私の名前はショウ。
今時存在自体が珍しい駄菓子屋で飼われている犬です。
大の映画好きである主人に名を付けられました。
「ショーシャンク・・」というなんでもとても感動する映画の頭をとって「ショウ」と名づけられました。
漢字で書くと「翔」。
ちなみに私メスです。
後から知ったのですが「翔」って男の子の名前みたいですね。
駄菓子屋は非常に繁盛してて、私はそこのマスコット的なキャラとして自分で言うのもなんですが人気者(犬)でした。
そこで、森下勝という男の子と原田咲という女の子に出会いました。
私が飼われることになる10年前、勝と咲はこの世に生を受けました。
お隣同士で、偶然にも誕生日6月29日と一緒ということでした。
それを聞いた時には幼馴染とはいえ奇妙な運命的繋がりを感じたものです。
勝の幼少は女の子のようにとてもおとなしく、すぐ泣くし、人見知りもする子でした。
女の子と間違うほどの顔立ちで、初めて見る人は必ず女の子かと聞いていたそうです。。
対して咲ですが、将来きっと美人になると言われていました。
ですが、勝とは対照的に活発な男のような子でした。
よく喧嘩をしては泣きながら帰ってくることが当たり前の日課。
しかも男の子との喧嘩です。
理由は勝をいじめていたからということでした。
2人の純粋で吸い込まれそうな瞳は会う人を清々しい気持ちでいっぱいにしていたのです。
二人が10歳になった頃、私は産まれ、飼われることになりました。
毎日私を見に色んな人が行き交って、勝と咲も例外ではありませんでした。
咲は学校の給食の残りをこっそり私に持ってきては食べさせてくれました。
咲からすれば残したまま帰ると怒られるので残飯処理の感覚だったのでしょう。
私は気にすることなく、むしろありきたりのドックフードより美味しかったのを覚えています。
咲の活発さには磨きがかかり、毎日男の子と遊び、喧嘩も当たり前の毎日でした。
それに加えて、勉強も出来て、成績優秀な子としても有名でした。
いわゆるなんでも出来る子として周りから思われていたのです。
そんな中、「女の子のような」がすっかり板についた勝。
いじめを受けているわけでもないのですが、元気がなく、誰とも遊ぶことなく毎日を過ごしていました。
学校へ行く時は咲と一緒ですが、帰りはいつも一人でした。
それもそのはず、咲は放課後友人達と大遊びですから。
何もすることが見つからない勝は一人で帰るしかなかったのです。
あまり頻繁に私を構うようなことはなくなりました。
ただ、通り過ぎる時、必ず私に見せる笑顔がどこか悲しくもあり寂しくも見えました。
10歳ながらも何か悩みを抱えているのか、家で何かあるのか、心配しました。
その予想は後に当たり、勝の両親が離婚することになるのは1年後のことです。
原因はお父さんの浮気だとか、よくわかりません。
お父さんが家から出て行ったのでした。
勝にとっては、お母さんと二人での生活が始まったのです。
中学3年生になった二人は。
二人ともガラリと雰囲気が変わりました。
咲は今までの活発さがどこへいったのか、すっかり大人しく、女らしくなり、化粧もして、恐らくはかなり男性からの告白もあるのではないかと思える程、それ程可愛く、綺麗な容姿でした。
更には小学校の時からですが、成績も優秀、部活のテニスでも全国大会のレギュラーとして、学校役員もこなす、まるでキャリアウーマンのような働きぶりです。
先日も「作文コンクール」なるものがあったのですが、クラスの代表として出場し、見事最優秀賞を獲得。
合唱コンクールではクラスのまとめ役、伴奏を務め、彼女に苦手なものはないもない、まさに万能人間です。
学校生活も充実しているのでしょう。
だけど・・。
勝。
勝は両親の離婚が原因とは言いませんが、明らかにその時期を境に。
暗い道へ進んでしまったのです。
もう二人が一緒に登校することはありません。
優等生で人気者の咲。
ですが。
勝は悪い友人と付き合うようになり、毎日喧嘩に明け暮れて、授業には出ず、喫煙、暴走行為の繰り返し。
お母さんが毎日のように学校へ呼び出される。
子供の頃のあの女の子みたいな姿はそこにはありません。
本当に勝は暗い道へ入っているのではないかと不安にさえなりました。
でも私の前を通り過ぎる時に。
たまに振り向いて見せるあの変わらない哀しそうな笑顔。
それを見ると勝が心の底から悪い道に入っているとは思えないのです。
周りに自分だけ父親のいない寂しさ。
別世界へと進んでいるように見える咲。
取り残されているように勝は感じたのでしょうか。
咲には高校生の彼氏がいました。
中学の時からの先輩で、とても評判が良く、容姿ともにお似合いのカップルで、毎日手をつないで楽しそうに私の前を通ってました。
咲は必ず私に微笑みかけたり笑顔を見せてくれるのですが、その彼は興味がないのでしょう、一切私に関わることはありませんでした。
咲へ見せる笑顔も、本当の笑顔には見えません。
心の奥底に暗く冷たい別の顔を感じました。
そのせいか私には彼が評判の良い人間だとは思えなかったのです。
でもそれはきっと、構ってくれない私のひがみなのでしょう。
だけど。
これだけは、はっきりと、自信を持って言えます。
勝の方がよっぽど・・良い男です。
勝も負けないくらい良い男性だと思うのですが、実際勝がいる暗い道が先行して誰も気づいてはくれないのでしょう。
咲だけは、わかっているのではないかと・・・思っています。
その評判の彼氏を勝が殴ったという事件が起きました。
相手は他にも数人いたのですが、病院送りとなり、傷害事件へと発展したのです。
殴られた相手は勝に理由もなくいきなり襲われたと証言しているそうです。
「嫉妬」なのでしょうか。
勝は咲のことが好きなんです。
きっと他の男と一緒にいるのが我慢ならなかったのです。
いや・でも・・。
私の知っている勝は理由もなく襲い掛かるような、そんな卑怯なことをする人ではありません。
何かの間違いだと思うのですが、世間は厳しいもので。
これまでの勝の態度、校則違反、警察沙汰、皆に迷惑をかけた勝の言葉など誰が信じるのでしょう。
全員が全員、咲の彼氏の証言を信じました。
勝は言い訳もせず、理由も話さず、ダンマリを決め込んで、事件のことは一言も話すことはなかったそうです。
その徹底ぶりに私は本当の理由が別にあるのではないかと思いました。
今回は、状況が悪すぎました。
あの咲ですら、勝のことを信じられなくなっていたのです。
残酷ですが、この事件がきっかけで咲と彼氏は別れることになり、そして勝と咲の距離はもっと離れていきました。
咲は勝を避け続け、勝もまた何も話すことなく月日は瞬く間に過ぎて行きました。
中学卒業間近となって、私にとっては衝撃のニュースが飛び込んできました。
勝が引っ越しをすることになったのです。
突然の話でした。
お母さんの再婚相手の土地へ行くためです。
ずっといつも見ていた勝がいなくなる。
私はとてもショックを受けました。
そのニュースには少なからず咲も驚いたはずです。
驚いていて欲しい。
でも今更元の関係に戻るわけがありません。
せめてお別れでもと少ない可能性を望んでいました。
勝がいなくなる前日。
私の前に勝が現れました。
優しく私の頭を撫でて、いつものあの哀しい笑顔を見せてくれました。
本当は私に会いにきたのではないことをわかっていました。
いつも必ず通る道。
いつも必ず見せるあの笑顔。
勝は咲を待っていたのです。
お別れを、もしくは、自分の気持ちを伝えたいのでしょうか。
しばらく待っていたのですが、咲は来ませんでした。
勝は私に「じゃあ」と呟いて、その場を離れました。
咲はそのまま勝が街からいなくなるその日まで頑なに会うことを拒んでいたのです。
次の日。
勝は街を去って行きました。
運命のいたずらなのか。
そうなることがまるで決まっていたかのように時間は進んでいきます。
勝が街を去ってから1週間もしない間に、咲とっては思いもしない出来事があったのです。
咲が私にパンを持ってきてくれていた時、咲を呼ぶどこかで聞いた声。
昔の彼氏でした。
勝に殴られた彼が、気まずい顔をしながら片手を挙げて挨拶しました。
相変わらず私に全く関心を示しませんが。
怪訝な表情の咲に、彼は謝りを言ってきたのです。
てっきりヨリを戻そうと泣きついてきたのかと思っていたのですが、そうではありません。
彼は、自分が殴られた本当の理由を、咲に伝えるためでした。
彼は当時複数の女性と付き合っていたのです。
しかも本当に好きなのは咲ではありませんでした。
それを面白おかしく仲間達に話していたところを勝に襲われたのです。
勝の犯した行為は身勝手なものかもしれません。
しかし。
それは、咲を馬鹿にしている怒り。
本気で彼のことを好きだった咲の気持ちを踏みにじった怒りでの行動だったのでした。
事の真相を知った咲はその場に立ち尽くし、呆然としていました。
咲のために起こした事件。
咲のことを想うがゆえに起こした事件。
ですがそれは、勝が勝手にやったことです。
だから勝は誰にも、咲にも、何も言わなかったのです。
咲は勝に連絡をとろうとしました。
・・・が、既に時遅く、勝の居場所も連絡手段も現時点ではわかりません。
そして。
世間は何事もないまま・・。
咲はそのまま高校に進学し、勝のことは忘れてしまっているかの如く高校生活を満喫していました。
相変わらずの優秀な生徒で、更に綺麗になっていく咲。
けれど。
どういうわけか恋人はいませんでした。
言い寄ってきた男性は数知れずいるでしょう。
でも一人として良い返事を貰うことはありませんでした。
それは、まさかですが。
勝に対しての何か想いが芽生えているのかもしれません。
高校を卒業して、咲は地元の大学へと進学しました。
ちょうど、その時期、不審者が現われるとの噂が出回っていました。
物騒になっていく世の中、警戒心を持って皆生活しています。
見慣れない人間を見かけるだけで怪しい視線、疑いの眼。
本当はそんな人間ではないのに、そう見られてしまう。
今回の不審者もそんな類の話だと思ってました。
2・3日後。
私の前にも噂の不審者が現われました。
何度かウロウロしているのを目撃して吠えたことがあります。
・・が。
私にはわかってしまったのです。
その男のあの寂しそうな表情。
哀しそうな表情。
忘れるはずはありません。
そう。
勝です。
勝がこの街に。
故郷に帰ってきたのです。
咲に会いにきたのでしょうか。
あの引っ越す時と同じように、私の前で勝は立っていました。
更に一日が経って。
今日、咲が私の所へくることがあれば。
きっと忘れられない日になります。
久しぶりに咲が私にパンを持ってきてくれました。
すっかり大人の色香を漂わせ、綺麗になりました。
私はいつものようにそれを食べていました。
隣にふっと影が差し、咲が思わず悲鳴を上げかけたのですが。
私にはその影が何か。
その影が誰か・・わかっていました。
咲は一瞬呆けた顔になりました。
そして、子供の頃から変わらないその吸い込まれるような瞳に涙が溜まり始めました。
隣の影は・・・勝。
当時の恐さはそこにありません。
勝もまたあの頃の純粋な子供に戻ったようでした。
「久しぶり」と勝は最高の笑顔を見せました。
咲は勝に思わず抱きつきました。
咲は中学のあの事件のことを真っ先に詫びました。
何年も彼女の頭の中でずっと残っていたのでしょう。
何度も何度も咲は謝り続けていました。
勝は気にするなと咲に言って、これまでのことを話ました。
母親の再婚相手の土地で高校に通っていたが、昔からの暗い道からそうそう抜けることは出来ず、そこでも相当の迷惑をかけたみたいです。
結局学校生活は上手くいかず、中退することになりました。
それでもなんとか義父の紹介で就職したが、社会という組織の中に馴染めることができません。
何社か転々と職を変えていたのですが、不幸なことが起こります。
お母さんが病気で亡くなったのです。
女手一つ勝を育ててきたお母さん。
迷惑をかけ、気苦労もホント多かったはずです。
ですが強がってはいても勝はお母さんに感謝していました。
そのお母さんの死。
勝の暗い道に後悔という新しい道を映し出し、その先に光が見えたのです。
最愛の親との永遠の別れと引き換えに、勝は正しい道をようやく見つけることができたのです。
更正して、今は小さなお菓子屋さんで修行中の身だということ。
勝の吹っ切れたその顔は頼もしい一人の「男」の顔でした。
私の前で勝は咲に自分の気持ちを告白しました。
あの時言えなかったこと。
ずっと言いたかったこと。
今、やっと、勝の本当の時間が動き始めたような気がしました。
咲は一瞬躊躇った後、すぐに優しく微笑みました。
私には無理に作った笑顔に見えました。
勝の気持ちは嬉しいし、受け入れたい。
でもそれには色んな障害が発生することを彼女はもちろん、勝も私でさえも知っていました。
咲の両親。
勝が暗い道へ向かっていた時、勝をよく思っていなかったことは確かです。
世間のこともあると思います。
それくらい当時の勝は恐れられていたし、疎まれていました。
そのことは勝もよくわかっています。
咲のことを本当に大事に想うのであれば勝はその場にでるべきではなかったかもしれません。
けれどこの想いは誰にも止められない。
本人でも止めることはできない。
そう感じました。
それはいきなり。
突然の出来事でした。
二人は一緒に、いなくなりました。
これを世間では「駆け落ち」というのでしょう。
誰からも賛同を得ることがなかった二人の仲。
とうとう自分達で決断をしたのです。
世間体よりも、これから厳しくなっていく生活よりも二人は一緒に暮らすことを選んだのです。
さすがに咲の両親の周りは騒然となってたのですが、私は別にその二人の行為がいけないこととは思えませんでした。
若い二人の前には僅かかもしれないですが希望があるのです。
自分の人生です。
他人に背中を押してもらうこともあるかもしれません。
なにかの判断の助言もあるでしょう。
最終的に決めるのは本人なんです。
当たり前のことですが、そんな当たり前のことが難しい。
二人の選択はお互いが自分で決めて、行動した結果なのです。
二人がいなくなっても街は何も変わらず月日は流れ、5・6年経ちました。
私が産まれて約15年。
そろそろ身体が自由に動かなくなってきました。
だんだん私の寿命が近づいてきたのでしょう。
幸せでした。
充実した日々でした。
沢山の人達との出会い。
私にはその一つ一つが宝物です。
ただ・心残りが・・あります。
私の心にぽっかりと穴が空いています。
あの二人。
勝と咲。
二人はどうしているのでしょうか。
元気なのでしょうか。
幸せに暮らしているのでしょうか。
あの吸い込まれるような笑顔を見ることはもうないのでしょうか。
そのことだけが。
そのなんでもないたった一つだけが。
私の心残りなのです。
私の心残りのまま。
数ヶ月が経ちました。
目の前が暗くなってきました。
本当にお別れの時です。
ご主人にはお世話になりました。
本当にありがとう。
今まで会った全ての人に伝えたい。
私は幸せでした。
ありがとう。
そして。
勝。
咲。
身体を壊さずにいつまでも。
幸せで・・・・・・・。
・・・・・・・・なに?
この子は。
勝?
いえ・咲?
私の目に映ってきたのは無邪気な笑顔を絶やさずに私に話しかけてくる女の子・・。
その子の面影は勝にも見えるし、咲にも見える。
ああ・そうか。
そういうことなのですね。
二人とも・・・・。
おかえりなさい。
二人の間に出来た子供なのですね。
なんて可愛い。
その子の後ろにいるのは。
その笑顔は。
ああ・・・勝・・咲。
二人ともよく元気で。
立派になって。
よく戻ってきてくれた。
咲・・両親の許しがでたの?
勝・・仕事の方はどうですか?
やっと見れた。
二人の笑顔。
あなた達の子供もちゃんと受け継がれてますよ。
吸い込まれるような瞳。
吸い込まれるような笑顔。
理由はなんであれ、最期の最期に二人の姿を見ることができて本当に良かった。
思い残すことは本当にない。
ありがとう。
さようなら。
私は静かに目を閉じた。
暗闇が消え去り明るい世界が現われた。
同じ死でも、2種類の世界があるのだと確信した。
私はショウ。
小さなお菓子屋さんで飼われている犬です。
ご主人に名を付けられました。
なんでも昔住んでいた街のお菓子屋で飼われていた犬と同じ名前だということです。
忘れられない名前だと聞きました。
漢字で書くと「翔」。
ちなみに私メスです。
後から知ったのですが「翔」って男の子の名前みたいですね。
ここには子供が一人います。
ご主人と奥様に似てとても可愛らしい子です。
それと、すごく運命的なことがあるんです。
ここのご主人と奥様は幼馴染で誕生日が同じ6月29日なんです。
不思議な偶然だと私は思いました。
雲ひとつない青い空を見上げながら私は運命的な繋がりを感じ、寄ってくる子供達に大きな声で吠えた。
「その瞳に映るもの」 完。
あとがき。
いつも読んでくれてありがとうございます。
ベタな話とベタなストーリーいかがでしたか?
感想聞かせて下さい。
犬の視点というのは、「我輩は猫である」という内容よりもタイトルで。
咲のモデルは中学の時好きだった子です。
勝のモデルは特にありません。
携帯サイトに掲載した時は、最悪で、5行くらいで1話が終わっていました。
今回はかなり手を加えて逆に基本の文章量が多くなったりしました。
個人的には犬の視点って面白いかな〜と思ってたのですが、非常に難しかったですね。
しかも青春、恋愛のような話。
最も苦手なジャンルでした。 |