第五章 五日目−発見−
源三らが気を失ったおみつを連れ帰ってから三刻ほど経ち、陽の光はすでに、火の見やぐらの頂上まで到達している。
「……新吉のやつ、一体どこほっつき歩いてんだよ」
遅い朝食を済ませ、町へ出ようと深い青の着流しを身にまとった源三に向かって、薄い灰色の小袖に着替えた康太が不満を口にする。
「仕方があるまい。今の新吉には、心の整理が必要なのだろう」
昨夕の、憎しみに満ちた新吉の目を思い出し、源三は目を閉じる。
あれほどまでに守ろうとしたおみつが、幕府の敵である風魔一族の末裔。
もし、自分が新吉の立場ならば、それを黙って受け入れられるかは、定かではない。
「でもよ、どこにいるのかもわからねぇのに、町に出るのは無謀だぜ。おとなしく待ってるほうが」
「いや、あいつは一度言い出したら聞かぬ男だ。何が何でも見つけ出し、話しをしないことにはな」
康太は依然納得のいかない表情をしているが、動きださなければ何も始まらない。そう決意し、ふすまを開ける。
すると目の前に、桃色の生地に白い花びらをあしらった小袖を着たおみつが立っていた。
「おみつ! 寝てなければだめではないか」
初めて会った時とはくらべものにならぬほど頬はこけ、顔色もあまりよくない。
「そうだよ、おみっちゃん。あんた、まだ熱が下がってないだろう」
源三の横からおみつの手を握った康太も、やや語気を強める。
「私も、兄さんを捜す。先生だけにまかせてじっとしていられないよ」
ふすまの脇をつかんでいる手に触れる。すると、お湯を沸かしたあとの鉄瓶のように熱い。
今すぐ倒れてもおかしくないのに、源三を見上げる目の輝きは、いつも以上に強い。
「しかし」
「寝てたら、母さんのこと考えちゃう。だから……」
うつむき、消え入るような声でつぶやくおみつの言葉に、思わず康太と顔を見合わせる。
やはり、おみつの心は風魔に大きく傾いているのだ。
母のもとへ逃げだしたいと思う心と、自分が行けば京香を助けられるという現状と。
自分でもそれをわかっているから、あえて行動を起こすことでそれから逃れようとしている――そう、源三は思った。
「わかった。康太、すまないがおみつのために薬を煎じてやってくれ」
「先生」
「おみつのことは、俺が責任を持つ。頼む」
「……ったく、兄妹そろって頑固者なんだから」
口調は乱暴でも、軽く笑みを浮かべて去っていく康太の背中を見るおみつの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
◇◇◇◇◇
康太の煎じた薬を飲み、半刻ほど休んでいたおみつとともに街へ出たときには、陽も傾き始めていた。
おみつの足取りは軽やかで、源三は少しだけ安堵する。
「……兄さん、どこにいるんだろうね」
前を見たまま、おみつが誰にともなしにつぶやく。
「さぁ。馴染みの女のところにでもいてくれたらいいんだがな」
「女? 兄さん、いい人でもいるの?」
「惚れた好いたの関係ではない。いわゆる、春を売る女ってやつだ」
「春を……売る?」
源三の言葉に立ち止まって訊ねてくるおみつだが、言葉の意味をはかりかねているようだ。
「要するに『一夜限りの関係』ということだ」
「一夜…限り。え!」
おみつの頬にかすかな赤みがさし、鳩が豆鉄砲をくらったような表情のまま固まる。
「やだ! 兄さんったら。いやらしいんだから!」
頬をますます赤く染め、ぷっとふくらませておみつがまた歩き出す。そして。
「まさか、先生はそんな人いないでしょうね?」
「いるわけないだろう。そんな……」
言いかけた源三の脳裏に、なぜか京香の笑顔が浮かぶ。さらに。
『先生は、京香のことが好きなんだな』
という、康太の言葉も。
顔中がいきなり熱くなった源三は、慌てて首を振った。
なぜ、こんな時に京香の顔が浮かんでくるのだ? 彼女と自分は、れっきとしたいとこ同士なのに。
「やっぱり先生もいるんでしょう? そういう人」
「何を言ってるんだ。ほら、行くぞ」
おみつの追及をかわすため、源三は彼女の背後に回って肩を押した。
「あ!」
おみつが突然立ち止まる。
「どうした? おみつ」
顔をのぞきこむと、やっと緩みかけたおみつの顔は、厳しいものへと戻っていた。
「あいつ……。紀州で、じいちゃんに話しかけてた侍だ」
「何!?」
源三も、おみつの視線の先を追う。
頬に大きなあざのある浪人風の男が、一瞬視線を泳がせたのち、ゆっくりと歩いて行く。
そして、後をつけている様子の小柄な男を見たおみつの身体が、小刻みに震え出す。
「……じいちゃん」
おみつの、すべてを絞り出すような声が、源三の耳をすり抜けた――。 |