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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【2】

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二人の旅




 街道を少し離れた草原地帯。

 緊張が漂う中、二人の男女が背中合わせになって様子をうかがっていた。

 もうすぐ太陽は一番高い位置にくる。
 徐々に暑くなってくる気温。前日に降った雨で土が濡れていて、気温上昇とともに湿気が肌を包む。そしていつ襲われるかわからない緊張。

 足首まである草がその正体を隠し、それはどこからやってくるかわからない。

「気をつけろ!」

 険しい表情をしたエストレジャは、音を頼りに攻撃しようとする。しかし、生暖かい風に阻まれてしまう。

「痛っ」

 シエルは草の動きを見つめるが、右からやってきたそれに頬を傷つけられた。

「そこだ!!」

 厳しい声がシエルを緊張させ、即座に反転しながら避ける。
 木の棒を振りかざすが、すでに姿は生い茂る草の中だ。

「ちょこまか、ちょこまか! イライラする!!」
「落ち着け!」

 一陣の風が吹き、その生暖かさに嫌な記憶を思い出す。疼き出す左腕を庇うように棒を構え直した。

 シエルは意識を集中させる。

 小さな何かが草を掻き分けて走る。
 風とは違う乱れた音。時々、聞こえる草を切り裂く音。飛び上がる直前、土を蹴る僅かに聞こえる重い音。

「そこっ!!」

 シエルは棒を薙ぎ払い、それを叩き落とした。

 その正体は凶暴化したねずみだった。赤い目が二人を狙っていた。

 広い草原地帯。どのくらいの数がいるかわからない。

「よし!」

 エストレジャも同じように集中する。手を真っ直ぐに突き出し、チャンスをうかがう。
 数匹がその後ろからエストレジャの首を狙って跳んだ。

「体躯を抉る狂気の巨岩(ヴォルテ・ロッチャ)嵐!!」

 振り向きながらエストレジャは土魔法を放った。
 地面から突き上がる岩が、竜巻のように渦を巻いて草もろとも叩きつける。

 エストレジャの土魔法が多くの鼠を倒した。
 しかしシエルは浮かない顔をしている。

「あのさ、エストレジャ」
「やらない!」

 即答したエストレジャに、シエルは冷めた視線を向けた。

「わかってるなら……痛っ!」
「シエル、集中」
「うるさいっ!」

 シエルがため息をついた時だった。
 隙を突いて、鼠がシエルの体を上ってきた。それも数十匹だ。

「こんなに……っ」

 次々と足から頭へと鼠が動き回る。
 一匹が噛み付いた途端に、次から次へと攻撃が始まる。髪の毛に絡みつく鼠もいた。

 爛々と妖しく光る目がシエルを捉えた瞬間、口の隙間から白いものがほとばしった。

「シエル! 転がれ!!」
「え、え!?」

 濡れた土の上を転がるのを少しためらったが、仕方なく倒れるようにして転がった。
 体についていた鼠はたまらず、シエルから離れた。

「血肉を求める連続草剣の(スパーダ・エルバ)乱舞!!」

 すかさずエストレジャが魔法を繰り出した。
 シエルの周りを駆け巡りながら草の葉が鼠を切り裂いていく。
 鮮血が飛び散り地面に染み込む。

「うわぁ……」
「だから、こっちの魔法は嫌だって言ったんだ!」

 エルバは土魔法の一つ。
 先にエストレジャが使ったのは石や岩を出現させ攻撃する。

 二つ目に使ったエルバは草を使う。
 草原地帯では相性がいいために、いつも以上の力が発揮出来る。

「血は見たくない」
「キャラと合わないんだけど」
「うるさいっ」

 エストレジャの攻撃でほとんどの鼠は死に、残りも逃げ出した。辺りは静かになっていた。

「こいつか……」

 逃げた鼠の一匹をエストレジャが掴んでいた。

「わたしが会った犬と同じ?」

 赤い目。だらしなく流れる涎。

「港町の方で動物が襲う。噂は本当らしいな。シエルの前に現れたのが、稀ってやつか」

 エストレジャが鼠を強く握ると、その口から小さな電撃が迸る。

「雷……魔法」
「動物が魔法を使うなんて聞いたことがない。どうなってやがる」

 エストレジャは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 彼は鼠を宙に手放した瞬間、魔法で攻撃した。鼠はすぐに動かなくなる。

「モンスターみたいね」

 本の中に存在するモンスターの姿。魔法を使うモンスターもいたという記述を思い出すシエル。

 モンスターが蘇るなど考えたくもなかった。
 しかし、実際に凶暴化した動物は何もかもが似ていた。

「そう……かもな」

 エストレジャは嫌な予感を振り払うように、また荷物を持ち直す。

 太陽の位置を確認したエストレジャが急に慌て出した。

「しまった! 早くしないと間に合わないぞ!」
「ちょっと! 置いていかないでよ!」

 シエルは慌てて鞄を持った。先に歩き出したエストレジャに急いで追いつく。

「ヴァイス港町で服、買えるかな」
「……さあな」

 プルプの大火、先程の戦闘で服はボロボロだった。ヴァイス港町で買えることを願うばかりであった。

 そんな二人は戦っていた草原地帯から、馬車や馬、人が歩く街道へと移動した。

 二人がいるのはヴァイス港町に近い街道である。
 弔いの儀が終わった後に、二人は乗り合い馬車でヴァイス港町に向かった。

 中央都市プルプからヴァイス港町までは三日ほどの距離である。
 日に二回ほど休憩をとりながら、順調に進んでいた。

 しかし、定員オーバーで混雑した馬車の中は暑く、おまけに天気もいい。

 シエルは乗り物に酔い続け、あと半日という所で限界を迎えた。そのため、二人は馬車を途中で降りることにしたのだった。

 町と町を結ぶ街道には何もないわけではない。
 商人たちが店を構えて品物を売っていたり、食堂があったりして賑わう所もある。

 距離の長い場所では、宿場町と言われるほどに宿屋が連なっている。中央都市プルプとヴァイス港町の間にも宿場町があった。

 そこで一夜を過ごし、翌朝、馬車を待たずに歩きでヴァイス港町を目指していた。

 その途中、あの鼠たちに出会ってしまったのだった。



 黙々と街道を歩きながら思うのは、まだ中央都市プルプにいる二人のことであった。


 ◇ ◇ ◇


 夕刻前。シエルたち二人はヴァイス港町に着いた。

 町には明かりが灯り、幻想的な雰囲気。思わず見惚れてしまう。と同時に耳を塞ぎたくなる。

「美味しい魚はいるかい?」
「ちょっと見ていきなよ!」

 中央都市プルプの賑わいもすごかったが、ヴァイス港町の活気にも驚いた。
 町が近づいてくると人々の往来が激しくなり、祭りかと思うほど賑やかな声が聞こえていた。

 陸地側から東の海側に伸びる一本の広く長い道は市場通りと言う。その名の通り、様々な商店が並び人の目を引く。

 屈強な男達は港で声を張り上げ、商店にいる女達は客を呼び込むのに大声。その声につられて客も声が大きい。

 圧倒されるシエルに対して、エストレジャは楽しそうにしていた。
 何が嬉しいのかわからないシエルは、冷めた目で彼を見てしまうのだった。

 今は、中央都市プルプから逃げてきた人々がたくさんいる。町の外にまで仮設の小屋を建てて対応している。

 仮設と言うにはもったいないほどの建物。
 それを短期間で作るヴァイスの民の技術はすごいと改めて思った。

 少し歩けば、潮の香りに波の音が聞こえてくる。
 真っ直ぐに船着き場に来てみれば、何隻もの船が目の前。明日の出航に備えて慌ただしく働く男たちがいた。

「宿屋は満室でしょ?」
「……だろうな」

 プルプの大火の影響で、宿屋の一部は満室。
 そして人が集まる港町の夕方。空いている部屋はほぼないと思われた。

 どこか手頃な場所はないものかと考えていると、エストレジャが満面の笑みで答えた。

「任せろ!」

 勝手に歩き出したエストレジャを信じて着いていくことにした。

「頼むわよ」

 ヴァイス港町に着いてからまず服を探したのだが、品切れ状態。
 残っていた防寒具だけを買って船着き場に来ていた。

 船着き場から南方面に歩きながら、
「シエル。行き先はノルデ国の南。ラウホ港町でいいんだな」
 エストレジャがそう聞いてきた。

「ええ、そう」

『勇者の日記』の道も、盗賊を追うことも一時中断し、シエルが行きたいと言い出したのは北に位置するノルデ国だった。

「乗船チケット買うから、先にあそこへ行け」
「あそこって?」
「海の男が集まる酒場」
「……本気?」
「本気」

 そう言ったエストレジャの横顔を見ていると、騒がしい声が聞こえてきた。

 海岸に明かりが灯されていた。
 近づいていくとテーブルや椅子が所狭しと並べられ、正直綺麗とは言えない場所だ。

 そこには海の男たちがすでに出来上がった顔をして騒いでいた。

「えー」
「他にないんだ。文句言うな」
「寝られないじゃない」
「ま、なんとかなるだろ!」

 嬉しそうなのはエストレジャだけだ。信じてついて行ったのが馬鹿みたいだ、と吸い込んだ息を吐き出した。

「浮かない顔するな」
「浮かれた顔、ちょっとは引き締めたら?」
「はっはっはっ! まあ、入りにくいならその辺で待ってろ」

 口を尖らせていると、エストレジャは無視してチケットを買いに行ってしまった。

「ばーか」

 シエルは堂々と酒場に入るのも、待つのも嫌で、仕方なくテラスになっている外の椅子に腰かけた。

「マール。大丈夫かな」

 人のことばかりを考えるお人好し。それがマールの良い所である。
 それでも、もう少し自分のために動いてもいいのではないかとシエルは思っていた。

 ジュビアと一緒に残ったのも、自分は荷物持ちだからと言って聞かなかったからだった。

 本当は何か他に理由があったように感じた。
 だが、どうしても聞けなくてケンカ別れのようになってしまった。

 道を外れることが、どうしても許せないといった様子だった。

 あの後、マールが戻ってきた時。
 シエルがノルデ国に行きたいと言い出した途端、表情を変えた。

『先に行ってください。必ず合流しましょう。ヴァイス港町で』
『……約束よ』
『もちろんです』

 その笑顔は本物だった。
 でもどこか淋しそうで、約束を信じようと思うのに、離れていく錯覚に不安になった。

「ほれっ」
「冷たっ!」

 ぼうっとしていると、突然顔に冷たいドリンクを押しつけられて悲鳴をあげる。

「……もうちょっと優しく出来ないの?」
「優しくして欲しいか?」
「……やっぱ、いい」

 悪戯に笑うエストレジャからドリンクを受け取って、軽く睨みつけた。

 立ったまま木で作られたジョッキに口を付けるエストレジャ。中身は当然、酒だ。
 シエルも同じように口を付けた。
 柑橘系の香りが鼻を通り、甘すぎない爽やかな味が喉を潤した。

「心配か?」
「え?」

 突然、聞かれて彼を見上げた。エストレジャは変わらぬ表情で海を見つめていた。

「エストレジャは心配じゃないの? ジュビア先生のこと」

 兄が亡くなり、弔いの儀が終わった。ジュビアの精神状態は計り知れない。
 視線を落とすシエルをチラリと見て、エストレジャは吹き出すように笑い出した。

「ま、確かに心配だがな」
「なによ?」
「あいつはウジウジ悩むような奴じゃない。むしろ、心配なのは……」

 エストレジャは目を細めた。シエルの前に座って、テーブルに肘をついた。

「放火犯がわかった時、復讐するなんて言い出しそうでな。そっちが心配だ」
「……絶対に敵に回したくないわ」

 怒ったジュビアを想像して、ゾクリと身体を震わせた。

「マールのことは心配するな。ジュビアがついてる」
「心配なんてしてないわよ」
「素直じゃないな」
「素直です!」

 ひとしきり笑ってから、エストレジャは店員を呼んで料理を注文した。
 その量に、口をぽかんと開けてしまうシエルだった。

「出発は早朝。どうせ船酔いするんだから、今のうちに食べとけ」
「どうせって……酷い」
「優しくしなくていいんだろ?」
「意地悪」

 すでにジョッキを空にしてしまったエストレジャは、じっとシエルを睨みつけるように見た。

「なによ?」
「本当なんだろうな?」
「なにが?」

 酒が飲みたいだけのエストレジャの話をシエルは、半ば呆れながら聞いていた。

「これからの行き先だ」
「姫巫女の村、シュピナート?」
「だいたい、その村が存在しているなんて聞いたことがない」
「信じてよ」

 シエルはノルデ国にあるシュピナート村に行きたいとみんなに伝えた。その時の驚きようは可笑しかった。

 しかし、シュピナート村は勇者とともに戦った姫巫女の出生地。
 その存在は確認されたことはない。隠された地と呼ばれていた。

 みんなの反応は間違ってはいない。

「信じろって言われてもな」

 現在、一緒に旅をしているエストレジャにも詳しくは話してはいない。

 しかし、もしも伝説の大戦のものが狙われているのだとしたら、シュピナート村が危ないのだとシエルは説明していた。

「そろそろ、詳しく聞いてもいいだろ?」

 よくわからないままに、ヴァイス港町に来た。そして明日には船でノルデ国に行く。
 旅の目的が不安定で、エストレジャは眉間に皺を寄せてばかりだ。

「無理よ。ここは人が多すぎる」
「話す気、あるのか?」

 ますます皺が深くなるエストレジャに笑顔で答えるシエル。

「明日、船の中で話すわ」
「絶対だぞ」

 空になったジョッキをもてあそびながら、エストレジャは唇を尖らせていた。

 機嫌をそこねたら面倒そうだな、とエストレジャの表情を見てため息をついた。

「一つだけなら、今教える」
「なんだよ」

 素っ気ない返事にムッとしながらも、シエルはエストレジャの耳元に寄った。
 他の者には聞こえないよう、極力小さな声で伝えた。

「わたし、シュピナート村の出身なのよ」
「…………」
「聞こえた?」
「はあ!?」

 エストレジャの声が辺りにこだまし、海の男たちの注目をあびたのは言うまでもない。



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