裏切り者と婚約者
太陽の日差しが靖国通りが見える窓から射し込む。静まり返ったレストランで俺は朝刊を読みながら、コーヒーを飲んでいた。テーブルにはベーコンとスクランブルエッグとサラダが乗っていた皿とライスがまだ少し乗った皿が置いてある。
新聞には“林組に宣戦布告?”とデカデカと書いてあった。どうやら昨日襲ってきた奴らは大林組の組員らしい。
大林組とは、太田しのぶが死んで、その跡目を幹部だった大林和久が継いで、影で何か色々やってるらしい。
コートのポケットの中に入った携帯電話が小刻みに振るえだす。すぐに止まる。これは林組の召集の合図だ。
コーヒー飲み干し、青色の椅子から立ち上がり自動ドアを抜け、靖国通りに出た。
道には多くの人で溢れていた。サラリーマンが鞄を持って西武新宿駅に向かっている。スカートを短くし、セーラー服を着た女子高生。学生服のボタンを全部あけて、耳にピアスをつけ粋がった奴らがぞろぞろと歩いている。粋がれるのも今の内だ。この街で生き残るのは難しい。その内足下を失い、どん底の人生が待っている。
ドン・キホーテの横のセントラルロードに入った。店の立て看板を出したり、ドアの鍵を外したり、店の窓を拭いたりしている店員が目に入る。
花道通りに向けて歩きながら、ラークを取り出し、火をつけた。
煙草を吸いながら歩いていると新宿コマ劇場が見えてきた。コマ劇場と新宿ロフトの間を抜けて、花道通りに出る。
花道通りを横断し、クイーンズタウンホテルの前を通り過ぎた辺りで大きなビルが見えてきた。
林株式会社。ここは表向きの仕事としてやっている。林はこのビルに地下を作り、そこでいろいろ話の場などとして活用している。
煙草を投げ捨て、中に入った。中は普通の会社と変わらない。正面に美人な日本人がいる受付があり、右にエレベーターが二機あり、左には階段がある。
俺はエレベーターに乗り、1の番号を二回押す。これは地下に行く方法なのだ。エレベーターが動きだす。すぐに止まる。
トビラが開くと、白い壁の通路が出てきた。通路を歩くと、T字路の通路になっている。正面にはドアがあり、左右にもドアがある。そして、正面のドアの上にはカメラが取り付けられている。これで誰が来たか確認しドアを開ける仕組みになっている。
カシャという音が聞こえた。ドアが開いたのだ。中に入ると、ドアの前には男が立っていた。
男はとても整った顔をしていて、髪をワックスで固めている。黒いスーツを着て、赤いネクタイを締めていた。
「みんなもう揃ってるぜ」
高くも低くもない声。黄來。香港の九龍で生まれ、十九の時に林と知り会いこの道に入ってきたらしい。よくある話だ。
「情報は?」
歩きながら話した。
「まだ無い。奪われたのは薬と銃だ」
「戦争でもする気なのか?」
黄が肩を竦める。
「さぁな」
黄がドアを開けると、話し声が聞こえてきた。
中の部屋はシンプルだった。正面に木製の長テーブルがあり、椅子が八つあり、左にはドアがあり、林の書斎がある。
「やぁ、木村君」
正面にいた優しそうな白い口髭をしたおじさん、林組のナンバー二の王超。林とは呉の時からの知り合いで、よくしてもらってるらしい。
「王先生」
「よぉ、木村」
その三つ椅子を開いて頬に傷があり、太い葉巻を吹かした男が言った。ナンバー三の陳堅。林との関係は命の恩人という感じだろう。跡目を継いだ林は反対派の奴らに襲撃に合う。その時に陳は林を庇って青龍刀で斬られた。それが頬の傷だ。その日から林とは固い絆で結ばれている。
「陳先生」
そう言って空いてる椅子に座った。ドアが開いた。顎に髭を生やし、グレーのスーツを着た男が現れた。
この男こそ林組のボスである林迎明だ。両親を交通事故で亡くし、親戚にたらい回しされた挙げ句捨てられたのだ。そこをたまたま呉が見つけ、育てた。香港では無くもない話だ。
「集まったか?」
みんなは黙っていた。
「集まった訳は言うまでもない」
「犯人の検討は?」
王が呟く様に言った。林は首を横に振る。
「腐れ日本人の仕業かもしれん」
今の言い方に特に怒りは感じなかった。逆にその通りとも思う。
「どんな事をしてもいい。見つけてここに連れて来い」
そう言うとみんな立ち上がり、ドアに向かって歩いた。
「祐一」
振り向くと林が指で合図してきた。林に近い椅子に座る。
「何です?」
林は暗い表情だった。
「余り言いたくはないが、どうやら身内の奴が私の座を狙った犯行らしいんだ」
「まさか」
そうは言ったが、余り驚きはしなかった。
「私もそう思うのだが、この時期なんでな。念の為に身内も調べてくれないか?」
「……分かりました」
少し間をおいて返事をした。日本人でも身内を調べるのは気が進まない。
「それと、これはお願いなんだが……香港に行ってる間にある女を見てほしいんだ」
「女……ですか?」
「実は……今年のクリスマスに結婚すんだ」
林は照れくさそうにポケットから写真を取り出した。
「この女と」
写真を渡された。写真には林と女が香港の維多利亜湾を背景に撮られていた。
「關香梅だ」
写真を返した。
「この女を見ててくれ」
「俺で良ければ」
林はほっと息を漏らす。
「お前で良かったよ。じゃ明日から頼むぞ。ここに朝の九時に行ってくれ」
住所が書かれた小さな紙を渡された。
「分かりました」
紙を受け取って、椅子から立ち上がった。
「頼んだぞ」
「係」
ドアを開けると、黄が待っていた。
「何て言われたんだ?」
「別に」
エレベーターに乗った。黄が地下一階のボタンを押した。
「送ってくよ」
「悪いな」
トビラが開く。灰色の薄暗い駐車場。黄が手前の黒い日産のスカイラインと書かれた車のドアを開けた。
「家でいいのか?」
「あぁ」
車に乗り込んだ。
靖国通りの歌舞伎町一番街の前で車が止まった。
「情報が入ったら連絡してくれ」
「好」
車を降り、歌舞伎町一番街のアーチを潜った。
一番街を歩いていると“食”と書かれた焼鳥屋の前に来た。ここが俺の塒だ。
二階建ての作りで、一階は焼鳥屋で二階が俺の家だ。家を探してる時、ここの店長と知り合い、店に落書きをする奴がいるとの事で、ようはそいつを追い払えってくれるなら住ませてやると言われた。
店の横に階段があり、そこから二階に行ける。俺はその階段を上がり、ドアの鍵を開け、中に入った。
正面のリビングのテーブルの上には空になった酒のボトルや灰皿から溢れ返った煙草の吸い殻の山、カップラーメンなどが散乱していた。右にドアがある。ここが寝室になっている。
今すぐには動きたくなかったので取り合えず、片づける事にした。空のボトルをゴミ袋に入れ、煙草をコンビニの袋に入れた。
ある程度綺麗になったので、コートを椅子にかけ、寝室に向かった。
寝室はベッド一つだけ。ベッドに腰をおろし、腰に付けたホルスターを取った。ベッドのマットをめくる。中に茶色のホルスターが銃を収めた状態で出てきた。
ホルスターを取り、替わりにもう一つのホルスターをマットの下に置く。マットを元に戻し、ホルスターから銃を取り出す。パラ・オーディナンスP14だ。
弾は四十五口径を使っており、コルト・ガバメントと形が似ているが、全くのオリジナルの銃だ。
安全装置が掛かっているか確認し、ホルスターに戻し、部屋を出る。コートに腕を通す。家のドアを開け、太陽の光が降り注ぐ歌舞伎町に出ていく。 |