銃とパスポート
タクシーで歌舞伎町に戻り、コマ劇場とミラノの間のマクドナルドで昼食をとっていた。暫く二人とも黙っていた。レジの打つ音。カップルの世間話。携帯電話で話をしてる奴らの声を聞いていた。關が重い口を開く。
「何で……あたし狙われてるの?」
俺はポテトを口に頬張るのを止め、關を見る。
「それはこっちが聞きたいよ」
ラークを取り出す。
「……」
火をつけ、苛立ちを抑える。窓から外を見ると、珍しく香港の人間が少ない。いるのは明らかに観光客や留学生しかいなかった。悪い方向に進みだしたのだ。
「でも、あたし……本当に何も知らないわ」
嘘。關は何か知っているはず。それを無理矢理無きものにしようとしている。調べるしかないな。
いつの間にか短くなった煙草の火を消し、新しいのに火をつける。携帯電話が震えた。ポケットから出し、画面を見る。黄からだ。
「何だ?」
『今何処にいるんだ?』
「……さぁな」
溜め息が受話口から漏れてくる。苛立っている様だ。俺まで苛立ってくるが、煙草で抑える。
『劉の命令であんたを探せって』
「どういう事だ?」
『知らないよ。いきなり召集かけて、そう言われたんだ』
劉も動き出したって事か。
「尚更言えないな」
關が外を心配そうに見ている。視線を追うと、三下四人を連れた劉の側近、徐虎。元SDU――香港の特殊部隊――の隊員で、一年前に除隊している。噂じゃ、隊長を半殺しにしたとか。今じゃ林組の掃除屋だ。
煙草を灰皿に擦りつけ、關の手を取り裏口に向かう。
「悪いが、切るぞ」
『おい……』
黄が何か言おうとしていたが、切った。従業員が困った表情で見ている。構わず裏口のドアを開け、外に出る。
目立たない様に桜通りを歩き。サンクスの前を通ると“GUNS”と書かれた看板が見えてきた。その店の中に入る。ドアの上に取り付けられた鈴が鳴り出す。
店の中はエアーガンやプラモデルや軍事グッズが綺麗に並べてある。目の前にはガラスのショーケースに、その横にレジがあった。
「よぉ、木村」
ショーケースの奥でパイプ椅子に座って煙草を吹かしてる中年の男がいた。GUNSの店長、田中京介。この街では数少ない銃が手に入る店だ。
「今日は美人連れで何の用だ?」
「そんな。美人じゃないですよ」
關は顔を赤くして日本語で言った。田中は煙草の火を消す。
「銃を買いに来た」
田中は吹き出した。
「どういう風の吹き回しだ?」
田中は皮肉な言い方で言う。
「頼むよ田中さん」
田中が溜め息をつく。
「分かったよ」
屈んで何かをし始めた。黒い塊を何個かショーケースに上に並べだす。俺はその内の一個を持った。銃身が飛び出し、銃把には剣と盾が三つずつ掘られている。
「ベレッタM92Fだ」
田中はベレッタに指をさし、淡々と言う。俺は遊底を動かす。遊底止めが上がり、固まる。薬室が剥き出しになっている。
「初めてか?」
「当たり前だ」
ショーケースの上に置く。
「イタリア製でジャムが少ない。弾は9ミリパラベラムだから貫通力は抜群だ」
自慢そうに言った。
「これ以外にも何挺かくれ。それとライフルとショットガンも」
それを聞いて田中は目を丸くする。
「ふざけるな」
「本気だ。金なら出す」
田中が後ろにいる關を見る。
「……あいつだな?」
「…………」
田中は暫く黙り込んだ。
「こっちに来い」
田中は俺と關を連れて、奥に入っていった。田中は壁で何やら操作する。すぐに壁が横にスライドする。中に入り、唖然とした。
銃が壁に綺麗に並べられていて、まるで博物館の様だ。
「好きなだけ持ってけ」
黒く大きなバックを投げた。それを受け取り、銃を選ぶ。
まずベレッタM92F。色は銀色に輝いている。二挺取り、バックに入れる。次にシンプルな形のブローニングハイパワー。
巨匠ジョン・ブラウニングが設計した銃だ。全ての原点となった銃と言っても過言ではない。特徴はマガジンセフティーという安全装置が付いている事。二挺入れ、次は木製の銃把と被筒が目立つAK47Sを取った。
AKとはアブトマットカラシニコフの略で、この銃を見たことない人はまずいないだろ。ゲリラが挙ってこの銃を使う。特徴はどんな悪環境でも正常に作動し、手入れもそれほどしなくてもいいという優れ物だ。折り畳み式の銃床なので折り畳み、バックに詰め込む。
次にH&KMP5K。一般に、クルツと呼ばれている。この銃は命中精度がよく、要人警護にも使われているらしい。小さいながら一分間で九百発の連射速度がある。バックに詰め込む。
次に小さな箱型の銃を取った。MACM11――いわゆるイングラム――だ。この銃の特徴はなんと言っても連射速度だ。なんと一分間に千二百発と言われている。化け物銃をバックしまい、次はメタリックの銃床が折り畳められ、多数の放熱口が目立つ銃が目に入った。
スパス12だ。この銃はイタリアのフランキ社が作った12ゲージショットガンだ。しかも、セミ、フルに変える事ができるショットガンでもある。スパス12をバックに詰め込む。
後ろの棚にある弾や弾倉をバックに入れ、閉じる。これだけあれば十分だ。
「もういいのか?」
田中はセーラムを吹かしていた。
「あぁ」 バックを肩に掛け、財布を出す。多分、金は残らないだろう。
「いくらだ?」
「いらねぇよ」
田中は煙草を灰皿に投げ込む。とても冗談を言ってる様には見えない。
「……悪いな」
關を連れ、出口に向かう。
「死ぬなよ、木村」
振り返ると、田中が悲しい瞳で見ていた。俺は微笑みを返して、ドアを開ける。入ってきた時と同じく、上に付いた鈴が鳴り、静寂な店の中に響き渡る。
赤に光る太陽が沈んでいく。反対の空には無数の星たちが光りを放ち出している。花道通りを歩き、歌舞伎町二丁目の中に入っていった。
町の中を歩いていると安宿のホテルブリットが見えてきた。ホテル全体が古くさく、真っ白だった壁も今では色が褪せ、灰色になっている。所々に出来た鳥の巣の穴が目立つ。
回転扉の取っ手を押し、中に入る。正面に受付があり、左右に通路があり、エレベーターが付いている。
「いらっしゃいませ」
受付員が軽く頭を下げて言った。
「二名様で?」
「あぁ」
受付員は後ろにある鍵の列から一つ取った。その上に数字が書かれていた。
「四○八号室です。あちらのエレベーターをお使い下さい」
受付員は右の通路に手を差し出す。鍵を受け取り、木で出来た通路を歩いてエレベーターに乗り込む。4のボタンを押して、エレベーター動かした。酷く遅いエレベーターだ。
四階につき、ドアが開いた。薄暗い通路の出迎え。天井に電気がついているが、片方が消えていたり、両方消えているのもある。良いホテルだな。
軋む通路を歩き、四○八と書かれたドアの前に来た。鍵でドアを開け、部屋の中に入る。關はすぐにベッドに倒れ込んだ。すぐに寝息が聞こえてきた。無理もないな。
俺はベッドの隅にバックを置き、もう一つのベッドに腰を下ろす。關は寝返りを打ち、俺の方に安堵な表情を向ける。
寝ているのを確認し、財布を抜き取る。中身は一万円札が四枚、千円札が三枚、小銭が少々。ゲオの会員カード、美容室のスタンプカード、運転免許所。
運転免許証を抜き取り、財布を戻す。内ポケットに入ったパスポートを取り出し、中身を見てみる。見た目は綺麗だ。綺麗過ぎて、逆に怪しい。運転免許証とパスポートを尻のポケットに突っ込む。
俺は關の体に布団をかけ、そのまま部屋を出た。何気ない動作だが、以前の俺だとやらなかった。何かが崩れだしたのだろう。
ホテルを出て二丁目の中を歩ていると、前に第二和幸ビルで左に曲がり、金属音が聞こえてくる。新宿バッティングセンター。
中に入り、受付にいる婆さんに声をかける。
「調子はどうだ? 阿婆(婆さん)」
歳の割には皺が少なく、鋭い瞳、丸まった顔、白髪は伸びて耳を隠している。この世界じゃ、知らない奴はいないだろう。葉成紅。北京からやってきて八年、ずっとこの街の裏情報を使い、儲けている婆さんだ。
「なんだ……祐一かい」
感情の籠もっていない北京語で、手元にある夕刊をめくる。俺は尻のポケットから關の運転免許証とパスポートを出し、差し出す。
「これを洗ってほしい」
不慣れな北京語で話す。
「六万だよ」
「馬鹿言うなよ婆さん。四万が良いところだ」
日本語で叫んだ。トイレから出てきた男が見てくる。俺はラークを出し、火をつける。
「……分かったよ」
「相変わらずだね、あんたも」
そう言ってパスポートを開く。虫眼鏡で隅々を見ていく。
「随分と手の凝りようだね」
煙を吐き出し、バッティングを見ていた。金髪の男が側で見ている女に良い所を見せようとスイングする。全て空振り。
「少しかかるよ」
キーボードに手を置き、タイプする。俺は煙草を吸いながら、終わるのを待つ。腕時計に目を落とす。八時二十九分。
「名前は關香梅。性別は女。生年月日は一九九一年三月二十日。広東省出身」
「……つまり、本物って事か?」
パスポートを開いて見せる。葉が指をさしている場所を見る。
「……赤い?」
「その通りさ。ここだけ赤い。この筋の奴は自分が作った証拠を残す奴がいるのさ」
煙草を灰皿に擦りつける。
「つまり、別人だよ」
頭の中が混乱してきた。謎がまた一つ増えた。
「ありがとよ。婆さん」
六万を渡す。
「エスパスに行ってみな。そこで右手の甲に焼け傷がある崔成愛に見せな。何か分かるかもしれないよ」
崔成愛。名前から分かるのは韓国人としか分からない。普段はそいつの身元を調べてから会うが、今はそうも言ってられない。
「祐一。あんたとんでもない穴に嵌まったね」
「どういう意味だ?」
「林が襲われたみたいよ」
「何?」
「まぁ、頑張りなよ」
不敵な笑顔で葉は手を振る。俺は背を向け、バッティングセンターを出る。
花道通りを渡り、一丁目へ。桜通りに入り、平和通りに移り、人で埋め尽くされたコマ劇場の前を通り、一番街。林組の人間が何人かいたが、見つかる事はなかった。
エビ通りに入り、西武新宿駅通りに向かって歩く。交通量が多くなった西武新宿通りは車が絶え間なく走っている。きらきらと輝くネオン看板。エスパス日拓新宿本店だ。
中に入ると、パチンコやスロットの音がうるさかった。奥へと進み、右手の甲に火傷を負った奴を探す。探していると、妙に当てている奴がいた。銀色のメダルがじゃらじゃらと出てくる。レバーを引く。その手には火傷の傷があった。
「崔成愛だな?」
そいつは黒い髪を肩まで伸ばし、右耳にはピアス、黄色ジャージに、紺色のジーンズ。
「誰?」
殆ど訛りのない日本語が返ってきた。7が揃い、またメダルが出てくる。
「葉成紅の紹介できた」
「あぁ。あの婆さんね」
パスポートを見せる。動きが止まる。どうやら何か知ってる様だ。
「ここに写ってる女の事を教えてくれ」
「あのババア」
微かにそう言った。
「店を出ましょ。話はそれから」
崔は会計を済ませに受付に行く。俺は先に店を出ることにした。スロットの音楽がうるさくてかなわない。
煙草をくわえ、火をつける。喧しい音が自動ドアが開く度に聞こえる。サラリーマンやカップルで道が賑わいだした。
「一本くれない?」
いつの間にか崔が横にいた。俺は黙ってラークの箱を差し出す。細く、綺麗な指で煙草のフィルターを摘む。ジッポで火をつけてやる。
「話してくれないか?」
崔は煙を吐き出す。
「それはあたしが作ったのよ」
驚きはしなかった。葉の婆さんに言われた時から何となく想像していた。
「確か三年前ぐらいかな。いきなり三百万渡され、パスポート作れないかと聞かれたわ」
「それで?」
煙を吸い込み、間を空ける。
「中国人にしてくれって言われたわ」
これには流石に驚いた。密入国した中国人が怪しまれない様に偽造パスポートを作るのは当たり前の様に行われているが、中国人にしてくれなんて言う奴がいるとは思いも寄らない。
「あたしもびっくりしたよ。今までいろんな人種のパスポートを作ってきたけど、こんなケースは初めてだよ」
「その女は何人なんだ?」
「さぁね。話した時は片言な日本語だったけど」
ようやくパズルのピースを一個填めた様な気分だ。煙草を指で弾き飛ばす。
「ありがとよ」
「あんた名前は?」
「木村だ」
「覚えておくわ」
タクシーに乗り込み、ホテルへと戻る。これで關――別人だが――に何を聞くかは決まった。後は彼女次第だ。場合によっては殺す事にもなるだろう。 |