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COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―
作:斎籐拓夢



九 1


     九


 テレビのなかでは浦沢慎司が、笑顔で会見を行っていた。右上に「史上最年少党首誕生!」の文字が躍っている。
「すげえな。とうとうやったか、浦沢慎司」
 十二人でひと部屋のなかにたった一台あるテレビでは、珍しくニュースをやっていた。
「俺、本堂よりも浦沢のほうが好きだな。いくら英雄だって持ち上げられたところで、死んだんじゃしょうがないよ」
「人気は早く死んだほうが持続するけどな。思い出は美化されるってやつだ」
「この調子だとあっという間に総理大臣にもなれそうだよな。ドリーもどんどん増えていってるし、清和党の議席も増えてるし」
「おまえ、ドリーだっけ?」
「親がね。だから僕はボニー」
 ベッドや床に座って、誰もが口々に好きなことを言っている。
 そのにぎやかな話題から距離を置き、自分のベッドの隅で正義は新聞をめくっていた。
「こんなときになに読んでるの? みんな盛り上がってるのにさ」
 のぞき込んできたのはいつもどおり、片桐だ。
「夕刊だよ。ニュースはどこの局も浦沢浦沢だからさ。他のは後回しにされてる」
「でも、今日のトップニュースはこれだろう? 他になにかあったっけ?」
 片桐の顔に、正義は新聞を突きつけた。二面に、白黒で自衛隊員たちがきれいに並んで敬礼している写真が写っている。その隣にはでかでかと防衛大臣と総理大臣の姿が。
 一面がカラーで浦沢慎司の顔のアップなのを思えば、ずいぶんと地味な扱いだ。
「自衛隊を高千穂に派遣って、マジか」
 片桐は新聞を手に取ると、細部を読み出す。
「ふーん、防衛省が本気になったんだ。まあ、あれだけ堂々とテレビに竜が現れたらね。ここ十五年は、UFO並に怪しげな写真でしか撮られなかったから。これで異常気象がなくなるんなら万々歳だよね」
 異常気象と竜の因果関係は、十五年前、本堂雅臣と浦沢慎司が竜退治をしたときに証明されている。三日のうちに雨が止み、一週間で水が引き、二週間で地面が乾き、三週間で天気は正常に戻ったという。
 十五年前、今と同じように異常気象だったときにも、自衛隊は竜を退治しに高千穂を山狩りしたと言われている。公式発表されていないからあくまで噂だけれど、住民の何人かが目撃しているのだ。
 けれど、自衛隊は竜を殺すことができなかった。硬いうろこがどんな銃のどんな玉もはじき飛ばし、わずかに欠けたエメラルド色の破片がきらきらと日射しを浴びて空を舞い落ちる。
 自衛隊が去ったあとで五ミリにも満たないその破片を拾ったという人が、テレビ番組で自慢していた。水原研究所でDNA鑑定をしてもらい、お墨付きをもらったのだという。
「たまに海が見えるんですよ」
 まるで詩人のようにその農家のおじさんは言った。
「ほんとですよ。波うっているのが見えるんです。さすが、龍ですなあ」
 竜ではなく、龍。
 竜を神格化するときにだけ使う文字を、そのおじさんは使った。今どき歴史の教科書でしか見ないから、テレビでそのテロップを見たときは一瞬その漢字は「りゅう」と読むのだということもわからなかった。
 竜は竜目(もく)のは虫類で、トカゲやワニの仲間だ。
 龍は水神で、七福神や観音様の仲間だ。
「白い腹が竜の弱点ってことは、十五年前の竜退治でわかってるからな。これは本当に自衛隊、やっちゃうんじゃない?」
 新聞を読みながら言う片桐に、正義は冷静な視線を向けた。
「そうかな? じゃあなんでニュースは浦沢慎司の党首就任をトップニュースに持ってきてるんだ? 竜が死んだら異常気象がなくなるんだ、こっちのほうがでかいニュースだろう?」
 目を開き、「確かに」と片桐が新聞から顔を上げた。正義はため息をつく。
「誰も自衛隊が竜を退治できるなんて思ってないんだよ。浦沢慎司が防衛大臣だったら、期待度は違ったかもな。あるいは、浦沢さんがこの竜退治に同行するとか」
「なるほど。神宮寺君は頭が良いなあ。財閥の跡取りって、本当に帝王学とかやるの? それで先が読めるとか」
「そんなわけないよ」
 真面目な顔をしている片桐に、正義はハハッと笑う。学校の勉強はできるくせに、素直なのか抜けてるのかわからないやつだ。
「浦沢党首っ」
 テレビのなかでは記者が浦沢にボイスレコーダーを向ける。
「清和党はドリーの人権問題に積極的に取り組んできましたが、ドリーの当事者が党首になるのは初めてですね。そこはどのようにお考えですか?」
「そうですねえ」
 濃灰色をした細身のスーツを着た浦沢が、首を抜くように背筋を伸ばした。首の左側にあって襟から顔をのぞかせていた赤黒い痣が、同じように背伸びをする。
 本堂雅臣との竜退治の際に竜の血を浴びてできたという、痣。いまや浦沢のトレードマークだ。
「私が小さかったころに比べると、ドリーの人権はだいぶ確立されつつあります。我が党の支持者が増え続けている背景にはこれまでのそういった実績と、ドリー自体が増え続けているという事実があるわけです。我が党にしかできないこと、そして私にしかできないことがまだまだあります。今日、防衛大臣のほうから竜の駆除に自衛隊を派遣するという決定が出されましたが、十五年前の経験をこの国のために役立てるのもまた、私の役目だと思っています」
「それはどういう……」
 浦沢の顔につきそうなほどボイスレコーダーが突き出される。
「おいっ」
 台風の日の突風のように、ドアが開いた。部屋にいた全員が振り返る。
 息を切らして仁王立ちしていたのは、竹村だった。
「明日の講師、浦沢慎司らしいぞ」
 部屋がどよめきで揺れる。
 正義はテレビに目をやる。今年で三十七歳だという英雄の生き残りは、赤い痣を引き立てる反対色であり、さらに竜を連想させるような深い緑色のネクタイを締めて、堂々とそこにいた。
 テレビのなかで浦沢を見るたびに、正義は本堂のことを思い出す。今彼が生きていたら、どうなっていたのだろう。実家は地方に本社を置いている全国規模の大きな会社を経営していて、今では子会社が本堂の肖像権などの管理もしているはずだ。
 竜退治の功績とその人気を利用して政治家として成功を収めている浦沢よりも、正義はさっさと死んでいった本堂のほうが好きだった。
 父や祖父に言えば怒られるだろうが。
「ほんとかよ。浦沢さん、くるの?」
「党首になったばっかで忙しいんだぞ。ガセネタじゃない?」
「いや、党首になったばかりだからこその、デモンストレーションだろ。今テレビで意味深なこと言ってたし、もしかしたら自衛隊に同行するつもりなのかも」
 ルームメイトたちは興奮した様子でしゃべり出す。
 片桐が、正義のほうを向いた。
「神宮寺君は予言者だね」
 そう言って、にこりと笑う。
「たまたまだよ」
 正義は夕刊を閉じると、最高潮に盛り上がっていく部屋の空気と、雄叫びのような彼らの笑い声に背を向けた。
 竜が死んだとしても、天気が正常に戻るのは三週間後。それまでに洞窟が崩れて本物のスサノオのミイラが姿を現さないとも限らない。
 早く早く。
 祈るように正義は二段ベッドの底を見つめた。
 早く誰か、竜を殺してくれ。

 ××××××××××

 弾手はテレビから目を放すことができなかった。自衛隊が竜の駆除に向かうだと? 先に動き出したのは俺だというのに、なに勝手なことを。
 携帯が震え、メールがきたことを告げる。開くとルディからだ。
「リョンたちの復学が、二ヶ月後に決まった。それまでは公民館で毎日お勉強だってさ。小学生みたいで笑えるだろ?
 みんな元気だぜ。糞林のおっさんなんか、おまえの姿が見えないから最近じゃあ逆に心配してるみたいだ。
 おまえはどうしてる?
 ニュース見た。ムリすんなよ。みんな、前のとおりでいいと思ってるんだから」
 最後に写真が貼付されていた。姉の毬亜と、妹の杏奈だ。階段の踊り場で、闇水のタンクを見せつけるように抱えて笑っている。
 その向こうには機械仕掛けの滑車があった。子供だけでも一階から楽に上階までたくさんのタンクを引っ張り上げられるようにと、家出同然に向こうを出発する前に造っておいたやつだ。
 雲ひとつない青い空が眩しい。太陽が姉妹たちの黒い髪を白金(プラチナ)色に照りつけている。
 闇水はときに飲んだ者を腹痛で苦しめる。雨さえ降れば、金さえあれば。
 あれだけ憎んだ太陽が、今は少し懐かしく思えた。
「待っててくれ」
 送信すると、パチンッと音を立てて携帯を閉じた。
「待っててくれ」
 肩から聞こえてきた声に驚いて振り返る。
「彼女か?」
 にやにやしている少年に、「違う違う」と手を振りながら愛想で笑った。
 携帯を放り出し、ベッドに転がる。
 誰も、竜を殺すな。
 テレビ画面に映し出された迷彩服の自衛隊員を睨みつける。
 ()るのは、俺だ。

 ××××××××××

 浦沢慎司が講師としてくるらしいという情報は夜のうちに全高会に参加している生徒たちを通じてあちこちに広がり、会場の前は朝から人で溢れかえっていた。テレビカメラやリポーターの姿も見える。
「初めてだね、こんなの」
 バスの窓から、正義はまるでサファリパークにでもきたような心境で外を見下ろした。改めて浦沢人気を思い知らされる。
 外はガヤガヤと騒がしく、警察がところどころに立っているのも見えた。
「作為を感じるわ」
 前の席から芙美が顔をのぞかせる。わざわざ座席に膝をついているようだ。
「竹村君。あなた、浦沢新党首が講師としてくるって情報、どこで仕入れたの? 講師は当日の朝までわからない決まりよ」
 芙美の隣に座っていた竹村が、戸惑った顔で同じようにこちらをのぞく。
「俺は、旅館の仲居さんたちが話してるのを聞いたんだよ。浦沢さんがどこどこのホテルに予約を入れたらしい。これは全高会の講師としてくるに違いない、と」
「お客に聞かれるなんて、ずいぶん不注意な仲居さんね。相手のホテルの人もおしゃべりだわ。ホテルマン失格」
「つまり、わざとだと?」
 正義が腕を組むと、芙美は表情を変えずに言った。
「私はそう思うけど」
「向こうの狙いは?」
「派手にやりたいんでしょ? 朝からテレビでもさんざん言われているけど、浦沢さんは十中八九自衛隊の竜退治、もとい竜の駆除に同行するわ。今のままじゃあまりにも注目度が薄いもの。誰も期待してないからだけど。大勢の人の期待というパワーが本人たちの士気を高めて運やチャンスを引き寄せることは、占いでも魔法でもなく、現実的にままあるわ。政府はそれを狙っているのかも」
「私もそう思う」
 透きとおった声が割り込んできた。振り向くと、通路に竹緒が立っている。
 芙美の口元が露骨に嫌そうに歪むのを、正義は見た。
「全高会のルール上、前もって浦沢さんがくることをマスコミに漏らすことはできない。だから生徒に漏らしたのよ。メールであっという間に広まるわ。でしょ?」
 竹緒が芙美に目配せする。
「あなたに同意されてもうれしくない」
 くるっと背を向けると、芙美はさっさと座ってしまった。こちらに身体を向けたまま、竹村が目を泳がせる。
「あの子、私のこと嫌いなの?」
 顔を近づけて聞いてきた竹緒に、「らしいね」と正義はうなずいた。
「まあ、珍しいっ」
 堂々とそう言える、おまえのほうが珍しい。

 講演会会場のような今日の「教室」は、舞台の中央に演説台があり、両脇に置かれた大きな壺に花が飾られていた。
 会場の照明が落ちると生徒たちは静まりかえる。けれどそれぞれの、いつもよりも少しだけ早く動いている心臓が呼吸を乱して、まるで空気のうごめく音が聞こえるみたいに場内は興奮していた。
 舞台上にだけ、ライトが当たっている。いかにも、これからそこに登場する人が特別であるかのように。
 浦沢が現れると、場内には拍手が響いた。天井を突き破るような、耳の痛くなる破裂音。どこの班からか指笛も聞こえてくる。
 演説台の後ろにあるスクリーンに、浦沢がアップで映し出される。
「よっ、英雄伝説(レジェンド・オブ・ヒーロー)!」
 歌舞伎のかけ声のように、誰かが叫んだ。ハハッと浦沢が笑う。目尻に皺ができる。
 あのマンガの主人公は本堂だ。そう思ったけれど、正義は手を叩き続けた。
 浦沢が拍手をおさめるように両手を下に向け、だんだんと下げていく。静まりかえった場内に、浦沢の声がマイクを通して聞こえてきた。
「私は、高校生の前で講演をするのはこれが初めてです。けれどこの話をいただいたとき、とてもうれしかった。理由は簡単です。あなた方が、高校生だからです。私が本堂雅臣という、私の人生を変えた男と出会った年齢よりも、若いからです。つまりあなた方は、これから私にとっての本堂のような友人に出会うかもしれない、あるいはもう出会っているかもしれない。そういう希望を持っているあなた方としゃべれるチャンスをもらえたことが、私はとてもうれしかったのです」
 清和党の党首らしくドリーの人権問題の話を交えながら、浦沢は自分の生い立ちや竜退治、そして政策のことまでを語った。
 自分が子供のころはドリーという言葉が定着しておらず、クローン人間と呼ばれ、いじめられていたこと。
 国会議員だった父親が、その言葉を放送禁止用語にするべく努力してくれたこと。
 そして、父親を追いかけるように国会議員になったこと。
「父の背中は大きかった。DNAが同じだから私も父を意識するし、周りも私と父を比べます。同じ素質を持っているのだから、父にできることは私にもできるはずだ。でも党首になった今、ようやく父と肩を並べられた気がするのです」
 正義は全高会に出発する前にホテルの座敷で会った、祖父の姿を思い出していた。上等な絹の着物を着て、床の間の前に座っていた祖父。大きな手を持った、会長。
 父はまだ、祖父を越えていない。自分はその父の足下にも及ばないだろう。
 その祖父や父と肩を並べられたと思う日が、いつか自分にもくるのだろうか。












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