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イグドラシルの種
作:みやひろかず



「イグドラシルの種」その5


  風

二人は酸素マスクを着けた。まだ少し気が早いように思えるが、彼らが今から横切ろうとしているのは酸素が少ない状態で強風が吹いているトンネルなのだ。地上の外気取り入れ口から吸い込まれた薄い空気は長いトンネルを通るうちに圧縮されてから下の町に噴き出す仕組みになっている。
そのトンネルは直径が五〇メートルの半円形で一応人が飛ばされず通れるようにロープが張ってあるが、地面はゴロゴロ石が転がっており足を取られて転ぶと危険なのだ。
二人はロープにしっかりと掴まって抱き合いながら進んだ。モナは途中でうしろをふり返って怪物の動きを注意するのも忘れてはいない。
「ほんとにこの道で合ってるの」
「心配しない、お姉ちゃんを信用しなさい」
モナが振り返ると怪物は開け放たれたドアからこちらの様子を窺っている。風に怖気づいたのか入ってこようとしない。
「どう、付いて来る?」
「まだ判らないわ」
「風が怖いなんて、なんて臆病な怪物なんだろう」
「そうかしら、襲うタイミングを狙っているのかも」
セリが急に立ち止まった。
「この風であいつを吹き飛ばしてしまえばいいんだよ。そしたら早く帰れ・・・」
モナは弟が後ろを凝視しているのに気づき
ふり向いた。
 居ない。あの怪物が消えてしまった。扉は開け放されたままだが姿が忽然と消えてしまったのだ。二人はあたりをきょろきょろと見回した。が、怪物のすがたはどこにも見えない。
「逃げちゃったのかな」
「そんなはず・・・」
そのときズシャ、ズシャという音が風の音
の間から聞こえてきた。
 「何の音」
モナは音のする方向を振り仰いだ。
なんと、あの怪物が天井から逆さにぶら下がっているではないか。ズシャ、ズシャという音は怪物の手足が天井に突き刺さる音だったのだ。怪物はどういうつもりか知らないが器用に天井をつたわってきたのだ。
急に怪物との距離が縮まったので二人は慌てて出口に急いだ。が、風が強くて思うように進まない。へたをすると怪物のほうが先に着いてしまうかもしれない。後少しで出口というとき、二人の目の前に黒い影が上から落りてきた。二人がもうだめだと思った瞬間、怪物の乗った丸石がグラッと揺れ、バランスを崩した怪物は風に吹き飛ばされゴロゴロと転がってゆく。二人は急いで出口の中に飛び込むとドアから様子を窺ってみた。
「やったね、思ったとおりあいつ吹き飛ばされちゃったよ」
「まだよ、来るわ」
怪物はさほど飛ばされなかったらしく、今度は地面に手足を突き刺しながらこちらへ向かってくる。
「行くわよ」
ここから先は一本道なのであの怪物が迷うことは無いだろう。二人は駆け出した。

 エレベーター

ゴウンゴウンと鈍い音を立てて開放式の大型エレベーターは上っていた。このエレベーターは穴の壁面に取り付けられていて、昔は大型の機械を運搬するために使われていたが、今は古くなってあちこちガタがきているため使われていない。昨日モナが倉庫に閉じ込められる原因となったエレベーターだ。
 怪物は台の先端に座り込んで空を見上げている。空といっても穴の下から湧き上がる湿った空気が途中で雲を作っているので、紺色をしている空はあまりよく見えない。怪物は何を見ているのだろう。が、やがてそれにも飽きたのか、傍らにモナが放り出した飴の袋を見つけるとぼりぼりと食べ始めた。
 モナたちは手前のコンソールパネルの所に陣取り怪物の様子を観察していた。この大型エレベーターに誘い込んだのは良いが、上に着くまで飴がもつはずが無いことは解っていた。でもモナにはこの怪物が大人しくしているだろうという期待もあった。
 「さっき外を見ている間におっこどしちゃえば良かったんだよ」
 「出来たと思う?出来たとしても安全網に引っかかってあいつは無傷よ。」
セリには返す言葉が無かった。
それにしてもあいつはいったい?モナは考えた。
ぺペルギス・タウタレリが三つ目だという話は聞いたことが無い。ペペルギス・タウタレリだとしても、あの怪物は倉庫の食べ物を食い散らかして、大声を出して私達を驚かしたりしただけじゃないの。太陽に焼かれるようなそんな酷い事はしていないじゃない。でも・・・、でも?何で悩まなくちゃならないの?
 そのとき、怪物が「ブおー」と大きな声で叫びだして、頭をエレベーターの柱に何度も叩きつけだした。モナとセリは何が起きたか解らずただ見つめるしかなかった。
 怪物が思い切り頭をぶつけるので柱が曲がり、エレベーターは停止してしまった。それでも怪物が止めなかったのでついにエレベーターのレールが外れ床が斜めに傾いてしまった。モナとセリはコロコロと端っこまで転がると、なんとか手すりに引っかかった。そこから覗き込むと安全網は遥か下にあり、無傷と考えていた自分が甘かったとモナは思い知った。
そう、安全網は上から落ちてくる人を柔らかく受け止めるものではなく、上から落ちてくる岩を防ぐものなのだ。












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