中二病寒村の喜劇
※この小説はセリフと効果音のみで構成されています。
『あぁ、タダシちゃん。悪いんだけどねぇ。
毎年、春休みには会いに来てもらっていたでしょう?
アレなんだけどねぇ、今年は……あぁ、違うわね。
もうこれから先はずうっと、村には来ちゃあダメよ。』
「はい?
なに、おばあちゃん。急にどうしたの?
もう新幹線のチケットも買っちゃったよ?」
『あらまぁ、切符ごめんねぇ。言うのが遅かったねぇ。』
「そんなこといいから。
突然電話でもう来るなーなんて言われたって分かんないよ。
一体何があったの?」
『んー……。』
「おばあちゃん!」
『……うーん、それがねぇ。
村でねぇ、何だか変な病気が流行っちゃって。
どうも、危なくて治りにくいって話でねぇ。』
「病気!?
おばあちゃん、大丈夫なの!?」
『……村の人はねぇ、もうみぃんな罹っちゃってるのよ。』
「ウソっ、みんなって!……あっ、病院は!?」
『行ってみたんだけど、治す方法の分かっていない病気らしくてねぇ。』
「そんなっ……!」
『だからねぇ、万が一タダシちゃんにうつっちゃったらダメだから、もう来ないで欲しいのよ。』
「でもっ!」
『私のことなら、いいのよ。
もう老い先短い身だし、諦めもついているのよ。』
「ッそんなのって!おばあちゃん!」
『お願いだから……ね。タダシちゃん。』
「そもそも、なんて病気なの。症状は?
村のみんなが病気になってるんなら、生活はどうしてるの。」
『そんなに心配しな……うっ!』
「おばあちゃん!?」
『と、とにかく、タダシちゃん。
村に来ちゃダメよ。ダメだか……ぅあっ!
ぁあぁぁああああぁあーーーーーッ!!』
「おばあちゃん!おばあちゃん!!」
ガチャ。
ツー、ツー、ツー。
「やだ!嫌だよ!
おばあちゃん!おばあちゃんッ!!」
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「おばあちゃん!」
ドタドタドタ……ガラッ!
「っ貴様、タダシぃ!ワシは来るなと言っておいたはずだぞッ!!」
「だっ、だって、あんな風に電話が切れちゃって、心配でっ。
というか、えっ。おばあちゃん?
あの……何だか、言葉遣いが……。」
「ワシに寄生しおった第六天魔王の影響が出ておるのじゃ!
今は何とか抑え込めておるが、またいつ精神を乗っ取られてしまうかッ。」
「は?」
「早く帰っ、こっ、殺す!殺す殺す殺す殺す殺……っ違う!ダメじゃ!
タダシはワシの……殺ろぉぉおおお逃げろぉーーータダシぃーーーー!!」
「おっ、おばあちゃんんんん!!
病気ってやつの影響なの!?
それとも一般的な痴呆がいつの間にか始まってて、その症状なの!?
もしかして万が一にも本当のことだったりするの!?
どれなのぉーーっおばあちゃんーーーーッ!!?」
「キミ!こんなところで何をしているんだね!」
「えっ!?誰!?」
「私は、医者で、特異系病研究者の月見里と言う者だ。
今はこの村に常駐して、彼らの病を見ている。
キミこそ誰だね。」
「僕はこの人の孫です。」
「あぁ、孫か。なるほど。
だが、ここに長く居てはいかん。早く帰りなさい。」
「で、でも、おばあちゃんが心配で。
そうだ。お医者様なら、病気のこと分かりますよね。
この村で流行っているのって、一体どういう……。」
「あぁ、分かるとも。
病の名称はずばり、中二病と言う。」
「チュー……って、あの、まさか、中学二年生ぐらいの年頃の子とかが変に難しい漢字を好んだり、悪いことが格好良く見えたり、汗だくまみれで必死になってる人が無様に見えたり、天使とか悪魔とか、とにかくそういうファンタジーな世界観に強い憧れを抱いたり、超能力の練習をしてみたり、まだ目覚めていないだけで実は自分には星すら破壊するレベルの特別な力が眠っていると半ば本気で思ってみたり、時が経つと大抵は黒歴史として闇に葬り去りたくなったりする、あの中二病、じゃ、ない……ですよね?」
「何だ、詳しいじゃないか。勿論、その中二病だ。」
「ええええ!?」
「中二病罹患者は根拠のない全能感に精神を支配され、それまでの生活を放り出し意味不明かつ自意識過剰な言動を繰り返すようになり、正常な判断力を一切失って、やがては死に至る。」
「やがては死に至るッ!?
えっ、ナンデ!?中二病ですよね!?」
「あぁ、中二病だ。」
「人間誰しもいつかは死ぬとか、そんな話じゃなくてですか!?」
「まさか。詐欺と一緒にされては困る。
そうだな。例えば、彼らは肉体的弱者である老年期の人間だが、中二病はその事実を彼らの頭の中から完全に忘れさせてしまうのだ。
結果、自らのキャパシティをオーバーする行動を幾度と重ね、それに肉体が耐え切れずに死んでしまう。
酒に酔って前後不覚となり真冬の道端に全裸で眠りこけ凍死してしまう人間と似たようなものだ。
まぁ、直接目にした方が分かりやすいな。
来なさい。」
「えっ、はい。」
ガラガラガラ。
「って、あ、あの……ここ田吾作さん家ですけど。
勝手に上がっちゃっていいんですか?」
「話の通じない相手に勝手も何もないさ。
見なさい、これが中二病末期の人間だよ。」
「っえ?」
ブァサッ!
「フン。これはこれは、人間風情が如何な用で我を訪ねて来たのかね?」
ブァササッ!ブァサッ!
「下らぬ案件を持ち込んだとあらば、この常闇の王ナイアルラ・サタヌ・シーヴァと契約を果たせし唯一にして絶対の人神様が暗黒煉獄大瘴炎で惑星ごと葬り去ってくれようぞ。
クックック……ハーッハッハッハァーッ!!」
ババババーッ!
「あっ。
あの田吾作さんが無駄にバサバサ動かしてる紺色のマント、洋室の出窓に使われてた遮光カーテンだ。」
「ちなみに、今キミが無駄にバサバサなどと表現した動きだが……。
彼は我々がここに立ち続ける限り、疲れや飢えや、その他の何もかもを無視して延々と同じことを続けるだろう。」
「……その極端な結果が死、ですか。」
「本来はキミの述べたように第二次成長期を迎えた頃にごく軽く罹患し、ある種抗体にも似た精神構造が作り出されるものなのだが、彼らのように子供時代を戦争と共に生きた年代の人間はそのほとんどが機会に恵まれないまま成長してしまったようでね。
多くの病と同じように、大人になってからの発症はそのリスクが大幅に引き上げられ……。
まぁ、要は、このように回復の兆しの見えないまま症状は悪化の一途を辿る、というわけだ。」
「だったら、俺……じゃない、僕の祖母も……その……。」
「あぁ。彼女は他の人間より少し進行が遅く、今はまだ正気を保っている時間も多いが、おそらく病が治るということは無いだろう。」
「そう……ですか……。」
「うむ。
理解したなら、早く帰りなさい。
キミのお祖母さんを含め、村人の面倒は私が責任をもって見ているから。
だから、安心していい。」
「あ、あの、何か僕にも出来ることはありませんか。」
「……中二病は一度完治すれば発症率は大幅に下がるが、しかし二度とかからないというわけでもないんだ。
老人が相手ならまだしも、キミのような若い患者を相手に出来る体力は私にはないよ。」
「つまり、足手まといだと……。」
「キミのためにもハッキリ言おう。
その通りだ。
中二病の症状をあれだけ詳しく知っていたからには、キミの再発リスクは一般のそれよりも少しばかり高い可能性がある。」
「っ…………分かり……ました。
帰ります。」
「あぁ、そうしなさい。一刻も早く。」
ごめんねぇ、タダシちゃん。ごめんねぇ。
「っおばあちゃん!元にっ……!」
「待てッ!会ってはいけない、声もかけるな!
先ほどの二の舞になってしまうぞ!
キミとて、彼女の病の進行を早めたいわけでは無いだろうっ。」
「あっ………………は、はい。」
「すまない。
苦しいことを強いているな。」
「いえ。あの……。
祖母のこと、どうぞよろしくお願いいたします。」
「あぁ。任されたよ。」
くっ。封印されし右手が疼きやがるっ。
にゃーん。
アイ、アム?あー、バイ、ザ、パンタロン。ユー、アンダスターン?アーハーン?
「まさか、中二病が本当に本当の病気だったなんて……。」
人間なんてっ……みんな……汚いっ!
あ、カトリーヌ。今はダメじゃよ。もうちょっと待っとくれな。
「おばあちゃん……助けてあげられなくて、何も出来なくて、ごめん。
さよなら、おばあちゃん…………さよならッ!!」
ダッ!!
……。
…………。
………………。
……………………。
「……タダシ君、もう行ったかね?」
「行った行った。」
「そうか、行ったか。」
ドッ!!!
「やー!見事に騙されてくれましたなぁ!!」
「でも、ちょっと可哀想じゃったな。」
「ま、ま、ま、たまには良いじゃないですかー。」
「タダシちゃんたら。優しい良い子に育ってくれたのは嬉しいけれどねぇ。
こんなトンデモ話を簡単に信じちゃうなんて……私、心配だわぁ。」
「嬉々として騙しといて、よく言うわい。」
「それにしても、さっすが月見里センセ、名演技でしたなぁ!!」
「いやいや、田吾作さんに比べたら私なんかまぁだまだ。」
「ははは!そこは昔取った杵柄という奴ですからな!
さすがに老いたりとはいえ、素人には負けませんわい。」
「タゴっちゃんのあの演技、ワシ笑い堪えるの大変じゃったぞ!」
「しっかし、チューニ病っちゅうヤツは本当にあんなこと言うもんなのかい?」
「さぁ?」
「はーい、皆さぁーん!
タダシ君に送る映像データ撮りますんで、こっち集まって下さーい!
あ、カンペいる人いますかー?」
『と、いうことでー。』
『ドッキリ、大・成・功ーーーーー!!』
『タダシくん、二十歳の誕生日おめでとーーーーー!!!』
『おめでとーーーーーーーー!!!!』
………………プツン。
「って、何で誕生日プレゼントがドッキリ、しかも俺が騙される方おおおおおおッ!!!?
本気で信じて心配した俺のピュアハート返して!返してぇーーーーッ!!」
おわり。