花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜(82/87)PDFで表示縦書き表示RDF


花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第五章 五日目−悪夢・其の三−


 浪人が振り下ろしてきた刀をよけたおみつは、短刀を逆手で振り上げる。

 悲鳴とともに、すぐに一人がくず折れた。

 その手からこぼれ落ちた刀を拾い、再度身構える。

 自分がひとりを斬る間に、康太と軍太夫は何人もの浪人を斬っていく。

 しかし、三人に向かってくるその数は圧倒的に多く、なかなか建物までたどり着けない。

 早く京香を救い出し、洗脳を解かなければ。

 降りかかってくる火の粉を振り払うのが精一杯のおみつに、焦りが出てくる。

 そんなおみつの神経を逆なでするように、一人の女が立ちはだかった。

「……母さん」

 おみつはぐっと唇を噛みしめ、母、お小夜を凝視する。

「おみつ。あなた、何をしているのかわかってるの?」

 まるで小さな子供をあやすように、お小夜が口を開く。

「わかってる」

「あなたのいるべき場所は、風魔なのよ。私のそばなの。なのに」

「いるべき場所は、私が決める。目的のために家族を犠牲にする忍びの世界にいる気はないわ」

 母の言葉をさえぎり、おみつは言い切った。

 お小夜の顔が、悲しげにゆがむ。

「そう……。ならば私は、あなたを斬らなければならないわ」

 お小夜が胸元から短刀を取り出した。

 同時に、おみつに斬りかかる。

 持っている刀を水平にして、お小夜の刃を受け止める。

 振り払うと、おみつは上段からお小夜に斬りかかった。

 身をひるがえしたお小夜が、胸に手を入れた。

 とっさに身を伏せると、頭上で何かが刺さる音がした。

 顔を上げた次の瞬間、お小夜の刀がおみつの頬をかすめて、背後の木に刺さる。

(しまった!)

 すぐそばに、お小夜の顔が見えた。

 傍らにある刀を取ろうとしたおみつの手を、容赦なく踏みつける。

「……っ」

「父上に相当鍛えられているようだけれど、まだまだね」

 つぶやくお小夜の顔は、さっきまでとはうって変わって、冷淡で、感情のないものになっている。

 これが、忍びの怖さか――。

 額から、冷たい汗が頬に落ちる。

「もう一度だけ訊くわ。こちらに戻る気は」

「戻る場所なんていらない!」

 ひたひたと迫る恐怖感を振り払わんと、おみつは叫んだ。

「そう……」

 おみつが手にしていた刀を、お小夜が無表情で拾おうとした。

 そのお小夜の手をねじりあげて倒し、馬乗りになって刀を握った。

「私を……刺せるの?」

 おみつは目を見開き、お小夜を見つめた。

「刺せば、あなたも私と同じになるのよ」

 天下をひっくり返す――ただ、それだけのために、娘を、孫を裏切って来た母や祖父と。

 公儀御庭番という自らの立場のためだけに、おみつを殺そうと動いてきた父と、同じ――。

 鼓動が大きくなると同時に、みぞおちに痛みが走った。

 力が抜け、前のめりになったおみつの首に、お小夜の手が食い込む。

 息ができない。

 意識がもうろうとする中、源三が、康太が、そして京香が、おみつの脳裏に浮かぶ。

(……違う)

 自分がお小夜と対峙しているのは。

 自分を信じ、助けてくれた人に恩返しするため――。

 おみつは力を振り絞って、自らの(こぶし)をお小夜の身体に叩きつけた。

 お小夜の手が、首から外れる。

 そのままわきに転がり込んだおみつは、刀を手に取り、決着をつけようと振り上げる。

 しかし、背後からつかんできた手が、それを許さない。

「……父さん」

「ここから先は、私に任せてもらおう」

 軍太夫が、せき込み、ようやく立ち上がったお小夜と向き合う。

「もともとは、私が決着をつけねばならぬ相手だったのだ」

「でも!」

「お前の目的は、お小夜を斬ることではあるまい!」

 おみつを見ずに、軍太夫が叫ぶ。

 その視線の先には、空いた襖からの灯りが闇夜に浮かぶ「宴の部屋」がある。

「早く行け!」

 お小夜の刃を受け止めた軍太夫が、再度叫ぶ。

 父の言葉に背中を押されるようにして、おみつは、京香と源三のいる部屋へ向って走り出した。







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