むかしがたり(戦国BASARA)
波が打ち寄せる中、男たちが忙しく立ち働いて、船の修繕にあたっている。かけ声や怒声、のみ槌の音が響きわたり、時に耳をふさぎたくなるほど騒々しいが、それを見つめる元親の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。元親は砂の上にござをしき、子分の仕事と海を肴に、紫乃と弁当を食べていた。
「アニキ、この調子なら明日にも出られますぜ!」
「またでっけぇサメをとりにいきやしょう!」
「おう、気張れよ野郎ども!」
頭に見守られている嬉しさのためか、男たちは作業の合間合間に声をかけ、元親は上機嫌で返事をする。隣でその横顔を見て、紫乃はくすっと笑った。
「元親様、海にいると元気ね」
「あん?」
「城にいるときとは全然違うわよね。いかにも面倒そうに仕事してるもの」
「そりゃあお前、いつまでも机にしがみついてりゃ嫌にもなるさ」
「昔は、部屋にこもって本を読む方が好きだったくせに」
茶を飲みながら、紫乃はがっかりしたような表情を作る。
「今思うと昔の元親様って本当に可愛かったわよね。女物の着物が良く似合って」
「昔の事はいうな、馬鹿」
とたん、音を立ててたくあんを食べていた元親の顔が不快にゆがむ。元親にとって、姫若子時代は触れられたくない過去だ。それを知っているから、紫乃は時々わざとその話を振ってからかう。
「背は高かったけど、色白で細くて大人しかったじゃない。もし元親様が姫であのまま育ってたら、今頃傾国の美女になってたかもしれないわねー。そうしたらきっと、近隣諸国から求婚の文が山のように届いて、読むのも一苦労なんてことになったり」
「気色悪い事をいうんじゃねえ! お前こそ顔真っ赤にしてかけずり回って、まるで男みたいだったじゃねぇか。……ああああ、今思い出してもゾッとするぜ。お前、俺の寝床に蛇を忍ばせやがったよな」
逆襲すると、握り飯を手にした紫乃はぐっと言葉に詰まった。
「あれは、だって元親、男らしくなりたいって言ってたじゃない。私なりに鍛えてあげようと思ったのよ」
「荒療治にもほどがあんだろうが。あれのおかげで、俺はいまだに蛇が苦手なんだぞ」
口にするだけで怖気をふるって、元親は思わず自分の腕を抱え込んだ。何よ軟弱ね、と紫乃がつん、とそっぽを向く。それから急に吹き出した。
「何だよ、怒ったと思ったらすぐ笑って」
「あの頃、女中たちが私達のことを何て言ってたか、知ってる?」
「いや?」
「『若様と矢曽木の姫はまるで今とりかへばやよ』ですって」
とりかへばやとは、関白左大臣の子供、内気な男児と活発な女児が逆の性別で育てられ、その事がきっかけで様々な事件が引き起こされる物語である。
なるほど、女のように大人しい姫若子と、男のように元気な姫なら、とりかへばや(取り替えたい)と周囲が言いたくなるのも分かる。元親もこれには苦笑した。
「そういや父上にもよく言われたな。お前と紫乃姫は、魂を取り違えて生まれてきたようだってな」
「えぇ、国親様が? いやだ、恥ずかしい」
「何だよ、今更」
「だって私、国親様が大好きだったもの。あの方の前では大人しくしてたつもりだったのに、そんな風に仰られてたなんて」
言いながら本当に恥ずかしいのか、紫乃は頬を両手で包み込んだ。ぽ、と赤らむのを見て、元親の眉が跳ねる。
「……もしかして、父上が紫乃の初恋か」
「えぇ? 初恋って、そんな大層なものじゃないわよ。憧れの方ではあったけど」
「なら、お前の初恋はいつだよ」
「いつって……」
問われて、紫乃は困ってしまった。
紫乃がこれまで出会った男性はほとんど身内ばかりで、恋がどうこう言えるような相手は居ない。しかし言われてみれば確かに、凛々しく頼りがいのあった国親への思いは、初恋に近かったのかもしれない。そう言おうとしたら、元親がずいっと顔をのぞき込んできた。
「俺だよな?」
「え?」
「お前の初恋相手」
「は、はぁ?」
「父上以外で、俺より良い男が居るわけねぇ」
「……何よ、その自信は。姫若子のくせに」
「昔の話だろ!」
「初恋といったら昔の話で、昔といったら元親は姫若子じゃない!」
「姫若子、姫若子って、人の事ばっかり言うけどな。お前なんか猿そのものだったじゃねぇか!」
「ましら! 言うに事欠いてましら!? それが女に言う事なの!」
「姫若子だって男に使う名前じゃねぇだろ!」
「事実なんだからしょうがないでしょ! 姫若子に恋なんて出来ないわよ!」
「で、出来ないって言うな!」
「うるさい! 大体、元親の初恋こそどうなのよ! 相手は誰! 世話係の女房? それとも白粉塗った色街の女!?」
「おま、あんまり下世話な事言うんじゃねぇ! 俺の初恋は紫乃に決まってるだろ!」
そこで紫乃の動きが止まった。ぱちくりと目を見開いて硬直する様を見て、少し冷静さを取り戻した元親は、白い頬を紅潮させて呟く。
「……ガキの頃からずぅっと一緒に居たんだ。惚れねぇわけ無ぇだろうが」
「…………」
途端、紫乃の頬にも血の気が上り、目元が色づいた。恥ずかしがり、声もなく縮こまる紫乃は小動物を思わせて、無性に可愛がりたくなる。
「紫乃」
ここぞとばかりに元親は顔を寄せた。触れた先で紫乃はびくっと震えたが、味わうようにゆっくり唇の線をなぞると、強ばった身体から力が抜けていく。
「ぁっ……も、元親」
少し離れた時、首筋まで赤く染めた紫乃が息を漏らして囁く。元親はその細い肩を抱き寄せて、
「良い子だな、紫乃。こういう時『様』はいらねぇって、ちゃぁんと分かってるじゃねぇか」
そう言ってもう一度唇を重ねようとしたが、不意に口笛が聞こえた。
「あぁん?」
無粋な真似しやがる、と顔を上げると、それまで船の修理に働いていた男達が手を止め、ニヤニヤしながらこっちを注視していた。誰かが指笛を鳴らし、
「よっ、ご両人!!」
「あんまり見せつけねぇで下さいよ、アニキ!」
「熱い、熱いぜアニキ! 海に飛び込みたくなりますぜ!」
からかいの言葉を幾重にも重ねて投げかけてくる。ヒューヒューとはやし立てられ、元親は声を上げて笑った。
「はっはぁ! 悔しかったら、てめぇらも早く可愛い嫁さんを貰うんだな!」
紫乃を抱きしめたまま、胸を張って大見得を切る。切ったところで、
「うぉっ!?」
いきなりドーンと突き飛ばされ、砂の上に突っ伏す羽目になった。
「な、何だ、いきなり!」
口に入った砂を吐き出して勢いよく起きあがると、紫乃は元親を突き放した手を前に出したまま、
「な、な、な、な、何するのよこのうつけ! ひ、人前で、何て事……!」
赤い顔で、しかしさっきのうっとりした表情など微塵もない怒りの形相で叫ぶ。そして茶碗を掴んでふりかぶったので、元親は慌てて紫乃を取り押さえた。
「馬鹿よせ、物を投げるのは止めろ! 怪我するだろうが!」
「いやいや、触らないでよ、この助平男っ! 変態! 姫若子のくせに!」
「誰が変態だ! あと、いい加減、姫若子呼びは止めろ! 止めねぇと、力ずくで黙らせるぞ!」
「いやー! 兄上助けて、乱暴されるーーー!」
掴まれた腕を精一杯突っ張って抵抗する紫乃と、手加減しつつ押さえ込もうとする元親の言い合う声が、海鳴りを圧する勢いで響き渡る。呼びかけられて、船上で作業していた義峰は何事かと顔を出したが、二人の様子を見て苦笑した。
「またやってるのか、あの二人は。懲りんなぁ」
「止めなくていいんですかい、矢曽木の旦那」
呆れたように言うだけで、動く気配の無い義峰に、船員の一人が声をかける。義峰は肩をすくめた。
「わしは馬に蹴られとうない。なぁに、あれは仲が良い証拠だ。放っておけばその内、丸く収まるさ」
その予言が現実のものになるのは、元親が再び実力行使に出る一分後の事である。
日常話を書きたいなーとつらつら書いてたら、何だか無駄に長くなった(笑)
一応書きたかったのは、アニキがちゅうするところ(笑)なんですが、それ以外にも幼馴染みらしい会話や口喧嘩が出来て楽しかった~。
勝手にアニキを蛇嫌いにしてしまいました。ああいうくねくねしたものは嫌いそうなイメージがあるのです。
あ、ちなみに「一分」は、今の時間で3分くらいだそうです。
あと元親のお父さん・国親はすでにお亡くなりになってる設定。アニキ→国親をどう呼ばせようか、キャラでいうとオヤジかな?と思ったんですが、粗野に見えても実はいいとこの坊ちゃんっぽい感じを出したかったので、父上にしました。
ゲームはともかく、おおうつけもののアニキは武家の人間なので、しつけは結構きっちりされてるところもある。という設定。
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