謎の刺客
俺は煙草を捨て、銀色の外車。キャデラックのCTSに乗り込んだ。
「傷付けるなよ」
江原が言った。
「分かってるよ」
エンジンを掛け、ギアをDの位置に動かす。アクセルを踏み、車を動かした。朝の通勤で賑わう職安通り。
昨日の夜の事を思い出す。昨日はホテルに行き、激しいセックスを繰り広げた。その後、シャワーを浴び、眠った。朝になると、ベッドで寝ている高橋をそのままにしてホテルを出た。
車は東新宿駅方面に進み、駅の二つ前で曲がり、住宅街に入った。
住宅街に入ると林から貰った紙に書かれた住所を頼りに家を探した。いろんな形の家が立ち並び、学生などに気をつけながらゆっくり走らす。
サイドブレーキを引いて車を止める。目当ての家に着いた。とても豪華な家だ。一人で住んでるとは思えない。
車を降り、玄関の前まできた。チャイムを鳴らそうと指を伸ばしす。だが、押さなかった。その前に身だしなみを確認だ。黒の上下のスーツ、白いワイシャツ、紺色のネクタイ。チャイムを鳴らしす。殆ど待つ事はなかった。
「請」
綺麗な広東語だ。ドアノブを回し、中に入った。
玄関は綺麗に整理されていた。足下には、これから履くと思われる黒のヒールの靴が一足だけだった。右は木製の靴入れがある。その上には金魚が入った水槽が置いてある。正面にはリビングに繋がってると思われる通路があった。壁は白かった。
奥から足音が聞こえてくる。女が現れた。化粧は濃くも薄くもなく、くっきりとした二重、黒く長い髪、足が細く、黒のパンツスーツを着ていて、肩からはショルダーバックを下げている。一目で住んでる世界が違うと分かった。
「對唔住」
女は広東語で謝ってきた。急いで靴を履く。
「いえ、気にしないで下さい」
俺も広東語で返す。ドアを開け、外に出る。
「あの……あなたが木村祐一さんですか?」
「係」
「あ、私關香梅です。關と呼んで下さい」
林の女であり、婚約者の關香梅。写真で見た時より綺麗に見えた。
俺は後部座席のドアを開けた。
「では、關さん」
關が乗り込むとドアを閉め、運転席のドアを開け、乗り込んだ。
車は職安通りに再び戻り、車の列に入る。
「あの……林さんから聞きました。殺し屋……なんですよ?」
「唔同(違います)」
きっぱり言った。
「でも何人も殺したと」
「もし殺し屋ならこんな事はしませんよ」
「あなたは優秀だからだと言ってました」
「……」
もう何も言わなかった。余計な事を言ってくれたぜ。溜め息をつき、頭を掻く。
信号が赤になった。車を止める。バックミラーを通して關を見た。緊張しているのか落ち着きなく辺りを見渡す。
俺は關から信号機に目を動かす。やたらに長いな。真っ白で綺麗な手が伸びてくる。その手の行き先は股間。
細い腕を掴む。後ろを振り返る。
「何考えてる……」
關は顔を真っ赤にし、今にも泣きそうになっていた。
「お……男の人って……あの……その」
溜め息をつく。腕を離し、体を戻す。やっと信号が青に変わった。アクセルを踏み、進む。
「林さんがそれをやると誰でも喜ぶと言われて……その」
声が震えている。内心やっぱりかと思っていた。
「二度としないで下さいね」
嬉しいと感じた自分を打ち消す様に冷たく言ってしまった。静かになった車は税務署通りを走り、神田川に架かる淀橋を渡った。
「そこ右に曲がって下さい」
曲がるとオフィスビルがずらりと並んでいた。
「そこです」
關が指をさす。指先には十五階建てのビルが立っていた。地下駐車場に入り、エレベーターに近い所に止める。ドアを開けると、關も出てきた。關がエレベーターの方に歩いていく。後を追う。同時にセンサーで鍵をかける。
エレベーターに入り、8のボタンを押す。動き出した。エレベーターは一階一階スムーズに上がっていく。八階に着いた。エレベーターを降りる。降りると右の通路を歩く。歩いていると前から男が近づいてきた。
「お早う御座います」
そう言って横を通り過ぎていった。
目の前にドアが見えた。それを開け、中に入る。中は強化ガラスで仕切られたデスクがずらり並んでいた。
關は一番奥のデスクに座った。デスクの上はパソコンに企画書の様なものに白いマグカップなどが乗っている。
「お迎えは何時に」
關は腕時計を見た。
「八時に」
若干、緊張が残っているが、良くはなっている。
「分かりました。何か有りましたらここに電話を」
電話番号が書かれた紙を渡した。
「分かりました」
俺はドアに向かう。關の方を振り返った。女と話している声が聞こえる。
「編集長。新しい彼ですか?」
女はニヤニヤした顔で關に聞いていた。
「そんなんじゃないの」
びっくりするほど日本語が上手かった。
「またまた!」
關と目が合う。俺は気づかない振りをしてドアを開けた。エレベーターで駐車場に下りる。
駐車場に着くと携帯電話が震えた。画面には伊藤の電話番号が表示されている。
「何だ?」
車のドアを開けた。
『周りに人は?』
「ちょっと待て」
周りを確認する。誰もいなかった。念のために車の中に入る。
「大丈夫だ」
『情報を入手したぜ。こいつは思ったより厄介だ』
「それで情報は?」
『会って話す。三十分後にいつもの所で会おう』
「分かった」
電話を切り、エンジンをかけた。
靖国通りの二階建ての喫茶店、アイリスに着いたのは二十分後だ。二階の隅の席に座り、そこでコーヒーを飲んでいた。腕時計に目を落とす。午前九時五十七分。
階段から伊藤が現れた。伊藤は俺に気づくと向かえの席に座った。
「珍しいな。お前がこの場所に呼ぶなんて」
「悪いな」
コーヒーを一口飲んだ。
「情報は?」
「あぁ。実は……」
銃声。窓ガラスに穴が開き、伊藤の頭が弾けた。血と脳味噌が飛び散る。
すぐに床に伏せた。目の前に目を開け、俺を直視しながら死んでいる伊藤が倒れている。涙がこみ上げてきた。それをぐっと堪え、“すまない”と心で呟きながらゆっくり移動する。
また銃声。頭上を掠めて壁に当たる。一気に非常ドアに向かい、ドアをぶち破った。
非常階段を下り、路地に出た。路地を走り抜け、車を止めた区役所通りを目指す。
新聞紙をマットにし、寝ているホームレスを飛び越え。残飯を漁っている鴉が俺に気づき、空に舞い上がる。
やっと区役所通りに出る。キャデラックに乗り込み、キーを差し込んだ。頭に何か突きつけられた。ガチリと鈍い音が車内に響く。銃だと気が付くのに時間はかからなかった。
「ハンマーは起きてますよ」
広東語だ。バックミラーを見た。後部座席に男が一人いる。冷酷な目、無表情、ブラウンのキルトジャケット、白いシャツ、紺色のジーンズ、手にはH&KUSPを持っている。俺を殺して外に出ても、誰も怪しまないだろう。少なくとも素人には見えない。
「らしいな」
ハンドルを握る。手には汗が浮き出ている。小さな紙を渡された。
「ここに行け」
「その前に聞きたい事がある。何故を俺を狙う」
「……それはお前がブツを盗んだからだ」
またかよ。取り合えずこの場を抜け出さなければ。
エンジンをかけ、思いっきりアクセルを踏み込んだ。タイヤが勢いよく回転して、アスファルトを擦った。
区役所通りを時速百キロで走った。
「おい! スピードを落とせ!」
男は銃を突きつけてくる。俺は笑い飛ばす。
「どうせ死ぬんだ。死なせてくれ」
ゆっくりシートベルトをする。対向車線に出たり、車をどんどん追い越す。まるで映画だ。
「殺すぞ! スピードを落とせ!」
「分かったよ」
ハンドルをきった。ガードレールを突き破る。人が逃げっていく。電信柱に突っ込んだ。目の前が真っ暗になる。
どのくらい気絶していたのだろう。短時間だったかもしれない。次第に光が見えてきた。
目の前に人が車を囲んで中を覗いている。横を見た。男がフロントガラスを突き破っていた。頭にはガラスの破片が皮膚に刺さっていて、所々皮が剥けて肉が見えている。ダッシュボードには血が小さな池を作っていた。
ドアを蹴り開け、外に出る。頭が酷く痛む。人々が心配そうに見てきた。
「大丈夫? 今、救急車呼ぶから」
中年の女が携帯電話を出した。
「そいつは死んでる」
そう言って人をかき分けてゴールデン街に向かった。中年の女はただ呆然としていた。
天国に入ると、みんな真っ青になっていた。俺はなにも言わず伊藤の部屋に入る。
伊藤はいつも陽気だが、利口な奴だ。自分にもしもの事があった時の為に何か残している筈だ。
俺はデスクの引き出し、ベッドのマットの中、クローゼットの中、床の中、あらゆる所を探したが何も出てこなかった。
椅子に座った。頭がまだ痛む。苛立ち、目の前のデスクの上に置かれた本や酒のボトルを吹き飛ばす。
ラークを取り出す。茶色いフィルターをくわえ、火をつける時だった。ふと下に撒き散らした中に妙に引っかかる物が落ちてた。キーホルダーだ。
キーホルダーを拾う。思い出した。伊藤に初めて情報を頼んだ時に伊藤は自分にもしもの事があったらこれを使えと言っていた。
キーホルダーの真っ黒の固体の真ん中を押す。すると、後ろの壁が動き出した。壁からテープの山と金庫が出てくる。
俺はテープの山を見た。山と言っても綺麗に並べてはあるが。
昨日の日付が書かれたテープを見つけ、取った。それをコンポに入れ、再生ボタンを押す。
『……これを聞いてる頃は俺は死んでいるんだろうな。笑っちまうな。それはともかく、黒幕は劉偉だ。目的は分からんが、倉庫のブツをねこばばしたのは奴だ。吉田もグルだ。あいつの事だ。多分、頭を取りたいんだろうな。ここからよく聞いてくれ。どうゆう訳か奴ら林の女を狙ってる様だ。後の事は本人に聞いた方がいいだろう。なお、このテープは自動的に消滅する。……じゃあな』
テープが破裂。まるでスパイ映画だ。俺は椅子から立ち上がり、ドアを開ける。女達が呆然と立ち尽くしていた。
店を出て、ゴールデン街の出口に向かって走り出す。区役所通りに出ると目の前に止まっているタクシーに目をつけた。腰からパラ・オーディナンスを抜き出し、運転席のガラスを突っつく。運転手は真っ青な顔になり、すぐに両手を上げた。
「降りろ」
低い声で言った。運転手は率直に従う。タクシーに乗り込んだ。アクセルを踏んで職安通りに目指してスピードを上げた。
俺はアクセルを目一杯踏み込んだ。メーターの赤い棒が百キロと白い文字で書かれた上を過ぎる。目指すは關のいるオフィス。
ビルの前でブレーキを踏み込んだ。間一髪他の車にはぶつからなかった。ドアを勢いよく開け、ビルの中に入った。
ビルの中に入り、エレベーターに乗り込んだ。8のボタンを押し、エレベーターが動き出す。とても遅く感じた。
八階に着くと、ドアが完全に開く前に隙間から出た。通路を走り、オフィスのドアを乱暴に開ける。周りの人が一斉にこっちを見た。気にしてる場合ではない。息を切らしながら關のデスクに向かう。關が心配そうに見ていた。
「どうしたの?」
「時間が無い。ここから出なければ」
關の腕を掴んで無理矢理椅子から立たせた。
「ちょっと。何処に行くのよ」
怒っている様だ。気にせず、非常階段に向かう。周りに目を配りながら。従業員が不安そうな顔で見ている。突然、前に警備員が現れた。
「ちょっとあんた。何してるですか」
話を無視して横を無理矢理通った。警備員が肩を掴んだ。
「警察呼ぶぞ!」
段々苛立ってきたので腕を払い、透かさず右足で警備員の胸の部分を蹴った。後ろに吹き飛んだ。警備員は床でうずくまっていたまま動かない。
非常階段のドアが見えた。俺が入ってきたドアが開く。入り口から四人組の男が入ってきた。寒気が俺を襲う。内二人は黒いバックを持っている。先頭の男は独特の奴だった。赤い丸サングラスにカウボーイハットで、頬に傷があり、真っ黒なスーツを着ていた。
目が合う。とっさに關を吹き飛ばした。視界に關は床に倒れるのが分かる。バックからアサルトライフルのコルトM733を出す。血の気が引いた。床に伏せる。けたたましい銃声が鳴り出した。
銃弾は正確に飛んできた。急いで、デスクの影に隠れた。
パラ・オーディナンスを取り出す。安全装置を外し、がむしゃらに撃ち返す。当たらなくても、時間稼ぎがしたかった。あっと言う間に遊底が止まり、隠れていた銃身がはっきり見える。銃口からは白い煙が昇る。
關のいる所まで体制を引くくして――最早、床を這いずっていた――寄る。關は目をぐっと閉じて耳を押さえていた。
震える手で弾倉を抜き、弾丸が詰まった新しい弾倉に変える。遊底止めを親指で押す。音を立てて元の形に戻った。
「唔好行開呀(離れるなよ)」
關は言い終わる前に何回も頷きながら、腕を力強く掴む。いつの間にか銃声が止み、声を殺して泣く声が聞こえてくる。
デスクの下から周り見る。従業員の足が邪魔だったが四人の位置は大体分かった。
「合図したら、あそこに走れ」
小さい声で、非常階段のドアに指をさし言った。關は頷く。目には涙が溜まっている。
俺はもう一度覗き込む。四人はじわりじわりとこっちに向かっている。一番右の男の爪先に標準を合わせ、振り返りながら合図を送った。
關が走り出す。走ったと同時に引き金を引く。靴の爪先が破裂した。足の指と靴の革が飛ぶ。どちらも血の色に染まっている。
痛みの余りに叫びながら男は倒れた。透かさず、左のデスクに転がりながら移る。
右のデスクが銃弾が撃ち込まれる。銃弾はいとも簡単にデスクを穴だらけにした。要するに蜂の巣だ。
デスクを影にして、寝そべって、体を左に傾ける。両手で構え、男に銃弾を撃ち込んだ。肉片と血が飛び散る。赤い丸サングラスの男にも撃った。だが、男はすぐに物陰に隠れ、銃弾は壁や、デスクに置かれたパソコンに当たった。
立ち上がり、非常階段のドアに向かって走った。銃声。横にあった強化ガラスに当たり、破片が飛んでくる。だが、体には当たらなかった
ドアを開けると、關が階段に座って耳を押さえていた。
「来い!」
關の腕を掴んで階段を下りた。途中で痛いと言ったが無視する。俺はまだ死にたくもないからな。
下におりると、静かだった。どうやらまだ奴らは上らしい。正面の自動ドアに急ぎ足で行った。
すると、青い制服を着た警官が三人来た。誰かが通報したのだろう。この時ばかりは仏の様に見えた。場違いなチャイムが鳴り響く。
振り向くと、エレベーターから男が三人降りてきた。勿論手にはコルトM733を持ちながら。俺は關を連れて走り出す。
銃声。自動ドアのガラスが割れる。警官が腰に付けたホルスターから支給品のグロック19を抜く。割れたドアを抜け、太陽が眩しい外に出た。
振り返る。照準を合わせようとしていた。俺は關を抱き抱え、何も考えずに茂みにダイブした。
また銃声。多分、あの警官達は死んだだろう。そう考えながらホルスターにパラ・オーディナンスを入れながら、關を立たせる。
前から覆面パトカー四台が向かってくる。けたたましいサイレンを鳴らしながら。
振り向くと赤い丸サングラスの男がこっちを見ながら弾倉を取り替えていた。
「行くぞ」
そう言って關の手首を掴んで走った。また銃声が鳴り出す。構わず走る。一心不乱に。 |