壁が奥に開き、ぽっかりと暗い穴が出現する。

「ダストシュートです。この先は廃材置き場。空気の力で上に持ち上げられるので、気をつけてくださいね」

 そう言ってダストシュートに押し込もうとする。慌てたアイレがマールにしがみつく。

「待ちなさいよ」
「では聞きますが。アイレさんはこのまま魔法研究所に利用される人生をお望みですか?」
「なにがしたいのよ、マール」
「復讐」
「……え」

 力が緩んだところをマールは突き放す。アイレをダストシュートに押し込むと、すぐに扉を閉めてボタンを押す。
 悲鳴が聞こえたが、あっという間に声が遠くなる。

「さようなら、アイレさん」

 別れの挨拶を告げ、マールはもう振り返ることはなかった。

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