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イグドラシルの種
作:みやひろかず



「イグドラシルの種」その6


   父

 闇の中にボッと浮かび上がる人影があった。食事の支度をしているようだ。その後姿には見覚えがあった。妻のトルエである。その傍らにはまだ幼いモナが絵を描いて遊んでいる。声を掛けようとしたが声は出なかった。幼くして母を失った娘に対する後ろめたさが見せる夢だと解っていても胸が締め付けられる。ゼクタは今まで何度もこの夢をみた。モナが描き上がった絵を見せようと後ろを振り向くと、さっきまで食事の用意をしていたトルエが居なくなっている。慌てて辺りを見回し母を呼ぶがどこにも居ない。ゼクタは手を伸ばして娘を抱き上げようとしたが、スーッと遠ざかり、手は空しく空を切るだけだった。

 列車の急ブレーキで目を覚ました時、ゼクタはもう駅に着いたのかと思った。しかし、窓の外を見てみると駅のホームにしては薄暗い。変だなと思い辺りを見回すと、前方の線路上に赤い信号が点いている。そのあたりに懐中電灯の光が交差しているのが見えた。
他の仲間達も、なんだ、どうした、と騒ぎ出している。
「よし、様子を見てこよう」
親方がそういって列車を降りて行った。
近づいてきた人影になにやら文句を言っていた親方が「怪物ぅ?」と素っ頓狂な声をあげた。
 ゼクタは、怪物とは穏やかではないな、と思いつつ何人かの仲間とともに列車を降りると顔見知りの保安局員がこちらに走ってきた。
 「ゼクタ、子供達がどこにも居ないんだ」

列車は歯車を軋ませながら勢い良くもと来た道を登っていた。

 保安局員の話によると、昨夜遅く、炭鉱の奥で行方不明になっていた炭鉱夫キクリを捜索していると、全身緑色をして髪を振り乱した怪物が穴の奥から飛び出してくるのに遭遇したというのだ。怪物は、保安局員達の間をそのまま走り抜け消えてしまった。炭鉱夫仲間達は、キクリの服を着ていたとか、面影がどこか似ている、などと証言しているそうである。いくらなんでも、キクリが怪物に化けるわけが無かろうという意見が大半だったが、怪物を放っておくわけにもいかず人手を割いて穴の中腹まで追跡してきたところ、ゼクタの家の異変に気づいたということらしい。保安局員達は家の周りを捜索しつつエレベーターの所まで登ってきて、エレベーターが動いていることを知り、先回りするため列車を止めたのだった。
 ゼクタは迷った、下に残り子供達の捜索に加わるか。それとも上まで行って怪物に捕らえられているかもしれない子供達を助けに行くのか。
 結局、ゼクタは列車に乗っていた。
やがて列車は開口部にさしかかった。ゼクタは立ち上がり窓から顔を出して外を見た。そこから反対側のエレベーターを見ることが出来るのだ。
 「あっ」
 双眼鏡を覗いていた保安要員が短い声を上げた。ゼクタは双眼鏡を引っ手繰り覗いて見た。視界に広がったのは斜めになって崩れ落ちそうなエレベーターとその端に引っかかっている自分の子供達、そして緑色の怪物だった。
 「モナー!セリー!」
 ゼクタは窓から身を乗り出して叫んだ。すんでのところで後ろから羽交い絞めされて落ちずに済んだが、ゼクタはトンネルに入り反対側が見えなくなっても騒いでいた。
 「止めろ、止めて降ろしてくれ。二人が二人が・・・」
 「落ち着け。ここからではエレベーターには近づけないだろうが」
「落ち着けだとー」
 保安要員の言うことも最もだが父親にとって冷静で居ろというのが無理だろう。保安部員の隊長は無線機で下に残した部員に指示を送っていた。
 やがて、列車が一周して再び開口部にさしかかると、エレベーターには誰も居なくなっていることが確認された。下からの連絡では、安全網に落ちた形跡も無かったということだった。
 ゼクタはホッとしたものの、二人が怪物と一緒に居るだろうと思うと気が気ではなかった。列車が上に着くまで、彼はまんじりともせずに椅子に座って前方を見据えていた。












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