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花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第四章 四日目−出生の秘密 其の一−


「……何しに来た」

 後ろで、新吉の声がする。思いもかけない、そして一番会いたくない来訪者だったのか、普段よ
り格段に声が低い。

「おみつを殺しに来たのか」

「お、おい。新吉」

「答えろよ!」

 狼狽した様子の康太が口を挟んだが、新吉の言葉は止まりそうにない。

「新吉。よせ」

「先生は黙っててくれ。これは、俺と親父の問題だ」

 大きな足音を立て、新吉は小太郎の傍らに座る軍太夫の前へ立つ。

「てめぇ可愛さに、血を分けた娘を小太郎さんの前で殺すってのか!」

「やめろ! 隣でおみつが寝てるんだ。目を覚ましたらどうするつもりだ」

 軍太夫に詰め寄る新吉を、源三が座ったまま制す。

 目を見開いた新吉が、こちらを振り返った。

「お前が一番知られたくないことであろう? 少し落ち着け」

 昂ぶる感情を押し殺すように、新吉が拳を握り締める。大きく息を吐き、源三のななめ前に腰を
下ろした。新吉の目の前の軍太夫はきつく目を閉じ、何かを考え込んでいる。

 張ったばかりの弓の弦のような沈黙が、部屋を包み込む。

「……俺は、ここにいちゃまずいようだな」

 その空気に耐えかねたのか、康太が口を開く。

「おみっちゃんの部屋にいるよ。目覚ましたら知らせに来るから」

「よし、私も失礼しよう」

「兄上」

「こちらも、隠密裏(おんみつり)に京香を捜す。最悪の場合は……わかっておろうな?」

 忠直の言葉が、源三の心を刺した。心の動揺を悟られぬよう、目を伏せる。

 源三ら隠密が探索中に命を落とした際は、誰に縁もゆかりもないものとして、密かに葬り去られ
る宿命を持つ。万が一京香が生きて戻らぬときは、自分と新吉ですら彼女がどこへ眠るかを、生涯
知らずにいなければならないのだ。

「では。御免」

 忠直に次いで康太も頭を下げ、部屋を出て行った。先ほどとは違う静かな足音が、ここまで聞こえてくる。

「新吉」

 二人が出て行ったのを確認し、軍太夫が口を開いた。新吉の肩が小さく震える。

「お前にも話さねばならぬときが来たようだな」

「……何をだ」

「おみつの母親のことだ」

「おみつの、母親?」

 新吉が軍太夫に向き直った。

「そうだ。おみつの母親はまだ生きている」

「何だって? 生きてる?」

 新吉の顔がこわばったまま動かなくなった。源三も、初めて知る事実に驚きを隠せない。

「そうだ。私が母親からおみつを引き離し、手元に置いたのは……」

 軍太夫が言葉を切った。口元をゆがめて再び目を閉じ、次の言葉を思案しているようだ。

 源三から真実を言うのは簡単だ。しかし、これは彼ら親子の問題で、自分が口を出すことではない。

 軍太夫が、大きく息を吐き出した。そして、新吉の目をまっすぐに見つめる。

「おみつの母親が、風魔の末裔だとわかったからだ。ここに眠る彼女の父、小太郎殿も同様」

「……風魔の、末裔」

 事実を知った新吉が、所在なさげにつぶやいた。宙を泳ぐ彼の目が、心の動揺の大きさをうかがわせる。

「当時私は、探索中に殺された新吉らの母を想い、哀しみのどん底にいた」

 淡々と事実を告げようとする軍太夫の表情が、心なしかゆがんでいる。源三は、京香を喪うかも
しれない今の自分の状況と、軍太夫の過去が重なる錯覚をなぜか覚えた。

「そんなとき、私は一人の女に出会った。国を追われて移住せざるを得なくなったが、父が病でこ
れ以上動けないという。だから私は、その親子に小さな住居を与え、住まわせた。……それが、あ
やまちの始まりだったのだ」

 軍太夫は、自らの過去を掘り起こすかのように、三度(みたび)目を閉じる。

 ななめ前で黙ったままの新吉を思いながらも、源三は、軍太夫の次の句を待つことしかできなかった。 







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