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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【2】

26/62

終わりの始まり




「マールくん、ただいま」

 昼前である。
 背後から声をかけられ、乗り合い馬車を見送っていたマールは振り返った。

「どうでした? ジュビア先生」
「なんとも言えないな」

 落ち込んだ様子のジュビアだったが、すぐに街道を見遣った。

「今の馬車が?」
「最後です。南のロート町に向かいました」

 弔いの儀が終わり、ほとんどの人々が中央都市プルプを離れた。
 肉親や親戚、友人を頼って旅立っていった。

 残ったのは魔法騎士団を中心に、一部の貴族と王族。そして市民の一部も再建を手伝うために残っていた。

 中央都市プルプの街に近い場所に、仮設小屋などを建て、残った人々は再建が始まるのを待っていた。

 再建は来週から始まる。旅立っていった人々も、その頃にはまた中央都市プルプに集まるだろう。
 ヴェス国だけではなく他国からも応援が来る予定であった。

 全てプルプ王の決めたことだ。
 ネブリーナ姫はプルプ王が決めたことをスムーズに進めるために、魔法騎士団に指示していた。

 ネブリーナ姫は働いている間は特に問題がないほどに、的確に指示を出す。
 しかし時間が出来ると、途端に抜け殻のようになってしまう。

「かける言葉が見つからない」
「ジュビア先生」
「だいたい、私は兄さんと容姿が似ている。兄弟だから仕方ないのだろうが……会えば姫を傷つけるだけだ」

 弔いの儀が終わってから、ジュビアは時間を見つけてはネブリーナ姫の様子を見に行っていた。

 婚約発表目前だった。
 一番幸せだった時をあの炎に全て焼かれてしまった。ネブリーナ姫が立ち直るまでには相当な時間が必要だ。

「先生は大丈夫なんですか?」
「私かい?」

 マールはジュビアに辛そうな瞳を向けた。今にも泣きそうなその顔をジュビアは指で弾いた。

「痛っ!」
「私はマールくんが心配だ」
「え、ぼく?」

 額を押さえながらジュビアに視線を戻せば、睨むような目でマールを射貫く。

「どうしてシエルについて行かなかったんだい?」
「それは……っ」

 行きたい所があると言ったシエルに異を唱えたのには理由があった。
 仕方なくジュビアに全てを話すマールだった。

「……実は……」

 盗賊が召喚幻獣の本を盗んだと知り、自分たちと目的が同じではないかと不安になったのが最初だ。

 気持ちばかりが焦っていた。
 早くしなくては、盗賊が召喚幻獣を見つけ出してしまうかもしれない。

 何よりも先に、シエルの魔法のことを早く解決したくて先を急ぎたかった。
 それが道を外れると聞いたら、混乱してしまって訳がわからなくなった。

 マールはそう言って頭を掻いていた。

「だからか」
「え?」

 ジュビアはマールに向き直る。

「『勇者の日記』のコピーをエスに掴ませるように仕向けた」
「そんなこと……っ」

 マールは目を見開いた。
 それが肯定だと判断したジュビアは更に詰め寄る。

「話が逆だ。私たちが行き先を決めたのは、盗賊が盗んだ後だ」
「…………」
「盗賊が盗んだものなんて、気になってはいたが特に話題にはならなかった」

 話をした時に出たのは『勇者の日記』とマールが話した『召喚幻獣の正体』。そして中央都市プルプの本の話だった。

 盗賊が盗んだものを話題にすることはなかった。

「だって、召喚幻獣の本を盗まれたんですよ? 誰だって不安に……」
「それは、誰から聞いたんだい?」

 目を逸らそうとしないジュビアに圧倒される形で、マールが後退る。

「誰って、みんな……」
「盗まれたのは禁書。召喚幻獣の本だなんて、知っているのは一部だけだよ」
「…………っ」

 マールは拳を小刻みに震わせた。嫌な汗が首筋を伝っていく。

「全て、話してくれないかい? マールくん」
「……でも……」
「シエルもエスも、もちろん私も味方だ。信用してくれないかい?」

 柔らかい風が二人の間を抜けた。靡く銀髪を押さえながら、ジュビアはマールの返事を待った。

「ぼくは……っ」
「ジュビアさん!」

 そんな二人の元に一人の魔法騎士が走ってきた。息を切らせ、ジュビアの前で頭を下げた。

 よくロシオと行動していた男、トルエノだ。次期魔法騎士団長と言われているが、まだ正式には決まっていなかった。

「魔法騎士団が私を呼ぶなんて珍しいじゃないか」
「はい。その……団長のことでお話があります」

 その言葉にジュビアの目が細められた。
 マールに向けていた目はすぐに、トルエノへと移動した。

「……ずっと極秘にしていたはずのことを今更、私に話すなんてね」
「すみません」
「つまり、魔法騎士団は大々的に動けないということだね」

 トルエノは目を伏せたままで頷いた。

 ジュビアは考えるように目を伏せてから、ゆっくり口を開いた。

「……話を聞こうじゃないか」
「ありがとうございます」

 トルエノがマールに目線をずらす。それを見たジュビアは改めてマールを見つめた。

 彼が持ってきた話は、本来なら極秘扱いのもの。マールには聞かせるわけにはいかないのだ。

「ぼくは大丈夫です」

 マールは困ったように笑っていて、拍子抜けしてしまった。
 先程とは打って変わって、いつもの柔らかい雰囲気の彼に、ジュビアは目をしばたたかせた。

「すみません、ジュビア先生」
「マールくん……」

 ジュビアの指摘したことに対して、マールは素直に謝った。そして真剣な目でジュビアとトルエノを交互に見た。

「大事な話なんですよね。ぼくは待ちますから、先に話をしてください」

 驚いたのはジュビアの方だった。しっかりしたマールの言葉に、どう答えたらよいか迷ってしまった。

「しかし、マールくん……」
「後でちゃんと話しますから」

 今は聞かないでほしい。
 そう言っているように聞こえて、ジュビアは小さくため息をついた。

「彼との話が終わったら、話してくれるね?」
「……はい」
「わかった」

 そう言うと満面の笑みでジュビアに頭を下げた。

「今、積荷が届いたみたいですから。手伝いに行きます!」

 マールはジュビアの後方に馬車が来たのを確認した。
 中央都市プルプに残る人々への支援物資であろうことは、遠目からでもわかった。

「わかった。終わったら呼びに行こう」
「はい!」

 そしてマールは馬車の方へ走っていった。

「大丈夫ですか、ジュビアさん」
「ああ、問題ないよ」

 走り去るマールの背中を一瞥し、すぐにトルエノに向き直る。
 それを確認した彼は、場所を変えるためにゆっくりと歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


「詳しく説明してほしい」
「わかりました」

 魔法騎士団が現在使っている仮設小屋には、人が出払っていて二人以外には誰もいなかった。

 次期魔法騎士団長トルエノは、テーブルの上に調査結果ファイルを広げながら説明を始めた。

「犯人と思われる者の足跡です」

 指さした紙には写真があった。黒く汚れたような足跡だ。

「黒くなっているのは、血を踏んだからだと思います。大図書館の館長は棚の下敷きになって……」
「わかった。それで、これはどこで見つけたんだい?」

 その写真を見ながら聞くと、トルエノは伏し目がちに答えた。

「大図書館の地下。禁書の部屋です」
「禁書……鍵は?」
「もちろんかかっていました」

 改めて写真を見る。微かに燃えた跡のある床が見えていた。

「その大きさから子供ではないかと思われます」
「子供!」

 ジュビアはトルエノの言葉に耳を疑った。

「女性の可能性は?」

 冷静を装って聞き返すと、彼はそれには答えずに調査結果ファイルを捲った。

「その日、大図書館には五人いました。館長、司書が二人、魔法騎士団が二人」

 その話はジュビアも知っていた。
 大火の後に、魔法騎士団が調査を始めた頃だった。街の噂で話しているのを耳にしていた。

「館長、司書の一人、魔法騎士団はそこで命を落としました」

 生き残った司書が目撃したものは、犯人に関するものだ。ジュビアはトルエノの言葉を待った。

「司書は深夜の時間帯に子供を見かけたそうです。見たのは後ろ姿だけで、話しかけようとした瞬間に炎に襲われたと話しています」
「話しかける瞬間……」

 部屋の中が暑くなってきた。
 しかし、ジュビアは寒気すら感じていた。眉を顰めるジュビアに彼は頷いた。

「そうです。もし、その子供が魔法を使ったのだとしたら、おかしいのです」
「呪文を唱えていない」
「その通りです」

 この世界に呪文を唱えず、魔法を使える者はいない。

 呪文というのは、言わば契約みたいなものだ。言葉で契約して、代金としての魔力を払う。
 そこでやっと魔法が使えるのだ。だから、呪文のない魔法など有り得ないのだ。

「司書の話では赤い髪の少年だったと聞いています」

 しかし、あれほどの炎を少年が使えるなど信じられなかった。

 人には決められた魔力がある。魔力値が高い、低いはあるが、生まれた直後はみんな同じくらいの魔法しか使えない。

 それを全て使いこなせるようになるのは十五、六歳だ。能力の引き出し方を知るために、魔法学校があるのだ。

 それを少年はすでに使いこなしている。
 街を焼き尽くすほどの魔法。そして冷血さを持った少年。

「信じられない」

 子供に魔法騎士団長が殺された。自分の兄が殺されたなど信じられなかった。

 それはトルエノも同じように思っていたようで、腕に力が入っていた。

「それで、私に話したんだね?」
「お察しの通りです」

 一つの街が子供の手によって破壊された。
 しかもその要である魔法騎士団長の命も奪った。それは魔法騎士団の名折れとなる。

 再建が始まろうとしているところに、その事実が広まれば町の者は魔法騎士を信用しなくなるかもしれない。
 魔法騎士団がいるから安心出来る街というイメージはガラリと変わる。

 大切な人を失い、家を失い、未来に不安しかない人々が、冷静に物事を見るなど難しい。怒りの矛先が向けられるかもしれない。
 それこそ、中央都市プルプの終わりだ。

「魔法騎士団は極秘に放火犯を追う。しかし、行動は制限されてしまう。だいたい、国外へ行ってしまったら難しいね」

 魔法騎士団は力があり、罪人を捕らえる権限もある。しかし、罪人を捕らえるために国外へ行くことは出来ない。

 それぞれの国の法律があるからだった。国外へ行った時点で、権限は魔法騎士団からそれぞれの国へ移行する。

「わかった。放火犯のことは、私たちが引き継ぐよ。兄さんのこともあるしね」

 トルエノは頭を下げた。
 これで話は終わったと思っていると、新しい調査結果ファイルを彼は出してきた。

「これは?」
呪紋じゅもんに関するものです」

 呪紋じゅもんとは、術者を特定するための痕跡だ。
 特定するには、特殊な液体をふりかける。窓や壁など平面に魔法が当たった場合という限定的なものではある。

 魔法研究所がそれを発表したのは数年前。最近のことだ。

 魔法には術者によって特徴がある。どんなに似せて魔法を唱えても、間違えることはない。
 魔法の威力、癖、呪文を唱える声。様々な特徴から個人を特定する。

呪紋じゅもんと言っても、元のデータが必要だろう」
「試験段階でのデータを利用しました。魔法学校の生徒たちのものです」

 初めて聞いたことだった。
 試験運用のために魔法学校の生徒たちのデータを取っていたと、トルエノは言った。

 もちろん、他国の魔法学校からもデータを集めていた。それを管理していたのはそれぞれの魔法学校の校長だった。

 なぜなら、生徒たちの個人情報だからだ。
 生徒を守ることも魔法学校の役目。ただ、有事の際には迷わず情報を開示すると約束していた。

「全てのデータは三日ほど前に届きました」

 彼は今回の大火で焼けた壁の写真を見せた。全体的に青いのは、呪紋じゅもん専用の特殊な液体を霧状に吹き付けたせいだ。

 広い範囲に、道具を使って描いたような綺麗な円形の跡。中央にいくほど青色が薄くなっていた。

「繊細な人ほど円の形は美しくなります。そして大きさは魔力の強さ。外側の色が濃いことから、広範囲を狙ったと考えられます」

 ジュビアはその写真を見ながら顎に手をやった。あれほどの破壊をやってのけた人物が、しかも子供が、繊細だなんて考えられなかった。

「さっきの言いようだと、見つけたんだね。魔法学校の生徒から犯人を」
「……それは、難しい質問です」

 悩むように眉間に皺を寄せたトルエノは、ゆっくりと説明を始めた。

「目撃したのは少年でした。しかし、あの呪紋じゅもんは魔力の強い女性の特徴そのものです」
「女性? しかし――」

 ジュビアが反論する前に、トルエノはまた写真を取り出した。立ち上がりかけていたジュビアはそれを見て、目を見開いた。

「同じじゃないか」
「その通りです。強さ、色の出方、その範囲から形まで全く同じです」

 誰なのかと聞く前に、トルエノが立ち上がった。何か考え込むように目を閉じ、拳を握り締めた。

「ジュビアさんに嫌な役回りをさせてしまうことに……本当に申し訳ありません」
「……話してくれ」

 真剣な顔つきになるジュビア。やがてゆっくり目を開けたトルエノは、深呼吸してから口を開いた。

「犯人が特定出来ません。目撃した少年。呪紋じゅもんから割り出された生徒。どちらであるか……それとも別にいるのかわからないのです」

 つまり、少年やその生徒に会っても連行することは不可能。当日に何をしていたかという事情聴取くらいしか出来ない。

「嘘をつかれたら、それまでか」

 トルエノは頷いた。

「それで? 私はなにをすればいい?」
「少年の捜索。そして犯人である証拠を掴むまで、呪紋じゅもんから割り出した彼女の監視をお願いします」

 トルエノが出した写真に、ジュビアは目を疑った。

 立ち上がり、ガタンと椅子が倒れる音が響く。その写真を見つめ、肩を震わせていた。

 白い制服。乱れのないロングストレートの金髪。緋色の瞳。

 睨むような目つきで写るのは、シエルだった。

「そんな、ありえない。シエルは、シエルには――」

 魔法が使えない。
 ジュビアはその言葉を発することが出来なかった。


――――


 その後、ジュビアはトルエノとの会話を終わらせて外に出た。
 異変はすでに起こっていた。

 中央都市プルプからマールは姿を消し、ジュビアとの約束は守られなかったのだ。

 ジュビアはマールから離れたことを悔やんだ。

 プルプの大火、ロシオを殺した炎の原因である犯人。
 そのことばかりに気を取られ、マールの精神状態を考えることが出来なかった。

 自分のことばかり考えていた。

 そんな自分が腹立たしく、何も守れていないことに気づいた。

 唇を噛み締め、傾き始めた太陽を睨みつけていた。

「ジュビアさん。やはり、あの荷馬車に乗っていったようです」

 トルエノは魔法騎士たちに確認して戻ってきた。マールが中央都市プルプには残っていないことを改めて知ることになる。

「荷馬車はどこへ?」
「ヴァイス港町です」
「……そうか」
「追いますか?」

 ジュビアは太陽を睨みつけた。すぐにでも追いたいが、日が沈みかけている。
 明かりの少ない街道を馬で行くのは危険だ。歩いていくくらいなら、朝を待つ方が確実だ。

 思考を巡らせ、ジュビアは首を横に振った。

「早朝、ここを出る」
「わかりました。ヴァイス港町まで魔法騎士団に送らせてください」
「……ああ」

 半ば放心状態のジュビアに、頭を下げてトルエノは走り去った。

「どうなっているんだろうな」

 ジュビアはその場に座り込み、手元の雑草を引きちぎった。

 グリューン町を出た時には、何もかもがうまくいっているような気がしていた。
 それが今、全てが壊れかけているようだった。

「兄さん。私は、もう無理かもしれない」

 頭を抱えるようにして、見えない兄の姿を探していた。

「私は、なにを信じたらいい?」

 繰り返し思い出すのは、トルエノが話した放火犯のことだった。

「君たちは一体、何者なんだ?」

 ジュビアの声が、風に吸い込まれていった。


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