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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花粉症の男性が出会った植物

作者: saika

この時期になると、オレは地獄を味わう。


くしゃみは止まらなくなるし、鼻はつまる。そして眼がかゆくて仕方無い!


つまり、花粉症というヤツだ。


幼い頃は平気だったのに、20歳を越えた頃からひどくなってきた。


おかげで好きだった山登りができなくなった。


薬は一時の物。マスクやメガネもあまり効果がなかった。


自然が好きだったのに、今では無機質な物が溢れる都会に引っ越してしまった。


おかげで最低限の予防で、何とか暮らしていける。


けれど時々、どうしようもなく自然に触れたい時があり、そういう場合は花屋で花粉の無い植物を買っている。


植物園とか行って見たいけれど、危険が多そうなのでやめておいた。


今はちょうど花粉症の季節。


けれどどうしても植物が欲しくなって、仕事帰り、花屋に寄ろうと街中を歩いていた。


だがその日、仕事が押していて、花屋の閉店時間になりそうだった。


だからいつもは通らない、裏道を早足で通った。


大通りを1本外れただけなのに、ここの空気はおかしい。


どこか暗く、重い。ここにいる人達も、まとう空気が何か違う。


怖くなって思わず俯いていると、ふと植物が眼に映った。


足を止めて改めて見ると、路上で植木鉢が売られていた。


まだ淡い新緑色の葉っぱは小さく、柔らかそうだ。


けれど見たことのない形だな。


自然には触れられないだけに、調べるのは熱心にした。


だから自分では知らない植物なんかないだろうと自負していたんだが…。


「おや、お客様。興味がおありで?」


植物をじっと見ていたオレに声をかけてきたのは、植物を売っていた男だった。


漆黒のマントを頭からすっぽりとかぶり、見えるのは男のニヤけた口元だけだった。


「あっああ…。見たことない品種だが、新種なのか?」


「ほお…。植物にお詳しい方で?」


「趣味だけどね。でもひどい花粉症で、残念ながら花粉のある植物は買えないんだ」


「ふむ…。しかしお客さんなら、大丈夫かもしれませんね」


「花粉はそんなにないものなのか?」


「相性によりますがね」


男は意味ありげに笑う。


「この植物は自分の持ち主を選ぶ。気に入った主人には、美しい姿を見せてくれるんですよ」


そう言って一つの鉢を上げて見せる。


「だっだが花粉が…」


「なあに。お客さんと相性が合わなければ、花は自然に枯れます」


「そっそれじゃあ花がかわいそうじゃないか!」


「ふふっ。お客さんはお優しい。…おや?」


男が不意に視線をそらしたので、思わずオレもそっちを見た。


数ある植木鉢の中の一つが、小さな花を咲かせていたのだ。


…さっきまで、つぼみもなかったハズなのに。


「このコ、お客さんを気に入ったみたいですね。このコならば、花粉に悩まされることもないと思いますが?」


「しかし…」


やっぱり不安だった。


こんなに躊躇するぐらい、ひどい花粉症なのだ。


「…ならこうしてくれないか? もし花粉がひどかったら、引き取ってくれ。その時返金はしなくてもいいから」


「ふむ…。いいでしょう。お客さんが気に入らなければ、返却してください。お金は売った方に咎がありますから、お返ししますよ」


「だが…」


「良いんですよ。こちらには自信がありますから。お客さんが必ず満足するという自信が、ね」


あまりに男が自信ありげに言うので、渋々承諾した。


植木鉢は小さいにも関わらず、良い値段がした。


けれど男は取り扱い説明書を付けてくれた。


それに返却するなら、全額返済ときた。


疑わしいながらも、オレは好奇心が勝ってしまった。


家に帰るなり、説明書を読んだ。


【①水は一日に一度、コップ一杯与えてください。


 ②やる時は陽の当たらない場所でお願いします。


 ③植物の成長を早める為には、お客様の血を一滴、水にまぜてください。栄養となり、植物の成長に良い影響が出ます】


「…血?」


ここでさっきの男との会話を思い出した。


「花粉の心配ですが、植物にお客さんの体質を合わせれば良いのです」


「合わせる? どうやって?」


「それは説明書に書いてありますよ」


…なるほど。こういうことか。


血を水にまぜることによって、オレの花粉症体質を、花に合わせてもらうのか。


それにしても、人の血が栄養になるなんて…絶対日本産ではないな。


あの男も日本語が上手かったが、肌の色は黒かった。


それに顔の半分しか見ていないが、日本人としての顔立ちではない。


さしずめ自国の植物を売りに、出稼ぎに来た外国人か。


まあそんなヤツがいたって、不思議じゃないがな。


それに植物は日本に輸入するとき、検査を受けているだろうし。


多少妙なところがあっても、買った本人に影響がなければ良いんだ。


オレは説明書に書いていた通り、水をコップ一杯用意した。


そしてちょっとイヤだったが、針で指先を刺し、一滴の血をまぜ、植物に与えた。


今はもう深夜だ。陽が当たっていなければ、良いだろう。


オレはその日、そのまま眠った。


植物の成長のことを思い浮かべながら…。


自分がどんな恐ろしいことをしたのか、考えもしないで…。


翌日、起きて見ると植物の異変に気付いた。


昨夜、葉っぱは淡い色だったのが、今ではハッキリとした緑色になっていた。


「コレ…栄養のおかげ、か?」


にしても、あまりに激変過ぎる気が…。


でもまあ、悪いことじゃないよな?


オレは気がかりになりながらも、会社に出勤した。


そして帰り道、あの男へ会いに行こうと思い、裏道を歩いた。


しかし、男はいなかった。


「今日は来なかったのかな?」


路上だし、そういうこともあるだろう。


オレは家に真っ直ぐに帰った。


そして水をやろうとした。


しかし予想以上に針を深く刺してしまい、血は3滴ほど水に入ってしまった。


「やばっ…。でも説明書には多くやるなって書いてないよな?」


改めて、説明書に眼を通す。


【④お客様が与えられた血の量に応じて、植物の成長は変わります。お客様のご希望を受け、美しい姿を見せてくれます】


「…なら、平気か」


オレは大して考えず、水をやった。


「この調子の成長なら、そろそろつぼみの一つか二つ、見ても大丈夫そうだな」


買った時に咲いていた花は、すでにしぼんでいた。


他のつぼみはまだ、葉っぱと同じ色をしていて、触ると固かった。


けれど昨夜よりは格段にふくらんでいる。


「…どんなふうに咲き誇るのかな?」


昨夜の一輪の花では、花粉症は起きなかった。


けれどあの花はあまりに小さ過ぎる。


この植物の形態であれば、小さな可愛らしい花がたくさん咲くのだろう。


その時が楽しみだ―そう思っていた。


この時までは。


しかしまたもや翌朝、びっくりした。


あれほど固かったつぼみは、今や色を変え、柔らかそうにふくらんでいた。


「そんなまさかっ!」


おそるおそる触れてみると、確かに柔らかい感触。


鼻を近付けると、甘い匂いがかすかに漂ってきた。


「…血が、栄養になっているのか」


にわかには信じられなかった。


しかし現実は目の前にある。


オレは不思議な高揚感を感じた。


この植物は、まるで血を分けた我が子のようだ。


おかしな言い方かもしれないけれど、オレの血を栄養とし、ここまで成長するなんて、自分の子供とも言える。


オレはしかし、心残りがありながらも、会社へ向かった。


収入を得なければ、オレが生きていけないから…。


けれど本心を言えば、この植物の側にずっといたかった。


成長を一時も眼を離さず、見つめ続けていたかった。


オレは仕事が終わると、走って家に帰った。


植物は朝見た時よりも、少しつぼみがふくらんでいた。


オレは買ってきたミネラルウォーターを開けた。


今までは水道水だったけれど、植物用の水もあるのだ。


途中、花屋で買ってきた。植物に良いと思って。


コップいっぱい分そそぎこむと、今度はカッターで指を切った。


ボタボタ…


透明な水が、赤い血がまじり、濁る。


けれどそれを植物にそそぎこむ。


「これで元気になってくれよ♪ お前がどんな成長した姿を見せてくれるのか、楽しみだ!」


翌朝、起きて見ると、予想が的中した!


花が咲いていたのだ!


淡いピンク色の、可愛らしい花々が咲いていた!


そして柔らかくも甘い匂いが、部屋に満ちていた。


けれど花粉症の症状は起きない。


どうやらあの男が言った通り、本当に相性が良いみたいだ。


オレとこの植物は。


オレはもう、仕事に行く気をなくしていた。


それどころか眠るのがもったいなかった。


この植物の変化を、この眼で見続けていたいと考えていた。


けれど水を与えるのは、1日に1度だけ。


与え過ぎることは決して良くない。


だから夜までじっと待った。


花は夜になっても咲いていた。


そして水を与える時、オレは手のひらをカッターで切り裂いた。


ブシュッ!


ダラダラと血がコップに流れる。


水がピンクに染まるぐらいになって、ようやく植物に与えた。


そして今夜はそのまま起きていた。


するとその植物の変化を見ることができた。


ピンクの花は、オレの血を吸ってか、鮮やかな赤い色に染まっていく。


「スゴイっ…!」


オレはすっかりこの植物に魅入ってしまった。


そして甘い匂いも強くなった。


深呼吸すると、頭の中がじぃんとしびれる感じがたまらない。


「はあ…」


久々だった。こんなに深く、花の香りを嗅ぐのは。


花粉症になってからというもの、自然から遠ざかったのは心理的にきつかった。


それまでオレを癒していたものが、いきなり牙をむいてきたのだから…。


でも今はこの植物がいる。


側にいて、オレを癒してくれている。


良い値段はしたが、決して高くはない買い物だったな。


そう思いながら、植物を置いている部屋で寝た。


スゴク良く眠れて、寝起きも最高だった。


夜通し起きていたせいか、起きた時はすでに夜だった。


オレは包丁を持ち出し、血管をさけながら、手を切り刻んだ。


水半分・血液半分を、植物に与える。


すると今度は、枝が伸び始めた。


小さな鉢ではきつそうだったので、中ぐらいの鉢に植え替えた。


植物は嬉しそうに、あっと言う間に鉢に合うぐらいに成長をとげた。


枝を伸ばし、葉を生やし、花を咲き乱れさせた。


花は美しい濃い赤に染まった。


「キレイだ…」


まるで赤ん坊から、大人の女性へと変貌したような…。


オレの血が、ここまで美しくさせたんだ。


それならば…。


オレはフラッと立ち上がり、包丁を手に取った。


そして…。







数週間後。


会社を無断欠勤し続けた男性のマンションの前に、会社の上司と警察、そして管理人が訪れていた。


みな、心配そうな顔をしている。


彼の部屋からは濃く甘い匂いが漂っていたが、全員その香りに顔をしかめていた。


何せこの匂い、まるで熟れ過ぎた果実のような匂いをしているからだ。


管理人が扉を開き、全員が部屋に入った。


そしてリビングの扉を開けたところで、


「うっうわああああ!」


異様な光景を眼にした。


リビングの部屋の中は、植物の枝が広がり、黒き大輪の花がいたる所に咲き誇っていた。


そしてその植物の根には、彼の体があった。


全身の血を植物に吸われ、茶色に干乾びた体が、枝に絡まれ、根を下ろされていた。


甘い香りは、この花から発せられていた。


彼の手には、説明書が握られていた。


そこの5番目の注意書きには、


【⑤お客様の与える血の量に対し、植物は成長いたします。しかし与え過ぎにはくれぐれもご注意ください。植物が暴走なさっても、お客様の責任となりますので…】


路上で植物を売っている男は、風に乗って漂ってきた甘い匂いに、笑みを浮かべた。


「ああ、あのお客さん。よっぽど気に入ったんだねぇ。こんなに美しく咲かせてくれるなんて、植物冥利につくな。お前達」


男の声に、植物達がかすかに動いた。


そして植物を見て、足を止めた女子高校生が1人―。


「わあ、可愛い!」


しゃがみ込み、植物を見る女子高校生に、男は笑顔を向けた。


「いらっしゃい、お客さん。美しい花は好きかい?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的に好きな題材で、期待通りの展開をしてくれました。「血を与える」という時点で先の展開は分かったようなものなので、もっとその行為に陶酔感を覚える描写があったら尚よかったかと思います。
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