『苺』
二十二になって初めて恋人を持った。
彼とは大学の実習で知り合あった。彼は物腰が丁寧で、整った顔立ちをしているため、女友達の間で人気がある。だから実習で顔を合わせるときに会話をする程度の仲の彼から告白をされた時には、正直からかわれているのかと思った。
私は今までに男性とお付き合いをした経験がない。時には周りの友人たちが一生懸命になって語る恋愛というものを羨ましく思うこともあった。だから自分にもそんな経験がやって来たのが嬉しくて、私は喜んでお付き合いをお受けすることにした。
――――――でも、私は彼に恋をしているのだろうか?――――――
今日で彼とのデートは二回目になる。スケジュールは映画と食事だった。予定が完了してからはぶらぶらと適当にその辺を歩いていたが、それに疲れて今は喫茶店で休んでいる。
そこで私は苺のショートケーキを注文した。運ばれてきたケーキには赤くてツヤのいい苺がのっている。私はそれを先に食べてしまおうか、最後にとっておくべきか、どちらにしようかと悩んでいた。
「苺、好きなの?」
真夏なのにホットコーヒーを注文した彼が言った。
「どうしてそう思うの?」
私は彼を見て尋ねた。
「真剣そうにケーキを見つめてるから」
そう言って微笑む彼は幸せそうだった。彼は本当に私のことが好きなのだと思う。
「そうね…苺は好きよ」
私はまたケーキに目を向けたが、すぐに視線を彼に戻した。
「ねえ、どうして私が好きなの?」
突然の問いに彼は驚いた表情を見せたが、すぐにまた笑顔になって答えた。
「君が苺を好きなように」
私はケーキから苺を指で摘み取ると、それをかじった。
甘酸っぱい香りが口の中いっぱいに広がった。
『金木犀』
金木犀のお姫さまと出合ったのは鉛色の空が何処までも続き、肌に冷たい風を感じる秋の日のことだった。自宅近くの公園をぶらぶら散歩していたら、突然少女が植え込みの金木犀の中から子どもたちと一緒に飛び出してきた。
「まぁ!王子さま!」
少女は僕に向ってそう言った。彼女はお姫さまみたいなひらひらな洋服を着て、頭には新聞紙でできた王冠をのせていた。
「南国の王子さま、ようこそ北の国へいらっしゃいました。私は北の国の金木犀の姫でございます」
そう言うと少女は僕に向ってうやうやしくお辞儀した。子どもたちは笑いながら少女の周りをぐるぐるまわっている。僕が言葉に困っていると、彼女はそっと僕の唇に指を当ててた。金木犀の香りが間近でした。
「私はもう行かなくては。明日はきちんとご招待いたしますわ。金木犀の香りにあなたさまを案内させましょう」
そう言うと彼女は冷たい風に乗って行ってしまった。
あれは冗談なのだとは分かっているのだけれど、僕は今、金木犀の香りをたどっている。風は昨日とは打って変わって暖かく、南の国の王子である僕を導くように金木犀の香りを含んでそよいでいる。昨日お姫さまと出あった場所が見えるようになると、突然風が冷たくなった。びゅうっと突風が吹いたので僕は思わず目をつぶった。すると金木犀の香りがまるで手で掴めるかのようにはっきりと匂った。いや、逆に僕の手を掴んでいた。
「ようこそお越しくださいました。王子さま」
北の国のお姫さまなのに暖かい手なんだね。僕がそう言うと彼女は笑った。金木犀の香りに僕は恋をした。
『桜』
「あ、桜の香りがする…」
洒落た喫茶店で注文した紅茶はティーポットの底に小さな桜の花を咲かせていた。
「どれどれ?」
彼はそう言うと私のティーカップから一口すすった。私がカップに口づけしたその上から唇を重ねるように彼は紅茶を飲んだ。
「ほんとだ。桜の香りがする」
私の心臓は早鐘のようだった。彼とはまだ知り合ったばかり。デートは今日を含めてもまだ三回目。キスをしたことも、手を繋いだことだってない。彼は何気なくこの動作をしたのだろうけど、私はこのことに嬉しさを隠せなかった。きっと私の顔は真っ赤に違いない。
「どうしたの?冷めちゃうよ」
私の変化に気付いた彼は慌てた口調で言った。
「ええ」
私はゆっくりと紅茶をすすった。桜のほのかな香りが口に広がる。私はその甘さにめまいを覚えた… |