第一章 一日目−秘密−
「新さんが、大慌てで捜しているんですよ。何が何でも見つけて来いって」
京香の声には、困惑の色が少しだけにじんでいる。
「京香はその少女の顔を知っているのか?」
「知っているも何も……」
何でも、新吉の店に行った京香にいきなり刃を突きつけてきたのがおみつだと言うのだ。
「どうしてかは知れないけれど、新さん、おみつさんを外に出したくないみたいなんですよ」
さっきまでのおみつと同じようなことを、目の前の京香も話している。
……やはり、おかしい。
京香に事情を話すのはたやすいことだが、新吉が手を回している。仲間意識の強い彼女に秘密を強いるのは酷か。
「どのような格好をしているのだ? その少女」
とりあえず知らないふりをして当たり障りのないことを訊ねる。
「灰色の忍者装束です。私より背が少し高くて、髪は後ろで一本に束ねてます」
「わかった。注意して捜してみよう」
適当に調子を合わせて答えると、京香は安心したような表情を浮かべてうなずいた。
「それじゃ、よろしくお願いします」
頭を下げて帰って行く京香の背中に、心の中で謝りながらも、おみつのことが知れなかったことに、源三は心底安堵した。
「……もう、大丈夫?」
扉の向こうから、不安そうな顔をしたおみつが顔を出した。
「ああ。しかし、京香に襲いかかったのは感心しないな。あの人は、俺の従姉妹どのなのだから」
「ごめんなさい」
鼻っ柱は強そうだが、紀州でおおらかに育てられたおかげか、根は素直な少女のようだ。
「……よし、寺子屋に行こうか。子供たちが待ってるからな」
そうおみつを促したものの、源三は今一度彼女を見渡した。
この格好のままでは、また、男に間違われてしまい、寺子たちの混乱を招きかねない。
「先生?」
どうにか立ち上がったおみつがまた、源三の顔をのぞきこんでくる。
「寺子屋に行く前に、少し寄るところがある。つきあってくれないか?」
◇◇◇◇◇
「女将、いるか?」
源三が、大通りを捜しているであろう京香や新吉に見つからぬよう気を配り、裏道を通って着いた先は、浅草寺の裏手にある小さな置屋、花かごだった。
「あら、源三様。お久しゅうございます。……そちらのお嬢さんは?」
「少しわけありでな。俺が預かることになったんだ。悪いが、着物を見つくろってくれないか?」
「かしこまりました。智香。このお嬢さんに着物をお願いね。それと着付けも」
「はい」
春香の声に顔を出したまだあどけない顔立ちの少女が、おみつを奥へと連れて行く。
廊下の脇にある部屋に入り、腰を落ち着けた源三は早速切り出した。
「春香。申し訳ないがこのことは、京香には内緒にしてもらえぬだろうか?」
「もちろんですとも。旦那様によろしく仰って下さいましね」
「近いうちに顔を出すよう伝えておくよ」
さすがに抜け目がないな。そう思った源三は苦笑いをしながらうなずいた。
白い肌に切れ長の目が印象的な春香は、源三らが紀州にいたときよりの、天膳の馴染みの芸者だった女性だ。
早くに妻を亡くし傷ついた父、天膳の心を知らぬ間に解きほぐし、かと言ってでしゃばらぬその姿に、源三も、兄の忠直も、気づいたときにはすっかり心を許してしまっていた。
十年前、天膳が花ぐるま結成の準備のために江戸へ出て来た際に供をし、京香をはじめとした少女たちを厳しくも温かく指導し、芸者として育て上げたのもこの春香だ。
「あのお嬢さん、新さんの妹さんでしょう? 目元にかすかな面影が」
源三にお茶を差し出しながら春香は言う。男装をしているおみつを一瞬で少女と見破り、自分ですら気づかなかった、兄との共通点を見出す。
「さすがだな」
その眼力の確かさに、源三も舌を巻くよりほかはない。
「さっき、随分慌てた様子の新さんが見えましてね。お父上に見つかる前に妹を紀州へ帰さなければ、みたいなことをつぶやいておられましたよ。もちろん独り言ですけれど」
「林殿に?」
伏し目がちに春香はうなずく。
「新さんはお父上のことがお嫌いなんですね」
そう言われてみれば、新吉からあまり軍太夫の話を聞いたことがなかった。
自分と同じように集ったほかの子から話をされれば二、三言言うだけで、自分から肉親の話をしたことはない。
かと言って、妹のおみつは軍太夫のことを嫌いなそぶりは見せていない。小さい頃別れたきりだから「父」と言われても実感がないだけのかもしれないが。
「先生」
おみつの声が、源三の思考をゆるやかに断ち切った。
声のした方を見ると、そこには薄い桃色の小袖に身を通し、髪の毛を島田に結い上げたおみつが少し照れたように肩をすくめて立っていた。
「あら、かわいらしいこと」
立ち上がった春香が、少し乱れている髷を直してやる。
「ほお」
「馬子にも衣装って言いたいんでしょう? わかってますよ」
源三が感嘆の声をあげたのと同時に、薄く紅をさした唇を少しすぼませたおみつが拗ねたような口調で言った。すると、春香と、支度をしてくれた智香から笑い声が漏れる。
「そうは思ってないよ。さ、行こう。子供たちが首を長くして待ってるだろうからな」
ちらっと思ったことをおみつに看破され、少し後味の悪い思いをひきずりながら、源三は立ち上がった。 |