第五章 五日目−過去・其の二 確信−
小太郎とお小夜が山奥にある小屋へ落ち着いて、もうすぐ三月になる。
『小太郎さん、だいぶ元気になったようだね』
近くの百姓、おたねが、野菜をかごにたくさん入れて持ってきた。
『いつもすみません』
お小夜が、恰幅のいいおたねからかごを受け取って頭を下げると、白菜やかぼちゃが、勢いよく床にこぼれ落ちる。
『ああ、お小夜さん何やってるんだい。相変わらずおっちょこちょいだねぇ』
『申し訳ない。おたねさん』
ここへ腰を据えてからというもの、すっかり落ち着きをなくしたお小夜に代わり、小太郎は頭を下げる。
『いいんだよ小太郎さん。周りのみんなも、あんたらが来てくれて喜んでるんだからさ』
おたねの言う意味がわからずに、小太郎は首をかしげる。
その直後、子供たちが勢いよく引き戸を開けて入ってきた。
『じいちゃん、あそぼう!』
『おじいちゃん、竹とんぼつくって〜』
収穫期の今、まだ農作業を手伝うには小さい子供たちが、小太郎のもとへ遊びに来ているのだ。
竹とんぼや駒などの遊び道具を作ってやったり、小太郎が鬼に扮してかけっこをすることも多々ある。
病が癒えたばかりの小太郎の身体には正直辛いのだが、逆に子供たちと遊ぶことで、以前の体調に戻るのが早まっているのを感じていた。
『小太郎さんが子供らの相手をしてくれているおかげで、あたしらの作業も早くて助かってるんだよ』
『じいちゃん、ずっとここにいるよね?』
おたねの言葉を受けて、息子の九太が小太郎に問いかけてくる。
小太郎は、言葉に窮した。
身体が完全に癒えたらここを離れ、お小夜を城中へ送るべく、隠密理に活動を開始せねばならないのだから。
ところが。
『当たり前じゃない。何言ってるのよ』
お小夜が、思いもしないことを口にした。一瞬、娘に視線を移した小太郎だが、驚きを隠して九太に頷いた。
『本当だね?』
九太の目が輝いた。
それを見た小太郎の心に、針でつつかれたような痛みが走る。
(何なのだ? この感情は)
最近、自分の心が見えなくなる時がある。
自分は今まで仲間とともに、「幕府をはじめとした徳川家への復讐」への一念で過ごし、娘を育ててきた。
だが、幕府の政策のせいで貧しくても、肩を寄せ合い、明るく生きているおたねたちを見ていると、自分らの生き方が間違っていたのか、という疑問にぶちあたることもある。
……何を、考えている?
小太郎は、湧き上がる考えを必死に否定した。
「よかった。じいちゃん達がいなくなったら、おいら寂しいもん」
……寂しい?
小太郎は、笑顔で答える九太を凝視した。
自分らは、土地から土地へ、誰にも群れることなく流れ行き、息を潜めて生きてきた。
それが当然であったし、寂しいなんて感情は、妻亡き後、いや、風魔が滅亡とされた時から、心の中からとうに追い出してきた物だったのに。
『おじいちゃん、どうしたの? 痛いの?』
お七が、心配そうな目でのぞき込んでくる。
『いやいや。何でもないんだよ。さぁ、今日は駒を作って遊ぼうか』
無理やり笑みを作り、小太郎は駒作りに必要な道具を取り出した。
すると。
『あれ! 軍太さんじゃないかい?』
ただでさえ響くおたねの声が、一層大きくなった。
行商人の姿をした軍太、こと軍太夫が一礼をする。
同時に、お小夜の頬がほんのりと染まった。
『あんたも熱心だね。ここに行商に来たって、買う銭なんか持ってる奴はいないのに』
『何言ってるんだよ母ちゃん。軍太さんは、お小夜姉ちゃんに会いに来てるんじゃないか』
『こら! 何ませたこと言ってるんだよ。子供は黙っとれ』
おたねのひっくり返った声に、子供達の笑い声が小屋中に響き渡る。
しかし、九太の言葉に反応し、頬をさらに赤くしたお小夜と、頬がかすかに緩んでいる軍太夫を見た小太郎は、自分の嫌な予感が当たってしまったことを確信した。 |