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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【2】

20/62

豊かな街と見えぬ闇(1)



 シエルが目覚めたのは午後四時過ぎだった。

 窓の外はまだ明るくてカーテンの隙間から光が洩れていた。賑やかな街の音がかすかに聞こえる。
 気持ちを落ち着けようと、とにかく立ち上がった。

「まだ万全じゃないか」

 軽くふらつくが歩けないほどではない。気分もだいぶ良くなっていた。ふと気づいて見れば、ジュビアが用意したタオルが枕を濡らしていた。

 改めて見るとずいぶん綺麗な部屋である。ベッドが二つ、ソファとテーブルもあった。
 壁にはどこなのかわからないが風景画が飾られていた。小さな冷蔵庫も完備。洋服や靴が収納できるクローゼットまであった。グリューン町にある宿屋と比べると、雲泥の差。宿屋というよりもホテルだ。

 マールが仕事を探しに行ったというのも頷ける。何日いることになるかはわからないが、いずれシエルも働きながら調べものをしていかなくてはならないだろう。

 ――魔法使えなくても、働けるのかな……。

 ふと、マールのことが心配になる。本当に一人で仕事を探して働いているのか。そう思うと体が勝手に動いていた。

 適当な荷物だけをショルダーバッグに詰め込んで肩からかけた。鏡を見て髪の毛を整えてから、慌てたようにドアを開ける。

 階段横の案内板を見ると、二階から上が客室。一階がロビーになっている。シエルは迷わず階段を降りていった。

 ロビーに着いたシエルは一度立ち止まった。あまりにも豪華な作りに驚かされる。

 出入口前には何かの芸術作品らしき像。至る所に花が生けられている。壁や柱、テーブルやソファ、花瓶やマグカップの細かいものまで美しい細工が施されていた。
 カウンターにいる従業員の制服まで清潔感があって、逆に居心地の悪さを感じてしまうほどだ。

「お出かけですか? 行ってらっしゃいませ」

 カウンターにいた従業員に頭を下げられる。シエルは息が詰まるような気がして、すぐにホテルを出た。

「新作のスーツがあって――」

 ホテルから外に出ると、目の前の大通りを歩く女性が楽しそうにお喋りしていた。
 大人の女性。シックなワンピースを着こなして、彼氏らしい男性と腕を組んで人混みに消えていった。

 世界が違う気がした。

 本当なら魔法研究所で働いていた。地べたを這いずり回るような旅をするなんて、考えられなかった。

 ――弱気になりすぎね。

 自分で旅に出ると、力が欲しいと望んだことだ。今更、過去の自分を求めても戻ることはない。それを受け入れるまで、まだ時間がかかりそうだ。
 シエルは深呼吸した。久しぶりに新鮮な空気を吸った気分になった。

「さて、と」

 そもそも中央都市プルプに来た目的は大図書館での調べ物だ。
 馬車の中でジュビアが話していたが、エストレジャは別の目的。すなわち、グリューン町に現れた盗賊を追う役目を任されたと聞いていた。

 ――任された本人も盗ったとか、予想外すぎるでしょうね。

 それも全てシエルのためにしたことだ。そう思うと悩んでなどいられないと、気合いが入るシエル。

 ――しかし、都会ね。

 シエルは大きな通りを人混みに紛れ、北に向かって歩き出した。

 中央都市プルプは目を見張るほどの都会。
 舗装された道路には様々な色の石が敷き詰められ、所狭しと建ち並ぶ家や店。広い敷地が使えない分、建物は上へと伸びて二階建ては一般的だった。それでも窮屈さはなく、壁が白色に統一された城下町は綺麗だ。
 そんな通りを横切っていく自動車や馬車。そして人々の波。時折、見かける魔法騎士団は人々の安全を守るかのように目を光らせていた。

 他国に比べれば治安の良い国だ。事件が起こることなど滅多にない。ジュビアが物騒なことを口にしていたが、シエルは気にしていなかった。

 ――みんな、どこにいるのかな。

 大通りの先は緩い傾斜が続き、丘の頂上に立派な城が建っていた。手前には大図書館の白壁と茶色い屋根も見えている。

 視線を正面の城から、自動車が走る通りに向けたシエルは案内板があることに気づいた。

「現在地はほぼ中央ね」

 このまま北に行けば大図書館。そこに仕事斡旋所もある。マールの話が聞けるかもしれないと思ったシエルは案内板を離れ、再び歩き出した。

「大図書館か」

 大図書館は王の管轄であり、重要な書物も多いことから、司書はかなり位の高い者だとシエルは聞いたことがあった。貴族と同等の地位だと言われている。

 中央都市プルプは王族、貴族、議員、魔法騎士団、平民。位の違う者達が一緒に暮らし、時には争いにまで発展する。かつて中央都市プルプは危機を迎えたと聞く。

 約十年前。私腹を肥やすためだけに結託し、悪政を行なった貴族や議員が捕まった。政治に関する全ての権利を委ねていた王族は心を痛めた。王族の知らないところで、彼らは平民を苦しめていたのだから。
 それ以降、権利は王族に返還される。貴族や議員が政治を動かす体制は変わらないが、全ての決定権は王にあった。

 プルプ王の政治に異を唱える者はおらず、三年前に他界した王妃や国政に自ら参加する娘のネブリーナ姫も慕われるようになった。本当の意味で中央都市プルプは復活したのだ。
 中央都市プルプは、こうして再び豊かで平和な街となった。

 そんな中央都市プルプを陰で支えているのが魔法騎士団だ。魔法学校を卒業し、尚且つ優秀であることが入団の条件だ。男女問わず入団出来るが、八割が男性である。
 彼らは王族を守り、市民を守り、月に一度国内の町を巡って声を聞いて、それを政治に活かしていた。

 ――魔法騎士団か。

 魔法を使って戦いたいと思い、魔法騎士団にも憧れていた。しかし、今思えばシエルには難しい。
 規律の厳しい組織の中で、窮屈な思いをしながら訓練の日々を過ごす。長続きするわけがない。考えが甘かったと、今ならわかるシエルだ。

 すると真横を魔法騎士が颯爽と歩いていく。夕陽に近い太陽に照らされる恰好いい鎧。腰から下げた剣。よく見れば女性だ。

 ――恰好いい!

 周りを見渡せば歩きの魔法騎士がほとんどだ。たまに馬に乗っている姿がある。

「あれも位とかの違いよね?」

 思わず疑問を口にする。魔法騎士団の階級と馬。何か関係がありそうだが、シエルは詳しくは知らない。

「気になりますか?」

 そんな独り言に答える男性の声に驚いて足を止めた。振り返ると肩までの黒髪を無造作に縛った青年がいた。細い目がシエルを捉えて微笑む。

「すみません。何か迷っているように歩かれていたので」

 礼儀正しい青年だった。
 しかし、見知らぬ土地でいきなり話しかけられ、警戒しない方がおかしい。何となく信用出来ず、彼から一歩離れた。

「彼ら魔法騎士は階級で分けられています。階級が上になると馬に乗れるそうです。力が全ての世界ですからね」

 聞いてもいないのに喋り出して、シエルは立ち去るタイミングを失ってしまった。

「ご丁寧にありがとう」
「いいえ」

 シエルは頭を下げて通りに戻る。
 真っ直ぐに北に向かって歩く途中、何度か店を見る振りをしては後ろを確認する。彼は後をつけていた。

 ――なんだか、面倒なのに目をつけられたわね。

 ため息を零し、さてどうしたものかと考えを巡らせる。

 このままホテルに戻れば、宿泊場所を知らせるようなもの。大図書館に行き、誰かと合流などしたら迷惑をかける。
 まだ何もされていないので、魔法騎士団にも言いづらい。

 ――困ったな。

 外出するなとジュビアに釘をさされていたにも関わらず、出たと知られてしまえば怒られる。
 怒った顔を想像して身震いしたシエルだ。

 ――自分でなんとかしなきゃ。

 シエルは人混みに紛れるように、早足で大通りを進む。
 このまま彼がいなくなればいいのにと願いながら――。

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