COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―(12/18)PDFで表示縦書き表示RDF


COCOON―そして少年は英雄の屍に出会う―
作:斎籐拓夢



七 ウィークエンド4


 姉の毬亜が町工場と呼ぶキャリーバッグを足下に置いて、弾手は電車に揺られていた。外には田園地帯が広がり、ところどころに里山と家々が見える。空は薄い雲に覆われていたけれど、雨が降る気配はなかった。
 小さな駅で、電車は止まった。終点だ。先に行くには乗り換えなければいけない。
 バッグを引いて電車を降りると、目の前にオレンジ色の電車が止まっている。車両は一両しかない。
 ひとつしかない出入り口には、駅員が立っていた。オレンジ色の電車に乗り込む人々は彼に定期券サイズのカードを提示している。
 まだ高千穂ではないけれど、ここから先は異常気象のない、半径三十キロ圏内なのだ。中に入るには許可証がいる。
 ドアの前にできた列に並び、自分の番がくると弾手は顔写真入りのカードを駅員に手渡した。駅員はそれにブラックライトを当てて細工の細かな印が浮かび上がることを確かめると、小さな器械でチップの情報を読み取る。
 ハルキから高千穂の地図を受け取ったあと、弾手は人に紹介されてブラジル系移民の男に会った。
「移民はチェックが厳しいんじゃないのか?」
 許可証の偽造が得意だというその男に訊ねると、男は「それは心配ない」と首を振った。
「あそこには半導体の工場があるんだ。そこで働いているのはほとんど移民だから。でも、高千穂には東南アジア系の移民はいないから許可証で入るのは無理だぜ。たとえ本物を持っていても、絶対に警察を呼ばれる。どうしても行きたいんなら、自力で入るんだな」
 それは問題ない、とそのとき弾手は思った。危険は冒さないほうが良いに決まっているから、許可証があるにこしたことはない。
 けれど例えなくても、どんな警備でも自分には突破できるという自負が弾手にはあった。このキャリーバッグさえあれば、俺は誰よりも優れたものが作れる。
 許可証を手にしていた駅員が、上目遣いに一瞬、弾手の顔を見た。もう一度ブラックライトで印があることを確認してから、それをこちらに突き出す。
「どうぞ」
 電車の中に入ると、乗客達はみな他人の顔をして、うつむき加減に座席に腰掛けていた。左右を見渡してから、空いていた端のほうの席に座る。
 それからオレンジ色の電車は走り出して、駅ビルの間から商店街が見える駅や屋根だけがあるような無人の駅を通りすぎた。
 空はいつの間にか晴れていて、黄金色に色づき始めた稲をきらきらと輝かせている。葉も茎も黄色なのに、こんなに生命力に満ち満ちている草があるんだな、と窓の外を眺めながら弾手は思った。
 雨の降らない弾手の地元では、黄色といえば枯れる間際の、()れた草木の色だ。
 駅にパン屋とコンビニがくっついている程度の小規模な駅で、電車が止まった。オレンジ色の電車は、ここまでらしい。電車を降りると、目の前に今度は黄緑色の車体の電車がとまっていた。ひとつしかない出入り口には、また駅員が立っている。
 高千穂行きの電車に乗り込むために列を作る人々を尻目に、弾手は階段を降りて駅を出た。数台しか車がとまっていない駐車場を通りすぎると、ところどころペンキが剥げてしまっている観光案内板を見て、行き先を確認する。
 バスで町境の山の麓まで行くことにした。移民が町境に近すぎるところで降りると運転手が怪しみ、警察に通報することがあると偽造許可証作りの男が言っていたから、ふたつ手前のバス停で降りて、そこからは歩く。
 山の麓に、人気のない小さな神社があった。鈴を鳴らすための紐もちぎれてしまっていて、賽銭箱もなく、神様もさすがに嫌気が差して逃げ出しただろうと思ってしまうような神社だ。
 人が来ないのは好都合と、弾手は本堂の軒下でハルキからもらった地図を広げた。町境は山の中腹あたりにあり、ハルキによればそこには常に監視カメラの目を持ったロボットが何台かいるのだという。
「監視カメラの目を持ったロボットっていっても、いろいろ種類があるからなあ」
 そのロボットが移動式、つまり自ら動けるのかどうかでもだいぶ違ってくる。
「行ってみないとわからないか」
 地図を閉じると立ち上がった。
 道路の側には民家があり、民家の側には人がいる。人に見られたら通報されるに決まっているから、弾手は道なき道を進んだ。
 植林された背の高い杉の木の間を抜け、町境を目指す。キャリーバッグを引くのはさすがに登山には向かないので、内蔵していた肩ひもを取りだしてリュックのように背負った。
「でも、さすがに重いな」
 中には鉄製のスクラップやら工具やらが詰まっているのだから当然だ。一キロも歩くと、着ていたTシャツは汗でびっしょりと濡れた。
「今度羽をつけてやる」
 杉の幹に手をかけて、急な斜面を一歩一歩進んで行く。
 しばらく行くと、木々のない場所に出た。幅は五十メートルほどだろうか。それが左右にずっと続いている。
 ここが町境か。
 杉の生えていない土には代わりに間隔をあけてポールが埋められていて、そこに銀色のケーブルのようなものが三列に渡っていた。
 ポールの上には黒い帯の入った球体がある。
 あれがロボットだな。
 杉の木の後ろに座ると、弾手は携帯を取りだしてネットを開いた。大手の警備会社のHPに行き、扱っている監視カメラロボットの写真から同じものを探す。
 あとはロボットマニアの集まる掲示板やサイトに行って、そのロボットの特徴を調べればいい。
「F39421型か。最新じゃないか。こんなところに税金使ってどうすんだ」
 弾手は鼻で笑った。
 F39421型は真下から真上まで、三百六十度死角なくカメラで映し出すことができる。ポールの中には小型のロボットが内蔵されていて、不審者の遺留品などを採取することができるのだそうだ。
 ちなみに、ポールとつながっているあのケーブルのようなものには電流が走っているらしい。触れれば身体に激痛が走る。見た目が洗練されているだけで原始的な高圧電線とあまり変わらないが、切断するとすぐさま通報されるという違いがあった。
 そして切断されていない状態というのを、あのケーブルは内部に走らせている信号で認識しているらしい。つまり、その信号を途切れさせなければ、例え切ってしまっても通報はされないというわけだ。
 弾手はキャリーバッグの赤いボタンを押した。分解されたキャリーバッグは、まるで蓮の花が開くように八方に散らばる。それぞれのケースには、まるでゴミのような、弾手が拾い集めた材料達が詰め込まれている。
「こんなところじゃ鉄は打てないけど」
 目を瞑ると、弾手は頭の中で設計図を組み立てた。よし、完璧だ。
 二時間かけて、弾手は手のひらサイズのふたつの器械を作った。その間、ロボットに興味深い動きがある。掲示板では得られなかった生の情報だ。
 鳥が落としたのか、上から小枝が降ってきた。そのとき、一番近くにあったロボットの黒い帯、おそらくカメラのレンズがある辺りが赤く点滅したのだ。
 ポールの下のほうからムカデのようにたくさんの足を持ったロボットが出てきて、その小枝を採取していった。
 そしてそのとき、それを見ていた弾手が足下にあった小石をポールの脇に投げてもロボットはそれには反応しなかったのだ。何か異常があると映像を拡大してそれがなんなのか確認するのだろう。その間、他の場所の監視がおろそかになるのだ。
 弾手が投げた小石には、結局十メートルほど向こうにあるポールのロボットが反応し、ムカデロボットを差し向けてきた。けれどそのふたつの監視カメラロボットを同時に塞いでしまえば、警備に穴ができる。
 ふたつのポールの前にある杉の木に登ると、弾手は仕掛けをセットした。紐を引くと小石が落ちるという、原始的な仕掛けだ。
 カメラに引っかからないよう這うようにして二本の杉の木の中間まで行くと、紐を引く。離れた場所で、同時に小石が落ちる。カメラが赤く点滅した。
「ヨシッ」
 小さくガッツポーズを作ると、ケーブルまで走る。ポールからムカデロボットが出てくる。
 ポケットからふたつの器械を取りだし、それを一メートル間隔をあけてケーブルにくっつけた。スイッチを入れて信号を読み取らせると、もうひとつのスイッチを押してその信号に同調させる。
 ゴム手袋をした手でペンチを持ち、ケーブルを切断した。服がわずかにかするだけでも通報されてしまう。服を身体に貼り付けるように引っぱりながら、仰向けになって下をくぐり抜けた。
 ムカデロボットが小石を採取させて戻ってくる。あれがポールに仕舞われるまでに杉の木があるところまで戻らないとっ。
 足首がケーブルの下を通ったのを見届けると、弾手は勢いよく立ち上がり、後ろに向かって走った。ピタリと杉の木の裏に張り付く。
 ……異常がないことを耳で確認する。大丈夫、警告音は鳴っていない。
 そしてまた歩き出した。杉の木の立ち並ぶ様子はさっきまでとなんら変わらない。でも、ここはもう選ばれた人間しか立ち入れない場所、高千穂なのだ。
 迂回するように山を下って、弾手は町に降りた。田んぼや畑の多い、穏やかな町だ。
 できるだけ人通りの多い場所や交番の近くを避けて、ハルキに教えられた竜の出現スポットを目指した。バスも使えないから、歩いていくしかない。
 人に道をたずねるわけにも行かず、地図だけを頼りに神社を目指している時、ポツポツと雨が降ってきた。
「ちくしょう、通り雨かよ」
 弾手は後ろを振り返った。抜けてきた山が商店街の向こうに見える。
 雨に濡れると器械が弱り、信号の出が悪くなる。通報されなきゃいいけど……。
 どんどん雨脚が強くなる中を、弾手は前に前に走った。今さら戻っても、どうせ間に合わない。
 駐車場の場所を示す、荒立神社の古びた看板がガードレールの向こうに見えた。
 弾手は境内に駆け込んだ。手を清めるためのつくばいの軒下で雨宿りをする。
 境内に人気はなかった。本堂もわりと小さめだ。すぐ周りは田畑と民家だし、竜の巣になるところはなさそうだ。
 そのとき、雨がやんだ。あっという間に通りすぎてしまったらしい。濡れた地面には日射しが当たって、砂粒ひとつひとつが宝石のように輝いている。
 湿り気を帯びたぬるい風が通りすぎた。
 そのとき、弾手は本堂まで続く石の小道に大きな影が映っていることに気づいたのだ。太い線のようなそれは、輪郭がぼんやりと曖昧でまるで陽炎のようで、生きている。動いている。
 軒先から出ると、空を見上げた。太陽の欠片がキラリと閃光を発する。そしてその太陽を、竜が覆っていたのだ。
 弾手の真上を竜が通りすぎていった。髭が揺らめいているのが見える。鋭い爪がわかる。波打つ白い腹が、頭上を抜けていく。
 影が過ぎ去ってしまうと、弾手は思いだしたように地図を地面に広げた。竜の来た方向と行った方向を確認する。
「とりあえず、ここが無関係なことだけは確かだな」
 濡れた地面に置かれた地図には、だんだんと茶色いシミができてくる。
「本命は、やっぱりここか」
 弾手は地図上の一点に指を置いた。本堂雅臣が竜を見つけたという場所。天岩戸神社。
「よしっ」
 汚れて湿っぽくなった地図をたたんでポケットに押し込むと、弾手は歩き出す。
 ルディ、リョン、みんな、待っていてくれ。


  












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