赤い頭巾の女の子
大きな裁縫鋏でその腹を裂くと、まだ消化されていない赤頭巾ちゃんとお婆さんが現れました。
けれど既にお婆さんは物体となっており、赤頭巾ちゃんも意識を失っていました。
若い猟人は、狼の息が既に無いのを確認すると、腹の中から赤頭巾ちゃんを取り出しました。
赤頭巾ちゃんをベッドの上に寝かせ、お婆さんだった物体を片づけて、狼のなきがらは袋に入れて背負いました。
そのまま、お婆さんの家を出た猟人は森へと帰って行きました。
女の子が目覚ますと大切な赤い頭巾が何者かに盗まれていました。
その頭巾はお母さんに貰った大切な頭巾で、彼女の大切なものでした。
お婆さんの姿はどこにもなくて、狼は二人を丸呑みにした為、狼の血が床に広がっているだけでした。
女の子は自分のアイデンティティーを失ってしまい、自分が何者なのかを自問しました。
トレンドマークの赤い頭巾を物心がついた頃から身に着けており、それはもう体の一部のようなものでした。
赤頭巾ちゃんの愛称で、町の人からも親しまれており、家族も彼女のことをそう呼んでいました。
女の子は身に着けている服を丹念に調べましたが、これといって特徴的な服装をしていた訳ではありません。
女の子は自分の体をよく観察してみました。
目はそれほど大きくないが小さくもない。
鼻も高すぎず、かといって低すぎもしない平均的な顔立ちのようです。
身長は同年代の女性とさほど違いないように思えました。
自分の名前を思い出そうとしましたが、物心がついた時にはすでに赤頭巾ちゃんと呼ばれていたので自分の本当の名前を思い出せませんでした。
自分を定義するものがあまりにも無さ過ぎて、女の子は不安になりました。
何か手がかりはないかと、部屋の中を探してみましたが、自分がお婆さんの孫にあたるという事以上にめぼしい情報はないようです。
仕方なく、女の子はお婆さんの家を出て、自分の家へ帰る事にしました。
お婆さんの家は、郊外の森のそばにあり、町まではおよそ30分ぐらいの距離にあります。
道中で、若い猟人とすれ違いましたが、猟人はそれが元赤頭巾ちゃんだとは気づきませんでした。
猟人にとっては、『そこそこ可愛い女の子がお婆さんの家の方から歩いてきた』というくらいの認識でした。
町の入口で、赤い頭巾をかぶった女の子が数人で立ち話をしている光景が目に入りました。
その中には、知り合いの赤頭巾ちゃんと赤頭巾ちゃんも居ました。
「ねぇ、赤頭巾ちゃん」
「?」
「なんでみんな赤い頭巾をしているの? 」
「え? なんでだろう? ずっとつけてたから疑問に思ったことなかったわ」
「なるほど」
「それより、どこかで見たことあるけれど、貴女はどなた? 」
女の子は、ついに恐れていた質問をされてしまいました。
「私は……誰? 」
「さぁ? 誰か知ってる? 」
そこにいた誰もが首を横にふりました。
女の子にもそれは分りませんでした。
自分の家にたどり着き、表札をみましたが、両親の名前の下には赤頭巾とだけ書かれており、本当の名前は書いてありませんでした。
「お母さん、私は誰なの? 」
「もう、急に何を言っているのよ、お使いは? 」
「ねぇ、私は誰なのよ」
女の子のお母さんはポケットから赤い頭巾をとりだして、女の子の頭に被せました。
「赤頭巾ちゃん、お使いは済んだの? 」
「お母さん、実はお婆ちゃんは狼に食べられてしまって、大切な頭巾も無くしてしまったの」
「そう、それは大変だったわね」
「ねぇお母さん、私は赤頭巾よね? 」
「そうよ」
「あれ? 」
「どうしたのよ、不思議そうな顔をして」
「そっか、私は赤頭巾だったのね」
「何を馬鹿なことをいってるの、おやつの用意ができているから手を洗ってらっしゃい」
「はーい」
不安な気持ちはまだ残っていましたが、自分を取り戻せたような気がして赤頭巾ちゃんは安堵しました。
手を洗った後、ふと鏡を見ると、そこには赤い頭巾がよく似合う女の子がうつっていました。
「私は赤頭巾」
小さくつぶやくと心が落ち着いてきました。
「そうだった、私はずっと赤頭巾だった」
お母さんは、おやつのドーナツをお皿の上に並べ終わると、どこかに電話しているようでした。
「えぇ、ええそうです。スペアを用意しておいて正解でしたわ。あれがないと本当にもう……はい、大丈夫です」