第五章 五日目−悪夢・其の三−
浪人が振り下ろしてきた刀をよけたおみつは、短刀を逆手で振り上げる。
悲鳴とともに、すぐに一人がくず折れた。
その手からこぼれ落ちた刀を拾い、再度身構える。
自分がひとりを斬る間に、康太と軍太夫は何人もの浪人を斬っていく。
しかし、三人に向かってくるその数は圧倒的に多く、なかなか建物までたどり着けない。
早く京香を救い出し、洗脳を解かなければ。
降りかかってくる火の粉を振り払うのが精一杯のおみつに、焦りが出てくる。
そんなおみつの神経を逆なでするように、一人の女が立ちはだかった。
「……母さん」
おみつはぐっと唇を噛みしめ、母、お小夜を凝視する。
「おみつ。あなた、何をしているのかわかってるの?」
まるで小さな子供をあやすように、お小夜が口を開く。
「わかってる」
「あなたのいるべき場所は、風魔なのよ。私のそばなの。なのに」
「いるべき場所は、私が決める。目的のために家族を犠牲にする忍びの世界にいる気はないわ」
母の言葉をさえぎり、おみつは言い切った。
お小夜の顔が、悲しげにゆがむ。
「そう……。ならば私は、あなたを斬らなければならないわ」
お小夜が胸元から短刀を取り出した。
同時に、おみつに斬りかかる。
持っている刀を水平にして、お小夜の刃を受け止める。
振り払うと、おみつは上段からお小夜に斬りかかった。
身をひるがえしたお小夜が、胸に手を入れた。
とっさに身を伏せると、頭上で何かが刺さる音がした。
顔を上げた次の瞬間、お小夜の刀がおみつの頬をかすめて、背後の木に刺さる。
(しまった!)
すぐそばに、お小夜の顔が見えた。
傍らにある刀を取ろうとしたおみつの手を、容赦なく踏みつける。
「……っ」
「父上に相当鍛えられているようだけれど、まだまだね」
つぶやくお小夜の顔は、さっきまでとはうって変わって、冷淡で、感情のないものになっている。
これが、忍びの怖さか――。
額から、冷たい汗が頬に落ちる。
「もう一度だけ訊くわ。こちらに戻る気は」
「戻る場所なんていらない!」
ひたひたと迫る恐怖感を振り払わんと、おみつは叫んだ。
「そう……」
おみつが手にしていた刀を、お小夜が無表情で拾おうとした。
そのお小夜の手をねじりあげて倒し、馬乗りになって刀を握った。
「私を……刺せるの?」
おみつは目を見開き、お小夜を見つめた。
「刺せば、あなたも私と同じになるのよ」
天下をひっくり返す――ただ、それだけのために、娘を、孫を裏切って来た母や祖父と。
公儀御庭番という自らの立場のためだけに、おみつを殺そうと動いてきた父と、同じ――。
鼓動が大きくなると同時に、みぞおちに痛みが走った。
力が抜け、前のめりになったおみつの首に、お小夜の手が食い込む。
息ができない。
意識がもうろうとする中、源三が、康太が、そして京香が、おみつの脳裏に浮かぶ。
(……違う)
自分がお小夜と対峙しているのは。
自分を信じ、助けてくれた人に恩返しするため――。
おみつは力を振り絞って、自らの拳をお小夜の身体に叩きつけた。
お小夜の手が、首から外れる。
そのままわきに転がり込んだおみつは、刀を手に取り、決着をつけようと振り上げる。
しかし、背後からつかんできた手が、それを許さない。
「……父さん」
「ここから先は、私に任せてもらおう」
軍太夫が、せき込み、ようやく立ち上がったお小夜と向き合う。
「もともとは、私が決着をつけねばならぬ相手だったのだ」
「でも!」
「お前の目的は、お小夜を斬ることではあるまい!」
おみつを見ずに、軍太夫が叫ぶ。
その視線の先には、空いた襖からの灯りが闇夜に浮かぶ「宴の部屋」がある。
「早く行け!」
お小夜の刃を受け止めた軍太夫が、再度叫ぶ。
父の言葉に背中を押されるようにして、おみつは、京香と源三のいる部屋へ向って走り出した。 |