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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【2】

22/62

大人たちの夜



 中央都市プルプの中心地は夜になると大人の街に変わる。お洒落なバーから、安価に提供する立ち飲みまで。

 その中でも少々高めのバーに入り、注文した品を待つのはジュビアとエストレジャだった。
 話がしにくいということで、カウンターから離れたテーブル席を選んだ。

 店は雰囲気を出すために薄暗く、彼らのいるテーブルも同じだった。壁に設置された洋灯が手元を照らす程度であった。

「おい、本当に大丈夫なんだろうな」

 そう声をかけるエストレジャ。
 黒いTシャツにグレーのつなぎを着ている。腰の部分でつなぎ上部を縛っただけのラフな格好だ。
 お洒落でシックなこの店には不釣り合いであった。

「不安かい? エス」
「……金、ねえぞ」
「今日は兄さんの奢りだって言っただろう?」

 不安がるエストレジャがジュビアを睨みつけた時、店員がウィスキーとワインを運んできた。
 一礼して去るのを見届けてから、エストレジャは緊張を解いた。

「ちっともリラックス出来ん」
「エスの場合は港町にあるような男臭い居酒屋が似合ってるのかもね」
「そう言われると腹立つな」

 クスクスと笑い、テーブルに置かれたワインを手に持つ。エストレジャも同じようにグラスを持って掲げるように上に上げてから口を付けた。

「シエルのことはマールに任せてきた」

 ピクリとジュビアの手が震えた。
 運よくそれは揺れる灯りのお陰でエストレジャには気づかれなかった。

「……そう」

 しかし素っ気ない返事にエストレジャは気づいて肩を竦めた。グラスを置いてからジュビアをじっと見つめた。

「大丈夫か?」

 大丈夫かと聞かれ、正直な所どうなんだろうかと考えてしまったジュビアだ。笑顔で大丈夫とは言えない精神状態だった。

「シエルには、悪いことをしたと思っているよ」
「でも、あれはシエルも悪かったから……」
「違う。私は自分の感情をシエルにぶつけただけだよ」

 シエルが部屋にいないと知って彼らは焦った。すぐに魔法騎士団に相談した。
 魔法騎士団長ロシオはジュビアの兄である。それを知っている魔法騎士たちはすぐに動いてくれた。

 自分たちもシエルを捜すと言い出したジュビアやマールだったが、ホテルで待機するように魔法騎士団から言われていた。

 中央都市プルプでは魔法騎士団の命令は絶対である。
 街をよく知らない者が勝手に動き回られると、魔法騎士団の捜査が混乱する可能性があるからだった。

 そしてホテルに帰ってきたシエルを見た時、思わず平手で殴っていた。

『ごめんなさい……』

 そう言って謝るシエルを見るのは何度目かわからない。酷く落ち込んだ彼女を見ていられなくて、すぐに部屋を飛び出していた。

「あんなに感情を露にするところ、久しぶりに見たぞ」

 エストレジャでもジュビアが本気で怒る場面は数えるほどしか知らない。
 今回のジュビアは珍しい姿であった。だからこそ、逆に心配になるエストレジャだ。

「心配されるほど、私は精神不安定だったのかい?」
「いや、そうじゃなくて――」
「で? 先にプルプに来ていたエスの話を聞きたいんだけど」

 ジュビアは話題を変えた。
 何かを言おうとして、エストレジャは押し黙る。これ以上聞くなというジュビアの雰囲気を感じた。

 仕方なくエストレジャは問い詰めることをやめ、腕組みしてソファにもたれる。

「ところでさ。なんでエスが頼まれたんだい? 魔法学校の教師にはもっと頭のキレるのがいるだろう?」
「さらっと馬鹿にしなかったか?」
「事実だろう」

 ガクリと肩を落としたエストレジャ。そんなことは関係なしにワインを飲むジュビア。

「まあ、いい。他の教師は抜けられなかったんだと。極秘任務だから、学校関係者がいいってことで」
「適任と見せかけての、暇な奴を選んだわけだ」
「ジュビア!」
「……極秘だったんだっけね」
「なんだ?」
「うっかりシエルとマールに任務の話をしてしまったよ」
「は!?」

 驚いた声を出すエストレジャを店員がチラリと見遣る。慌てて口を押さえた。
 ジュビアは涼しい顔をしたままだった。

「それで? 盗賊は?」

 エストレジャはため息を吐き出してから、ウィスキーを一気に飲み干した。

「校長は、盗賊のことを魔法騎士団の数名に知らせたらしくてな。俺がプルプに来た頃には地下牢」

 ジュビアはワインを飲んでから、エストレジャに向き直る。

「けど、まだ会えていないみたいだね」

 盗賊が捕まったのはグリューン町で騒ぎがあった翌日。場所はグリューン町に近い場所であった。
 しかし校長の頼みで中央都市プルプへと移送することになっていた。

 訳はグリューン町では強固だと思われた禁書へ入る扉を簡単に壊されたことだ。
 例えグリューン町の牢に入れたとしても簡単に逃げると思ったためだ。

 そして捕まった二人に面会することは、魔法騎士団の任命式と一週間の神聖な儀式の最中によりかなわなかった。
 ただ、一人だけ会えたとエストレジャは言った。

「盗賊に会えたのかい?」
「いや、それがな。子供なんだ」
「子供?」

 盗賊として捕まったのは三人。うち二人はすぐに地下牢に入れられた。
 しかし一人は八歳の子供だったために保護という形で魔法騎士団の寮にいた。

「なにかわかったのかい?」
「金髪の大人しい異国の少年ってことだけだ」
「八歳じゃ仕方ないか」

 ジュビアが困った表情をし、エストレジャは眉間に皺を寄せた。
 仕方なくジュビアは話題を変えた。

「大図書館には?」
「行ったよ。お前らが来るまでの間。たっぷり時間があったからな」
「約一週間くらいかな?」
「ちょっと知的になったかもな」
「……それはない」

 言い切ると、あからさまにムッとしたエストレジャ。それを見て笑うジュビアだった。

「で? どうだった?」
「あの蔵書量だ。見つからなかった。ただな、やはり伝説の大戦に関するものはなかった。多分……」
「禁書か」

 ジュビアは目を伏せた。
 空になったグラスの氷がカタンと音を立てた。
 再び目を開けたジュビアだが、腑に落ちないといった表情だ。

「おかしいと思わないか? 伝説の時代のこと。勇者や魔王、召喚幻獣。みんな禁書だ。語り継がれてもいい話だろう。特に勇者の話は」
「知らなかったのか?」

 第三者の声がして、二人は話を止めた。
 袖なしのシャツに黒いパンツというラフな恰好の彼。ジュビアと同じ銀髪と青い目をした男性。違うのは髪が短いこと。

「ロシオ兄さん」
「改めて。久しぶりだな、ジュビア」

 ロシオは目を細めて笑った。

「ロシオさん」
「エストレジャ。相変わらず仲がよさそうで安心した」

 そう挨拶を交わしてから、ロシオは店員を呼んですぐに注文をした。
 よく利用しているからなのか「いつもの」で、通じるようだ。

「例の人さらいは?」
「ああ、今は大人しく地下牢にいる」

 エストレジャの問いに答えながら、ロシオがジュビアの隣に座る。ジュビアは首を傾げた。

「中央都市プルプはこんなに治安が悪かった?」
「本当に恥ずかしい限りだ。ここ最近、良くない犯罪ばかりが起こる。今回もその一つだ。本来はグリューン魔法学校から新入生が来て、魔法騎士団に任命された新人たちと訓練するはずだった」

 一週間の神聖な儀式が終わり、明日には訓練が始まるはずだった。
 しかし、あまりの治安の悪さに魔法騎士団がグリューン町に出張する形となっていた。

「一体、なにが起こっているんだい?」
「さあな。下っ端ではなさそうな奴がやっと捕まった。明日からの取り調べで一掃出来るといいんだがな」

 アグラード。そして雑貨屋に身を置く数名を捕まえた。
 雑貨屋を開店させた理由が人さらいだったとなれば、今までにどれほど犠牲になったかわからない。

「あの店がボスと繋がってると信じたいんだが……」
「……中央都市プルプだけじゃないさ。グリューン魔法学校の禁書を盗まれたなんて前代未聞だよ」
「どうしたもんかな」

 ロシオが頭を掻いて、天井を見上げた時だった。店員がグラスをテーブルに置いた。ソルティードックだ。

「ところでエストレジャ。一週間も待たせて悪かった。明日には魔法騎士団も通常の任務になる。罪人との面会もかなうはずだ」
「ありがとうございます。無理を言ってすみませんでした」
「なに、あの校長のこと。盗賊のことばかりが頭にあって、こちらのことを忘れていたのだろう」
「兄さん。軽く校長を馬鹿にして――」
「事実だろう」
「さすが兄弟。ジュビアより強者だな」

 お互いの顔を見て笑うジュビアとロシオ。それを見て嬉しくなるエストレジャ。

 三人は幼なじみのような存在で、ロシオが魔法騎士団に入団してからも時々こうして会っていた。
 団長になってからは、休みが取れずあまり会うことは出来なかったが。

「明日のうちはまだゴタゴタしているだろう。人さらいも捕まったことだしな。準備が出来次第、迎えを寄越そう」

 ロシオはゆっくりグラスを口につけた。

「それなら、日中は大図書館にいるから、そこに」

 ジュビアがそう言うと、エストレジャは立ち上がった。

「エス?」
「校長に手紙を出す。早めの方がいいだろう。まだ確認出来ていないが、多分グリューンにいた盗賊だ」
「……わかった」

 ジュビアは引き止めず微笑んだ。

「久しぶりにあったんだ。兄弟で楽しんでいってください」

 そうロシオに言い残して、彼はすぐにいなくなった。

「気を遣ったんだな。悪いことをしてしまった」
「構わないよ、兄さん。エスにはいつでも会える」

 お互い笑ってから、ロシオはエストレジャのいた場所に移動した。向かい合う形になってから、ロシオが口を開いた。

「ところで。勇者の話、してたみたいだが?」
「まあ」
「なぜ禁書なのかって?」
「兄さん、知ってるの?」

 まあな、とグラスを傾けるロシオ。

 店に客は少なく、カウンター内で作業をする店員の姿がやけに目立っていた。そこだけやや明るい照明が使われているせいかもしれない。

 すぐに目線を戻して、ジュビアはロシオの言葉を待った。

「争いの火種になるようなものが細かく記されている、とオレも聞いた話なんだがな」
「争いの火種か……」

 それこそ召喚幻獣のことだ。
 使い方を間違えれば、世界を破滅させるほどの力を持っているに違いない。

「しかし、盗賊を追うなんて危険な依頼に子供連れか?」

 ロシオは非常識だと言わんばかりに、表情をきつくした。

「まさか。依頼を受けたのはエスだけ。私は勉強を兼ねて巡業診療。シエルとマールくんはオステ国に用があってね。巡業ついでに道案内」
「なるほどな。安心した」

 真面目すぎるとは思うが、やはりそこは魔法騎士団長だから仕方ないと諦める。

「兄さん、今は禁酒期間じゃなかった?」
「いや。今日の夕刻に神聖な儀式は終わったよ。だから大丈夫だ」
「ふうん」

 やはり真面目だったと思い、ふと慌てる兄を見たくなったジュビア。悪戯な笑みを浮かべた。

「ところで兄さん。もう四十になるんだろう?」
「馬鹿言うな! まだ三十九だ」

 ロシオはムッとしたが、ジュビアは構わずに続けた。

「姫との婚約の話はどうなった? 魔法騎士団長になったら発表すると言って、結局二年経過しているじゃないか」

 ロシオは慌てて人差し指を口の前に持ってきて、しーっとジュビアの言葉を止めた。

「馬鹿! 民衆に知れたら……!」
「勘のいい人は気づいているだろう」
「いや。そういうことじゃない!」
「そのソルティードックだって姫のお気に入りだろう。兄さんはいつもワインを飲んでいたはず」
「そういうところ、鋭いな。ジュビアは」

 数年前、魔法騎士として姫の護衛にあたっていたロシオ。姫が中央都市プルプを離れる度に護衛として、共に行動した。

 何度も言葉を交わし、姫は彼を気に入り、ロシオもまた彼女に惹かれた。魔法騎士としてもそうだが、その人柄を王は気に入った。

 そして現在、婚約発表直前。
 突っ込んだ話にロシオの頬が赤く染まっていた。酒のせいではない。その証拠にまだほとんど飲んでいない。

 ジュビアはそんなロシオの赤ら顔が微笑ましかった。

「姫に気に入られ、王にも気に入られ、いずれ王族になるんだね」
「なにを言っている、ジュビア。お前もだ! 住む場所は違えど、いろいろ口うるさくなるぞ」
「勘弁してほしいな」

 ワインを一口飲み、テーブルに置く。
 そして、ロシオの見つめる目線に気づいた。ジュビアは眉根を寄せる。

「なに?」
「ジュビア。あの子……シエルさんのこと、あまり怒らないでやってくれ」
「…………」
「あんなにお前が感情を――」
「それはもう、エスから聞いた」

 ジュビアはため息をついた。

「……わかってるよ」

 ただ、放っておけないだけだった。
 グリューン町で出来る限りの治療を施したことも、旅に出る彼女を助けたいと思ったことも、全てシエルのためだった。

 勝手にホテルを出て、危険な目に遭って、心配よりも何も出来なかった自分に腹が立った。

 ――私は感情的にシエルを殴った。

 シエルは自分だけで何とかしようと頑張る。他を頼ることなどほとんどない。
 だからこそ心配だ。

 自分で出来るからと、大人と同じように振る舞い、背伸びをし過ぎている。

 まるで、かつての自分を見ているようだとジュビアは思う。

「ジュビア」

 ぽんっとロシオの手がジュビアの頭に置かれた。

「そんな顔をするな。気を張りすぎだ。お前はよくやってる。自慢の弟だぞ」
「……兄さん」
「目的はわからないが、大変な旅になるんだろう? 初っ端からそれじゃ、途中で倒れるぞ」

 ロシオを見れば、ウィンクして笑っている。巡回診療だけではないと、気づいているのだ。

「兄さんにはかなわないな」

 ジュビアが困り顔になると、ロシオは更に笑って頭を撫でるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それから数時間後。
 太陽がまだ姿を見せる前。深夜から早朝になる頃だった。

 人さらいが捕まったとの話を聞いてほっとした人々も多かった。
 それに魔法騎士団の任命式と神聖な儀式が終わりを迎えた特別な夜でもあった。

 ヴェス国最大の街。

 立派な城には穏やかで開放的な王族がいる。
 大図書館というとてつもない情報源もあった。
 城下町は人々の笑いが絶えない温かい雰囲気の街。

 王族が国を守り、国を統べる。それを見守る魔法騎士団がいる中心都市。

 ――なにが起きてるの?

 シエルは熱風で揺れる髪を整えることも忘れ、それを見ていた。

 中央都市プルプの終わりを――。



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