花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜(55/87)PDFで表示縦書き表示RDF


花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第五章 五日目−鈴の音−


 辺りに、深くて広い闇が広がっている。

 冷たい空気が刃物のように、全身の皮膚を刺している。

 どこへ向かって、私は歩いているのだろう。

 泣きじゃくる、小さな少女。

『……おねえちゃん、たすけて』

 振り向いた童女(わらわめ)の顔を見て驚愕する。

『……葵』

 名前をつぶやくと、脳裏に焼きついている童女の残像が消えた。

 そして。

 ――ちりん、ちりん。

 頭の中に、涼やかな鈴の音が鳴り響く。

『さ、着いたわよ』

 一定の間隔で鳴る鈴の音の間を縫うように、やわらかな声が、耳の奥を優しく刺激する。

『あなたの、そして、私の人生を狂わせた連中に復讐する時がやってきたのよ』

 ……ああ、そうか。

 幼い時分に両親と引き裂かれ、辛い日々を送らねばならなくなったのも、まだ小さかった葵を喪
わなければならなかったのも、すべてあいつらのせいなんだ。

『そう……。失われた時間を取り戻し、新しい、幸せな時を刻むために、あなたは闘うの。私と共にね』

 こくん、と頷いた自分の手が、温かいものに包まれた。導かれるまま立ち上がると、視界が大きく揺れる。

 支えてくれた声の主に寄りかかると、甘い香りが、鼻を通って身体のすみずみにひろがっていく。

『……これからしばらくは、私のことは忘れなさい』

 支え、抱き止めてくれているはずの、声の主の言葉に、思わず身をこわばらせる。

『大丈夫です。私を思い出してほしいときは、またこの鈴を鳴らします。その時こそ……!』

 ちりん、ちりん。……ちりりん。

 頭の中に響いていた鈴の音が聞こえなくなった時、すべての思考が閉ざされて、身体の力がゆっ
くりと抜けて行った…………。


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)

次の更新は、6/1の予定です。






ネット小説ランキング>歴史部門>「花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう