花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜(66/87)PDFで表示縦書き表示RDF


花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第五章 五日目−過去・其の二 確信−


 小太郎とお小夜が山奥にある小屋へ落ち着いて、もうすぐ三月になる。

『小太郎さん、だいぶ元気になったようだね』

 近くの百姓、おたねが、野菜をかごにたくさん入れて持ってきた。

『いつもすみません』

 お小夜が、恰幅のいいおたねからかごを受け取って頭を下げると、白菜やかぼちゃが、勢いよく床にこぼれ落ちる。

『ああ、お小夜さん何やってるんだい。相変わらずおっちょこちょいだねぇ』

『申し訳ない。おたねさん』

 ここへ腰を据えてからというもの、すっかり落ち着きをなくしたお小夜に代わり、小太郎は頭を下げる。

『いいんだよ小太郎さん。周りのみんなも、あんたらが来てくれて喜んでるんだからさ』

 おたねの言う意味がわからずに、小太郎は首をかしげる。

 その直後、子供たちが勢いよく引き戸を開けて入ってきた。

『じいちゃん、あそぼう!』

『おじいちゃん、竹とんぼつくって〜』

 収穫期の今、まだ農作業を手伝うには小さい子供たちが、小太郎のもとへ遊びに来ているのだ。

 竹とんぼや駒などの遊び道具を作ってやったり、小太郎が鬼に扮してかけっこをすることも多々ある。

 病が癒えたばかりの小太郎の身体には正直辛いのだが、逆に子供たちと遊ぶことで、以前の体調に戻るのが早まっているのを感じていた。

『小太郎さんが子供らの相手をしてくれているおかげで、あたしらの作業も早くて助かってるんだよ』

『じいちゃん、ずっとここにいるよね?』

 おたねの言葉を受けて、息子の九太(きゅうた)が小太郎に問いかけてくる。

 小太郎は、言葉に窮した。

 身体が完全に癒えたらここを離れ、お小夜を城中へ送るべく、隠密理に活動を開始せねばならないのだから。

 ところが。

『当たり前じゃない。何言ってるのよ』

 お小夜が、思いもしないことを口にした。一瞬、娘に視線を移した小太郎だが、驚きを隠して九太に頷いた。

『本当だね?』

 九太の目が輝いた。

 それを見た小太郎の心に、針でつつかれたような痛みが走る。

(何なのだ? この感情は)

 最近、自分の心が見えなくなる時がある。

 自分は今まで仲間とともに、「幕府をはじめとした徳川家への復讐」への一念で過ごし、娘を育ててきた。

 だが、幕府の政策のせいで貧しくても、肩を寄せ合い、明るく生きているおたねたちを見ていると、自分らの生き方が間違っていたのか、という疑問にぶちあたることもある。

 ……何を、考えている?

 小太郎は、湧き上がる考えを必死に否定した。

「よかった。じいちゃん達がいなくなったら、おいら寂しいもん」

 ……寂しい?

 小太郎は、笑顔で答える九太を凝視した。

 自分らは、土地から土地へ、誰にも群れることなく流れ行き、息を潜めて生きてきた。

 それが当然であったし、寂しいなんて感情は、妻亡き後、いや、風魔が滅亡とされた時から、心の中からとうに追い出してきた物だったのに。

『おじいちゃん、どうしたの? 痛いの?』

 お七が、心配そうな目でのぞき込んでくる。

『いやいや。何でもないんだよ。さぁ、今日は駒を作って遊ぼうか』

 無理やり笑みを作り、小太郎は駒作りに必要な道具を取り出した。

 すると。

『あれ! 軍太(ぐんた)さんじゃないかい?』

 ただでさえ響くおたねの声が、一層大きくなった。

 行商人の姿をした軍太、こと軍太夫が一礼をする。

 同時に、お小夜の頬がほんのりと染まった。

『あんたも熱心だね。ここに行商に来たって、買う銭なんか持ってる奴はいないのに』

『何言ってるんだよ母ちゃん。軍太さんは、お小夜姉ちゃんに会いに来てるんじゃないか』

『こら! 何ませたこと言ってるんだよ。子供は黙っとれ』

 おたねのひっくり返った声に、子供達の笑い声が小屋中に響き渡る。

 しかし、九太の言葉に反応し、頬をさらに赤くしたお小夜と、頬がかすかに緩んでいる軍太夫を見た小太郎は、自分の嫌な予感が当たってしまったことを確信した。 


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次回67話の更新は、10月22日の予定です。






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