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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 1 【1】

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冷たいのか。優しいのか。




 朝の診察は目眩がするほどの忙しさだ。
 診療所には町の者が不調を訴えて来院してくる。その合間に入院患者の診察もしている。いつもなら、少しは余裕があるが今日はそうもいかない。

 入院患者の診察は午後にしようとカルテをチェックする。
 次々と診察をこなし、患者からの話を聞き、治療を施していく。

「ジュビア先生、顔怖い」
「君は子供のくせに、私の顔を診察しに来たのかい?」
「皺が増えてイケメンじゃなくな――ぐふっ」

 診察室の椅子に座った女の子は、言っている途中で頬をつねられる。

「痛い」
「誰の影響かは知らないが、面と向かって皺などと発言する勇気は称賛しよう」

 頬から手を離して、ジュビアは立ち上がって控えていた看護師に指示を出す。女性看護師がいなくなってから、彼は嫌な微笑みを女の子に向ける。

「なに?」
「勇気は必要だよ」

 銀の長い髪を右側に軽く束ねる髪型。切れ長の青い瞳は見つめたまま動かない。

「なんのこと?」

 言った女の子の背後に、いつの間にか看護師がいた。女の子が驚いて振り向くより先に、腕にひんやりした感覚が先だ。
 嫌な予感にジュビアを見れば、手には注射器が握られている。

「て、訂正! さっきのは、ごめんなさい! 違うの、違うからっ!!」

 白衣をなびかせながら近づいてくるジュビアに、涙目で訴える。

「残念。注射嫌いのお嬢さん」
「この、変態! 悪魔!」

 すでに看護師に押さえられて逃げることはかなわない。

 ジュビアが目の前に座ると、
「いやぁぁぁぁ!!」
 悲鳴をあげて抵抗する。

「全く。熱があるとは思えない暴れようだな」
「二度とこんな所に来ないから!」
「結構。注射を打って、さっさと治しなさい」
「ふざけ――」

 抵抗する女の子は言葉を止める。腕にいつの間にか注射針が刺さっていたからだ。突然訪れた痛みにショックを受けている。

「さあ、終わったよ。待合室のお母さんのところに戻りなさい」
「う……うわぁぁぁん!!」

 この日、午前中最後の患者は泣きながら帰っていく。子供を泣かせるのはいつものこと。

 言うことを聞けば早く回復するのに、それをしない患者は苦手だ。時には冷たくしたり、厳しくすることがある。
 看護師曰く、高確率で冷たくしている。

 人が良すぎて、他人をあまり頼らない。結果的に病状が悪くなって診療所に駆け込む。グリューン町はそんな人間が多いようにジュビアは感じていた。

 ――医者くらいは信じて頼ってほしいものだな。

 ジュビアがやっと一息ついたのは、すでに昼を大幅に過ぎた頃だ。
 とにかく昼食を急いでとり、入院患者の診察を終わらせなくてはならない。

「君、三十分の休憩が終ったら、入院患者の診察をするから。まず、シエルから呼んでくれるかい?」

 看護師の一人を捕まえて、休憩後のスケジュールを確認する。と、看護師は困った顔をする。

「どうかした?」
「いえ。シエルさんですが、今日は二時間の外出許可を出しました」
「ああ、校長に呼ばれたとかで。確か、十二時までの約束だ」
「それが、まだ戻っていないんです」

 時計を見れば、今まさに午後一時になろうとしている。

「戻らない?」
「先程、グリューン魔法学校に確認しましたら、すでに帰ったとかで」

 ジュビアは持っていたカルテを床に投げつける。

「あの小娘! もう容赦しないよ!!」
「ジュビア先生、落ち着いてください」
「冷静だよ。ただ、予定外のことは好きじゃない」
「誰でもそうだと思います」

 冷静に対応されて熱が冷めたジュビアだが、女の子に忠告された皺が深くなる。

 シエルはまだ出歩ける状態ではない。あまりにも落ち込んだ様子に、数時間の外出を許可した。
 行き先が魔法学校ならと思ったものの、今思えば逆効果だったかもしれないとジュビアは後悔する。

 彼女が初めて負けた場所に、再び赴くことは辛いことかもしれない。それを忙しさのあまりに、気づけなかったことは医者として未熟だからだ。

 一週間前の決闘の際、長時間雨に打たれたせいで高熱を出した。腕の怪我のこともあり、危険な状態だった。
 動けるようになったのは昨日のことだ。体力的にも精神的にも不安が残る。

「先生?」

 思い悩むジュビアに、看護師が控えめに声をかける。

「すまないが午後は休診にする。仕事が終わったら入院患者の診察はするから、それまで診療所を頼む。急患が来たら知らせてくれ」
「わかりました」

 ジュビアは白衣を脱ぐことも忘れてそのまま診察室を後にする。

「患者さんのことになると一直線なんだから」

 そんな看護師の呟きが耳に入らないほどに、ジュビアは必死になっていた。


――――


 午後三時。ジュビアがグリューン町の北側にある噴水広場に行くと、シエルはそこにいた。
 どこで買ったのか、パンとジュースを手に持っていたが口を付けた様子はない。

 ベンチに座って空を眺めている彼女は微動だにせず、周りの音も聞こえていないようだ。

 噴水広場に人は少なく、シエルに気づく者は少ない。気づいても話しかけづらい雰囲気だからか。或いは負けたことを知って掛ける言葉がないからか。
 ジュビアにはわからないが、今のシエルには何も見えていない。もしかしたら、それがかえって良かったのかもしれない。

「参ったな」

 思った以上にシエルの精神はボロボロだ。ここ最近、立て続けに彼女に起こったことを思い返せば当然だ。

 意を決してジュビアはシエルに近づく。シエルの視界を塞ぐように立てば、やっと焦点が合う。

「ジュビア……先生」

 突然現れたのと、約束を破ったことへの罪悪感で表情が変わる。目が見開かれたと思う間もなく、すぐに目線が下がる。

「今、何時かわかるかい?」

 シエルは俯いて首を横に振る。

「でも、時間は過ぎてることは知ってる」
「校長に呼ばれたと言うから二時間の許可を出した。でも、君はまだ絶対安静だって言ったのを忘れた?」

 シエルに反応はない。ジュビアはため息をつきながらシエルの右手を掴む。その拍子に落ちたパンなど気にしない。

「診療所に帰るよ」
「……ごめんなさい」

 シエルにしては素直に謝るので、驚いたジュビア。
 顔を覗き込めばシエルは泣いていた。傲慢な態度で周囲を困らせていたシエルが、肩を震わせながら泣いている。

「私はよく子供を泣かせるけれど。君くらいの年頃の娘に泣かれると、どうしたらいいかわからなくなるよ」

 ジュビアは泣いたままのシエルを引っ張って歩き出す。

「皮肉を言われていた方がまだマシだよ」
「そんなこと、言われても……」
「頼むから、診療所に着くまでには泣き止んでくれ」
「泣いてなんか、ない」

 ジュビアは可笑しくなり、口角を上げる。無理に強がるのは、まだ大丈夫だという証拠だ。シエルらしさがまだ残っている。

「君はそのくらいの方がいい。急に女らしくされても困るだけだ」
「失礼すぎ」
「本当のことだよ」

 今はシエルがどんな表情をしているかはわからない。歩いていれば少しは気持ちが落ち着くだろうと思い、ジュビアはゆっくり歩く。
 それに合わせて歩くシエルは、診療所に着くまで何も喋らなかった。

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