挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【1】

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

55/62

窮地からの脱出



 人が駆けずり回る足音がそこらで聞こえる。いずれ見つかってしまう。急がなければ逃げ道は断たれる。
 昨日とは打って変わって、よく晴れているのが憎い朝。

「アル。アルボル、お願いだから目を覚まして」

 ひんやりした洞窟のような場所。湖の脇でたまたま見つけた横穴。周りが斜面になっているからこそ自然に出来た穴だ。元は岩があったようだ。
 水草や倒れた木、石が転がっていて見つかりにくいのが利点。ただ、それは夜であることが条件。朝日に照らされた今、山賊たちに見つかるのは時間の問題だ。

「どうしよう。アル、死んでないよね? 生きてるよね?」

 奥で横たわるアルボルは、湖に飛び込んだ後から目が覚めない。シエルが引きずってここまで運んできたが、心配で仕方がない。
 胸が上下しているところを見れば、生きているのは確かだ。しかし怪我をしたのか、頭を強く打ったのか、水を飲みすぎたのか、理由はわからないが目を覚まさない。

「わたしのせいだ」

 逃げ場を失って湖に飛び込んだことは、よい決断ではなかった。もし、魔法が使えたなら他に可能性があっただろう。しかし魔法は使えない。頼みの魔法銃はバッグの中で、すぐに取り出せなかった。失敗だったとシエルは思う。

「とにかく場所を変えなきゃ。あなただけでも守らなきゃ」
「待ちな」

 低い声に、ビクリと肩を揺らす。振り向けば逆光でよく見えないが、影が大きな男がいる。

「誰」

 横たわるアルボルを守るようにシエルは構える。

「俺だ。リオだ」
「捕まえに来たの?」
「違う」
「信用出来ないわ」

 まだ顔は見えない。しかし声は確かにリオのものだ。敵か味方かわからない今、シエルは警戒したまま会話を続ける。

「捕まえないなら、なにをしに来たのよ」
「助けに来た」

 ますます信用出来なくて、シエルは目を細める。

「……山賊を裏切るの? 出来るはずがないわ。あなたはカルマさんを信用しているもの」
「だからだ」

 リオが一歩近づく。やっとリオの顔が見えるようになる。疑われて困った顔をしていた。

「カルマ様の命令だ。今回、シエルを襲ったことには目を瞑る。ただし、この先何があってもシエルを守ること。そう約束をした」
「いつ、そんな約束を?」
「シエルがまだ寝ていた頃だな」

 その時、すでにカルマは知っていたのだろうか。知っていてシエルをもてなしていたのか。
 シエルは考える。今回の統領はベティスカが引き受けることを知っていたとすれば、その情報はどこからきたのか。

 シエルははっと顔を上げた。

「シュトライヒ国家」

 カルマはシュトライヒ国家の誰かに話を聞いた。わかっていてシエルと話をしていたのだ。逃げるように言ったのも、わかっていたからだ。
 シエルからの言葉を聞いたのは、あくまで確認のため。

「信用出来ないか?」
「あなたは山賊だもの」
「なら、これでどうだ」

 リオは腰に提げていた刀をシエルに差し出す。
 山賊にとっての刀は命と同等だと聞く。刀に大切なものの名前を付け、常に持ち歩く。それが山賊だ。

「大変なことになるわよ。見つかれば、あなたは裏切り者になるわ」
「シュトライヒ国家に行けば守られるさ」

 シエルは刀を受け取る。それは重くてとてもシエルに扱えるようなものではない。
 だが、命の重さのように感じる。とても暖かいとシエルは思った。

「そう、わかったわ」
「信用したか?」
「いいえ」
「まだ信用しないのか!」
「目的はシュトライヒ国家。同じならば、一緒に行こうというだけの話。手を組むわ」
「上から目線だな」
「わたしらしい、でしょ?」

 近くを足音が通り、シエルは緊張したまま過ぎるのを待つ。遠ざかる音にほっと胸を撫で下ろす。

「もう時間がないな。アルは?」
「ずっと起きなくて」
「どれ」

 リオはシエルの後ろで横たわるアルボルを確認する。手に持った明かりを近づけたり、アルボルの反応を確かめているようだ。

「脳しんとうだと思う。だが俺は医者じゃないからな。多分としか言えない」
「頭、打ったのかな」
「水に落ちた時の衝撃だろ」
「見てたの?」

 リオは驚いた顔をしてから笑う。

「山賊に囲まれただろ。俺がいたの気づかなかったか?」
「暗かったから」

 話している最中にも、声が近づいてくる。見つかるかと思い、シエルは魔法銃を準備する。
 しかし、山賊は呼ぶ声に走り去る。何度目かの安堵のため息を吐き出す。

「俺がおとりになる。離れた場所で声を出せば――」
「駄目。わたしにはアルを連れて逃げる体力がない。すぐに捕まるわ」
「じゃあ、どうすりゃいい!」

 声を荒らげるリオに、シエルは強い目を向ける。

「わたしが囮になるわ」

 シエルは乱れた髪を無造作に縛る。魔法銃を背中に押し込み、荷物は持たない。

「待て」
「可能性のある方を選んだの」

 シエルは預かった刀をリオに渡す。刀などなくても信用出来ると思ったからだ。アルボルを心配する目は本物である。
 それにカルマとリオの関係は、ジュビアとエストレジャを思わせる。とても懐かしくて、優しい暖かさに惹かれたのもある。

「いいのか?」
「刀のことを言っているなら、最初から信用しているし、それがなきゃアルを守れないでしょ? 囮のことを言ってるなら、もちろんとだけ言っておく」

 話しながらリオはアルボルを背負う。まだ乾ききらない髪の毛がアルボルの顔を隠すように覆う。

「動かして大丈夫なの?」
「よくない。だが捕まったら終わりだ。わかっているだろ?」
「もちろん」

 リオは満足そうにシエルの持っていた荷物も担いだ。シエルはそっと外を窺い、すぐにリオに向き直る。

「捕まるなよ」
「誰に言ってるのよ。元最強の魔法使いよ」
「元ってなんだよ」
「合流したら教えてあげる」

 二人はすでに先のことを考えている。太陽の光はだいぶ中に入っている。もう限界だ。シエルは出入り口付近に手をかける。

「シエル。俺を信じるなら、ミルヒ荒野に行け」
「ミルヒ荒野? 湖の先ね。行き方を教えて。この辺の地理、弱いのよ」
「面倒な奴だな」
「うるさい」

 ぶつくさ文句を言いながらも、リオは道を教える。

 特に迷いやすい場所ではないので、湖さえ越えればわかる。問題は湖が斜面に囲まれた場所だということだ。しかし、それもリオが解決済みだと言う。

「階段もロープもない。昨日の雨で斜面を登るのは難しい。だが山賊たちも同じだ。さっきからここを通っているってことは、何かしら登れるものが用意されているはず」

 ふと疑問が浮かび、シエルはリオをじっと見つめる。

「リオはどうやってここへ?」
「もちろん道具などは使わず、己の肉体のみで!」
「もう、いいわ」

 よく怪我をしなかったと感心する一方で、どこか自分の限界に挑戦する姿勢が頼もしい。ただ、自身の肉体に酔いしれているだけかもしれないが。

「頼んだわよ、リオ。アルを無事に連れてきて」
「必ず。待ってるからな、ミルヒ荒野だぞ」

 シエルは手を上げてからそっと外に飛び出す。いきなり明るくなって目が慣れないが、全力で走る。
 そして簡易的に用意された梯子を見つける。わざと音を鳴らして梯子を登ると、気づいた山賊たちの目がシエルを捉えた。

「い……いたぞ!!」

 その声だけで充分だ。囮役のシエルが見つかり、この声が遠ざかればリオはアルボルを連れて出られるのだ。

「遅いよ、間抜け!」

 シエルは罵倒しながら湖を離れていく。少しでも早く、遠くへ。

 アルボルが無事にシュトライヒ国家にたどり着けることが、今のシエルの願いだ。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ