挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【1】

56/62

ミルヒ荒野前で



 夕焼けに染まるミルヒ荒野。
 湖を抜け、鬱蒼と生い茂った草木はなくなり、岩が行く手を阻むように点在し始めた頃、やっとミルヒ荒野に着いた。

 必ずミルヒ荒野で合流しようと約束を交わしたはずだ。しかし、シエルはミルヒ荒野に姿を現さなかった。

 目覚めはしたが、まだ不安の残るアルボルを前にリオは苦渋の決断をする。夕刻迫るそこを離れ、シュトライヒ国家へと行くしかないのだと。
 シエルのことを見捨てて行くのは気が引けるが、戦いに巻き込まれて道具にされるのはアルボルの方だ。

 アルボルは前海賊頭領と近い人物だ。ベティスカもそれを知っていて、次期頭領として育てていると聞く。山賊たちがそれを利用しないはずがない。

 ベティスカが一番と考えるアルボルに危機が訪れた場合。それを放置することは出来ないはずだ。言ってみれば、一番の愛弟子を見捨てるような頭領を海賊たちは支持しないだろう。
 それを山賊たちが大袈裟に悪評をばらまくことによって、ベティスカは立場を失う。そしてカルマを統領とする話になるはずだ。
 しかし今、ベティスカを失脚させるわけにはいかない。アルボルはそういう意味では戦いの中心にある道具だ。

 カルマが倒れた今、彼らを止める人物がいない。頭領を失った山賊は、乱れて止める術がない。
 ベティスカを頼ることも間違っているかもしれないが、リオにはそうするしかなかった。

 ――カルマ様、ベティスカ様。二人がいなければ、ズユーはおしまいだ。

 リオは腕を組んで考え込む。そこへ心配そうな顔をしたアルボルが声をかける。

「リオさん」
「起きるな。寝てろ!」
「でも、ぼくは大丈夫だから」
「ずっとぶっ倒れてたんだ。脳しんとうだぞ?」
「シエルが心配で」
「そのシエルに頼まれたんだよ、お前のことを」

 もしもアルボルの過去が知れれば、ベティスカは頭領どころではない。
 アルボルは罪人ということになる。そうなれば、海賊たちからの支持もなくなる。アルボルを育てるベティスカも疑われる。
 今、アルボルが海賊側にいるのは都合が悪い。シュトライヒ国家でしばらく生きるのがいい。

 ――山賊たちがどこまで情報を手に入れているのか、調査すればよかったな。

 リオは直接、アルボルから過去の話を聞いたことがある。リオ自身が罪人であったことや、助けたい命があってベティスカを頼ったという共通のものに、惹かれたのかもしれない。

 知っているからこそ、海賊と山賊の争いがアルボルを不幸にするとわかっていた。

「クソ」

 言いながらリオは湖のある方向を睨む。時間切れだ。

「リオさん!」
「悪いがもう待っていられない」
「でも、シエルはぼくのためにっ」
「わかってる」

 出来れば待ちたいとリオは思う。
 アルボルは起き上がり、リオに掴みかかる。

「シエルが怪我してたら? 山賊に捕まってたら? それでも――」
「うるさい!!」

 アルボルを無理やり引き剥がして、リオは叫ぶ。

「リオさん」
「お前、わかってるか? このまま山賊に捕まったら、処刑されるかもしれないんだぞ!」
「ぼくが?」
「この争い。お前は道具でしかないんだ。利用されたくなかったら、シュトライヒ国家に逃げるしかないだろ!」
「……シエルのことは?」
「お前が安全な場所に着いてから考える」

 その時、薄汚れた車が一台、二人の横を通り過ぎてから止まる。砂煙を巻き上げるので、どんな人物が乗っているかはわからない。
 ゆっくりとバックしてきた車。ウィンドウが開く。

「こんな所でなにをしているのですか?」

 中から現れたのはアルボルと同じ年頃の少女だ。可愛い顔立ちの割にはしっかりした物言いをする。強い瞳に圧倒されながらも、リオは答える。

「これからミルヒ荒野に入るつもりだが」
「馬鹿ですか?」
「な……っ」

 初対面の少女に馬鹿と言われて、リオは言葉を失う。

「ミルヒ荒野は現在、警戒区域。夜になれば殺人魔獣キル・ビーストが群れで襲います。死ぬ気ですか?」
「知ってる」
「シュトライヒ国家行きの列車は明日にならなければ出ません」
「乗るつもりはないからな」
「ここより北にある港から出る船も、現在はありません」
「雨季だからな」

 驚くこともなく納得するように返事をするリオ。アルボルはそんな二人をぼーっと見つめている。

「知っているのに、どうやってシュトライヒ国家へ?」
「歩きだ」
「怪我人を連れてですか? 無謀すぎます」

 少女は車から降りる。リオと比べるとずいぶん背は低い。一般的な女性よりも低いように思う。

「怪我だって知ってるのか?」
「元看護師ですから。症状を見ればわかります。急いで病院に運びます。不本意ですが、シュトライヒ国家まで送ります」
「行き先がシュトライヒ国家だってよくわかるな」
「知らないのですか?」

 きょとんとするリオに、あきれたとばかりに首を振る少女。

「人々は戦いを恐れてシュトライヒ国家へ向かっています。じきにこの辺りも人で溢れかえるはずです」

 だからリオたちのことも、逃げてきた者ではないかと思ったと少女は言う。

「乗るのですか? 乗らないのですか?」

 少女はアルボルをすでに後部座席に寝かせ、自身は運転席でハンドルを握る。

「わかった、行く」
「では、早くしてください」

 命令されているようで気に入らない。そう思いながらも、助手席に座る。

「小娘が運転出来るのか?」

 ドアを閉めながら聞けば、少女はアクセルを思いっきり踏んで急発進する。

「うおっ!」

 リオが後頭部をぶつけて痛がっていると、少女が睨んでくる。

「な、なんだよ」
「二十二歳」
「は?」
「ワタシは二十二歳です!」

 驚いたのはリオだけではない。後部座席にいるアルボルも目を見開く。その様子に、また彼女は乱暴に運転する。

「だ、だってよ。背は低いし、声は可愛らしいし、髪だってツインテールでさ」

 リオは困惑しながら彼女の髪を指さす。ピンク色をしているので、ますます子供に見えるのかもしれない。

「それ以上言ったら、怒りますよ?」
「もう、怒ってるよな?」
「なにか?」
「いや、なんでもない」

 乗せてもらっている以上、怒らせるのは得策ではない。
 乱暴な運転では後ろのアルボルも心配だ。リオはわからないようにため息をつく。

 アルボルはやはりシエルのことが心配のようで、二人の話は聞いていない。仕方がなかったとはいえ、リオも罪悪感を持っていた。
 気持ちを切り替えるために、リオは運転席の彼女に声をかける。

「ところで、あんた。この国になにしに来たんだ? 見た感じ、ズユーの人間じゃなさそうだが」

 白い肌をした彼女はズユー国では珍しい。服装も白いスーツで、あまりにも身なりが綺麗だ。
 シュトライヒ国家にいるというならまだわかるが、どこか違和感がある。

「ええ、この国には調査に来ました」
「調査?」
「なにか変だと思いませんか? ズユー国は他の国と違います。植物、建物、食べ物。他にも人の生活に至るまで」

 リオはしばらく考えてみるがわからない。それもそのはずだ。リオはズユー国のことしか知らない。
 罪人としてズユー国に来たのはずいぶん前になるのだ。それ以来、他国に行ったことはない。

「……考えたこともないな」
「あなたには難しい話でしょうね」

 蔑むように笑う彼女に、リオは青筋を立てる。

「おい、筋肉を馬鹿にするな」
「反応するのも煩わしいですね」

 お互いのことを理解し合うのは難しいと判断した二人は黙り込む。リオは窓の外を眺め始める。

「ところで、お二人のお名前は?」

 唐突に彼女は聞く。そういえばそうだったと、リオは彼女の横顔を見る。

「俺はリオ。後ろがアルボルだ」
「シュトライヒ国家までですが、よろしくお願いします」
「で、あんたは?」

 安全運転へと変わったことで、幾分砂煙もたたなくなった。転がる石を跳ね除けるように進む度、車が揺れて荷物が音をたてる。

 答えてもらえないのかと、諦めかけた時。彼女はゆっくりと唇を動かす。

「ワタシはロフロールです」
「ロフロールさん、ね」

 彼女は冷たい目を前に向けたまま、それ以上喋ることはなかった。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ