第四章 四日目−心の闇−
連れ立って歩く平沼とお小夜は大川橋を渡り、地蔵のある小路を抜けて、新吉が今朝、彼を見失
った笹やぶへと入っていく。
今朝のように襲撃されてもいいように、新吉は胸元から短剣を取り出し、辺りに気を配りながら
歩を進めていく。
笹やぶの奥にある絵馬堂は古くから使われていないのか、壁のあちこちに穴があき、これ以上強
い風が吹こうものなら、屋根ごと飛んでいきそうな様相を呈している。
周りを見回し、うなずきあった平沼とお小夜が、建物の中へ姿を消した。
その後を追う新吉の周りで、鴉が異様な鳴き声をあげた。
落ち葉を踏みしめる音が、少しずつ自身のいるほうへ近づく。
足音が止まった。
新吉は即座に目の前の大きな笹の木に身を隠す。
すると、新吉のいた場所へ手裏剣が二本、乾いた音をたてて突き刺さった。
新吉はすぐ隣の木の蔭へ移動し、その間を縫うように歩を進めながら刃を抜く。
すると右前方から、全身を黒の忍者装束に身を包み、目から下を覆面で覆った忍びが、新吉に襲
いかかってくる。
逆手に持った短刀で相手の刀をなぎ払う。
辺りを見回すと、ほかに誰もいる気配はない。
随分となめられたもんだな――。新吉は小さく鼻で笑い、目の前の忍びに向かって短刀を振りおろす。
しかし、その太刀筋は簡単に払われ、そのまま長刀が振りおろされる。
「ちっ!」
隙だらけだった体の前面を守るためにかざした手から、血がひとすじ流れ落ちた。
こいつ、ただ者じゃねぇ――弾む息を整え、逆手に持っていた短剣を持ち直す。
暗がりでよくはわからないが、新吉の目の前に、見覚えのある形が影をなしている。
その構えを見据えた新吉は、自分の鼓動が不自然に速くなるのを感じた。
見覚えのある、なんてものではない。これは、示現流の『煎』の構えだ。
この構えをよどみなくする人間は、限られている。
動揺とともに息をぐっと飲み込み、新吉は先に仕掛けた。
しかし、あっけなく斜めに上げた切っ先は払われる。
払った隙をつき、握りしめた拳を突き立てるが、すんでの所でかわされる。
(この動きは……)
新吉の動きを的確に読むどころか、並みの忍びならばよけることのできない、裏の手までも察す
ることができるのは……。
嫌な予感が、小石を投げた時の水面のように、新吉の胸に広がる。
正体を確かめるべく、新吉は相手の後ろに回り込み、腕をねじ上げ、覆面に手をかけた。
しかし、その手を邪魔するかのように、何かが飛んでくる。
新吉はとっさに忍びを突き飛ばし、自分は笹の陰に身を潜めた。
途端に、小さな爆発音が鳴り、辺りが白い煙に包まれる。
「待て……っ!」
遠ざかる二つの足音を追おうとしたが、煙を吸い込んで咳き込むばかりで、足が前に進まない。
煙幕が空気に溶けて無くなる頃、新吉の目の前には、笹の葉が風になびく姿があるだけだった。 |