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COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―
作:斎籐拓夢



五 喜びの日、始まりの日:前


     五 喜びの日、始まりの日


 全国高校生大会は国の機関が八〇年前から主催している大会で、全国から毎年二〇〇名弱ほどの生徒が参加する。
 代表を大会に送るには普通科の公立高校であることが最低条件で、けれども高校生人口の割合によって代表の数が各県ごとに決まってしまうから、代表は自然とその県でトップ三か四の高校から選ばれることになる。
 私立の高校が参加したことはこれまでに一度もないが、主催者側によればそれは決して仲間はずれにしているわけではなく、向こうから申し出ないだけらしい。
 純粋な公立高校以外で参加しているのは、樟史女学院などの半官半民の高校四校だけだ。
 大会は夏休みを利用して二週間に渡って行われる。初日は必ず〈喜びの日〉に設定され、開会式では黙祷が捧げられるのだ。誰に? 英雄、本堂雅臣に。
 喜びの日は、彼の命日だ。気も狂いそうな暗雲の日々から人々を解放した本堂の功績を忘れないようにと、彼が死んでたった一週間で新たに設定された国民の祝日。
 正義たち生徒は、大会の間旅館に泊まる。旅館と言っても高校や大学の部活の合宿誘致に力を入れているところで、洋間に通されるとフローリングの床の上に、二段ベッドが左右三つずつ置いてあった。
「学生寮みたいだね」
 ね、と隣のベッドの男子に言われて、正義は「あ、ああ」と返事をした。朝食を食べ終わり、開会式に向かうためにカバンに貴重品と筆記用具だけを移し替えているときだった。
「昨日挨拶してなかったよね。僕、日向高校の片桐葉太」
 片桐が右手を差し出した。一瞬、なんだこれは?と怪訝に見つめたあとで、握手を求めているのだと気づいてその手を握った。自己紹介のあとに握手するなんて、おまえは帰国子女か、それとも野球部員か。
「神宮寺正義君だよね。君も御神さんも有名人だから、すぐにわかったよ」
 そう言って片桐は歯を見せて笑った。歯磨き粉のCMが似合いそうなやつだと正義は思った。
「やべっ、集合時間二分前だぞ!」
 ルームメイト十一人のうちの誰かがそう言うと、「マジかよ」「急げっ!」と部屋の中が慌ただしくなり足音がこだました。
「大変だ、バスが出ちゃうよ」
 スポーツバッグを肩にかけると、片桐は立ち上がった。吐き出されるように次々と、部屋のドアからルームメイトたちが走り出る。
「神宮寺君も急ぎなよ」
 未だしゃがんでいる正義を、片桐は不思議そうな顔で見下ろした。
「いや、僕はちょっと用が……。追っていくから、先に行ってて」
 旅行カバンの中に手を突っ込んだまま、正義は笑顔で言った。けれど片桐は、まさか、という表情になる。
「ひとりだけ置いていけないよ。待ってるから、一緒に行こう」
「本当に大丈夫だから。すぐに追いつくし」
「遠慮しないで」
 してないから。
「僕が部屋にいて困る用事なら、外で待ってるよ」
 ありがた迷惑だ。そうは思ったけれど、ここまで無垢な瞳で言われると断るのに余計な体力がいるわけで、正義は「じゃあ、お言葉に甘えて」と言うしかなかった。
「そこらへんにいるから」
 まるで彼女にでも言うようにさらっと爽やかに言い残して、片桐は部屋を出て行った。
 なんか、あれだな。正義はカバンの中から取りだした箱の小さな南京錠に小さな鍵を差し込みながら思った。
 神経を二回りくらいデカくした丹羽だ。
 カチッ、と蟻と蟻が頭突きをしたくらいに小さな音がして、南京錠が外れた。なくさないように脇に置き、開ける。
 絹の白生地で作られたクッションの中にはまた鍵がある。大きさは南京錠のものの五倍ほど。車の鍵と同じくらいか。そして、許可証と書かれたカードと手紙が入っていた。
 その三つすべてを生徒手帳に挟むと、バッグの奥底深くにしまい込んだ。南京錠を再び閉めて、箱をカバンの底に隠す。
 部屋を出ると、向かいの壁に片桐がたたずんでいて驚いた。
「行こうか」
 微笑んでそう言うと、歩き出す。新手のストーカーだなとげんなりしながら、正義はあとに続いた。

 ××××××××××


 其の一 神話博物館の館長、興梠(こうろぎ)氏に会うこと。
     その際は正面玄関ではなく職員用裏口から入り、守衛に許可証を提示のこと。
     決して神宮寺の名を名乗ってはならない。

 其の二 制服ではなく私服を着用のこと。

 其の三 鍵と許可証はどんなことがあっても絶対になくしてはならない。

 其の四 興梠氏と面会することは一切、他言無用。

  
 ××××××××××

 開会式の会場は、オーケストラが演奏できそうなホールだった。木目調の壁が艶やかで美しく、上のほうにはボックス席とパイプオルガンが見える。
「へえ。一流ホールじゃん」
 感心したように片桐がうなずいた。その隣で正義は、バスを出てもどうしてこいつと一緒に歩いているのだろうかと首をかしげる。変な(まじな)いにでもかかった気分だ。
 バスの中で、正義たちは一枚のプリントを配られていた。これから二週間の運命を左右するグループ分けが書いてある。
 ホールの真っ赤な座席の通路には、AからRまでの看板がところどころに立っていた。生徒たちはプリントに印刷された座席リストと実際の座席とを見比べながら、自分のグループの場所に座っていく。
「僕たちの席はっと……」
 片桐が首を伸ばした。正義は訝しむ表情でリストを眺める。Bグループと書かれた場所には正義の名前があり、その下には片桐の名前がある。そしてさらにその下には……。
「おはよう、神宮寺君」
 来たな。正義はゆっくりと振り返る。そこには当然のように、津曲芙美が立っていた。
「どんな魔法使ったの?」
 プリントをぺらぺら振ると、芙美は「忘れたわ」と首をすくめた。
 まったく、どうなってるんだ。
「君、樟史女学院の津曲さん?」
 模範生のような好青年ぶりを見せつけるように、すかさず片桐が右手を伸ばす。
「片桐です。よろしく」
 正義と同じように、芙美はその手の意味がわからずにしばらくジッと見つめていた。
 三人はBグループの看板が立っている席に、芙美、正義、片桐の順で座る。ひとグループは十人ほどのメンバーで成っているのだが、そのほとんどの生徒が先に席に着いていた。
「あ、正義。に、片桐君」
 前方に座っていたAグループの、栗色の巻き髪をした女子が首をひねってこちらを見た。竹緒だ。
「知り合い?」
 正義がふたりの顔を交互に見ると、「うん、博物館で仲良くなってね。今朝も一緒のテーブルで朝食を食べたんだ」と片桐が微笑んだ。なるほど、竹緒を中心にたむろっていた連中のひとりか。
「それにしても、僕以外のあのときのメンバーはほとんどAグループじゃないか。なんだか仲間はずれにされた気分だよ」
 笑いながらも恨みがましく、片桐が前の座席に身を乗り出した。
「あなたにこっちに来てなんて頼んでないわ」
 ボソッと低く聞こえた声に驚き、正義は隣の席を見た。ツンとした表情の芙美はさっきまでよりもグッと大人びていて、まるで別人のようにも見える。
 目があった瞬間に、それまでの芙美に戻った。
「なんとなく、そう思わない?」
 ごまかすように微笑む。
 なんだかめんどくさい奴らと同じグループになっちゃったな。僕は僕のことで大変なのに。
 他のメンバーがまともだといいけど、と思い、正義は静かに息を吐いた。
 壇上では台の両脇に大きな花瓶が置かれ、百合やバラなどが派手に飾られている。ホールのあちこちではテレビカメラが今や遅しと待機していた。
 座席側の照明がだんだんと暗くなっていく。それと比例するように、壇上が浮き上がるような明るさを増していった。
 私語でガヤガヤとうるさかったホールに静寂が漂う。テレビカメラが座席を舐めるように見回し、そして壇上に注目する。
 後ろのほうから誰かが急ぎ足で通路を歩いてくる音が聞こえた。何やら片桐とささやき声で会話し、隣に唯一空いていた席に腰掛ける。
 Bグループの最後のひとりか?
 正義は背もたれに背中をつけたまま、ちらりと目をやる。片桐の横顔の向こうに彫りの深い顔が見えた。
 東南アジア系? 全高会には珍しいな。
 身を乗り出して名札を確認しようとしたとき、いっせいにホールに拍手が響いた。開会式が始まるのだ。

 全高会は、土日の休みを挟んで二週間行われる。毎日一時間、生徒たちは〈授業〉と呼ばれるものを受ける。けれど学校での授業とはだいぶ趣が違っていて、講師は大学か民間企業、授業内容も講義ではなくまだ発売も発表もされていないような最新の機械を使った体験型で、デモンストレーションを兼ねている。
 全高会の授業は注目度が高く特別チャンネルで全国に生放送されるから、宣伝には絶好の機会なのだそうだ。わざわざ授業が終わったあとに新作発売の記者会見を開く企業もあるらしい。
 あの水原所長が竜のクローンを初お披露目したのもこの授業の講師として招かれたときだったという。予定にはなかった竜の解剖をいきなり教卓の上で始めたもんだから、モザイクがかかるまでのあいだ、全国に内臓やらぴくぴく動いている心臓やらが流されて、気分が悪くなる人が続出したのだそうだ。
 開会式が終わると、正義たちは一回目の授業を受けた。行き先を教えられないままバスに乗ると、着いたのは大きな陸上のトラックがある運動公園で、玉虫色に光る体を持ったスポーツカー、世界初だとかいう〈空飛ぶ車〉が生徒たちを待っていた。
 車は、間近で見るには目では追いきれないスピードでトラックを回った。羽も生えなければ尻から火もふかなかった。ロボットにも変身せず、宇宙まで飛んでいったりもしなかった。けれど全長二〇〇メートルの直線距離を走るときだけ、それはカーブを曲がるときは地面にタイヤが着いていないと曲がれないから意図的にらしいのだけれど、確かに車は地上から二十センチほど浮いていた。
「カーブのたびに地面に降りなきゃいけないって、それってどの程度実用化の可能性があるのかしら?」
 正義の隣で芙美が何度も首をかしげ、そりゃそうだ、と正義もうなずいた。
 空飛ぶ玉虫カーを開発した自動車会社は、授業の終わりにちゃっかりと自社のパンフレットを配っていった。今就職を希望すれば、七年間有効の内定保障証をくれるらしい。その代わり、七年経っても就職しなかった場合はキャンセル料が発生するのだそうだ。
 親睦を深めるためにBグループだけでボーリングにでも遊びに行こう。授業後に片桐が提案したその誘いをひとりだけ断ると、正義はすぐに旅館に戻って私服に着替えた。バスで博物館に向かう。
 博物館は、昨日とまったく同じたたずまいでそこにあった。正面玄関は開放的で、訪れる客を笑顔で招き入れている。
 けれど正義は、その玄関の前を通りすぎた。裏口、と手紙にはあったのだ。その裏口を探さなければ。
 裏手にある職員用の駐車場のすぐそばに、その入り口はあった。押して開けるガラス戸は正面玄関の半分以下の幅しかなく、横の壁に小さく〈関係者以外立ち入り禁止〉という札がかかっている。
 花をなくしたツツジの葉が可笑しそうに揺れている。その横を通りすぎ、正義はガラス戸に手をかけた。
 守衛は小さな窓の向こうにいた。昨日床屋に行ったのではないかと思えるようなきれいに刈りそろえられた襟足の中年のおじさんで、下ぶくれの二重あごだ。
「すみません」
 正義は許可証を窓に掲げる。おじさんは怪訝そうな顔をしてそれを凝視した。
 許可証を見る。正義を見る。また許可証を見て、また正義を見る。
「興梠館長ね」
 そう言うと、どこかに電話をかけだした。正義はホッと胸をなで下ろす。
 あとは興梠とかいう人に会って……。会ってそれからどうなるのかは、暗闇の中だ。
 手のひらを開いた。うっすらと汗ばんでいる。
 遠くのほうからエコーがかった足音が聞こえてきた。顔を向けると、白い廊下の突き当たりから、ずんぐりとした白髪のおじいさんが歩いてくる。
 おじいさんは、正義の前でピタリと足を止めた。守衛が正義を指さすと、静かにうなずく。
 おじいさんが顔を上げた。小さなメガネをかけた、色黒の人だった。
「私が興梠です。鍵は持っとられますかな?」
 正義はズボンのポケットから鍵を取り出す。それをまじまじと見つめると、興梠はわかりました、とつぶやく。
「どうぞこちらへ」
 そう言うと元きた道を歩き出した。












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