第三章 三日目ー真実ー
「それでは、お気をつけて」
声をかけてきた中間に無言で頭を下げ、源三は清水家の門の脇から外へと出た。
昇ったばかりの月明かりの中、自分の足音しか聞こえない武家屋敷街で、今しがた兄の忠直から
聞いた、思いがけない事実を反芻していた。
『菊池殿が、風魔の子孫だった?』
『左様』
目の前の忠直が、渋い表情でうなずいた。
おみつのことを伏せて、小太郎が遺体となって発見されたことを報告するのに骨を折ったが、と
りあえず、新吉の昔の記憶を頼りに身元を判別したと信じてくれているようだ。
しかし、小太郎がの風魔の子孫だった、とは意外な事実だった。
戦国時代に北条氏に仕えていた彼らは、神君家康公により江戸幕府が出来た頃、武家、商家を問
わず押し入り、悪徳の限りを尽くした挙句、幕府によって滅ぼされたと聞いている。
『小太郎殿は確か、孫を育てるために公儀筆頭御庭番の要請を辞し、隠居したと聞き及んでおりま
したが』
源三の問いに答えず、忠直は口を真一文字に結んだ。目を閉じ、じっと何かを考え込んでいる。
『兄上』
『……それは建前だ』
源三の促しに観念したのか、目を開き、忠直が口を開いた。
『孫を育てる、というのが隠居の名目だが、小太郎殿は、全国各地に散らばっている風魔の末裔達
の頭領に育てた子を据え、幕府打倒を目論んでいたとの情報もある』
『な……』
源三は慌てて言葉を飲み込んだ。おみつが我々と同じくらいの実力を持つまでになった陰に、そ
んな陰謀が隠されていたというのか。
『今回の事件も、その布石と上様は見ておられる。だからこそ、我々に「依頼」が出されたのだ。
父上も、それを確信しておられる』
『その根拠は?』
『先日、父上が京香らと犯人捜しをしたときのことを聞いておろう』
厳しい表情を崩さずに続ける忠直に、源三はうなずく。
『父上の駕籠を襲った男がたびたび、紀州の菊池殿のもとへ行っていたことがわかったのだ。身元
はまだ知れぬが、おってわかるであろう』
そこまで忠直は知っていたのか。しかし。
『兄上はそれを、誰より聞いたのですか?』
『それは……言えぬ』
『兄上』
言いかけた源三も口をつぐんだ。おみつの存在を兄に知られたら、公儀御庭番衆を揺るがす事態
にもなりかねないと判断したのだ。
『何か、言いたいことでもあるのか』
『いえ』
忠直は源三を探るように見つめていたが、やがて。
『この先は風魔一族と堀田様の関係を探り、大店を襲った理由と、その確たる証拠を掴むことに、
全力を挙げてくれ』
忠直の言葉に、源三は無言で頭を下げた。
おみつは、軍太夫と風魔の末裔の血を引いた娘だった。
そして風魔は、おみつを頭領に抱き、幕府打倒を目論んでいる。
だからこそ軍太夫はおみつを紀州に置き、新吉らを連れて江戸へ来たのだろう。
おみつに話を聞いて以来解せなかった疑問が解けていくのを感じる反面、源三は、何も知らずに
激流に飲み込まれた彼女を、そして必死に妹を守ろうとした新吉を哀れに思った。
そんな二人に対して自分は、そして京香は何をすればいい?
おみつをこのまま江戸にとどめておくと、生命が危険にさらされるのは目に見えている。
しかし……。
武家屋敷街から庄屋街に入る路地の真ん中で立ち止まり、逡巡する源三の耳に、突如大きな音が
飛び込んできた。
まるで、川に人が飛びこんだような重い水音に、源三は思わず駆け出した。すると、黒の忍び装
束を身にまとった男達が、こちらへ向かって走ってくるのが見える。
「待て! その方ら、この先で何をした」
源三の言葉に、前を走る二人が刀を抜いた。腰に差していた長刀を抜き、応戦する彼の脇を、残
りの忍び達が駆けていく。
一人を斬り、刀を返して残った男の肩を打ち据えた。
「おい!」
倒れた男を起こして訊ねようとしたが、いきなり舌を噛み切り、息絶えた。
舌打ちをして、川の方へと駆けだした源三の前方で、ずぶ濡れになった何者かが、岸にはい上が
ってくるのが、月の下に見えた――。 |