第四章 四日目−救いの手−
木枯らしが、道場に帰り着いた源三らの身体をなめるように吹き抜けていく。玄関には、さっき
よりも低くなった太陽の光が差し込んでいる。
「さ、おみつ」
草履を脱いだものの、足の止まったおみつを促し、源三は康太とともに小太郎の眠る部屋のふす
まの脇を叩く。
「父上。おみつを連れて参りました」
ふすまを開け、窓を背に座っている天膳に声をかける。その姿を見たおみつが突然、
「おじいちゃん」
と父に声をかけた。
「おお、あの時のお嬢さんではないか。そなたが、おみつか」
「おじいちゃんが、先生の?」
源三と天膳を交互に見つめるおみつに、軍太夫が厳しい声で口をはさむ。
「これ、おみつ。口を慎め。この方は」
「よいよい、軍太夫。わしはすでに隠居の身。それにおみつにとってみれば、もう『爺』だからな」
高らかに笑いながら、天膳が軍太夫を諭す。
一体、天膳は何のためにおみつに会いに来たのか? 源三は、父に対する警戒心があることを肌で感じた。
「私に、何の御用ですか?」
「そなたと少し話がしたいのじゃ」
天膳が、改まった口調で訊ねるおみつに答え、目で合図する。
向かい合わせで座った二人の間に、源三は腰を下ろした。康太はおみつの後ろに座る。
「そなたの出自は、軍太夫からだいたい聞いておる」
表情を引き締めた天膳が、口火を切る。すると。
「……おじいちゃんも、私を殺しに来たんですか?」
顔をこわばらせたおみつが、静かに問い返した。
「なぜ、そう思う?」
「父さんが、私を殺そうと動いていたから」
一瞬だけ軍太夫を見つめ、おみつはすぐに天膳に視線を戻す。
「そなたは軍太夫に、まだやらなきゃいけないことがある、と言って出て行ったそうだな。それは
一体何じゃ?」
「……そこで眠っている、じいちゃんの仇を取りたいんです」
「ほう」
天膳の相槌を受けて、おみつは死んだ祖父と紀州へ帰りたかった思いを語りだす。
それは、源三が今朝考えていたのと、ほぼ同じ願いだった。
身体の中に流れる風魔の血なんか関係ない。自分はただ、小太郎とともに今までどおり暮らして
いければ、それでよかったのだ、と。
「もし、小太郎殿を殺害した人物が公儀の者であったとしても、その思いは変わらぬか?」
おみつの言葉が切れたのを見計らい、天膳が彼女に問うた。
顔には笑みを浮かべているが、目の奥には何を考えているかわからない輝きを秘めている。
一瞬、天膳についてきた忠直と目が合った。たぶん、兄も同じ感想を持っているのだろう。
しかし、おみつはそれに構わずに言い切った。
「変わりません。たとえ、じいちゃんを殺したのが父さんだったとしても、仇を取ります」
忠直の側に控えていた軍太夫が再び短刀に手をかけ、膝を立てた。しかし天膳がそれを制した。
「それは、お上への反逆罪じゃ。そなたが公儀のものに手をかけたとなれば、軍太夫のみならず、
わしのもとで隠密として庶民のために働いている源三や、新吉をも裏切る行為になりかねん。それ
でも、仇を取るというのか?」
天膳を見つめるおみつの目に、動揺の色が浮かんだ。
「それは、お姐さんを、京香さんを裏切ることにもなるんですか?」
身を乗り出すように訊ねるおみつに、天膳ははっきりとうなずく。今まで目をそらさずに父を見
ていた彼女が、初めて目を伏せた。
そんなおみつを見つめる天膳の表情は柔らかいまま、変わらない。しかし、それと対照的に、軍
太夫のやや後ろに座っている新吉の顔は、源三自身が見たことのないほど、こわばっている。
「それは……できません」
しばしの沈黙のあと、おみつが再度天膳を見て言い切った。うなずいた天膳の顔に、笑みが浮かぶ。
「軍太夫。この娘、わしが預かろう。すぐに手の者を城へ帰すのじゃ」
「父上!」「清水様!」
天膳の宣言に、側に控えていた忠直と、軍太夫の声が重なる。突然のことに源三も思わず、新吉
や康太と顔を見合わせた。 |