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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【1】

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弱き男の強い想い



『カルマに伝えて欲しい。今後に関わる大事なことだ』

 ベティスカに言われたことを思い出しながら、シエルは前を見る。そこには山賊頭領の顔をしたカルマがいた。

 食事が終わり、リオはその片付けのために部屋を出た。アルボルは結局現れず、後で捜すとリオは言ってくれていたが、どうなるかはわからない。
 つまり今、シエルとカルマの二人だけであった。

「さて、どこから話せばいいのか……」

 カルマがひじ掛けに身体を預ける様子に、シエルは思い切って声を出した。

「リオは助けたい人がいると、人魚の力を求めていました。ボニート町まで来て、下手をすれば罪になります」
「そうだね。彼はとても真面目な奴だ。将来を考えてのことだろう。それに、リオは勘違いしていたみたいだね」

 シエルは頷く。彼は人魚伝説を詳しく知っているらしかった。

「人魚の血。シエルの中に流れるのは、分け与えられたもの。僕がシエルの血を飲んだとしても、不老長寿にはならない。そうだろう?」
「はい。わたし自身、不老長寿になっているのかは疑問です。それに血を流さないよう回復力もありますが、それだけです。わたしの血に価値はありません」

 それを聞いたカルマ。早とちりもいいところだとリオを叱咤する言葉が吐かれた。

 すでに暗くなった部屋には明かりが灯る。部屋全体を明るく照らす室内灯は、魔力をエネルギーとしているためにかなり明るい。
 その中でカルマの肌はますます白く見えた。

「リオが救いたい命というのは、あなたのことですね。カルマさん」

 シエルの問いに、息を吐き出したカルマは何かを考えているようだ。短い沈黙の後、カルマは言った。

「いかにも。僕の指示ではないとは言え、すまないことをした。リオにも。僕が頼りない頭領であるから、気を揉ませてしまったな」
「病気、なんですか?」

 躊躇いがちに聞けば、カルマはゆっくりと頷く。
 夕食の時、食べ物にあまり手を付けず、時々辛そうにしている姿も見られた。無理やり座って、弱い自分を隠しているかのようで、気を張っているカルマが心配になるほどだ。

「生まれる前から身体が弱かったんだ。三十年前のズユー国の話を知っているか?」
「三十年前……」
「流行り病だ」

 国が違えば、そこで起きたことすら知らない。当時の人間は知っていても、すぐに忘れてしまう。
 どんなに争わない仲の良い世界であっても、どこか薄っぺらい関係性が垣間見える。
 エーアデは平和なのではなく、無関心な部分が強く出ているようにシエルは思った。

「僕の母は強い人間でね。流行り病にかかっても薬を使わなかった」
「なぜ?」
「僕を妊娠していたからだよ。薬を使えば僕の命はない。使わなければ母の命はない。母はあっさりと自分が死ぬ選択をしたよ」
「じゃあ、カルマさんは……」
「そう、その病の影響だよ。ちょうど臓器が作られる時期に母が倒れた。特に心臓が弱くてね」

 それでも母を恨んではいないとカルマは言った。

「当時も流行り病を治す薬はなかった。進行を弱める程度の薬だ。だから母は僕を生む選択をしたんだ。今もそうだ。僕の心臓を治せるものはない」

 特に残念そうにしているわけではなく、彼はどちらかと言うとそんな自分を受け入れていた。
 自分の身体を嘆いている様子もない。強い心を持った人間だとわかる。

「お母様のこと、誰から聞いたんですか?」
「ベティ姉さんからだ」
「姉さん?」
「おばさんなんて呼んだら僕の命がないよ」

 カルマは一度、咳き込んでから説明を始めた。

 ベティスカが人魚の血肉で、長い間生きていることを知っている者は少ない。
 これまでベティスカは表舞台に立たなかった。隠れて住んでいたベティスカだが、ちょうど流行り病が蔓延し始めた頃に現れた。海賊頭領となったのはその後だ。

 だからこそ誰も知らない。ベティスカが人魚の血肉で不老不死となっていることは、気づきもしなかった。
 カルマはリオからベティスカの秘密を聞き、そしてベティスカから血の繋がりがあることを教えられた。

 ベティスカには娘が一人いた。人魚の血肉を体内に取り入れる前に生まれた子供だった。
 ベティスカ自身はそういう身になったことで、それ以上の子は望まず、夫が亡くなった後も一人だった。
 娘はどんどん成長し、結婚、出産を経験した。娘、孫、ひ孫と、子孫たちの繁栄を見てきた。

 そして今から三十年前に悲劇が起こる。流行り病で多くの人々が亡くなった。ベティスカの血を引いた者たちも次々に倒れ、気づけばカルマだけが残った。
 ベティスカを除けば、彼はたった一人の生き残りだ。

「ベティ姉さんは、僕に娘を見ていたのだと思う。きっと絶やしたくはないんだろうけどね」

 下手をすればすぐにでも死ぬような男。だから恋愛などしたことはないし、興味もない。
 ここで血は途絶えるだろうと言い、カルマはゆっくり窓際に歩いていく。
 細い背中を隠し切れない、灰色の髪が揺れた。

「生まれつきこんな身体だから、ベティ姉さんみたいには動けない。誰かに襲われたら、僕は死ぬしかない」
「生きることを諦めてるんですか?」

 聞いてしまってから、はっと口を押さえた。何て酷い質問をしてしまったのだろうと、唇を噛み締めるシエル。
 しかし、カルマは気にすることなく答えた。

「どちらでもない。運命のまま、神が生きろと言うのなら生きよう」
「……カルマさん」
「でもね、この国を想うと放ってはおけない。僕は身体は弱いけれど、頭はキレるんだよ」

 胸を張って言うカルマが可愛らしくて、シエルは吹き出した。

「自分で言います?」
「嘘ではないよ」
「確かに。頭領をしているくらいですからね。ベティさんも褒めてました」
「それは嬉しい。守られてる分、お返しをしなくてはならないね」
「守られてる?」

 シエルが首を傾げると、彼は遠くを見るように目を細めた。

「僕たちズユー国にとっての脅威はオステ国だ。あの国は過去のことを忘れはしない。機会があれば、ズユーを攻撃しようとするだろう」

 ただ、ヴェス国やノルデ国まで敵に回すのは得策ではない。だから大人しくしているのだと言う。

「ただ、それもいつまで続くかわからない。だから海賊たちは彼らの盾となっている」

 まだよくわからない。シエルが更に質問を重ねようとした時、カルマの方が先に答える。
 窓に置いた手に力が入る。

「ボニート町は現統領ベティスカがいるにもかかわらず、オステ国に一番近い港にある。もしもの時、いち早く反撃出来る場所にベティ姉さんはいるんだ」

 思い出してみれば、ヴェス国の王族は港から離れた中央都市プルプにいた。ノルデ国では港町しかなかったが、やはり海から離れた場所で守られている。
 オステ国のことはわからないが、ズユー国が特殊であることはわかる。統領自らが先頭でオステ国を見張っているのだ。

「こんな弱い男を守るなんて、どうかしていると言ったことはあるけれど」
「ベティさんは言っていました。カルマさんがいなければ、国は纏まらないと」
「どうなんだろうね。ただ、最善の道を選ぶことが得意なだけ。必要ないものは非情と言われても切り捨てるのが、僕のやり方だ」
「誰にも出来ることじゃありません」

 それを言うと気を良くしたのか、カルマは嬉しそうに笑う。その表情が窓ガラスに反射して映っていた。
 しかし、何度か咳を繰り返し不安になったシエル。それがわかったのか、カルマは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「さて、海賊でもない少女が僕に会いに来たのは、こんな話をするためじゃないね」

 鋭い目つきになって、カルマは振り向く。

「山賊たちを動揺させないよう、気遣ったというところか。ベティ姉さんらしいやり方だ」
「はい」
「話を聞こう」

 シエルは背筋を伸ばす。話の本題に入り、知らず緊張する。シエルは気づかれないように深呼吸した。

殺人魔獣キル・ビーストがオステ国からズユー国に送り込まれています。場所やルートは、現在調査中です」
「はっきりしたことがわかったのか?」
「わたしが目撃しました」

 シエルがオステ国からズユー国に渡るまでのことを説明するとカルマは唸り、時々独り言のようにぶつぶつと喋る。

「やはりオステ国からきていたか」
殺人魔獣キル・ビースト、あれは何なんですか?」
「多分、あの国の科学力が作り出したもの」

 カルマは胸を抑えるようにして、考えを巡らせる。その様子に、シエルはじっと待つ。

「……そういうことか!」

 やがて目を大きく開いたカルマが、窓際を離れる。

「ズユー国が危ないかもしれない」
「え?」
「多分、これはズユーを――」

 だがそう言ったカルマの体が急に傾いた。慌ててシエルは抱きとめるが、身長差が邪魔をして、後頭部を床に打ち付ける。

「痛……、カルマさん!」

 シエルはすぐにカルマを起こす。苦しそうにする表情が見えた。いつの間にか呼吸が早くなっている。

「すまない。少し無理をした」
「カルマさん」
「考え始めると、身体のことは二の次。悪い癖だと……わかっているんだけど」

 咳き込みながら床に手を付く。シエルの支えから離れて、壁に背を預ける。

「今、誰か呼んできます」
「大丈夫。まだいい」
「でもっ」

 立ち上がろうとするシエルの手首を掴み、首を振るカルマ。その指先は力を入れているにもかかわらず、爪まで真っ青だ。

「シエル。ベティ姉さんからの伝言はこれだけか? まだあるだろう」
「カルマさん……っ」
「聞かせてくれ、早く」


――――


 騒然とする部屋の前。シエルはその廊下に座り込んでいた。
 医者らしき人が出入りを繰り返し、身分が高そうな人間が何かを話しては去っていく。誰もシエルのことを気にしてはいない。

 カルマが倒れて、すでに一時間は経っていた。こうして人が走り回るところを見ると、生きていることはわかる。
 ただ、不安で仕方ない。こうやって命に関わる現場にいたことがなかったからだ。

 ふと、シエルの前に陰が出来る。見上げると顔が見えなくて、誰がいるのかわからなかった。

「なんて顔してんだよ」

 その声で気がついた。いつの間にか、涙まで流していた。こんなに心細かったことはない。
 そんなシエルの頭に不器用な手が置かれて、抑えていたものが溢れ出した。

「遅い……来るのが遅いよ、アル」
「ごめん」

 どうしようもない馬鹿でも、子供でも、やっぱりアルボルは男だ。

「許さない、から」
「わかってる」
「本当に馬鹿なんだから」
「うん」
「でも、また会えてよかった。来てくれて、ありがとう」

 アルボルのやったことは許されることではない。
 苦しんだ末に出した答えが、シエルを利用してカルマを助けようとしたこと。かつて救えなかった者を想い、ベティスカやシエルを恨んだこと。
 わからないでもなかった。

「アル、話がしたい」

 こんな時だからこそ、話がしたかった。

「一人で悩みすぎ。だから間違っちゃうのよ」

 シエルの涙は止まったが、代わりにアルボルが泣き出した。

「ごめん」
「もう、いいって」
「……ごめん、なさい」

 とても騒がしい夜だ。廊下で走り回る音が静かになることはなかった。

 そんな中で、やっと捕まえることが出来たアルボルの心。
 離れないように、見失わないように、シエルはアルボルの手を握り続けた。


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