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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【1】

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迷い




 それはシエルがオステ国を離れる前のことだ。

 逃げ出して、走り続けて、気づけば一日が過ぎていた。
 深夜だった。

 オステ国の南西側に出たシエルは、出航する直前の船を見つける。場所は港ではなく、ただの砂浜。行き先も書いておらず、鉄の塊のような船だった。

 周りにいるのは黒ずくめの者たち。それが、ブイーオ信仰会だとすぐにわかった。

 その時、すでにオステ国内では遊園地で起こった戦いの張本人たちを排除する動きがあった。
 ジュビアたちは捕まり、シエルの元にも政府軍が迫っていた。捕まればヴェス国に強制的に送られ、裁きを受けることになる。それだけは避けたかった。

 だから、ブイーオ信仰会の目を盗んでその船に潜り込んだ。

『出航するぞ』
『了解した』

 かなり大きな船だ。それなのに船員はたった二名。客は乗っておらず、積荷しかなかった。

 違和感があった。

 船と同じような鉄の箱に入っているものは生き物だ。唸り声、吠えたり、鳴いたりとうるさい。引っ掻く音や羽ばたきまで聞こえる。

 この船は違法なものを積んでいる。シエルはそう察知していたので、隠れたまま時を待った。

 緊張がシエルの船酔いを止めていたらしく、隠れたままで一日以上を過ごした。しかし、誰も積荷のある場所へ来ることはない。やはりシエルの知っている客船や貨物船とは違う。

 意を決してシエルは積荷の間から体を出した。
 ドアは一つ。小窓から外を見れば、日が落ちる直前だ。どこからか流れてきた雲が雨を予感させる。

『どこに向かう船なんだろう』

 音を立てないように、ドアを開けると湿った空気が流れ込んできた。
 周囲に注意しながら甲板に出ると、遠くに陸地が見える。まだ遠すぎてどこに向かっているのかはわからない。

 ブイーオ信仰会がこの船で何をしようとしているのか、単純にシエルは気になった。
 しかし、その船に人がいないことに気がつく。舵を取る人すらもいない状況に、シエルは慌てた。

 その時、奥から聞こえた金属が外れる音。

 振り向いたシエルの目に映るのは檻から放たれた動物たち。
 吐き出される炎、身に纏う風、船を凍らせる吐息――。

 標的となったシエルは何も出来ないまま餌食となって海に投げ出された。

「それって……」
殺人魔獣キル・ビースト。多分、オステ国から送り込まれてる」

 誰もいない船。
 それでも勝手に檻の施錠が外れたことを考えれば、あれは自動操縦。船はズユー国を目指し、何らかの形で証拠を消した。

「じゃあ、シエルが傷だらけだったのってそいつらのせい?」
「うん」

 アルボルはしばらく黙っていた。

 ズユー国に殺人魔獣キル・ビーストが送り込まれているという事実に、少なからずショックだったと見える。
 それに、シエルを見つめる目は腑に落ちない何かを考えていた。

「なに?」

 質問を促せば、アルボルは背中を押されたように口を動かす。

「ズユー国に来た時。死にたいって言ってただろ? それなのに、なんで。その……」
「船を見つけて乗り込んで、まるで生きようとしているみたい?」

 死にたいと言いながら、生きる行動を取っていた。ずっと世話をしているアルボルは不思議で仕方がない。もちろん、シエルも疑問に思うとわかっていた。

「どういうことなんだ?」

 想いと行動が一致しない。それはシエルの中でも迷いがあったからだ。

「船を見つける前。自殺はしていたのよ」

 それは自殺未遂だった。

「手首を切って、止まらない血を見たら安心したの。でも死ねなかった」

 目を閉じて、次に目覚めたらあの世にいるのだと信じていた。しかし、視界の先は変わらぬ景色。痛みだけがあった。

 船を見つけたのはその後だ。どうせならオステ国を離れた場所で死ぬのがいい。
 シエルはそう思ったのだ。

「それに。やっぱり、殺人魔獣キル・ビーストがあんなふうに放たれるのを見ちゃったわけで」
「正義感? 放っておけないってやつ?」

 正義。それとはまた違う。
 ただ、殺人魔獣キル・ビーストが許せないだけだ。人生を変えてしまったそれが憎いだけだ。
 全て消えてしまえと、シエルは何度願ったかわからない。

「ベティスカ様には?」
「もちろん。この間、話したわ」

 ベティスカがこの話を聞いた後、本格的な調査が始まった。
 人々を危険にさらす殺人魔獣キル・ビースト。その出どころがオステ国であるならば、いよいよ疑わなくてはならない。

 ブイーオ信仰会。そして魔法研究所を――。

 今頃はベティスカの指示で海賊たちの調査が始まっているはずだ。

 あの時、船に乗っていたシエルがいた場所さえわかれば楽だった。しかし、知らない海の上。精神的にも最悪な状態でわかるはずもなかった。

「ところで、さ」

 シエルは前を行くアルボルの背中に話しかけた。

 相変わらず蔦は蔓延っていた。しかも思った以上だ。
 蔦という植物は強く、少しの水で成長するのだという。今年は例年に比べて雨が多い。雨季はまだだというのに、水に困ることはなかった。
 そのせいか、森の植物たちは生き生きしている。

「アル。迷ったよね?」
「…………」
「完璧に方向がわからなくなってない?」
「…………」
「正直に話しなさい」

 言うと彼は振り向いた。不貞腐れた顔をして、また前を向く。

「別に。迷ったうちに入らねえよ」

 何度か殺人魔獣キル・ビーストと戦い、蔦を避けたり切ったりしながら進んだ。

 昼を過ぎ、ビスケットと水だけを口にしただけで歩き続けていた。
 殺人魔獣キル・ビーストがいつ現れるかわからない場所だ。長い休憩は取れない。

「方向はあってる。ただ、道がないだけだ」
「蔦のせいね」

 シエルがズユー国に来るまでの話をしている間、アルボルは考え込んでいるのか言葉数が少なくなった。

 その上、森の迷路で思うように進まない。時折、苛立っている様子が見受けられた。

「アル。この向こうに出られたら、いけるんじゃない?」

 シエルが指さしたのは、太い蔦が木と木の間を塞いだ場所だ。隙間から遠くを覗くと、僅かに光が洩れている。

 ――シュバム大森林の出口かな。

 暗闇が迫っている。もうぐずぐずしていられなかった。

 夜になれば殺人魔獣キル・ビーストの動きも活発になる。
 夜の戦いは目が慣れていないため危険だ。明かりを灯せば、逆に囲まれる可能性がある。

「方向はあってる。でも――」
「仕方ないよ。魔法使うしか」

 シエルが提案しても、アルボルは頑なに魔法を使わない。
 殺人魔獣キル・ビーストが現れた時でも、魔法ではなくシエルと同じくなたで戦っていた。

「……まだ、大丈夫。もう少し探してみるから」

 魔法をいよいよ使わなくてはならない段階にきても、アルボルは拒否をし続ける。

「わかったわ」

 こうして屋敷を離れて旅立った理由の一つはアルボルだった。

 彼の魔法は誰もが羨むほどの実力だと聞いていた。しかし、何を言ってもアルボルは魔法を使わない。それをベティスカも心配していた。

「でも、これ以上は無理」

 シエルは一度リュックを降ろし、中からそれを取り出した。

「シエル。なにを――」
「離れて!」

 シエルはすぐに引き金を引いた。

 一瞬光を放ち、激しい突風が辺りの草や枝を巻き込みながら、正面にあった蔦を切り裂いていく。
 木々がぶつかり合う音が消え、いきなりの出来事に目を塞いでいたアルボルはゆっくりと"それ"を見た。

「道が出来たわよ」

 シエルがため息をつくと、アルボルは口を尖らせた。

「それ、なに?」
「魔法銃」

 オステ国で作られたそれは、ズユー国にあるはずがない。
 アルボルはシエルを睨んだが、構わずシエルは魔法銃をリュックにしまった。

「船にあったのか?」
「まだ秘密。ちゃんと教えるから、今はごめんね」

 アルボルは何も言わずに蔦がなくなった道を踏みしめて歩き出した。
 その気持ちはわからないでもない。宿敵オステ国の技術に頼るなど、こんなにも腹立たしいものはない。

 それでも魔法を使おうとはしないアルボルに、シエルは問わずにはいられなかった。

「アル。あなた、魔法――」
「言うな」
「でもっ」
「言うな!!」

 アルボルはそれ以上、何も言わなかった。何を考えているのか、誰を想っているのか、シエルにはわかっていたが口にはしなかった。

 この旅自体、アルボルにとっては辛いことだ。精神的にアルボルを追い詰めることになる。だが、彼の話を聞いた時にシエルは、どうしても彼を助けたかった。

 黙々と歩くアルボルの背中を見ながら、なぜかマールのことを思い出していた。

 いつもそばにいて、いつも笑っていて、一つのことに一生懸命。
 そんなマールのことを思い出すと、旅を中断して逃げ出した自分が恥ずかしくなった。道を逸れている場合ではない。しかし、だからこそ出会えた人がいる。

 アルボルもその一人だ。

「出られたな」

 日が落ちる直前。
 木々がなくなり、開けた場所に出た。完全な闇になる前に、シュバム大森林を抜けられた。

 目の前にある高い崖。それは山の一部が突き出したものだ。そこから真っ直ぐに降りてくる白糸のような滝。
 その下にあるのが滝つぼ。湖のようなそこに吸い込まれる滝は、激しい音を奏でていた。

 水しぶきは闇の中でも光って見える。月明かりが水面を照らして幻想的な風景を作り出していた。

 アルボルはいつの間にか、野宿の準備をしていた。滝を見ないようにしているのか、大きな荷物からテントを出して広げていた。

「アル」
「いいよ。準備はしておくからさ」
「そう?」
「見たかったんだろ。滝」
「うん」

 シエルはリュックから小さな花束を取り出した。アルボルはそんなシエルを目で追う。

「ごめんね、シーナ」

 持っていた花束を水面に浮かべる。滝つぼの中を泳ぐように、花びらを散らしながら周りを回っていた。

 アルボルは手に持っていた携帯食の缶詰を落とした。それは石にぶつかってシエルの足元まで転がる。

「ごめんね、アル」

 シエルは振り返り、今度はアルボルに謝った。

「わたしのこと、憎いでしょ?」
「……そんなこと……っ」
「いいの。助けてあげられなくてごめんね。死にたいなんて言って、ごめんなさい」

 二人の間に沈黙が流れた。
 シーナはアルボルの弟。この滝の辺りで亡くなった幼い少年だ。

『アルボルはね。アタシのこと憎んでいると思う。この力は、そういうものなんだよ』

 ベティスカは寂しそうに話していた。力を持ったことで、誰もがそれに期待したと言う。
 特にアルボルは瀕死の弟を前にして、やはり同じようにベティスカを頼った。だが彼はそのまま亡くなった。

「アル。わたし――」
「そろそろ話は終わりか?」

 低い男性の声に驚き、アルボルを正面に見たままでシエルは固まった。

 首にあたる無機質な冷たさのそれ。見なくてもだいたいの予想は出来ていた。

 ギラリと光る人の腕ほどの太さをした長剣。それはシエルの首に食い込みそうなほど、強く押しあてられていた。

「話をしないか?」

 身動きが取れないまま、シエルはゴクリと唾を飲み込んだ。


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