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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【3】

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回想―ロフロール―




 ロフロールの人生は家族というものに縛られていた。そんな足枷を自分自身につけてしまっていたことに気づいたのは、ずいぶん後のこと。

 きっかけは母の死だった。

 幼い日に母が急死し、その原因を知ることを許されぬまま、父と疎遠になった。
 ロフロールと双子の妹ベルデは真実を教えられないまま、施設へあずけられる。父からは充分な金が送られてくるので、不自由はしなかった。

 その代わり、心が荒んでいくような気がしていた。父との繋がりは金だけだと思うと寂しく思うが、声に出すことはなかった。

 母の死で父は変わった。その頭脳をいかして魔法研究所で働いていると聞いたのは、ずいぶん後のこと。
 自分たちの父はすごい所で働いている。全く会っていなくても誇らしく思い自慢でもあった。

 だから、ロフロールはベルデと約束を交わしたのだ。
『勉強して、父さんを手伝おうよ』
 いつか父に会い、そばで働きたいと思うようになっていたのだ。

 十三歳。
 二人は勉強して、魔法研究所直属の学校に入学。父から送られてくる金を貯めて入学金などにあてた。

 魔法研究所が求めているのは、高い技術力と頭脳。学校に入学したからと言っても、必ず魔法研究所に行けるわけではない。
 その学校は特殊で、一定のレベルに達した時に卒業出来る。早くて二年。長ければ十年以上。途中で諦めて出ていく者もいるほどだ。

 そんな中、ベルデの成長は凄まじかった。猛勉強しても、思う成績が残せないロフロールに対して、彼女はあっという間に技を身につけていく。
 そして十六歳の頃、先に魔法研究所への就職を決めた。

『姉さん、あたし先に行って待ってるから』

 明るく言っていた妹ベルデ。しかし就職後、彼女からの連絡はなくなった。

 ロフロールが就職出来たのは十九歳。
 就職出来たのは実力ではなく、ロフロールの名前だった。
 当時、所長として上の立場にあった父。その娘が魔法研究所に入社するために学校に通っている。その話がどこかから漏れて引き抜かれたのだ。

 実力ではないとはいえ、やっと足を踏み入れることの出来た魔法研究所。父や妹に会えると思うと嬉しくて仕方がなかった。

 入社したその日、ロフロールの上司として現れた女性は、何年も会っていなかったベルデだった。

 彼女は、何もかもが変わっていた。
 黒かった髪は鮮やかな水色に染め、化粧をして目つきも冷たい。他の研究員と変わらない冷たい女になっていた。

『あら、姉さん。まだ、魔法研究所を目指していたの?』

 本人とは思えない言葉だった。

『父さんの名前を利用して、就職するなんて。最低』

 本当にその通りだから、何も言えなかった。

 最初に与えられた仕事は事務だ。希望していた研究をやらせてはくれない。
 だが、少しでも研究員たちの仕事を知りたくて、時間を作って見学に行っていた。

 そんなロフロールのことをよく思わないベルデははっきりと言った。

『あたしたち、顔が似てるでしょ? 出来の悪い姉さんが、研究所をウロウロされたら困るのよ』

 ベルデは言葉では姉と言うが、心ではそんなことを思っていない。

『姉さんを見て、あたしだと思われたら迷惑なの。その暗い顔、やめてくれない?』

 ロフロールの知らない所ですでに、家族はバラバラになっていた。
 父に褒められたい。また姉妹で仲良くしたい。それだけが、希望だった。生きる意味だった。
 しかし、それは叶わぬ願いだったのだ。

 父は実力ある者を認め、そうでない者は切り捨てる。その考え方は部下達にも広がっていた。もちろん、ベルデもその一人だ。
 父はもう家族ではなかった。魔法研究所所長アレルタ。それが彼の立場であり、名前だ。

 それでもロフロールは小さな希望に縋った。
 アレルタに認められれば、もしかしたら以前のような家族に戻れるのではないか、と。

 だからロフロールは、事務仕事をしながら研究に没頭した。
 有り難いことに研究員の仕事は間近で見ることが可能であった。道具も先輩の研究員が使わない時間であれば、制限があるが使用出来る。

 それに書類整理などの事務仕事をしているから、今現在、どんな研究が進められているかを知ることが出来る。

 中でも、研究が途中になって放棄されているものにロフロールは注目した。
 予算、必要の度合いなど様々な理由での放棄。しかし、途中まで研究されているので、短い時間での研究に最適であった。

 ロフロールが二十歳の時。その才能が開花した。
 今までの研究を元に、試作品として作った魔法銃に誰もが驚く。

 魔法エネルギーを溜めることは今までも可能であったが、それを増幅させることは諦めていた。しかし、その魔法エネルギー増幅研究をロフロールは一人でやってのけた。

 これにより、また様々な物が開発されていった。ロフロールは発展に貢献したのだ。
 ロフロールはその功績を認められ、武器開発部長にまで昇りつめた。

 それからも研究し続けたロフロールは、ある武器開発を順調に進めていた。
 すでに試作品を作る段階。その許可のため、アレルタに会うことになった。

 彼は笑顔だった。久しぶりに会ったアレルタは痩せ、老けていたが父であることに変わりはない。

『よくやった、ロフロール』

 やっと認めてもらえたことに幸せを感じ、研究をし続けてよかったと思った。このまま、以前のような家族になれたらと希望を抱いた。

『さすが、私の部下だ』

 しかし、ロフロールはその言葉に打ちひしがれた。

『……部下?』

 人を殺せる危険な武器を作ったのは、魔法研究所やオステ国のためではない。
 確かに、近年増加している殺人魔獣キル・ビースト対策として考えたものでもあった。護身として、命を守るために開発した。

 だが、それ以上に父のためにしてきたことだ。

『私の部下だ』

 娘ではなかった。
 アレルタの目にはただの研究員としか映っていない。多くの研究員の中の一人。

『父さん』

 そう呼ばれることを嫌がっていたから、ずっと呼ばずに我慢していた。でも、これで最後にしようと思った。
 だから敢えてロフロールは彼を"父"と呼んだ。
 眉根を寄せる父、アレルタはロフロールを冷たく見下ろす。

『ワタシ、辞めます』

 ひたすら研究に没頭して、全て武器に注いできた知恵を捨てる。無駄な時間だったとロフロールは思った。
 しかし、もうこの場所にいる理由はない。最初から娘としての場所などなかったのだから。

『投げ出すのか』
『違います。自由に生きるんです』

 罪深いことをした。いつかあの兵器を作ったことで裁かれる日が来るかもしれない。そんな恐怖を身に纏うのは、自らに課した罰だと思った。

『ならば行け。代わりはいくらでもいる』

 アレルタは知っている。ロフロールが魔法研究所の武器開発という秘密を暴露することはないと。
 武器を作った張本人が暴露など出来るはずがないと、わかっていたのだ。だからあっさりと"部下"を手放した。

 アレルタの頭の中は、プラスになるかマイナスになるか。そのはかりで動いている。
 もちろん、ベルデもそうだった。
 魔法研究所を出ていく前に会ったベルデは、どこかほっとしたような表情をしていた。
 まさか後から来た姉が、いきなり武器開発部長などになるとは夢にも思わなかったに違いない。

『人を殺す機械を作って、楽しかった? 姉さん』

 武器を作ってしまったことには、やはり罪悪感がある。だから、はっきり言われて落ち込んだ。
 それでも武器開発をやめず、魔法研究所にしがみついていたのは父に愛されたかったからだ。また家族になりたいと思っていたからだ。

『大事なものを返してもらうわ』

 ベルデに奪われたのは、試作段階の武器データだ。

『もう必要ないでしょ? あたしが引き継いであげる』

 そこまで仕上がったデータを捨てられては勿体ない。成功すればベルデの手柄。出世の道具としては最適だ。
 早く燃やしてしまえばよかったと、後悔しても遅かった。それはベルデの手の中で、また息を吹き返す。最悪の兵器のデータ。

『さようなら、姉さん』

 酷く冷たい顔だった。同じ顔であるベルデの姿が見えなくなるまで、動けずにいた。

『元気で、ベルデ。双子の妹……』

 家族という絆はこんなにも脆くて儚いものかと、思い知らされた。

 その後、オステ国の中でも比較的、人口の少ないアーマイゼ港町に身を寄せ、看護師として働くようになった。

 空っぽになってしまった心を癒すことは出来ず、ひたすら業務をこなす日々。
 ジュビアに出会うまでは――。

 彼は、まるでロフロールのことを信用しない。目を合わせることもなかった。
 ヴェス国から来たことを知っていたロフロールは、時期的にもプルプの大火が関係あると思っていた。

 そしてある日、病院を抜け出したジュビア。危ういところを助けたが、あまりにも無鉄砲な行動に腹が立った。

 しかし、ジュビアに見せられたそれを見て息が止まるかと思った。

 ――魔法銃。

 逃げられない。そう思った。
 平和な田舎町にまで浸透し始めた武器。だから、動くことを決意したのかもしれない。

『ジュビアさんの気になること。やらなければならないこと。ワタシでは……力になれませんか?』

 この時はまだ、彼を利用しようなどとは考えていなかった。ただ、オステ国の者ではないから、深く詮索してこないだろうと安心しただけだ。

 しばらくしてジュビアは病室で、
『君に話しておきたいことがある』
 そう前置きをしてロフロールに話し始めた。

 中央都市プルプでの大火と、兄の死のことを。
 まだお互いのことをほとんど知らない、言わば他人同士の関係。それなのに、まるで親友にでも話すかのように、自らの身にあったことを教えてくれた。

 警戒していた自分が恥ずかしくなるほど、苦しかった日のことをあっさりと語るジュビア。
 彼は兄を失ったことで、自分が何をするかわからないのだと話した。もし、兄を殺した人物が目の前にいたら、きっと冷静ではいられない。

 そうでなくても、生きる意味を見失っている。本来の自分がわからなくなってしまった。
 ジュビアはそう言って困ったように笑った。復讐が生きる意味だなんて、寂しすぎるだろう、と。

 ――生きる意味。

 ロフロールも家族だけが生きる意味だった。それを失った今、何のために生きているのかわからないでいた。

 ジュビアは復讐するために。
 ロフロールは――。

『もしもの時は止めてほしい。私は冷静でいられる自信がない』

 他の人に頼んでくれと言うと、ジュビアは首を横に振った。

『ロフロール。私は君を――』

 ずるいと思った。
 何も言えなくなる。いつも笑顔で迎え、いつも他愛のない話で和ませ、いつも優しくしてくれた。

 そんなジュビアに惹かれないわけがない。

『君は厳しいから。いざとなったら、殴ってでも止めてくれるのだろう?』

 その後、シエルやエストレジャも交えた話の中で、三人の盗賊、シエルやマールの話。更には魔王の話まで飛び出してきた。

 ただの旅人ではないと思ったロフロール。好都合だと思い、利用しようと考えたのはこの時だ。
 彼らはきっと魔法研究所に辿り着く。確信はなかったが、そんな気がしてならなかった。

 父、アレルタに言いたいことがあった。いや、止めたかった。大き過ぎる力に魅了され、武器開発をする魔法研究所を止めたかった。

 それが娘として、姉として出来る最後の仕事だ。
 だからジュビアについて行こうと決めた。

 ――これが最後のチャンス。

 すでにロフロールは心の中で決めていた。彼らを止めることがロフロールの仕事、生きる意味だ。



 そして――。

「ごめんなさい、ジュビアさん」

 だからもう、大切な仲間を利用するのをやめようと思った。



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