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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【3】

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金色の少年




 彼がアキだと知った時、シエルには嫌悪しかなかった。当然だ。

 プルプの大火で失われた命は多い。ジュビアの兄も犠牲になった。やはり、仲間の感情を優先してしまう。何よりもジュビアが無理して笑っているのをもう見たくはない。

 見た目は金髪の普通の少年。大火を引き起こすような凶悪な人物には見えない。だからと言って警戒していないわけではない。

「ねえ、遊園地に入ってみよう。大丈夫だとは思うけど、ブイーオ信仰会がうろついてるかもだし」

 振り返ったアキは遊園地を前に、悪戯な笑みを浮かべる。

「あなた、わかってるの?」
「さあね。ブイーオ信仰会に捕まってもいいなら、そこにいたら?」

 シエルは背後を振り返る。街灯もない暗闇。帰り道ははっきりとはわからない。ブイーオ信仰会に捕まるわけにもいかない。

「……いいわ。身を隠すだけよ」

 ミュッケ・フェスティバルの最中。遊園地の中は真っ暗。動いている乗り物はなく、門も閉まっている。警備員がいる様子もないので、門さえ突破出来ればいい隠れ場所になる。

 ただ、一刻も早くエストレジャのところに戻らなければならない。
 仕事を投げ出してアキを追ってしまったことは後悔するも、アキに出会えたことはラッキーだったとシエルは思っていた。
 プルプの大火の謎が解けるかもしれないのだ。そのことで、シエルに対する容疑も晴れるかもしれない。

 ――犯罪者になってたまるもんですか!

 みんなには後で説明したらわかってくれるだろうと、シエルは楽観的に考える。

「早くしなよ」

 いつの間にかアキは、遊園地の門を上がっている。上から手を差し伸べるので、仕方なくアキの提案にのって遊園地の中へ入る。

 真っ暗な遊園地は少し不気味で怖い。
 遊園地というものに来たのは初めてで、巨大な乗り物があちらこちらにある光景は恐ろしい。止まっているはずのものが、今にも動き出すのではないかと不安になる。

 先頭を歩き、シエルを誘うように歩く。大人びていて、子供らしからぬ行動ばかりが目立っていた。

「アキ。本当にアキ?」
「本当ってなんだよ。オレはアキ。偽物でもなんでもない」
「じゃあ、アキ。聞いてもいい?」

 アキは足を止めた。聞かれる内容の予想はついているのだ。

「お説教なら聞かないよ」

 表情を変えることなく言う。そしてまたすぐに歩き始める。

「すでに決めてるんだろ。オレが犯罪者だってこと」

 冷めた言葉だ。投げやりで、自分を信じる者なんていないのだからと諦める。だから、初めから何も言わない。言い訳にしか聞こえないのならと、口を閉ざしている。
 アキが大人びて見えたのは、そういった諦めが原因だ。人に対して何も望んでいない。渇いてしまった心が錆び付いて開くことがなくなってしまったから。

 傍から見れば、素直で言う事をきく面倒のない子供。しかし、彼は子供らしさを失っているだけにすぎない。

「決めつけてなんか――」
「じゃあ、オレのこと信用出来るのか?」
「それは……」

 あの火災現場にあったのは魔法の傷跡。しかし、アキが大火を引き起こしたという証拠はない。いや、まだ見つかっていないだけでアキに辿り着く証拠があるのかもしれない。

 ただ、似た人物が現場に居合わせたこと。ジュビアが聞いた話。彼の不思議な能力で疑っているだけだ。
 そう。人格が違うことをシエルはジュビアに聞いていた。髪色が変わるということもだ。つまり、プルプの大火を経験したのは赤髪のアキ。

 金髪である今、何を聞いても記憶にないと言われてしまうかもしれない。そもそも、聞いたところで答えてくれるはずがない。

「ほら、信用出来ない」
「だいたい、お互いにほとんど知らない間柄で信用もないわ」
「じゃあ、どうするんだよ」

 動いていない観覧車が目の前。
 ジェットコースターのレールが遠くに見え、いつもなら売店があるだろう広場は静かで、ベンチも心なしか寂しそうだ。

 アキは歩くことをやめてベンチに座った。シエルはそれを見下ろす。時折ふいてくる風に、お互いの金髪が靡く。
 遠くで花火の音が聞こえていた。

「どうするって」
「シエルは、なんでオレを追ってきたわけ?」
「あなたが犯罪者かどうかを確かめるため」

 正直に言えば、やっぱりというような顔をして笑う。

「わたしの容疑を晴らしたいから」
「は? なにそれ」

 馬鹿だと言われるかもしれない。ふざけるなと、またジュビアに殴られるかもしれない。
 自分の身に降りかかっていることを敵に教えるようなことをして、後々厄介なけとになりかねない。しかし、アキはシエルから攻めていかなければ何も言わない。

「あなたのことが知りたいのよ」

 ここまでシエルがしなくてもいいのかもしれない。余計なことをしているのかもしれない。
 現場に残った呪紋じゅもんが、プルプを焼いたと言っている。ジュビアの兄ロシオを殺したと伝えているのだ。シエルが人を殺した、と。

 今は一緒にいて何もないが、シエルは思うのだ。身内の人間を殺され、普通の精神状態でいられる方がおかしい。
 涼しい顔をしている今のうちに真実を明らかにしたいとシエルは思う。このまま犯罪者でいるなど気持ちが悪い。

「中央都市プルプの大火、わたしのせいかもしれない。わたしが魔法を使った痕跡があるんだって」

 言えばアキが驚く。当然だ。ヴェス国にいる時には、逃げるように生きてきたはずだ。魔法騎士団から逃げるだけで精一杯だったはずだ。
 そこへ別の容疑者が現れたのだから。

「ヴェス国には帰れない。だから、早く真実を知りたいだけ」

 気にしないつもりでいた。犯人ではないかと、有名な魔法騎士団に疑われている。ヴェス国の地を踏めない現状が辛い。
 仲間達はシエルを信じていたし、魔法が使えないことも知っている。だから犯人ではないと思うことが出来たはずだ。しかし、心から信用されてはいないだろうとシエルは思う。

 それに、魔法騎士団のような大きな組織を前にして"やっていない"という言葉は通じるかは疑問だ。気づけば犯人になっていたということも有り得るのだ。

「それって、オレを犯人にしたいだけじゃないの?」
「そうかもね。でも、わたしはやってないし、他に候補がいるとしたらあなたしかいないもの」
「結局、お前も同じかよ」

 シエルはアキを見つめた。
 最悪な女だと思っていても止まらない。そのくらい思い詰めていたのだと、シエルは改めて知る。
 シエルはずっと不安を抱えて、どこかで吐き出してしまいたかった。それがたまたまアキの前だっただけだ。いや、犯罪者かもしれないアキに怒りを向けているのだ。
 本当のことを白状してくれたら、自由になれるのに、と。

「無駄だよ。オレにあの日の記憶がないんだから」
「嘘でしょ」
「赤は特別なんだよ」
「赤って? 髪色のこと?」
「そう。あいつは全部知ってる。この会話だって記憶に残るはず。でも、金と黒は赤の行動を知らない。別人だよ」

 多重人格みたいなものだと、アキは話す。聞いてはいても俄には信じられない。

「だからシエル。あんたの力にはなれないし、仮にやったのがオレだったとしても言わない」

 犯人を目の前に、証拠もなしに追求しても無駄だ。彼の言う通り、何も言わないだろう。

「悔しいな。目の前にいるのに、聞き出すことさえ出来ない」
「油断大敵」

 アキがそう言い終わるか、終わらないかの一瞬のことだった。シエルが俯かせていた顔を上げる前に、強い力が彼女を押し倒す。声をあげるより先に、アキはシエルに馬乗りになっていた。
 素早い動作で氷の刃が出現し、シエルの頬を掠めて消える。

「ちょっと!」
「これ以上、オレのことを追求しないでくれる? あんたのことは好きだけど、自分のことばかりに必死になりすぎてて。そういうのは嫌い」

 シエルを解放するつもりもないらしく、彼の右手が光り出す。アキは呪文を必要としない。今にも魔法が飛び出してきそうな白い光に、恐れることなくシエルは言い放った。

「わたしも嫌いよ。真実から目を背けるアキは嫌い!」
「なんだって?」
「記憶がないからなんて逃げないで、ちゃんと正面から向き合いなさいよ! 赤い髪のアキだって、あなた自身でしょ!?」

 殺されるかもしれない。
 目を閉じてその時を待つシエルだが、一向にそれは訪れない。恐る恐る薄目で様子を窺う。

「ごめんなさい」

 驚いて声が出ない。
 申し訳なさそうにシエルから離れた彼はアキだ。アキではあるが、金髪ではなくなっていた。
 穏やかな表情でシエルを見下ろすのは、黒髪のアキだ。

「気にはしていました。でも、どうしても確かめることが出来なくて」
「ちょっと待って、アキ。別人すぎて頭がついていかないわ」
「ごめんなさい。オレが表に出ることはあまりありません。こうして出られるのは、混乱した時です」
「混乱?」
「シエルの言葉に混乱してるんです。多分、本当のことを知るのが怖いんだと思います。オレも、ですけど」

 口調がまるで違う。シエルを起き上がらせてベンチに座らせる。彼も横に座って膝に拳を置く。
 思いつめた様子で、地面の一点を見つめていた。

「あなたのこと、教えてくれない?」
「オレ?」
「プルプのことは知らないってさっき聞いたから。わたしが知りたいのは、あなた達のこと。なんだか変わっているというか、違和感というか……」
「わかります。いいですよ。オレも、聞いて欲しいことがあります。そこからプルプの大火に繋がるかも」
「え?」

 どういうことだと首を傾げると、アキは興味を持ってくれたことが余程嬉しかったのか、急に饒舌になる。

 それは、彼がルウとヴァン。二人に出会って間もない頃の話だった。


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