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花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第四章 四日目−怒りの渦−


 線香の煙がただよう室内を、重苦しい雰囲気が包む。

 父も兄も、源三や康太ですら口を開かない。

 父や祖父に置いていかれた悲しみ、母が生きていた驚き。そして、風魔の血を引いているがゆえ
に、自分を含めた家族が、不遇のときを過ごした怒り……。

 様々な感情が渦巻く中、今一番知りたいことを、やっとの思いでおみつが口にする。

「……母さんは、どこにいるの?」

「江戸にいることまでは突き止めたのだが、そこから先の行方がわからぬ。しかし、同胞が殺され
ていた状況から、風魔と行動を共にしていると見るのが妥当だ」

「もし、母さんを見つけたらどうするの? まさか、殺しはしないよね?」

 おみつはすがるように、軍太夫を見上げた。ほんのかすかに、父の表情がゆがむ。

「……上様への反逆の志が見えるようならば、やむを得んだろう」

「どうして? 母さんを、愛してるんじゃないの!?」

「私たちは、上様に仕えるために生きている忍び。愛や恋、家族のために、すべてを投げ打つ訳には」

「忍びである前に、人間だよ! いくら上様を守るためだからって、そんなの……」

 父の手を離し、おみつは叫んだ。また、言葉にならない思いが涙となり、頬を濡らしていく。

「母に、会いたいか」

 軍太夫の低い声に、おみつは戸惑う。

 物心ついてからずっと『死んだ』と聞かされていた母。今さら何を話せばいいか、どう接したら
いいかが、わからない。

 でも……、会えるなら一目だけでもいいから、会いたい。

 母に、小太郎のおかげで大きくなったことを、伝えたい。

 躊躇(ちゅうちょ)しながらもおみつは、軍太夫の顔を見て頷いた。

「……ならば私は、ここでおまえを斬らねばならん」

「林さん!」

 軍太夫の言葉にいち早く反応したのは、入り口近くにいた康太だった。

 その声でようやく、おみつも言われた意味を理解する。

「いや。本当はもっと早く……おまえの母が風魔であることを知った段階で、決着をつけておかね
ばならなかったのかもしれん」

 軍太夫が、胸元から短剣を取り出す。

 その手に光る刃を見つめたおみつの心を、やるせない気持ちが埋め尽くす。

 自分はただ、これからも祖父とともに穏やかに暮らして行きたくて、江戸へやって来ただけだ。

 だいたい、おみつ自身に、徳川家に対する遺恨などは全くない。なのに、身体に流れる血の半分
が風魔だと言うだけで、実の父に命を狙われ、幾度もなく危険にさらされた。

 そして、そんな自分を助けるために川へ飛び込んだ京香は今、命の安否すらつかめなくなっている。

 自分は、いらない人間なのか? 生きていては、迷惑をかけるだけなのだろうか?

『何言ってんの。新さんの妹なら、私や先生にとっても妹同然よ。迷惑だなんて思ってない』

 父の配下に命を狙われる直前に言ってくれた彼女の言葉が、自分の存在を否定しかけたおみつの
脳裏によみがえった。

 その瞬間、心の中で何かがはじけた。ある決意を胸に、おみつは立ち上がる。

「父さん。私、ここで討たれるわけにはいかないよ」

「何?」

 軍太夫の険しい表情が、おみつを捉える。

「私、この江戸でやらなきゃならないことがあるの。それが終わるまでは、死ねない」

「今、表に出れば、私の配下がお前を亡き者にせんと動き出すぞ!」

 身を(ひるがえ)して部屋を出ようとしたおみつの背中に、軍太夫が投げかける。

 容赦ない父の言葉に、一瞬立ち止まる。しかし、心に溜まった怒りと悔しさは冷えなかった。

「やれるものなら、やってみたら!?」

 今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすように言い返すと、おみつはそのまま部屋を飛び出した。







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