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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【2】

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村長との対面




 まるで別世界。

 そう思うのは無理もなかった。見知らぬ建物、服装、地面に生える草花。そして木々から降り注ぐ花弁。
 その全ては、異世界のものなのだ。

 かつて姫巫女が魔王を封印するために、異世界を旅しなければならないことがあった。
 その時に手に入れたものだと言われている。

 今では誰もわからない。シュピナート村は異世界なのか。それとも、姫巫女が持ち帰ったものがここにあるだけなのか。

 知る術はなかったが、シュピナート村では村の全てが姫巫女であると、祈りを捧げていた。

「姫巫女様が異世界に行ったのは、この村も隠したいと考えたからなんですって」

 力ある姫巫女の末裔が、モンスターなどに惨殺されることはあってはならない。
 有事の際に世界を守れないなどもっての外だ。だからこそ、姫巫女の用意した特殊な結界が村を包んでいた。

「あれ、見える?」

 シエルが指さしたのは、木々から降り注ぐ花弁。ピンク色に彩られた木々が一本の道沿いに何本も植えられていた。

「姫巫女様が育てたと聞いているわ。確か……サクラって名前だったはず」
「サク……ラ?」

 聞き慣れない言葉に、エストレジャ単語を繰り返すしか出来なかった。

「長くて年に二週間ほどしか見られない光景よ。花が散れば、また一年待たなきゃいけないの」

 ラッキーだったね、とシエルは微笑んだ。

「……参ったな」

 泉から出ると、濡れていない服に驚いたのはエストレジャだけであった。
 気候がまるで違う。程よく暖かくて、世界がキラキラと輝いているようだった。

 見たことのない刺々しい木が泉を囲むようにあり、そこを抜けると大きな門が開け放たれている。

 一本道の両脇には先ほど言っていたサクラが等間隔に植えられていた。誘うように正面の大きな屋敷に続く。

 門の前で立ち止まったシエル。エストレジャも同じように止まるが、緊張が伝わってきて声がかけられない。

 シエルの荷物や脱いだコートを奪うように持つのがやっとであった。

「エストレジャ?」
「俺はボディーガード役なんだろ?」
「そう……だった」
「任せろ」

 サクラの後ろには木造の平屋が並んでいた。人々が生活しているはずだが、今は誰もいないかのように静かで、ドアや窓も閉められていた。

 その奥は麦畑のような景色がずっと続いていた。どこまでも続いていそうなそれに、やはり別世界を思わせる。

 居住地は、この一本道を中心とした両脇の平屋。正面の屋敷くらいのものだった。

 風のないサクラ道をゆっくりと歩き出した二人。道に花が散る音が聞こえてきそうなほどに静かだった。

 ちょうど真ん中辺りまで歩き切った時だった。屋敷前に人が立っているのが見えた。
 三人いる。一人は年老いた男性。そして四十代ほどの男女。

「あれは?」

 エストレジャが聞くと、シエルは唇を震わせながら答えた。

「両親と村長様」

 その震えた声が恐怖だったのか、感動だったのか、それとも緊張だったのか、エストレジャにはわからなかった。
 それでも、普通の状態ではないとわかっていた。

「帰ってくるのがわかっていたみたいだな」
「当然よ。月と星の動きから未来を読んだのだから」
「……未来を、ねえ……」

 訝しげな表情をシエルに向ける。見上げなくとも、エストレジャの思っていることがわかったシエル。ため息をつき、エストレジャを睨んだ。

「信じてないでしょ。わたしからしたら、読めないことが不思議でならないのよ」
「へえ」
「でも月を読むと言っても、はっきりしたことはわからないのよ。それが出来たのは、姫巫女様だけだったわ」

 そう話している間に、三人の前に着いていた。一定の距離を空けて立ち止まったシエル。

「エストレジャ。お願いよ」
「え?」
「わたしを……救い出して」

 小声でそう言ったシエルはすぐに、老人の前に進み出た。

「ただいま戻りました。村長様」
「……わかっているのだろうな。シエル」
「……はい……」

 とても低く、威圧的な声が場を凍りつかせた。

「では、こちらへ来なさい」

 村長が背を向けて歩き出した。抵抗することなく、シエルはその背中を追いかけるように歩き出した。
 エストレジャが着いていこうとすると、残った二人。シエルの両親に止められた。

「あなたはこちらへ」

 そう言われて悩んだエストレジャだったが、シエルを追えるような雰囲気ではなかった。
 一人だけ追い出されでもしたら、逆にシエルが救えなくなる。時を待とうと、今は素直に従うことにした。

「こちらです」

 エストレジャが従うとわかったのか、女性は無表情のまま歩き出した。エストレジャが歩みを進めると、後ろから男性がついてきた。

 その行動がまるで犯人を牢屋にでも護送するかのようで、警戒するのは当然であった。

 彼らが向かっていたのは、歩いている最中ずっと見えていた大きな屋敷だ。屋敷の門扉を控えていた使用人たちが開けた。

「中へ」

 エストレジャは無言で門をくぐる。中庭には細かい石が敷き詰められていた。そのまま進んでいると、突然女性が振り向いた。

 あまりにも真剣な目にたじろいだ。シエルと同じ金髪と緋色の瞳。
 そしてエストレジャは見たことのない服を見つめていた。

「シエルのことで、お話したいことがあります」

 透き通るような美しい声が庭に響き、舞い込んできたサクラが頬を撫でていった。
 穏やかな話ではなさそうな雰囲気にエストレジャは拳を握り締めた。


 ◇ ◇ ◇


 ただ静かに時が過ぎていた。

 音もなく、風もなく、新しい畳の匂いがする無味乾燥なその部屋で思い出すのはグリューン魔法学校で過ごした日々だ。

 入学試験で校長を含めて教師やその場にいた生徒たちを驚かせた。

 シエルが最初から全力を出したのには訳があった。
 入学金の免除。他にも学用品など必要になるものが免除されると聞いていたシエルは、それがどうしても必要だった。

 なぜなら、家出同然の身であったからだ。お金などほとんど持っていない。どうしてもトップに立たなくてはならなかった。

 帰りたくない一心で見つけた場所がグリューン魔法学校。
 何もかもを捨ててきたシエルにとって、唯一残されたものが魔法だけだった。
 魔法だけがシエルの誇りだ。

 ――全て失った……。

 苦痛でしかない。生きていることをまだ悩んでいた。

 ゆっくり目を開ける。
 広い部屋の中央に正座するシエル以外には誰もいない。射し込んでくる橙色の光に、すでに夕方になっていると気づかされた。

 エストレジャと別れてから、すでに六時間以上。
 さすがに焦りの見えてきたシエル。立ち上がって、窓際に向かった。

 障子をゆっくりと開ける。陰になり始めた窓ガラスに自分の姿がうっすらと映る。

 ――巫女装束……。

 ボロボロになってしまった制服を着替えるように言われて、用意されたものが巫女装束だった。

 かつては毎日のように着ていたもの。
 襦袢じゅばん白衣びゃくいはかまと身につけていく度に重りがのしかかるようだった。

 まるで拘束具で身動きがとれなくなるような苦痛。そんな姿に吐き気さえしてきた時、
「焦りはなにもかもを破滅させるぞ」
 低い声に驚いて振り返る。

 貫禄のある面構え。いつも怒っているような表情の六十歳の男性。白髪が混ざり始めた茶色い髪。歳のわりに鍛えられた肉体。

「村長様……」

 先程までシエルがいた場所に立つのは村長であった。美しい動作でその場に座るのを見て、慌てて村長の前に正座した。

「よく考えたか?」
「……はい」
「では、話を聞こう」
「はい」

 シエルは深呼吸をした。村長は目を逸らさずシエルを見据えた。

「次期姫巫女としてあるまじき行為であったことは、お詫びいたします」

 何年もシュピナート村に帰ることはなかった。
 本来なら張り手の一発や二発、喰らってもおかしくはない。

 それどころか殺されると思っていた。
 村の規律を破ることは死に値する。それがシュピナート村の掟であった。

 ――もしかしたら、この後……。

 村長が何時間も部屋にシエルを残したのは、処刑の準備をしていたからかもしれない。
 だったら言いたいことを言うだけだと、シエルは開き直った。

 村長はただ静かに、責めるように無言を貫いた。

「わたしは苦しかった。もう、ここにはいたくないと――」
「シュピナートに産まれ、恵まれた魔力を手に入れ、それを外で誇示して気分がよかったか?」
「……それは……っ」

 意外な言葉にシエルは戸惑う。
 何もかもを知られている。それに言い返せないのは、図星であったからだ。

 何度もアイレを撃ち負かして笑っていたのは、他でもない自分自身だ。

「わたしは……。魔法など……っ」

 反論する言葉が見つからず、首を横に振ることしか出来なかった。

「魔力は本当にないのか?」

 シエルは驚愕の表情を浮かべた。
 いくら月と星から未来を読んだとしても、詳しく知りすぎている。とても信じられなかった。

「隠された村シュピナート。女性に産まれた者は外には出られない。宿命と言ってもいいだろう。姫巫女様が後のことを考えて、そういう掟を作った」
「……存じております」
「だが、今回シエル。お前は禁を破って外に出た」

 村長が何の話を始めたのかがわからなくて、シエルはただ聞くことしか出来なかった。

「この村がどれだけ混乱したか……」
「申し訳ありません」
「だから、旧友に頼んだのだ。幼い日に出会った外の友人だ。ほとんど会えぬがな」

 シエルには村長が口元を緩めたように見えた。

 障子を開けたままの窓。入ってきた光の加減かもしれない。気を緩めずに村長の言葉を待った。

「グリューン魔法学校の校長だ」
「校長が!?」
「あいつに全てを託した。ただ、最終的に裏切られてしまったがな」

 魔法研究所にシエルを入所させるなど、そこまでさせるつもりはなかったと村長はぼやいた。
 校長にもいろいろあるのだろう、と村長は笑った。

 入学試験前にグリューン町にいたシエルに声をかけたのが、大衆食堂の女将だ。

 シエルの見た目の特徴。グリューン町の者ではない、外から来た者だという情報。それだけあれば、誰がシエルかなど一目瞭然だ。

『あんたも魔法学校の入学試験受けるのかい?』

 女将はシエルに屈託の無い笑顔を向けながら話をした。

 入学試験のこと。成績優秀者は入学金や教材費、在学中の資金などが免除されること。授業の中には報酬が出るものがあるという話。

 女将の言葉で、シエルはグリューン魔法学校に入学することを決めたのだ。

 今、考えてみれば女将と校長は繋がっていたのだ。気づかなかった自分が腹立たしかった。

「お前のことは全て聞いていた」

 考えてみれば、シエルの素行を注意することがあっても、強くやめさせる教師はいなかった。何をしても校長が裏でシエルを守ってくれていたということだ。
 過保護すぎるそれは、次期姫巫女と知っていたからこそ強く言えなかったのだ。

「入学するのに身分証明として両親や保護者の印が必要なのだぞ」
「え……! それでは……っ」

 書類を両親が用意してくれていた。
 複雑な想いがシエルを責めるようだった。

 家出をした気になっていただけで、たくさんの人々に助けられていたのだと思い知らされる。

 村長は立ち上がった。すぐにシエルが開け放った障子の前に立つ。

 彫りの深い顔に、西日が射し込んだ。夕日を見ながら何を考えているのか、しばらく動かない村長を見つめていた。
 やがて目だけをシエルに向けた。

「本当なのか?」
「え?」
「本当に魔力はないのか?」

 先程、聞かれた問いを繰り返した村長。シエルは俯いて絞り出すように言葉を紡いだ。

「……ありません」

 唸るような声が聞こえ、シエルは盗み見るように村長に顔を向けた。

「魔力がなくなるなど、聞いたことがない」
「村長様。両親には……っ」
「知っている。この村で知っているのはわしを含めた三人だけだ」

 沈黙が流れた。

 長く重い沈黙が二人の間を流れていた。部屋は暗くなり、お互いの顔が見えなくなってきた。
 次の言葉を聞くことが怖くて、シエルは俯いたままでいた。

「なぜ戻ってきた?」
「え?」
「魔力がない。巫女としての資格を失ったお前は必要のない存在」
「村長さ――」
「即刻立ち去れ」

 一粒の涙がシエルの袖を濡らした。朱色の袴にもまた落ち、染みを作っていく。

「思えば、お前がいなくなった日。月は闇の中にあった。そして今日も闇の中にある。このような日に戻るなど、どうかしている」

 新月。明かりを灯さなければお互いの顔も見えない夜。月明かりはなく、それは拒絶を意味しているような闇。

 シエルは静かに泣き続けるしかなかった。

「あの男を連れて出るがいい。そして二度と戻ってくるな」
「……はい」

 きっぱりと言われて、シエルは頭を下げるしかなかった。この場所にしがみつく理由はないのだから。

 むしろ旅に出たいと思っていたのだから好都合だ。悲しむことはない。

 それでも溢れる涙は、帰る場所を失ったことへの甘え。

 シュピナート村を出た日に、自由になったと思い込んでいた。自由の代償は帰る家を失うこと。振り返ることは許されない。

 覚悟が足りなさすぎて、自分を嘲笑うしかない。

「姫巫女様に会うことを許そう。最後の挨拶をするといい」
「ありがとうございました」

 下げたままだった頭を上げ、ゆっくりと立ち上がった。明かりはないが、幾分目が慣れてきていたので出入り口は見えていた。

「失礼しました」

 ふすまを開けて、一度中の様子を窺う。村長は何も言わない。シエルは黙って襖を閉めた。

 誰もいない静かな廊下が、やけに殺風景で寒く感じた。

 緊張から解放されたと同時に、また悲しみが襲ってきた。苦しくなる前に、とにかく立ち去ろうと一歩を踏み出した。

 走るように村長の屋敷を後にする。
 外に出ると、いつの間にか街灯に明かりがついていた。サクラ咲く道が照らされ、ピンク色の絨毯が敷いてあるようだ。

 泉から正面にあったシエルの両親の住む屋敷。そこに隣接するように村長の屋敷がある。

 ――もう一度、両親に会えるかしら……。

 今、行けば会えるかもしれない。
 しかし村長は両親に会うことは許してくれなかった。無断で会うことは出来ない。

「シエル」

 そんな迷いを断ち切るように声がかかった。振り向けば、見馴れた顔が笑っていた。

「よかった、会えて」
「エストレジャ……」

 張っていた気持ちが切れ、シエルの頬を涙で濡らしていく。止まらない涙を何とかしたくて目元を擦る。
 涙は溢れ続け、世界は歪んだままで、何も見えなかった。

「エストレジャ……」
「あ……と。うん、泣きたい時は、泣けばいい」

 泣き顔のシエルに困っているエストレジャ。
 不器用ながらも優しさが垣間見えて、そんな彼の姿に余計に涙が止まらなくなった。

「う……く……わぁぁぁぁ!」

 子供のように声を上げて泣き始めたシエル。
 エストレジャは戸惑いながらも、そっと抱きしめた。

 そんな二人の間に、変わらずサクラの花弁が散り続けていた。


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