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Atheist 澪標廻廊 作者:はちゃち

顛末

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三十話「結末」

 これは――澪の、記憶?
 かすれた意識が、少し覚めてきた気がした。
「そうだ」
 ふと、声がする。
 それは、あの四縁と言った神の声だった。
「おぬしの知らぬ、相沢澪の過去の記憶。ほんの片鱗だがな」
 ――なぜ、こんなものを俺が見ている? これが、死ぬということなのか?
「おぬしは言ったな。『どのような結末になっても受け入れる』と」

 視界が暗転する。

 うっすらと雲の隙間から月光が降り注ぐ夜だった。
 ――ここは、学校の、屋上?
 目の前には澪がいて、そこは見慣れた屋上だった。澪はどこからか毛布を保ってきて床に寝そべり、夜空を見上げていた。
「あっ! 流れ星発見ですっ! 願い事――はっ! 消えてしまいました――」
 澪の独り言がこだますることなく流れてゆく。
「……明日は、どんな絵を描いてもらおうかなっ」
 独り言は、まるで悲しみを打ち消すようにつぶやかれていた。
「……」
 それでも、時折切れる言葉は哀愁を漂わせていた。
 雲の間から顔を出す。満月に近い今日は、月明かりだけでとても明るく感じた。
『良い月だな』
 ふと、四縁の言葉が聞こえてくる。それは先ほどまでのように俺に向けられての者ではなかった。
「……だ、だれっ?」
 澪は驚いたように飛び起きながらあたりを見渡した。
 そこには俺が見たことのある、四つの尾と澪と同じ黄金(こがね)の毛並みを持つ狐がフェンスの上に鎮座していた。
 澪は見るのが初めてなのだろう。目を丸くして固まっていた。
「しゃ、しゃべった!」
 素直に狐がしゃべった事に対するリアクションを澪がしていると、四縁はスタッとフェンスから飛び降り、澪に近づいてきた。
『おぬしを助けに来た』
「――え?」
 あまりに唐突な出来事に、澪は目を丸くすることをやめ、困惑した表情を見せる。
「私を、助けに――?」
『嗚呼』
 静寂が訪れる。
「もしかして、翔君の言ってた――お稲荷さん?」
『そう。名を四縁と言う。黒野翔が、儂をここまで導いた。おぬしを、相沢澪を、助けてくれ――と』
 澪の目頭が熱くなっていた。
「本当――だったんだ」
 次第に澪の瞳には涙が浮かんでくる。
 ――嗚呼、これで救われる。澪も、俺の思いも。
『後はそなたを救ってやるだけだ。黒野翔は、既に代価を支払った』
 涙が止まる。澪の顔が不信感や不安に変わっていた。「代価を支払った」その言葉で。
「代価って――なに?」
『彼の、黒野翔の命――』
 不安が絶望に塗り変わっていた。
「嘘――」
『嘘ではない。彼は自分の命を使うことによってそなたを救い出す道を選んだ』
 澪から言葉が出てこなくなった。
『既に対価は支払われた。後はそなたが救ってほしいと願うだけだ』
「――の?」
 小さく澪は呟く。
「翔君はもう、生きてないの?」
『嗚呼』
 長い沈黙の後、澪は口にする。
「このままで、いい」
 ――待て!
 俺は叫んだ。叫んだ、が、その言葉は決して澪に届くことはなかった。
「翔君のいない世界で生きていたって、意味ないよ――」
 大粒の涙とともに、澪はそう言葉をもらす。
 俺は絶句する。だが、声を荒らげずにはいられなかった。
 ――駄目だ! 澪は生きろ! 生きてくれ!
『どうしたいか、それはそなたの自由だ。だが、このままでは黒野翔は無駄死にとなってしまうが、それでも良いか?』
 その言葉に、澪は反応を示す。しかし、言葉は出てこない。
 ――頼む! 頼む……頼むから、澪は生きてくれ……。
 俺は懇願するようにそう呟いていた。
『もう戻れぬ。後戻り出来ぬところまで、既に来ている』
 神は再度念を押すようにそう口にする。
『だが、彼を助けるという選択肢もある』
 その言葉に、澪は大きく反応した。
「それは――」
『彼から受け取った魂を元の戻しても意味はない。だがもし、もう一人。彼を救いたいと願う魂を受け取ったなら、話は別だ』
 ――おい。
 俺は呟いた。
 ――待てよ。
 手が震えた。
 ――待ってくれ。頼む。
『今ならまだ、そなたの魂を使えば、生き返らせることも出来るやもしれぬ』
 ――駄目だ。そんな事!
 俺の意思と反して、澪は穏やかな口調で言葉を紡いだ。
「出来るの……?」
『出来るかもしれぬ。出来ないかもしれぬ。だが、このままでは黒野翔の死は確定するだろう』
「私の命、使って……それで、翔君を助けて」
 即座に出た言葉に迷いはなかった。
 覚悟を決めたその表情を見て、俺は言葉を失った。
「私はこのままでもいい。つらくたってもいい。死んだって構わない。だから、翔君は……翔君だけは、生きて、幸せになってほしい――」
 ――やめろ! 
 ――やめてくれ……
 俺は、後悔した。
 後悔という言葉では言い表せないほどの、後悔をした。
 何もしない後悔はしない方がいい。
 そう思った。
 けれど、澪の悲しみを感じてまで、俺は自分の行動を誇れなかった。
 行動しない方が良かったか? いや、それは違う。
 だが、澪が幸せになれればと思っての行動の結果がこれだ。
 そうだ。
 親が死んだ時、妹が死んだとき、俺はどうした。
 絶望と悲しみと嫌悪の狭間で、俺は何を感じた?
 大切な人が死ぬ辛さは、何より自分が解っていたはずだ。
 なのに。
 なのに、俺は――。
 俺は本当に馬鹿だ。
 大馬鹿野郎だ。
『本当に良いのだな?』
 神は言う。
 ――待て!
 俺は叫んだ。
 それでも澪には、生きてほしかった。
「うん」
 ――駄目だ! 澪は生きろ!
 そう叫んだ。何度も、何度も。
 すぅ――と、澪の目の前に白い物が現れる。
 人形(ひとがた)だった。
 すぐに、字が浮かぶ。
 ――相沢澪――
 黒い字は、確かにそう書かれてあった。
『それは人形と言う。それに己の血を付ければそなたの魂を吸い取ろう。その力を使えば、黒野翔を助けられるやもしれぬ』
 ――やめろ!
 無駄だと解っていた。解っていても、叫ばずにはいられなかった。
『どのような結末が待っていようと受け入れるのであれば捧げるが良い』
 澪は、何のためらいも感じていなかった。
 黒い字が、血を吸いこみ赤くなり、次第に紅く変わっていく。
『そうか。それがそなたの選択か』
 澪は頷く。
 これで、澪は俺の為に死ぬというのか。
 俺は、失うのか。
 家族を失うのか。
 最愛の人を失うのか。
 俺の身勝手な行動の為に。
 また。


 視界が、暗転する。


 何も感じない。
 何も存在しない。
 何も分からない。
 ただ在るのは、虚無だけだった。



 光が、見えた。
 閉じた瞼に、かすかな光が透き通って視覚を刺激していた。
『黒野翔。お前は選択を間違えた』
 淡く黄金(こがね)色に輝く物体が見えた。
 それは間違いなく、かつて見た神の姿だった。
『誰かの死の上に成り立つ幸福など、ありはせぬ。ましてそれが親しい者、愛する者ならなおさらだ。もしそのような者が居ったとすれば、そやつは獣か物の怪と呼んだ方がよい』
 神は強い口調で語る。
 ――だが!!
 俺は口を出そうとすると、それを許さなかった。
『おぬしは死を軽んじたのだ。自分が死ねば周りが幸福になる? 愚かな。――そんなこと在りはしない。断じてだ』
 しかし――と、語調を和らげながら神は言葉を続ける。
『命を賭してまで助けたいと想ったおぬしらの覚悟に、儂が惹かれたのは事実』
 なおかつ――そう、神は自戒を含ませる。
『最期まで足掻くことを怠り、何もせず諦めを抱いた儂自身にも、非はある』
 間を開け、俺に背を向け歩み始めながら、神はゆっくりとした口調で語る。
『故に、結末を変えさせてもらった』
 俺が次の疑念の言葉を発するよりも早く、光が俺を包み込む。眩しくて、眼を閉じているにもかかわらず顔をしかめてしまうほどの、強い光だった。



 光が退いていく。目を見開いた直後の俺は、まだかすかに残っていた淡い光を目にし、思わず目を細めた。
 光の正体は月明かりだった。
 呆然と月を見上げる俺の側を、そよ風よりも少し強めの風がかすめながら吹き抜ける。
「いったい……」
 状況が理解できず辺りを見渡す。
 見覚えがある場所だ。
 いや、見覚えどころではない。よくここには澪と一緒にいたではないか。
 そこは学校の屋上だった。
 ハッ――と息をのむ声が後ろから聞こえる。
「翔君っ!」
 声が聞こえてくる。それは、間違いなく澪のものだった。
 嬉しさ――とはいい難い口調だ。安堵と怒号の折り交ったような、そんな雰囲気。
 そう思いながら振り向くと、澪が駆け寄ってきていた。その奥の、屋上の出入り口付近に、神の姿が目に付いた。
「翔君のバカっ!」
 駆け寄ってくるなり、澪はそう酷く憤った口調を言い放つ。
「私の為に死のうなんて、何考えてるんですか!」
 そう叫びながら、力なく俺を何度もポコポコと幼児のように叩いてくる。
 痛くはなかった。
 だがとても心に響いていた。
「すまない……」
 俺の言葉に、安堵だけが残った口調で、小さく言葉を漏らした。
「死なないで、よかったです――」
 同時に力強く抱きしめてきた。叩くときに比べて、はるかに力強いそれは、きっと澪の安堵を裏付けるものだと思えた。
 そっと、片腕を澪の背中にまわす。もう、決して離したくはない――そう、俺は自分の選択を悔い、嘆いた。
 すたすた――と足音が聞こえた。視線を向けると、四縁が近付いてきた。
「四縁……これは一体どういう――」
 いまだに事態が理解できていない俺は、神に説明を求めた。
『死んだのだよ。おぬしは』
「……え?」
『人としては、な』
 四縁の言葉に、いっそう状況が解らなくなった。
『式神――という言葉を知っているか?』
「しきがみ?」
『おぬしらが儂に使役された状態にある』
 そう説明されるが、いまいち腑に落ちない。
『人として生きているわけではない。だが、死者とはまた別の存在に、儂がしたのだよ。簡潔に言うなら神の雑用係とでも言えば分かるか?』
「そんな都合のいい話、聞いてないぞ」
『人から式神になれる者は多くない。それに加え、人をわざわざ式神とする神はさらに多くない。そもそも、式神とは、人間が神や物の怪を従えるために生み出した術であり、今では人でこの術が使える者はおらんだろう』
 だったら――俺は少し声を荒らげる。
「なぜ、最初からそうしなかった」
 その問いに、たとえを神は持ち出す。
『おぬしは、信頼できるか分からぬ者を我が家に招き入れるか? お金の管理を任せたいと思うか? 家族の一員とするか?』
「……それは、確かにそうだが――」
『式神にする――というのは、それだけ重大な事だ。特に儂のように青二才の土地神風情では命に関わる問題になりかねん』
 四縁は俺を試したというのだろうか。
『その通りだ』
 心を読まれたのか、まだ何も言っていないのに四縁は肯定する。
『試させてもらった。黒野翔という人間が、どれほどのものなのか』
 そして今俺はここにいる。それは神のお眼鏡にかなったと言うことなのだろう。
『無論、他にも選択肢はあった』
 少し呆れたように四縁は言葉を漏らす。
『例えば、宿り木である石像を相沢澪のところまで持っていくことで儂は他の行動は出来ただろう。いや、本来はそうするつもりであった。黒野翔の記憶が消え始めたらな』
「なぜ、黙ってた?」
『その場合、相沢澪を成仏させ、その反動で儂はほとんどの力を使い果たしただろう。黒野翔は記憶をなくし、元の生活に戻る』
 そんな結末を望むか? と問われ俺は否定した。
『どちらか一方を救っても、それはおぬしらの救いにはならぬ』
 ――嗚呼、
『それは明白だった』
 ――この神は、
『おぬしらの頭の中はもう、互いのことしか考えてなかったからな。本当に酔狂なほどに。それに、儂にも非がある』
 ――本当に、
『だからおぬしらの面倒は儂が見ることにした』
 ――人間が好きなんだな。
 四縁が物の怪なら、きっと俺も澪の魂も喰われて終わっていたはずだ。物の怪でなくとも、食い逃げして再起をはかった方が幾らか現実的だ。だがそれをしなかったのは、それほどまでに人が好きなのだろう。

 課程がどうであれ、俺は今ここにいる。
 澪のそばにいる。
 俺の償いは、こいつの傍にいてやることなのではないか。
 家族がすぐ傍にいる。それは、どれほど幸福なことだろうか。
 四縁には、感謝しきれないほどの感謝を感じた。人間らしいこの神がいなければ、きっとこの状況にはならなかったであろう。
 いや、神だけではない。
 教師らしからぬ丹波も、騒がしい彩咲も、偶然知り合った老人もいなければ、決してたどり着けなかったはずだ。
「それだけじゃありませんよ。翔君がいなければ、翔君がここまでしてくれなかったら、私はきっと変わることはありませんでした」
 人の縁は異なもの味なも――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 そもそも澪と出会わなければ――。
「……え?」
 ――ちょっと待て。
 今何も言葉にしてないのに澪は――
「えっと……なんて言うか――」
 澪はもじもじと両手の人差し指をすりあわせながら言葉を続ける。
「式神ってのになると、翔君の考えてることが分かっちゃうみたいで……」
 恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに澪は教えてくれた。
『思考だけではない。記憶や五感も共有することができる』
 四縁はそう追加してくれる。
 その言葉で、少しだけ記憶が蘇る。
 目を覚ます前、夢の中で澪の視点を――あれは、澪の記憶だったというのか?
 そう思い、澪のほうに視線を向けると、なおいっそ恥ずかしそうに顔をうつむけていた。
 ――いや、ちょっと待て。
「俺は澪の考えてることが分からないが?」
『ちょっとした慣れが必要だからな』
「澪は――」
『ま、才能の差だろうな』
 などと一蹴するように教えてくれる。
 四縁の言葉に、澪が少し笑っていた。心なしか自信を含ませながら。
「初めて翔君より秀でたものを見つけられましたっ!」
 考えていることがすべて筒抜けってのは慣れるまで時間がかかりそうだ。でも、俺はあえて感情を口にした方がいいと思った。
「なぁ四縁」
『なんだ?』
「助けてくれた。選択を間違えた俺に、やり直す機会をまた与えてくれた。本当に感謝している。ありがとう」
 俺の言葉に、四縁は目を少し丸くしていた。
『そんな素直な言葉、初めて聞いたな』
 四縁の言葉に、澪も笑みを零す。
 そんなやりとりをしていると、四縁の体がかすかに淡く光っているのに気づいた。
「四縁――その光は――」
『ふむ……式神にした後でもわずかにだが信仰心が回復するのか――これは知らなかったな』
 などと呟いていたかと思うと、おもむろにこちらにむき直して言葉を続ける。
『神が人間を式神にしたがらないのは、大した力もないのに消費が激しいからだ。放っておくと餓死しかねない』
 それと――と、神は口調をかすかに強めながら、口を挟む隙をを与えず続けた。
『人を喰らうなど死んでもやらん』
 一部の言い返す隙も与えない物言いに圧倒される。
「その件に関しては、申し訳ない」
「ううっ、同じく――」
『かといって諦めて朽ち果てるのを待つだけなんて事ももうしない』
「ああ」
『この現状を打破するためには信仰心を集める必要がある』
 それが、言うなれば式神として家賃とでも言うべきか。
 だが、これ以上の好条件があるだろうか。そう、澪を見ながら思った。
『やるか?』
「ああ、もちろん」
「うんっ!」
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