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真夏の屋上に立つダレカ

作者: 三枝 四葉

その日、見知らぬダレカさんは、学校の屋上の淵に立っていた。



何をしているのだろう?


その時、扇風機の回っている一場面の記憶が、何故か脳裏に一瞬過ぎる。

それが重なって、離れて、そして消える。


何なのかはよく分からない。

ただ、この屋上にはこの学校の生徒、しかし見知らぬダレカさんの姿を目にする事が偶にあるという、七不思議があった事を覚えている。これを何処で聞いたのかは……忘れた。


もしかしたら、さっきの扇風機と関係があるのかもしれない。



俺は少しずつダレカさんへと近付いて行く。さっきの扇風機の事を思い出しながら――




※ ※ ※




あれは今の様に、真夏の暑い日差しを感じてた頃の事だ。


学校は夏休みという長期休暇に入って、大きな山の様な宿題をやろうにも、夏の暑さという壁が高過ぎて中々やる気が起こらず、家でダラダラと過ごしていた。

クーラーなんて贅沢なものは無い。扇風機位で充分だという家庭のお財布事情で、扇風機の風を受けて、真夏の暑さを耐え忍んでいた。

しかし、それでも中々やる気はそう簡単に起こるものでは無い。


姉は空色のアイスを銜え、俺に近付いて来た。


「やぁ、少年。そんなダラダラと過ごして良いのかね?」

「何だ……暑いものは暑いんだから、仕方ないだろ」


やる気なさげなのは事実なので、姉だろうが親だろうが、特に畏まる事も無い。

姉貴は右肩を落として、ゆるゆるのTシャツの首回りから右肩と、白い素肌を覗かせようとしている。

……何を考えているんだ? この人は。


「……お姉ちゃんの綺麗な身体でも見せてあげようか?」

「何で見せるの? ……姉貴の身体なんて気持ち悪いし、見たくもないもの見て、更にやる気落ちそうだから別に良い」

「おい、かわいい女の子に向かって、何だその言い方は」

「かわいいなんて思わない」


姉貴は溜め息をつくも、俺が何も動かない限り、お説教タイムは続くみたいだ。


「はぁ……。一つでも片付けようとした方が良いよー。大きな山は、特に何も動かなかったら、大きな山のままさ」

「ふーん……」


俺は姉貴の方へ振り向き、ダラダラとしながらも考えていた事を口にした。


「……じゃー、さ。自由研究で悩んでる事があるんだけど、何か良いの……無い?」

「何か良いの、とは?」

「ネタ、或いはテーマ」


姉貴は人差し指を顎に当てて、上の空を向く。


「そうだねー……、じゃあ、あんた。あんたの通っている学校に七不思議があるの、知ってる?」

「何それ? そんなのあったのか……。初耳だ」

「わたしの母校だからねー……。あんたは知らないのね……。中々面白いよ、これは」

「ふーん……」


何度目かのやる気なさげな相槌で返す。しかし、何も動かないでいるよりは良いかもしれない。


「どんなのがあるの?」

「じゃあ、簡単にメモ書きして纏めて置くから、あんたの目で真相を確かめて見なよ」

「……」


姉貴はテーブル上で、何処から取り出したのか未だ真新しいノートを開くと、ボールペンを手にしてスラスラと何か書いていた。

切りの良さそうなところで書き終えると、そのノートを受け取り、書かれたページを見てみる。

姉貴の事はそんなに気になっている訳では無いが、字はかわいいと改めて思う。とても見易い。


そのページに書かれていた内容は、次の通りだった。



一、本館西側にある二階から三階への階段

二、本館三階の多目的教室

三、別館二階美術室に飾られている絵画

四、別館三階の図書室

五、本館四階東から二番目の教室にあるピアノ ← 校歌をピアノで弾ける人を連れて来ると良いよ。

六、本館四階東の倉庫 ← 本館三階にある倉庫も一度調べてみると良いよ。

七、屋上 ← 別館三階にある本館への渡り廊下を通って、又更に階段を上がると入れるよ!


※屋上に入る時は、本館三階の多目的教室に寄って行ってね。


ヒント

 ・屋上の鍵 …… DIV→WII→DII→DI→WIII→WI→ODBD→III*Vの机

 ・教室を出る時はCTCから出てね。



「……脱出ゲームみたいだな」

「楽しそうでしょ?」


姉貴はニコニコとしながら、俺の顔を覗いて来た。


「姉貴はピアノ弾けるんじゃないか? 卒業生という事で入らせて貰えれば……」

「あんた、友達居ないの?」

「……ピアノ弾ける人が姉貴以外に居ない」


学校は夏休みに入っており、生徒なんて殆ど居ないだろう。しかし、この時期で考えられるとしたら――


「……吹奏楽部の子達、練習してるんじゃない? 声掛けてみたら?」

「そんなの無理だろ!」




※ ※ ※




友達と約束があって行けないという姉貴に色々愚痴りつつも、俺は取敢えず学校へ行ってみる事にした。

家に居たらきっと何も進まないだろう。夏休みの課題も。……俺の中での何かしらの時間も。


燦燦と照る陽で焼けた路上をただ一人歩いていた。

今の季節の象徴である事を示すかの様に、陽は休む事を知らない顔をして、大変暑い。


「暑ちぃ……。これなら家でずっとゴロゴロしてた方が良かった……」


熱中症対策として帽子は確り被って来たが、カッターシャツの首元から伝う汗は止まる事は無い。



夏休みの学校に辿り着くと、校舎の玄関でへたりこむ。

……未だこれから色々調べるというのに、こんなに疲れてしまうとは。


「オーライッ!!」


グラウンドの方から、野球部の叫び声が聞こえた。

通学靴から上履きに履き替え、グラウンドに面した本館一階の廊下へ向かってみる。


……此処まで声が届くものなのか。こんな暑い中、ご苦労な事だな。

そんな事を思いながら俺は、俺以外に誰も居ない廊下の先を進んだ。



この校舎は本館と別館に分かれており、築歴は四十年だそうだ。元々は病院だったが、二十年前に一部を建て替え、そして体育館とプールが新たに設けられて、学校になった。

別館最上階から本館四階へ繋がる渡り廊下はそのまま残るも、学校への建て替え時に本館三階から四階への階段を新たに建設予定だったが、建設の最中に不慮の事故が起こり続けて中止になる。不慮の事故というのは具体的にどういうものなのかは知らない。今ではただの倉庫になっている。



学校についての解説を纏めると、こんなところだ。

さてと先ずは何処から調べようか?


今居る場所は、本館二階西側の階段寄りの廊下だ。一つ目の七不思議は確かこの近くだったな……。

此処の謎は――、“階段の段数が数える度に違う”という事らしい。


二階西側の小さな踊り場に差し掛かると右側を向き、その先にある階段を見える範囲の視界の中で捉える。

見た目は普通の折り返し階段だ。特に不自然に思う様なものは見当たらない。

……どうせ数え間違いで出来た、くだらない謎じゃないか? そう考えながら、二階から三階まで一つ一つ数えながら登って行った。



……十五、十六、十七。

十七か。何とも微妙な数字と思ったが、意外と段数があるものなんだな。元々が病院だからだろうか。

もう一度一つ一つ数えながら、今度は三階から二階まで下って行った。



……十五、十六、……十七。

間違いなく十七だ。やはり数え間違いで出来た謎なんだと思う。


しかし如何にも腑に落ちないな。折り返し階段なのに何故、奇数で終わるのだろうか。

それが納得いかないから、偶数で十八とか、他の誰かに伝える事に寄って出来た謎だろうか……。


取敢えず、姉貴から貰ったノートに考察を纏めてみた。

“折り返し階段なのに奇数で終わる為、納得いかないから偶数である事を他の誰かに伝え、後者が確認で数える事に寄って謎が生じた。奇数で終わる様に作られている理由は不明”




※ ※ ※




このまま調べ続けるにしても、階段から情報を語ってくれるのは、段数だけだ。

当時この七不思議を(知らずで遊びで数えてた事も含めて)調べてた人、この校舎の建設に携わっていた人に聞いてみるか、或いは建物についての資料で調べるしかない。


この長期休暇に入ってる学校は人通りも少ない上、運良く建設業者が来訪しているか如何かも分からない。人に訊ねてみるのは難しいから、資料の方が手っ取り早いだろうな。なら、行く先は図書室か。

丁度、四つ目の七不思議がある事だし、何か真相を確かめる為の手懸りもあるのかもしれない。


その前に、本館の三階と云えば、二つ目の七不思議があった筈だ。多目的教室の“謎”だ。

どんな謎なのかは知らないが、ノートのあの一ページに書かれていたヒントが気になる。それにあそこは移動教室で何度か前を通る事があったが、開いているところを一度も見たという記憶が無い……。


あ、そういえば、鍵を借りて来ていない。職員室に寄らないと調べられないな。

本館二階だから一度、退き返そうか。



職員室に寄ってみたが、本館三階の多目的教室の鍵は見当たらなかった。という事は、わざわざ退き返さなくても既に開いていた様だ。無駄足だったな……。


「おや? 君は確か、二のCの――」


声のする方へ振り向くと、少し背の高い男性が立っていた。

現代文専攻の館平先生だ。軽く会釈すると、多目的教室の鍵について訊ねてみた。


「こんにちは、館平先生。本館三階の多目的教室の鍵は無いんですか?」

「本館三階……あぁ、あそこは使用禁止になっているぞ」

「え?」


使用禁止……? どういう事だろう? やはり何かあるのだろうか?


「何に使うつもりなんだい?」

「……ちょっと勉強で、です」

「教室で何か勉強するのなら、……自分のクラスの教室ではやらないのか?」


何か良い言い訳が思い浮かばないな。何て答えようか……。


あまり周囲を見回すのも良くないし、取敢えず鍵の管理ボックスに目を向けてみる。……そうだ。


「えーと、……何か鍵が見当たらないので。逆に聞きたいんですけど、あそこは何で使用禁止なんですか」

「まぁ、ちょっとした問題があるから、かな」


透かさず追撃の質問を繰り出す。


「そういえば、此処に入学してからずっと気になってたんですけど、あそこは掃除とかしないんですか?」

「あそこは教員だけで掃除している。恐らく鍵が無いのは――あれ、でも可笑しいな……。今日は掃除の予定は無かった筈だが……」

「何か秘密があるんですか?」

「……普段やる気の無い君にしては珍しいな? 聞いて如何するんだ?」


……此処はもう難しいな。正直に話してみようか。


「姉貴から七不思議の話を聞いて、自由研究のテーマに調べているんです」

「ほう? では、一つ目の謎も……」

「はい、さっき調べてたら、折り返し階段なのに、段数が十七段で奇数だったんです」


館平先生は笑う。先程の話し方から、学校の七不思議を何か知っているみたいだ。


「ははぁ、其処に気付いたか。……その通りだ。もう真相も分かるだろう?」

「では、他に秘密は……」

「それで終わりだ。それ以上分かるものは何も無い。他に“分かる”者はもう居ないのさ。それにしても、君にしては流石な考察だ」


何だ、あの謎はこれで終わりか。


「……と言いたくもないが」

「……言いたくなかったのなら、無理に言わなくて良いですよ」


館平先生は言葉を続ける。


「ところで段数には何も可笑しな事は無い。折り返し階段でも奇数で終わる事は珍しくも無いだろう。十三段だと縁起が悪いし、その数以外で終わる様に作られている筈だ。元々が病院だったから段差もある程度低くなっていて、段数も若干多いだろう? まぁ考えられるとしたら、それで間違いなさそうだな」

「何ですか……。これって、子供のイタズラで出来た様な謎ですか」

「そうだな。……多目的教室の掃除の話は聞いていないし、気懸りだな。丁度良い、一緒に行くか?」

「はい」



今度は館平先生と共に、本館三階の多目的教室に再度向かいながら、俺は訊ねてみた。


「多目的教室の“謎”は――」

「あぁ、あそこは別名“迷宮教室”と呼ばれている」

「“迷宮教室”?」

「扉が開いていたら分かるさ」


館平先生が多目的教室の引き戸を開けると、引き戸の向こう側は何の変哲も無い普通の教室だった。

見たところ、誰も居ない様だ。しかし、奥にあるベランダへの引き戸は開いていた。


「あぁ、どうやら秘密を知らない人が迷い込んじゃったみたいだ。無事に見つかれば良いのだが……」

「? どう見ても普通の教室……」

「見た目はな。普通の教室だが――」


館平先生は、奥で開いていたベランダの引き戸へ向かって行った。


「あぁ、そうだ。君は念の為に其処で暫く待っていてくれないか」

「え? どういう事ですか?」

「そのままの意味だ。何せ此処は凄く迷子になり易い。それに此処を出る時はその引き戸が開いていないとな。間違っても戸を閉めない様に、其処で見張ってて欲しい」

「はぁ……」

「今回ばかりは仕方ないのでな、それじゃ宜しく頼むよ」


そう言い残してから、館平先生の姿は見えなくなってしまった。

どうやら戻って来るまで暫く待つしか無さそうだ。




※ ※ ※




「あら、そんなところで何してるの?」


館平先生が多目的教室――別名“迷宮教室”に入ってから数十分後。誰も居なかった廊下に一人、俺と歳がほぼ変わらなさそうな、否、小柄な体躯のせいでそれよりも年下に見える女性の先生が話し掛けて来た。先生と直ぐに判ったのは、この学校の制服を着ていなかったから、そして見覚えのある顔でもあったからだ。童顔の教師こと、地理専攻の川上先生。そして俺のクラスの担任。


「あー、川上先生。この教室の秘密、知ってます?」

「多目的教室……? えーと、ここ本館三階だから……あぁ、“迷宮教室”ね」

「あれ? 川上先生も知ってるんですか?」

「“も”という事は、……君も? 何処で知ったのやら」


川上先生は呆れた表情を浮かべつつも、俺の右隣――多目的教室の引き戸の方を遠目で覗き込んで来た。


「ん? 扉が開いているという事は、誰か入ってるの?」

「えぇ、館平先生と他の誰かが」

「んん……。えーと、館平先生は秘密を知っているし……、秘密を知らない人が迷い込んじゃったのね」

「そうです」

「ねぇ。館平先生が探しに行ってから、どのくらい経っているの?」


俺は制服のズボンのポケットからスマホを取り出して、待ち受け画面から時間を確認した。


「……数十分は経っていると」

「じゃあ、もう少ししたら戻って来る筈よ」

「え?」


声と同時に、奥の方から引き戸の閉まる音がした。透かさず多目的教室の中を覗いてみるもしかし、館平先生が奥へ入って行った時の状況と何も変わりは無かった。


「今の音は……わっ!?」


俺は吃驚して思わず、尻餅をついてしまった。

丁度、目の前の引き戸の向こうから突然、館平先生と、先生の手に引かれている男子生徒の二人の姿が現れたからだ。


「はぁ……、久し振りに大長編の冒険をした気分だよ」

「……あれ? 館平先生、疲れたのはフリですか?」

「おや、これは川上先生。分かってしまったかい?」


館平先生が小柄な川上先生と目を合わせようと少し背を低くすると、館平先生の何処か嬉しそうな顔がよく見える様になった。


「当然、疲れ知らずのタフな身体をお持ちなのは知ってますので。汗なんて掻いてないじゃないですか。それにやけに嬉しそうな顔なんかしちゃって」

「学生の頃に戻った気分で嬉しかったんだよ。此処を掃除するのは、年に数回しかやらないじゃないか」

「全く……」


川上先生は来た時と変わらず、呆れた表情を浮かべていた。館平先生の手に引かれていた男子生徒からは、やっと声が出た。


「す……、凄く疲れました……。何ですかこの教室……」


彼の方が凄くお疲れである様子は、見た感じでも分かった。




館平先生の手に引かれていた男子生徒は、ちょっとしたイタズラ好きで騒がれていた一年生だった。

どうも七不思議の話を途中まで聞いて、何処かの教室の鍵を借りるタイミングでこっそり取って、興味本位で探っていて迷子になっていたらしい。……自業自得だな。まぁ、俺もこっそり探ろうとしていたから、危うかったのかもしれない。


「では私は、館平先生の連れている彼、……えーと、名前は確か――坂本君だっけ?」

「……はい」

「坂本君を保健室で休ませる為に、彼に付き添いますので、これで」

「えぇ、宜しくお願いします」


その言葉の後、川上先生と一年生の二人は階段の方へ振り向いて、その場から去って行った。



後に残された俺と館平先生は、多目的教室の前の廊下で右往左往しながら会話を交わした。


「……まぁ、そういう事だな。此処は凄く危険だ。此処の謎を調べるのは、この位にしておいた方が良い」

「……俺も流石に其処まで好奇心旺盛じゃないんで、心配しなくて良いですよ」

「余計なお世話か……。でも此処はもう少し興味を持って、言った方が良いぞ。“調べたい”と――」

「貴方は如何したいんですか? 俺に調べさせたいのか、調べさせたくないのか、どっちなんですか?」


館平先生は静かに笑ってこう答えた。


「君の心の中で思っている事が答えだ」

「……見透かしているつもりなんですか?」

「さぁ? 君がそう思っているのなら、そうなんだと思えば良い」


……カッコつけちゃって、本当は未だ冒険していたいのだろう。



しかし、此処は……先生の思惑に乗ってみようか。


「……すみません、この教室をちょっと調べても、……ダメですか?」


未だこの謎について、姉貴のノートには何かヒントがあるから、気になる事がある。

当然、川上先生は眉間にしわを寄せて、説教されそうだが――


「……あのねぇ」

「わっ!?」


背後を振り向くと、其処には眉間にしわを寄せている本人が居た。

先程、一年生を保健室に送ったのでは……!?


「さっき大変な状況になっていたのに、貴方は――」

「……じゃあ、迷子の生徒も見つかった事だし、少し見て行くか?」


館平先生は先程の顔と変わらず、川上先生の言葉を遮る様に答えた。


「ぜひ」

「館平先生、もう一回冒険がしたいだけなんでしょ?」


川上先生は仕返しのつもりなのか、透かさずつっこんだ。


「はっはっはっ、彼も『ぜひ』って言ったし、良いではないか。普段からあまりやる気なさげだった彼が突然、こんなに興味を示してくれるのは良い事じゃないか」

「はぁ……。確かに何かに興味を示す彼には驚いたけど、さっき坂本君と一緒に保健室に送れば良かったかしら? 熱でもあるんじゃないかと……」

「これでも熱は正常なので」

「そういえば、坂本君は大丈夫でしたか?」

「えぇ、保健室のベッドで休ませています。疲労以外に目立った外傷も無いので、その内良くなると思います」

「それは良かった! ところで戻りが早かったですね?」

「館平先生の事だから、どうせ……と気になって直ぐ戻って来たんですよ」


ジト目で館平先生を睨む川上先生。館平先生、意外と信頼されてないな……。

俺も其処まで、ユニークかつフレンドリーと云えば良いだろうか? そんな先生とは思わなかったな……。


「では……、今度は私が入り口前で見張っていれば良いのかしら?」

「はい、お願いしますね!」

「はぁ……、分かりました」


あの覇気のこもった眼差しを向けられたら、誰も近付かないだろうな……。




※ ※ ※




川上先生は教室の入り口前に残り、俺と館平先生は多目的教室の中へ入った。


「……一体、何が君を其処までさせているんだろうね」

「……このくそ暑い中、学校まで来てしまったから、何も持たずに手ぶらで帰るのは、何というか気が重いので」


と答えたものの、先生に気持ちを誘導させられたのだけど。でも理由としては、強ち間違いでは無い。俺もいつの間にか真剣に調べようと、姉貴のノートと睨めっこしていた。


「帰ったら、課題は確りやっておく様にな」

「……努力はするつもりです」


これには曖昧で悪くなさそうな答えを返した。


「それで……この“謎”の何が知りたい?」

「ノートに書かれているヒント。……屋上の鍵の在り処です」

「……あぁ、お姉さんには聞かなかったのかい?」

「……教えてくれなかったので」

「そうかい」

「屋上の鍵を探すという事は、……最後まで調べるのかい?」

「……危険を承知でこの教室に入ったからには。でも、自由研究のテーマに取り上げるのは止めようと思います」

「……その方が良いだろうね」


館平先生の後に続いて、二人でベランダの引き戸の先を潜る。



「!? どうなってるんですか……! どうして……」


俺達は先程、ベランダへ出る引き戸の先を潜った筈だった。本来、外の景色の見える屋外である筈だった。



しかし、其処は多目的教室の屋内だった。


「これが“迷宮教室”だ。其々の引き戸の先は全て、同じ多目的教室に……いや、語弊があったかな。似た様な空間が続いている」

「全て同じ教室とは限らないんですか?」

「あぁ、今の周りの状態を覚えて、次に移動した時、周りの状態を先程のとよく見比べてごらん。幾つか違いがあるだろう?」


黒板の上に掲げられている時計の時間と、黒板の状態、ざっと教室の状態を覚えて、今度は教室の南側で廊下寄りの引き戸の先を潜る。潜っても同じ教室だが――


「ほんとだ……」


時計の時間は先程見た時は“十五時三十分”だったのに、次に見た時の時計の針は何故か“十五時十五分”を指していた。


「さてと。“迷宮教室”の特徴を知ったところで、ヒントの謎を解いてみようか」

「そうですね……、このまま延々と適当に潜り続けるのも……。目的は“屋上の鍵”を見つける事ですし」


ノートに書かれているヒントをもう一度振り返ってみる。



 ・屋上の鍵 …… DIV→WII→DII→DI→WIII→WI→ODBD→III*Vの机

 ・教室を出る時はCTCから出てね。



探索のやり直し方法(或いは中断)は、二つ目のヒントが分かっていれば良さそうだな。先にこっちか……。


「“教室を出る時はCTCから”……」


C、T、C……。何かの頭文字……?

C、C……。……単純に英語の頭文字か?


教室にあるもので、C……。


……黒板じゃない。

……時計? しかし、あそこは……。



館平先生はどうやってこの教室を脱出したのか……。

先生の身長でも無難に潜れそうな――あ、もしかして。


「掃除道具入れ?」


“Cleaning Tools Close”。これなら当て嵌まるな。


「せいかーい!」

「単純な略称なのか……」


今度は、一つ目のヒントをじっくり見つめる。この矢印が気になるな……。


「ところで、この鍵の在り処のヒントを見たところ、最初の部屋からやり直して順番に調べないといけないんじゃあ……」

「あれ? もう其処まで気付いたのかい?」

「ただの勘です。……その言い方はもしかしてですが、知っているんですね?」

「そうだけど、あの暗号は学生時代にゲームをする時に考えたものだけど、屋上の鍵があるというのは初めて知ったなぁ……。でも屋上は普通では入れない筈だけど」

「ん?」

「さてと分かったところで、一度外に出ようか」

「はい」


返事と同時に、掃除道具入れに向かって早歩きで移動し、扉の向こうへ潜る。




「あら? お帰り??」


掃除道具が収まっている筈の先では、きょとんとした表情の川上先生が出迎えてくれた。


「いやいや、ある理由で一度引き返しに来ただけだ。又潜るよ」

「なーんだ……」


がっくりと肩を落とす川上先生。


「じゃあ、最初の位置からどう進むか、考えよう」

「最初のヒントはさっぱり分からないですね……」

「まぁ、多目的教室でも、置いてあるものはそんなに無いしな」



最初は“DIV”だったな……。

これも又、単純に英語の頭文字――しかし、D、I、……V?

Dが付いているものは他にも二つある。一体、何がある……? “DII”、“DI”。

Wは三つ。ところで最後のは妙だな……。*は記号だが、これの意味は……。



確かこれは……あ。


「……これって最初に入った所から、その通りに進めば良いのでしょうか?」

「何か分かったのかい?」

「えぇ、これから取りに行って来ます。恐らく一人でも問題ないです。迷っても、あの掃除道具入れの中に入れば良いので、戻って来るまで待って貰っても良いですか?」

「あぁ構わないけど……」

「何も心配しなくても良いですよ、……其処まで好奇心旺盛じゃないので」


俺はそう言い残して、再び迷宮教室の中に入って行った。




※ ※ ※




鍵を回収しに行って数分後。


「おぉ、お帰り」


安堵の表情で出迎える二人の先生。


「鍵は見つかったの?」


俺は――答えた。



「鍵というか、……望んでたものはありませんでした」


先生達は首を傾げる。


「何かはっきりとした答えじゃないな?」

「まぁ、そういう事です。先生が望むのなら、そっちが正しいという事です」

「もしや、君の望む物と云うのは、……鍵以外の物じゃないかな?」

「まぁ、そうですね。もう此処には二度と寄らないと思うので。危険なものである事はよく分かったので。……自由研究は別のテーマでも調べようと思います」

「おや、諦めるのかい?」

「……謎は謎のままでも、綺麗じゃないですか?」


戸惑う先生方二人。……強引だが、何とか話をはぐらせたか?


「まぁ、うん……」

「此処の鍵、掛けちゃって良いですよ。ちょっと別館に寄って行くので、それから真っ直ぐ帰ります」

「……分かった。課題は確りやっておく様にな?」


先生達は呆れたかの様に、しかし何処か笑っている様にも見えたが、それ以上は何も言わなかった。


「はい。では、有難う御座いました」


俺は先生達をその場に残して、そそくさと別館に向かって行った。







……七不思議の全ての真相は、最後の“謎”が語ってくれるだろうから。




※ ※ ※

 



それから先は記憶が途切れている……。

きっと最後の七不思議のせいで、再び思い出せない様に封じられたからだ。


しかし、此処までの記憶が思い出せたのなら、もう大体は分かる。




あれから一年後――


俺は、……久し振りに屋上に向かってみた。


鍵は多目的教室で回収してから、すっかり私物化してしまっている。

本来なら事務室の用務員さんに返しているんだけど、屋上の鍵は(無くなってしまって見つからないと諦めたのか)もう新たに作られており、今更正直に話して返すのも面白くない気がした。未だ七不思議の真相は、全て解き明かされた訳では無いのだから。


……だから、屋上の鍵は暫く持っていた。




奥の淵で立っているダレカさんが視界に入ると、少しずつ近付いて行った。

思い出した記憶の世界が揺れる。頭の中が捻じれて行く様な。


それでもダレカさんへと近付いて行く。


“真相”が分かったんだ。でも、それを解き明かすには、実際に会いに行かないといけなかったんだ。

だから、此処の鍵は隠してでも持っていた。



ダレカさんと向き合う。


「お前は……」




……過去の世界の残魂。


今まで学校と云う世間にひっそりと隠れて、又ひっそりと脅かしていた。――学校の七不思議として。

でもそろそろ解放させてあげないといけない。ダレカさんもそう望んでいる筈だろうから。


そして俺はダレカさんの手に触れる。間違いなければ、これだけで終わる筈だ。



「……さようなら。過去の世界から置き去りにされてた人」


ダレカさんは、夕暮れの色と同化する様に消えていった――。

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[良い点] すごく面白かったです。ワクワクしながら読み進み、ラストは感動しました。
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