COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―(13/18)PDFで表示縦書き表示RDF


COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―
作:斎籐拓夢



八 サブタイトル未定


    八 


 芙美に肩を叩かれて、正義はハッと我に返った。
「どうしたの? 休みが明けてから、なんか変よ」
 窓際に座る芙美の長く黒い髪に午前中の柔らかな日射しが当たり、白く輝いていた。
 どこか不機嫌そうな口と何を考えているのかわからない目は、休みが明けても健在だ。
「別に」
 正義は椅子に座り直し、正面に顔を向けた。全高会も折り返し地点にきて優勝争いが熾烈になってきたというのに、授業を聞いていなかったのでは話にならない。
 コロセウムのように円形状になったっている会議場の正面には大きなスクリーンがあり、その前で白衣を着たひとりの女性が透明な箱に手を突っ込んでいた。その映像が、スクリーンに大きく映し出される。そうでなければ、この会議場では後ろにいる人が授業を受けられない。
 透明な箱の中には白いネズミが二匹いた。女講師がそのうち一匹を捕まえ、注射器を指す。ネズミが苦しそうにキィキィ鳴いた。会議場から身を引くようなどよめきが起こる。
「何やってるんだ?」
 正義が眉をしかめると、芙美はホラやっぱり聞いてなかった、という顔になった。
「ネズミに特殊な毒を注射してるのよ。それひとつでは数秒で死に至るんだけど、ある酵素を混ぜて注射すると、ネズミは同じ症状を示して倒れるんだけど実は仮死状態になっていて、十時間後に目覚めるの。医療の分野で活躍が期待されている新薬よ。ロミオとジュリエットでジュリエットが飲んだ仮死になる薬にちなんで、〈ジュリエット〉って呼ばれてる」
「詳しいな」
「さっき説明してたもの。それにあの人、うちの大学の教授なの。〈ジュリエット〉の開発者よ」
「おまえ、大学生だったの?」
「違うわ、中高大って一貫校なのよ。 ちょっと、ホントに大丈夫?」
 教授だという講師の女は、もう一匹のネズミにも注射針を指した。女が箱から手を抜いた瞬間、二匹のネズミが同時に苦しみ出す。
「やだあ」
「むごい……」
 会場のあちこちから声が漏れるが、講師は迷わずマイクを取る。
「えー。片っぽは十時間経ったら目覚めるんだけど、そんなに待ってもらうわけにはいかないので、ビデオをお見せします」
 スクリーンの映像がビデオに切り替わった。どこかの研究室のような雰囲気で、理科の実験室を思わせるテーブルの上にふたつの透明な箱があり、中にそれぞれネズミが一匹ずついる。
「右のラットに〈ジュリエット〉を注射します。この子の耳に赤い札がついてるの、わかるわね? 番号をよく覚えておいて」
 白衣を着た手が二匹に注射針をさした。透明な壁を引っ掻き、自分のしっぽをかじりながらもだえ苦しみ、二匹とも息絶える。
 右のネズミの耳についた赤い札には、〈Aa152〉と書かれていた。
「これがそのラットです」
 教壇の下から、講師がかごを取りだした。中にはあのネズミがいる。
「もうすぐ十時間だから、目覚めると思うわ。待ってて」
 コンビニで弁当が温まるのを待つかのような気楽さで、講師は言った。後ろを振り向き、待機していたアシスタントを呼んで、死んだネズミと仮死状態になったネズミの箱を片づけさせる。
「料理番組みたいだな」
 前の席に座っていた竹村がそう言うと、「やめて。昼ご飯が不味くなるわ」と山口が頬杖を付きながら抗議した。
 スクリーンには仰向けにひっくり返ったネズミが映し出されていた。
「あっ、動いた」
 誰かの声に、全員がスクリーンに注目する。講師もかごに顔を近づけた。
 ピクリと指先が動き、髭が動く。目に見えて息をし出した。胸が上下している。
 やがて身体を横にして起きあがると、ネズミはかごに供えられた給水器のホースに口を付けて水を飲み始めた。講師が餌をセットする。
「このように、十時間経ったら目覚めます。人間でも同様です。私からの課題は、この薬の病院以外での使い道のアイディアについてです。レポートの上限枚数はナシ。形式は自由。メールに添付して送って。期限は今日の午後六時。時間厳守。以上!」
 ヒールの音を響かせて、女講師は裏に消えていった。後ろを荷物を抱えたアシスタントがえっちらおっちらついて行く。
 全員で個室に移動し、昼食を食べながら課題を考える。今日はチュオンがリーダーで、的確に司会を進めた。
 結局課題は、生き物をよりコンパクトに手間をかけることなく輸送できるという方向でまとめることになり、ネットで裏付けをして午後五時にメールで送信した。
「昨日の竜、すごかったよね。見た?」
 Bグループ全員で個室を出たところで、片桐がすり寄るように話しかけてきた。何となく、校門前に立って生徒全員に挨拶をする校長のような印象を受ける。
「まあ、あれだけテレビで騒いでたらね」
 竜、という言葉に、正義は身体を硬くする。
「あー、私も見た! あの竜、高千穂に帰っていったって話よ」
 山口が割り込むように言うと、竹村が大げさに声を上げる。
「マジかよ。じゃあやっぱり、竜の巣はあそこにあるんだ。せっかく日向にいるんだから、ちょっとくらい行ってみたいよなあ。全高会なんだからさ、実習ってことで連れてってくれる講師がひとりくらいいてもいいんじゃないの?」
「それ思う!」
 盛り上がる山口と竹村を眺めながら、正義はどこか遠くを見ているようなチュオンに声をかけた。
「チュオン君は、見た? 竜」
「ああ。まさかあれほどまでに大きいとは思わなかったから、驚いた」
「本当だよね。でも、テレビじゃいまいちその大きさもつかめないよ。やっぱり実際に見ないとさあ。何百メートルって数字で言われても、ねえ?」
「えっ? あ、ああ、そうだな」
 目を泳がせて、チュオンが笑った。褐色の肌に、白い歯がよく映える。
 一階につきロビーに降りると、正面玄関の横、熱帯魚が青いライトの中を泳いでいる水槽の前になぜか竹緒がいた。
「ちょっと片桐君を借りるわね。スパイ行為じゃないのでご安心を」
 そう言って片桐の腕に自分の腕を絡ませた。
「何? デートっ?」
 竹村の悲痛な叫びに、竹緒は「ノンノン」と人差し指を横に振る。
「相手は私じゃないわ。私はキューピッドよ。片桐君に素敵なレディを紹介してあげるの」
 ねーっと竹緒は片桐の顔をのぞき込む。片桐は顔を強ばらせて、二カッと歯を見せた。
「なるほど、男子がいるとこんな感じになるわけね」
 女子高の芙美が感心したようにうなずいている。
 じゃーねーと手を振って、竹緒と片桐はバス停のほうに消えていった。
「旅館に帰る人お」
 正面玄関を出たところで山口が手を挙げると、「はーい」と素直に竹村やチュオンが手を挙げる。芙美も、朝どりタケノコのようにちょこんとではあるが、胸の前に手を挙げた。
「神宮寺君は?」
「僕はちょっと、行くところがあるから」
「そう? じゃあ、また旅館でね」
 山口たちと分かれると、正義はひとりでバスに乗る。神話博物館で降りると、どことなく空気までも息を殺しているように思えた。
 裏口から中に入り、管理人室で許可証を見せて興梠館長を呼び出してもらう。
「これはこれは」
 柔和な笑顔の小柄な老人は、理由も聞かずに正義をパウロのいる部屋に通してくれた。
 正義は、日枝から聞いた阿礼とスサノオ、そして偽のスサノオの話が忘れられなかった。死んでまで友人の名前を語ろうとしたやつの血が自分に流れているのだと思うと、腕を骨が見えるくらいにナイフで切り裂いて身体中の血を抜きたい衝動に駆られる。
 けれどそこで、おまえにそんなことをする権利があるのか?とあざ笑うように言う自分がいるのもまた確かだった。おまえがその男だったら、同じようにスサノオに成り代わったんじゃないのか?と。
 違う!とどんなに否定しようとしても、もうひとりの自分が本当に?と問いかける。こんな自問自答は無意味だ。そう思っていても、考えずにはいられない。
 資料室の奥、まるで隔離されたようにある部屋に行くと、薄暗い部屋の中に、ひょろっと長いパウロの背中が座っていた。
「スサノオの腕を見せてもらえますか?」
「いいですよ」
 興梠がパウロに向かって指をさすと、パウロは立ち上がり部屋を出て行く。
「もう一度DNAを調べますか?」
「いいえ。スサノオの手の中を、見たいんです」
「手の中?」
 興梠は怪訝そうに眉をひそめる。
 やがてパウロが持ってきたスサノオの腕のミイラは、確かに手のひらを握りしめていた。
「この手の中を、見たことがありますか?」
「いいえ。気にしたこともありませんでした。自然に曲がったものだとばかり。何かを掴んでいるんですか?」
「はい、たぶん。開きますかね?」
 正義が触ろうとすると、パウロが「ああーっ!」と、部屋の棚に置かれたものが振動で震えそうなほどの声を上げた。
 しゃべれるんだ……。
 二重に驚いて、正義は耳を塞ぐのも忘れて思わず座り込む。
「こらこら、パウロ。大声を出したら失礼ですよ」
 鼻息を荒くしているパウロの肩を、興梠はなだめるように叩いた。
「ですが神宮寺さん、パウロが大声を出してしまうのも仕方がありません。ミイラの腕は固まっていますからね。無理に開こうとすれば折れてしまいます」
「あっ。ですよね。でもじゃあ、どうすれば……」
 正義はミイラの手を見つめた。固く握られた手は、明らかに何かを掴んでいるように見える。
「CTを使いましょう。病院によくある、あれです」
「ここにあるんですか?」
「昨今の考古学研究にCTスキャンは必要不可欠ですからね。一家に一台というわけで、仮検査ができる程度のものはどこにでもあるんですよ。一台で何千万円もする病院のものには敵いませんが」
 踏み台に乗り、機械がいくつも積まれている棚をいじくると、興梠は両手に抱えられる位の大きさのダンボールを取りだした。表面に積もった埃に息を吹きかけ、自分でむせている。
「うちでは主に人骨に使ってまして、ミイラに使うのは初めてです」
 机の上に置かれたのは、白っぽい機械だった。テレビで見たことのあるトンネル型で、引き出した台の上にスキャンしたい何かを乗せるようだ。
 興梠は片腕のミイラを丁寧に箱から取り出すと、薄い布がひかれた機械の上にそれを乗せた。
 機械から伸びたケーブルを、パウロがパソコンにつなぐ。
「それでは、行きます」
 興梠がスイッチを押すと、機械は低い音を立てて動き出す。腕はトンネルの中に入っていき、何度も止まり、白い光を浴びながら、時間をかけて元の位置に出てきた。
 パソコンの前に座っていたパウロが立ち上がり、拡大された手の映像を正義たちに見せる。
「これは……」
 メガネが液晶につくほどに、興梠は顔を近づけた。
「髪の毛、のようですな。それ以外の繊維ということも考えられなくはないですが、おそらく人毛でしょう」
 正義も、薄暗い部屋の中で白く輝くパソコンを見る。CGのように立体で映し出された五本の指の下には、確かにひとかたまりの髪が握りしめられていた。
「いったい誰の髪の毛でしょうか」
 研究者としての血が騒ぎ出したのだろうか。カッと目を見開いている興梠の表情は、正義の知らないものだった。
「……さあ、誰のものでしょうね」
 阿礼とスサノオのことを日枝から聞いたこと、日枝が阿礼の子孫であるということをこの人に話して良いのか判断がつかず、正義はごまかす。
「なぜこの腕が手の中に何かを持っていると気づいたのですかっ?」
 興梠の目は興奮して瞳孔が開いている。
「いや、……死人の手が握りしめられているのは不自然じゃないかと思って。だったら、何かを握ってるのかなって」
 ハハハと正義は笑った。
 とにかくこれで、日枝の昔話は証明されたことになる。
 顔を高揚させている興梠とパウロからは距離を取り、正義は切り落とされたスサノオの腕を見た。本物のスサノオの腕を。
 この腕が千数百年前には生きて動いており、ヤマタノオロチを倒した。黒い血を浴び、空から落ちた。そう考えると、あの昔話が突然、肌で感じられるくらいに身近に思えて寒くなる。
 この腕の持ち主が阿礼という美しい踊り子と恋をして、けれど自分が死ぬと悟ったとき、その人の髪を、身体の一部をほしいと思った。
 好きな人の顔を最後に目に焼き付けて、彼は死んだのだろう。自分自身のまま。その自分自身が、信頼した友に乗っ取られるとも知らずに。
 博物館を出ると、正義は携帯で電話をかけた。
「はい?」
 画面に日枝の顔が映る。道着姿と言うことは部活中だったようだ。額から汗が流れている。
「今まで、神話博物館にいたんだ。館長に頼んで、スサノオのミイラの腕をCTスキャンにかけてもらった」
 正義が言うと日枝が薄く笑う。
「素敵な特別扱い。さすがですね」
「それで、だ」
 正義は無視して話を続けた。
「あったよ、髪の毛。スサノオが握ってた」
「当然です。だって、握ったんだもの」
「うん」
 正義は大きく息を吐くと、空を仰いだ。厚い雲に覆われた空。早くしないと、雨が降り出しそうだ。そしてその雨がやんだら、竜が動き出すのだろうか。あのどデカイ竜が。
「洞窟は、崩れてなかった。だけどあそこは国有地らしくて、補強も何もできない。これ以上雨が降って崩れないことを祈るしかないみたいだ」
「天のみぞ知る、ってわけですか」
「あるいは竜のみぞ、だな」
「そうですね」
 空からポツポツと雨が降ってきた。正義の頬をかする。
 洞窟の壁が剥がれてミイラが崩れ落ちてきたときのことを想像して、正義は身震いをした。












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