花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜(27/87)PDFで表示縦書き表示RDF


花ぐるま事件帳〜恩讐の彼方〜
作:笠原綾乃



第三章 三日目−記憶−


 京香を囲う男達が、じりじりと間合いを詰めてくる。

 一斉に襲いかかって来るか、それとも別々か。

 京香は構えたまま、身じろぎもせずに奴らの動向をうかがう。するとしびれを切らしたのか、
向かって右側にいた小柄な男が、踏み込んできた。

 連携が乱れた空気を感じ取った京香は、かかってきた男に一太刀くれるとすぐに刃を切り返し、
真正面の男の頭に向かって振り下ろした。

 叫び声をあげることもなく、男がくず折れる。

 それを横目で確認すると、京香は左の男に気を配りながら、おみつのそばへと駆け寄った。

 体勢を崩したおみつに振り下ろされた刃をはねのけ、彼女をかばって立つ。

 見渡すと、京香に差し向けられた人数よりも、おみつに対峙する数のほうが、圧倒的に多い。

 しかも、男らの太刀筋はすべて、京香には見覚えのあるもの、もしくは手合わせした経験のある
ものばかりだ。と、いうことは。

(公儀御庭番の手のもの、か)

 新吉に聞いていた日数よりも早く、彼らは動いている。――おみつの存在を消すために。

 京香は唇をかみ締めた。新吉の父、軍太夫に対する怒りが、心の中に渦巻く。

 後ろで立ち上がったおみつの息は、すでに上がっている。やはり実戦経験のない彼女には、荷が
重かったか。
 
 多勢に無勢。

 新吉や源三がいれば、こんな奴らはあっさりと退けられるのに。

 一瞬湧き上がった感情が、京香の記憶を再びよみがえらせる。

『自分ひとりなら』

 あの夜、何度思ったか知れない。葵さえいなければ、自分が思うように動けるのに、と。

 そして、今も。

 おみつさえいなければ、源三や新吉がそばにいてくれたなら、こいつらの始末などわけないのに。

 京香は心の中で、半ば自嘲的に笑った。

 葵を喪ったあの夜と、何も、変わっていないではないか。

 どんなに腕を上げても、どれほどの事件と向き合っても、闇夜で震え、泣いていたあの時の自分
から逃げていては、強くなどなれるはずがない。

 逃げてちゃいけない。今、おみつを守れるのは自分しかいないのだから。

 そう思った京香は呼吸を整え、刀を構えなおした。

 大柄な一人の男が、再度間に割って入ろうとしたのを受け止めようとするが、力の差か、持って
いた刀がはじき飛ばされた。

 その隙を狙い、先ほど左手にいた男の小太刀が、京香の腕を切り裂く。

 京香は顔をゆがめ、傷口に手を添えた。脈を打つような痛みとともに、温かい液体が指の間を流
れ落ちるのがわかる。

「お姐さん!」

 体勢が崩れた京香を、おみつが支える。

 どうすればいい?

 見たところ、残りは四、五人。手負いの自分と不慣れなおみつでは、この先は読めている。

『相手の力量を察知し、自らを引く。それも「強さ」だ。決して逃げなんかではない』

 昨日、源三から贈られた言葉が、京香の脳裏に浮かんだ。

 視線を移したその先に、月に照らされ、ゆらゆらと輝く水面がある。

 この時期、川に飛び込むのはある意味自殺行為だが、このまま男達の手にかかって死ぬよりは、
生き延びる可能性があるのではないだろうか?

 京香は再度、おみつに目をやった。

 意図を読んだのか、おみつは真剣な眼差しで、京香にうなずいてみせる。

 どちらともなく、手を握り合う。そして。

 にじり寄ってくる男達に背を向け、京香とおみつは橋の欄干に飛び上がり、その身を宙に躍らせた――。







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