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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【3】

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喪失感



 ジュビアと合流して、すでに四日目の朝。

 陽に染まった海を見つめながら、シエルはこれまでのことを考えていた。
 船着き場から少し南へ離れた海岸。砂浜を歩いていたシエルは立ち止まり、無造作に座った。

「…………」

 喪失感だった。
 思えば魔力を失った日から、シエルは様々なものを失ってきた。

 ナンバーワンであったプライド。エリートへの道。求めていた情報。帰る場所。次期姫巫女である自分。そして、マール。

 必ずまた会えると信じて疑わなかった。

 少しの間離れるが、用事が終われば笑って迎えてくれると思っていた。だからこそ、あの日に別れたことを悔やんだ。

「マール」

 失いすぎて、次は何がなくなるのだろうかと卑屈になっていた。いっそのこと、この命がなくなってしまえばいいのにとシエルは思う。

『ぼくはシエル先輩を守ると決めたから』

 グリューン町を出た時の言葉が思い出された。

「嘘つき」

 あの日、悪態をつきながらも本当は嬉しくてたまらなかった。

 旅を続けられたのもマールがいたから。飽きない毎日を過ごせたからだと、シエルは思う。

 ――わたし、本気を出したことがなかった。

 魔法学校でのことを思い出した。
 勉強、遊び、コミュニケーション。その全てが適当で、シエルにとってはどうでもいいことだった。
 だから、マールと過ごした魔法学校でのこともあまり覚えていないのだ。

 マールに本気でぶつかって、本気で友達として接していたら、どこかでマールの異変に気づいていたのかもしれない。
 そう思うと悔しさが込み上げてくる。

 ――マールが闇魔法なんて信じられない。

 闇魔法を使ったらしいという話の中で、シエルは疑問を持った。
 マールは水魔法使いだ。二種類の魔法が使えるはずがない、と。しかし、それはすぐに否定された。

『オステ国では知られている話です。魔王が使う闇魔法。勇者が使う光魔法。その二つは特別で、更に五行の魔法全てが使えました』

 弱い力ではあったらしいけれど、とロフロールが付け加えて言っていた。
 全てが一致していた。水魔法の魔法はとても弱いものだったのをシエルは何度も見ているのだ。

 マールが魔王と何かしらの関わりがある可能性が高くなってきた。しかし、かつて勇者が倒した魔王とは誰だったのか。

 そう考えると納得出来ない。マールが魔王だとは考えたくない。
 シエルは頭を抱えた。

 ――もし、本当に闇魔法が使えたら?

 シエルはため息をついた。

 一瞬でもマールを疑った自分が信じられなかった。魔王や闇魔法とは何の関係もないと、胸を張って言いたかった。
 しかし、疑っている自分も確かにいた。そんな自分が腹立たしくて泣きたくなる。

 ――大丈夫。

 気休めの言葉だ。しかし、それだけが今、シエルの精神を安定させていた。

「疲れちゃったな」

 ふと零した本音が海風の音に掻き消えた。強い風がシエルの髪の毛を乱していく。
 晴れている中の強い風は、逆に気持ちがよかった。

 このまま悩みも、想いも、苦しい感情全てをさらって行ってくれないかと懇願してしまう。

「海風に当たりすぎるのは、身体によくないですよ」

 声に驚いて振り返る。そこにいたのは看護師姿のロフロールだった。

「シエルさんが熱を出されたら困ります。急いでいるのでしょう?」
「……うん。どうなのかな……」

 思っていた反応と違い、気弱な受け答え。ロフロールはシエルを真顔で見つめていた。

「旅、やめるのですか?」
「やめない。やめないけど……」

 シエルは悩んでいた。
 失い続ける旅ならば、いっそのことやめてしまえばいい。
 最初の目的は魔法に代わる力、召喚幻獣を求めての旅だった。マールは関係ない。

 二つの思い。今のシエルには選択する勇気がなかった。

「マールさんのことですね?」
「…………」
「まだ決まったわけではありません」

 あの日病室で聞いた、マールが魔王かもしれないという話。まるでおとぎ話の中に入り込んだかのような感覚であった。

「わかりました。行きましょう!」
「え、え!?」

 どこにそんな力があったのか、ロフロールに引っ張られて立ち上がった。そのまま彼女は手を繋いで歩き出す。

「ロフロールさん!」
「急いでください。今なら間に合いますから」
「だ、だから。なんの話!?」


 ◇ ◇ ◇


 緊張した顔をするのはシエルだけだった。

「久しぶりに乗ったけど、前よりもスピード出てないかい?」
「日々、研究されていますから」

 列車に乗ったことのないシエルには、箱が猛スピードで走る光景に驚きを隠せなかった。
 しかもそれに乗るなど考えられない。緊張しない方がおかしい。

 ロフロールはもちろん、エストレジャもジュビアも仕事の関係で一度はオステ国に来たことがあった。だからか、余裕の表情である。

「シエル、そんな怖い顔で外を見ているのは君くらいだよ」
「……うるさい」

 そんなジュビアは今朝、退院したばかりだ。すっかり回復したジュビアは、からかうことを思い出したようだった。

 ジュビアの隣に座るロフロールはすました顔で本を読んでいる。
 赤いノースリーブシャツに黒いショートパンツ。足元は花柄レギンスとブーツ。薄手のコートを羽織っていた。

 看護師の彼女しか知らないので、私服姿は別人のように見える。

 そんなシエルも、その恰好では駄目だからと無理やり洋服店に連れて行かれた。
 真っ白な膝丈のワンピース。黒のレギンスに、茶のブーツ。青いカーディガン。合わせるために、髪はポニーテール。

 全てロフロールのコーディネートだった。巫女服の何が駄目なのかはわからないが、脱ぎたいと思っていたシエルにとってはちょうどよかった。

 しかし朝から動き回って、列車に乗る頃には疲れて全員ぐったりしていた。

 ロフロールと共にアーマイゼ港町を出たのは午前中。
 町を出て、林を抜けると駅があった。綺麗に舗装された駅構内に電光掲示板。未来にでも来たかと思うほどだ。

 ロフロールの言う時間に到着した列車に乗り込むと、全て個室となっていた。
 何せ距離が長く時間もかかる。各駅に停車はするが区間が長いし、終点まで三日ほどかかる。だからオステ国の列車は寝泊まりの出来る寝台列車が一般的だった。

 ミュッケ大都市まで約三日。緊張のあまり酔うことはなさそうだが、眠れそうにないシエル。そっとロフロールを覗き見た。
 いきなり事を決めてしまったロフロールの行動は目を見張るものがあった。

『休暇の申請を出してきました』

 シエルを引っ張るようにして診療所まで来たロフロール。すぐに先生に話をして、ジュビアの病室でそんなことを言った。

 何のための休暇なのか、その場にいた全員が疑問に思っていた。すると、彼女は子供みたいな満面の笑みを向けた。

『ミュッケ・フェスティバルがあるんです!』

 いきなり何を言い出すのだと、誰もが思った。
 何がどうなって、その結論に至ったのか。それを何とか聞き出した。

 ロフロールの考えを簡単に言えば、フェスティバルで気晴らしをしてもらいたい。それはシエルを心配してのことだった。

 落ち込んで進むべき道がわからなくなっているシエルに元気になってもらいたいと思いついたのがミュッケ・フェスティバル。

 ミュッケ・フェスティバルとは名前の通り、ミュッケ大都市で行われる祭だ。オステ国最大の街だということで、フェスティバルには多くの人が集まる。

 元々は平和を願っての祭。三千年前にあったとされる伝説の大戦。それも最終決戦が行われたのがオステ国であるから、盛り上がるはずだ。

 二度と人々が苦しむような戦を繰り返さないと願う、年に一度の祭。盛大に、派手にというのがミュッケ・フェスティバルの伝統である。
 とにかく、フェスティバルをみるためにはミュッケ大都市に行かなければならない。

 だがシエルは拒否をした。フェスティバルだなんてそんな気分ではなかった。しかし、ジュビアは意外にも賛成した。

 三人の盗賊がミュッケ大都市に行く話をしていたからだ。仕事を探しに行くという話をジュビアは聞いている。仕事ともなれば、金が動くフェスティバルの最中は必ずそこにいる。

 それにロフロールが気になることを言い出した。

『オステ国では、どこへ行くにもミュッケ大都市を経由しなければなりません。ミュッケ大都市から、それぞれの町へ列車は繋がっています』

 つまり、ミュッケ大都市に行けば盗賊が見つかる可能性もあるし、マールもいるかもしれない。旅本来の目的である召喚幻獣捜しに有益な情報があるかもしれない。

 全て可能性でしかなかった。それでも行く価値があると、ロフロールは熱弁していた。

 みんなを心配して提案したロフロールだが、本人はフェスティバルを楽しみたいだけのようにも見えた。

「ねえ、気になったんだけど」
「なんですか?」

 落ち着いた声を出したシエルに、ロフロールが返事をした。

「そんなすごい祭、なんで他の国に教えないの? だって平和を願っての祭なんでしょ? それに、伝説の大戦のこと――」
「知っていますか? 魔王はオステ国で生まれたそうです」

 マールに近い話題は避けたいと思っていたからか、ロフロールは自然と辛そうな顔になる。

「魔王を生み出した国の祭に、誰が行きたいと思いますか?」
「よくわからないけど、過去の話でしょ? 今の人たちには関係ないんじゃないの?」
「シエル」

 エストレジャにそれ以上の質問を止められた。訳が分からず首を傾げる。

「そんな簡単なことじゃないんだ」
「どういうこと?」

 シエルの隣に座るエストレジャは、考えるように顎に手を置く。そして真剣な目を向けた。

「シエルは魔王の話、どこまで知ってる?」
「伝説の魔王。闇魔法を使って人々を苦しめて、勇者と姫巫女様に封印された。そのくらいしか知らない」

 魔王どころか勇者や姫巫女の話でさえ、深くまでは知らない。その知っていることも真実であるかと問われれば、絶対と言いきれない。

「いくら封印されて二度と現れないと言われても、人は不安になるもんだ」
「そうなの?」

 ロフロールは頷いた。

「だから大戦の後、オステ国は閉鎖されました」
「閉鎖――」

 ロフロールの言葉を継ぐ形で、エストレジャが話す。

「魔王の生まれた地。魔王を生み出した場所。そういう責任を取らされたんだ、オステ国は」

 エストレジャやジュビアは何度かオステ国を訪れて知ったこと。
 オステ国では当たり前に知れ渡っている話であった。

 無表情でロフロールは話し始めた。オステ国で起こった悲劇の歴史。罪を押し付けられ、罰せられたオステ国の怒りを――。


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