第四章 四日目−衝突−
さっきまであかね色だった空が闇に覆われていく街の中を、新吉は脇目もふらずに駆け抜ける。
笹やぶの中で対峙したあの忍び……。
あの身のこなしから言って、正体は、新吉が一番良く知っている人物だ。十中八九、間違いはないだろう。
なぜだ?
どうして、敵として姿を見せた?
答えの出ない問いを、新吉は心の中で何度も繰り返す。
そしてその問いかけは次第に、言いようのない怒りへと変わっていく。
こんなことになってしまったのは、誰のせいだ?
誰がいたせいで、仲間を一人失うことになってしまったのだ? と。
今朝までは、絶対に守らなければならない相手だったのに、今となっては、二度と許すことので
きない相手へと変貌しつつある。
一度ついてしまった憎悪の導火線は、もう、新吉の理性で消すことはできなかった。
勢いよく襖を開けた新吉を、源三が見上げてきた。
「おみつは?」
「おみつは、父上とともに例の遺体を番屋に預けに行っているが……どうかしたのか?」
疲れた様子の源三が、訝しげな表情で訊ねてきた。その手には、おみつがお小夜の家で見つけた
という京香の小袖が握られている。まるで、京香自身を抱きしめているように、強く。
「お小夜さんは……」
やりきれない思いをぐっとこらえて、新吉はつぶやく。
「…………ああ。それに、京香は今、風魔の手に落ちている」
意味を察したらしい源三の言葉が、新吉の心にくすぶっていた疑問を確信に変えた。
「どうしたというのだ?」
怒りのまま、畳に拳を叩きつけた新吉に、源三が問うてくる。
「俺はさっき、この事件に関わっている浪人を追った際、一人の忍びに襲われた」
「何?」
「その忍びは……並の奴ならかわせない、俺の裏の手まで読み取って反撃してきた」
言葉を切って、源三を見据える。不規則に揺れるろうそく越しに新吉を見る彼の表情が、今まで
にないほどこわばった。
「先生以外に、そんなことができるのは一人しかいねぇ。そうだろう?」
源三に再度問う声が、震えた。
小袖を握る源三の手が激しく震えるのを、新吉は目の端で捉えた。
幼いころから、ずっと、苦楽を共にしてきた新吉、源三。そして……京香。
そんな三人の絆を壊したのは、守らなければならなかった妹、おみつだ。
許せない――その思いのままに、新吉は立ち上がる。
「どこへ行く? 新吉」
「決まってんだろ。姐さんが……俺たちがこうなっちまったのは、誰のせいだと思ってるんだ!?」
「待て! おみつを責めて何になる? 今、一番傷ついているのはおみつなんだぞ!」
源三の鋭い声が、新吉を制する。それが、新吉の中にくすぶる憎悪の導火線に火をつけた。
「よくそんなことが言えるな。あんたは、一番近くにいた姐さんを奪ったおみつが、憎いと思った
ことはないのかよ!」
新吉を見上げる源三の目の色が変わるのが、薄闇の中でもはっきりとわかった。
「とにかく、あんたがどう思おうと、俺はあいつが許せねぇ。きっちりかたをつけさせてもらう」
「新吉!」
出て行こうとした新吉の手が強くひかれ、頬に熱い痛みが襲ってきた。その衝撃で、新吉の身体
が逆方向へふっ飛ばされる。
「それをおみつに言ってどうなる!? お前はそれですむかも知れんが、自分の母親が、助けてくれ
たを京香を暗示にかけたと知った、おみつの気持ちはどうなるのだ?」
襟元をつかむ源三の手を振りほどき、新吉も彼に拳を見舞う。
「甘いんだよ!! このままだと、いつか俺たちのどちらかが姐さんを斬らなきゃならなくなるかも
しれないんだぞ! それでもいいのか? ……あんたに、姐さんが斬れるのか!?」
新吉は感情のまま叫んだ。すると、頬を赤く腫らした源三の目が大きく見開かれ、新吉へのいま
しめが解かれた。
その直後、廊下で小さな物音がする。
「誰だ!?」
すぐ近くにいた新吉が、半分ほど閉じていた襖を開け放つ。
するとそこには、源三以上に顔をこわばらせたおみつが、身体を震わせて新吉を見つめていた――。 |