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花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第五章 五日目−永い夜・其の三−


 柿渋色の装束に身を包んだ忍びたちが、じりじりと間合いを詰めてくる。

 父、軍太夫の息がいつになく荒いのが、新吉の背に伝わる。いいところ、二、三人を相手にするのが限界だろう。

 少なくとも五人、いや、それ以上は自分が相手にしなければならない。

 新吉は深く息を吸った。

 吐き切ると同時に、向かってきた一人の忍びの首筋を、短刀で裂く。

 続けて、軍太夫へ向かう忍びを追い、首の付け根に刃を突き立てた。

 声にならない叫びの後、男はその場でくず折れた。

 その死骸を飛び越えた新吉の横から、小柄な忍びが斬りかかってくる。

 切っ先が頬をかすめ、生暖かい滴がしたたり落ちるのを感じた。

 その男を斬ったのは、軍太夫だ。

「ずいぶんと息が上がってるじゃねぇか。無理すんなよ」

「お前に見くびられるほど、老けてはいない」

 そういう問題ではないだろうに。

 心の中で毒ついて、新吉は再度短刀を構え直す。

 しかし、奴らはこれ以上二人を襲うことなく、闇へと消えた。

 大きく息を吐いた新吉の隣で、軍太夫が木にもたれかかる。

「……ったく、仕方がねぇな」

 刀を胸元に納めた新吉は、軍太夫の手を引き、自身の背中に預ける。

「おい、何を」

「そんなんじゃ歩くのもやっとだろうが。良庵先生の所で手当を受けんだよ」

 見た目より重い軍太夫を背負った新吉も、足下がふらつく。

「……お前もたいした役に立たんな」

「うるせぇ。怪我人は黙ってろ」

 もう一度抱え直し、歩き始めた新吉に軍太夫は何も言わない。

 背中から伝わる軍太夫のぬくもりが、新吉の心に染み入ってくる。

 ぬくもりなど、とうに失くしたもの――自分には、父はいないものだと思っていたのに。

 なぜ、こんなにも、胸が熱くなるのか。

 その熱が、目頭へと移る。雫が頬にこぼれそうになるのをこらえながら、新吉は闇の中を歩いて行った。


   ◇◇◇◇◇


「……新吉!?」

 軍太夫を背負う新吉の姿が、目の前にいる康太には、とんでもない光景に映ったのだろう。目を丸くして駆けてくる。

「ちょいと深い傷が多いんでな、悪いが頼む」

 意識を失った父はこれまた、重い。康太とともに奥の部屋に移し、中央にある布団へと横たえる。

「一体、何があったんだよ?」

「風魔の忍びに追われていた。その時深手を負ったんだろう」

 状態を確かめながら問うてくる康太に答え、立ちあがる。

「おい、新吉」

 今度は答えず、入口に向かって歩を進めた新吉の前に、薄い灰色の着物を身にまとった忠直が姿を現す。

「忠直様」

「父が、そなたに話したいことがあるらしい」

「私に……ですか」

 驚く新吉に、忠直がうなずく。

「本来であればおみつにもいてもらいたいところなのだが、今、薬が効いて眠っている。軍太夫も……」

「はい。深い傷もありますし、早く手当をしないと」

 鋭い視線を向けた忠直に、後ろにいる康太が答えた。

 康太に任せておけば、軍太夫のことは安心だ。それよりも。

「しかし忠直様。私はこれからある人を捜しに行かなければ」

「小太郎のことならば、心配はいらん」

 忠直の後ろから、天膳の声が聞こえる。

「父上」

「その小太郎のことで、話があるのだ。あやつがなぜ、今、江戸へ出て来なければならなかったのかを」

 小太郎が、江戸へ出てきた理由――。

「それを、御存知なのですか?」

 問うた声が、震える。天膳は新吉の目を見、はっきりと首を縦に振る。

「おみっちゃんと林さんのことはまかせろ、新吉」

 康太が後ろから、強く、新吉の肩を叩いた。

 振り返ると、康太があきれたように小さく笑う。

「何て顔してんだよ。てめぇがしっかりしなきゃ、だれがおみっちゃん守るんだ」

「ひとこと余計なんだよ、おめぇは」

 こんな時でも変わらず憎まれ口を叩く康太に、なぜか笑みが漏れる。

 そういうところは小さいころと変わらない。でも、それが新吉を安心させた。

「新吉」

 忠直が、新吉を呼んだ。小さくうなずき、新吉は天膳らのあとをついていった――。







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