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図書館と秘密
作:成無己


「はー。……終わった」
 心地よい疲れと達成感に包まれながら、アーナはその分厚い本を静かに閉じた。
 目を閉じ、今巡ったばかりの物語を淡く頭の中に描く。本を読んだ後に来る独特の、快感とも爽快ともなんとも言い表しようのない感覚に身を任せる。
 が、アーナのそんな至福の時間は長く続かなかった。
「おーい。そろそろ帰るよー」
 遠くから自分を呼ぶ父親の声がアーナを現実に呼び戻す。
 はっとなって辺りを見渡しても周りには誰もいなかった。窓辺からさす光は既に真っ赤に染まっている。ぼんやりと暗くなり始めた図書館は、女の子としては、決して一人になりたくない空間に変わり始めていた。
 アーナは慌てて本を元の場所に返し、扉の前で待っている父親のところへ走っていった。

 
 一人の一生ほど続いた戦乱がようやく幕を下ろした。
 最後に残ったのはもっとも大きく、遥か古代より存在する帝国だった。
 今や帝国の支配は大陸全土に及び、さらには海を越え、世界すらも手中に収めようとしていた。
 帝国 首都エルベルグ
 文化、軍事、商業。
 大陸の全てがここに集まっていると言っても過言ではないほどに栄えた街。小さな国ほどまでに大きくなったこの街には全てがあった。
 夢、希望、絶望、救い、罪。
 それを求め大陸中、世界中から人が集まって来た。「街の人口が国の人口より多い街」そう呼ばれている街。
 その街の中央に建つ巨大な建物。それが国立図書館。
 街の東西南北それぞれに位置する門、図書館はどの門からも入っても見えるほど巨大だった。そして、街に初めて訪れた者は例外なくそれが王城だと勘違した。
 実際の王城はその図書館の後ろに隠れるように存在していた。この城も十分なほどに壮健だが、目前に建物に比べると見劣るのは否めない。それは誰もが思うことであり、王城に住む者たちも例外ではなかった。
 アーナの父親は、この図書館で本を管理する者の一人だった。それ故に、国の許可書がないと入れない図書館をアーナは自由に出入することができた。
 母親を早くに亡くしたアーナは、幼い頃から毎日のように父親に連れられて図書館に通った。十二年の人生、この図書館で過ごした時間がおそらく一番長い。故に、大人が当たり前のように迷子になる広さの空間をアーナは、職員である父と同じくらいよく理解していた。
 そして、今ではそれなりの仕事もこなせるようになっていた。
「こりゃ、それなりの給料払わないといけないな」
 先日仕事の手伝いをしているアーナを見て、館長が驚いてそう言った。アーナはとてもうれしかったが、父親はうれしさ半分、困惑半分といった顔をしていた。 
 それでも図書館では、アーナは本を読んでいる時間が一番長かった。
 もうどれほどの本を図書館で読んだか覚えてはいない。今まで読んだ本の中には既に忘れてしまったものもある。そんな忘れてしまった本をまた読んでみるのも、アーナは好きだった。

 
 自分の声も聞こえないほどの喧騒と笑い声。まるで直接胃の中に入り込むような料理の香りに酒の匂い。図書館と扉一枚隔てただけなのに、そこはまったくの別世界。一日でもっとも賑わう街の中を、アーナと父親は並んで歩いた。 
 街の通りにはひたすら屋台や露店が並ぶ。その全てが食べ物屋。通りの両脇に並んだ屋台と通行人、更には屋台から上る白い煙で歩けるスペースがほとんどなかった。
 どこの屋台も同じような物を売っているにもかかわらず、店主達は皆必要以上に、忙しそうに動いている。
 道中二人も小腹を満たしながら家に向かう。途中すれ違う何人もの人と肩をぶつけ合うが、それはいつものことだった。

「どこまで読んだんだい?」
 街の中央を抜け、住宅街。喧騒が遠くなり、急に時間が遅く感じる静かな通り。父親が聞いた。
「今日であるやつは全部読んだよ」
 アーナが読んでいたのは歴史の本。ただ、それは一般公開されていない貴重な本。その本の価値はただ古いというだけでなく、その著者にある。
「やっぱり王様が見て、感じて、戦ったことを王様自身が書いてるわけだから、ぜんぜん違うね」 
 かつての王一人一人が自らの時代を自ら書き残した本。それは帝国の国宝とも言えるほど貴重な本だった。
 アーナは父の仕事を手伝い、給料をもらわない代わりにその貴重な本を読むことができるようになった。
 最初父親は反対したが、「誰にも言わない」「決められた場所でしか読まない」という条件の元、館長さんが許してくれた。
 アーナ自信もその本がどれだけ貴重なのかは分かっていた。その本を読むときは、指の爪を確認する。少しでも長いと感じたら、残念だがその日は読むのを我慢した。大切な本を傷つけてしまうのは、アーナにとっても悲しいことだった。
 初めてその本を開いたときの感動を、アーナは今でも忘れない。
 誰もが知っている、誰も読んだことのない本。それは、その神秘的な存在以上の内容だった。
「あーあー、早く新しいの出来ないかなー」
「ははは、あれは紙もインクも表紙も特別なものを使っているからね。そう簡単にはできないよ」
「んー、わかってはいるんだけど……。せめて後一冊。先代の国王のがなー」
 アーナの言うとおり、先代の国王の本はまだ図書館にはなかった。本は特別に造られるため一年、二年で完成するものではないらしい。今日で現存する全ての本を読んでしまったアーナにとっては早く新しい本が出来るのを待つしかなかった。いつごろ出来上がるのかはまだ未定らしい。
 毎回新しい本が出来上がった際には国王自らが出席する式典が行われ、その後には盛大なお祭りが行われる。それはアーナの父親もまだ一回しか経験していない。
 父親はその時の話をよくしてくれた。昔はお祭りの方に興味があったアーナだが、今では本自体の出来上がりの方が楽しみだった。
 アーナと父親は家に着くまで歩きながらその本のことについて話した。図書館、自宅、そして移動の時間、どこにいても二人は本のことばかり話し合っていた。
 彼方に沈み行く夕日は、真上に昇っている時より遥かに大きく見える。消えてしまうことへの最後の抵抗なのか、街を真っ赤に染め上げた。

  
 


 暗闇に慣れ始めた両目で見ているのはいつもの慣れ親しんでいる空間。それが夜という時間になっただけで、まったく別の場所に迷い込んでしまったようだった。幾千万の無機質な本が、まるで自分を見ているかのように取り囲んでいる。
 全てが闇に調和され夜の顔となる中で、アーナは自分だけが取り残されているような孤独と恐怖を感じていた。  
「はぁー、まいったな……。どうしよう……」
 鍵のかけられた、外に出入りできる唯一の扉。アーナはその扉に背中を預け、膝を抱えて床に直接座っていた。思わず口から出た涙声すら闇に吸い込まれて消えていった。
 その日、父親は図書館ではなく隣の町へ行った。そこで新しくできた図書館の式典に招待され、帰りは次の日になるとの事だった。父親はアーナにも一緒に行くかどうか聞いたが、アーナは少し考えて断った。たまにはお互い一人で過ごす日も必要かなと子供ながらに思ったから。父親も残念そうな顔をしたが、強要はしなかった。
 アーナはいつもどおり図書館に行き、仕事をして、空いている時間に本を読んだ。
 ただ、新しく入荷した本に、いつもより熱中してしまった。他の職員の声も、夕方にしか鳴かない鳥の声も、窓から射した真っ赤な夕日も、どれもアーナを本の世界から引っ張り出せないほどに。
 顔を上げたときにはもう誰も残っておらず、扉にはしっかり鍵までかけてあった。窓からの光もなくなり、気がつけば図書館の中にには闇が満ち始めていた。そうなってアーナは初めて自分の立場を理解した。
 あの時父親といっしょに隣町に行っていたら、今日図書館に来なければ、新しく入った本など読まなければ。虚しいだけの後悔、それは図書館の中が真っ暗になるまで尽きることなく浮かび上がった。
 突然、はめ殺しの窓が大きく揺れた。いくつもの窓が、まるで楽器のように共鳴して派手な音を立てる。
 ただ外で風が吹いただけのことだが、アーナにとっては心臓が止まるほどの恐怖になった。
 しばらく銅像のように体を強張らせていたアーナだが、再びの静寂と、改めての暗闇に大きな大きなため息をつく。それで体の強張りは解けたが、孤独の恐怖が再び襲い掛かかってる。
 先ほどのつまらない後悔は、それを忘れてしまったことに気がつかないほど跡形もなく消えていた。
 図書館は再び夜と静寂に支配された。

 眠ることもできず、ただ膝を抱えて俯くアーナ。いったいどれだけの時間が過ぎたのか、明るくなるどころか闇はさらに深くなっていく様だった。
 何かが聞こえた。
 反射的に顔を上げる。外から聞こえたものではなく、確かに図書館の奥からだった。一度ではなく、不規則に、何回か聞こた。
 アーナは正直どうしていいのか分からなかった。
 誰かがいるかも、と喜ぶべきか。何かがいるかも、と怖がるべきか。
 その時、再び風に吹かれて窓が大きな音を出した。余程強い風が吹いたのか、木造の厚い扉がギシギシと嫌な音を立てる。
 音が止み静かになってすぐに、アーナは震える自分の体を立ち上がらせた。そして、一歩一歩確かめるようにして奥に歩いていく。
(幽霊なんかいるわけない……。きっと自分と同じように取り残された人がいるんだ)
 アーナはとにかくそう考えた。もう一人でいるのは嫌だった。もし幽霊だとしても、図書館にいるのだから良い幽霊かもしれない。かなりむちゃくちゃだが、そう考えた。
 いくら目が慣れているとはいえ、真っ暗闇の中を歩いていくことは思った以上に難しいことだった。障害物のような椅子と机の間をすり抜ける。時にぶつかっては大きな音を立ててびっくりしたりした。
 幸いここは自分の職場のような所。例え真っ暗でも自分がどこにいるのかは、だいたいわかっていた。
 アーナは音のする方へ向かっていった。
 いつもなら五分もかからない距離、恐怖と暗闇のため、アーナは三倍以上の時間をかけてゆっくり進んだ。少し前から物音はしなくなっていた。が、アーナは自分がどこに向かっているのかだいたい見当がついていた。
 そこは幼い頃からこの図書館で過ごしてきたアーナがまだ入ったことのない、数少ない一室。
 聞いた話によるとそこは昔の宿直室。が、アーナが物心ついた時には既に鍵がかけられて、立ち入り禁止になっていた。もちろん最近だれかが使い始めた話など聞いたことがない。
 足取りがさらに重くなる。
 戻ることも考えたが、戻ったところでどうしようもなかった。
 
 
 木造で片開きの扉。それが宿直室の扉。
 十分すぎるほどの時間を使って、アーナはその扉の前にたどり着いた。
 ここが宿直室の扉であることは間違いないが、ここから物音があったかどうかはわからない。扉自体は至って普通だった。
 アーナはその扉と真正面から向き合っている。ここまで辿り着いたがそこには何もなかった。
 もし、何かがあるとすればこの中。中からは何も聞こえない。アーナは扉を挟んで人がいるかどうかはわからないし、気配などというものを感じたこともない。
 暗闇の中、半分以上錆付いた、銀色のドアノブが浮かび上がるようだった。もちろん鍵がかかっている。見た目ではまったくわからないが、かかっているはずだった。
 それでもアーナは手を伸ばした。別に何の警戒もしていなかった。
 これで鍵がかかっていたら大人しく入り口のところに戻ろう。それで朝まで待てば館長さんが仕事に来てドアを開ける。それだけのこと。後はもう二度とこんなことにならないように気をつければいい。
(幽霊なんていないんだ)
 その時、ドアノブが逃げた。扉が音もなく開き、光が溢れる。
 そして人影。
「きゃあああああああああああ」
「ひゃあああああああああああ」 
 二つの悲鳴。
 アーナは振り返って走り出そうとしたが、振り返っただけで転んだ。急いで起き上がろうとしたが、足がもつれて、上半身だけが無駄に動くだけだった。
 アーナの後ろでもドタバタと派手な音がしたがアーナの耳には入らない。
 這うように逃げるアーナだがほとんど進めていなかった。
 後ろのドタバタが止むのと同時に声がした。
「……え、子供……?」
 アーナはまだ逃げようとしていた。


 紅茶の香りとその暖かさに体から緊張が抜けていく。一口飲んで、アーナは大きく息を吐いた。
「落ち着いた、かな?」
 コップを片手に向かい側に座る女性がアーナに声をかけた。女性にしては少しハスキーな声。
「はい、……まだ手は振るえてますけど」
「ははは、……実はあたしも。いやー、それにしても驚いたわ」
 首筋ほどまでの短い髪は赤茶で、整えた感がない。枠のないシンプルな眼鏡をかけ、化粧はしてはいないようだった。顔だけで判断するなら、二十代半ばだろうか。
 男物の黒いズボン、白い服。上から淡い藍のカーディガンを羽織っている。
 全体的にだらしなく着こなしているが、それがこの人にはいい意味でよく似合っていた。それを狙ってやっているのか、アーナにわからない。
 女性はリプトと名乗った。 
 突然すぎる出会いにアーナとリプトは息が切れるほどに叫び合い、ようやくお互いが生きている人間だと気がついた。
 すっかり腰が抜けて立てないアーナを、リプトは部屋に運んで休ませてくれた。なんでもないと言うリプトが、その膝がまだ震えているのがアーナにはわかっていた。
 もう一口、紅茶を飲んで辺りを見回す。
 宿直室の中は四面の内一面にドア、二面には本棚が置いてあり、残り一面にはベットが、中央には少し大きめのテーブルが置いてある。ただそれだけの部屋。
 全体的にシンプルでこじんまりしているが、アーナは好きな空間だった。ただ昨日今日で使い始めたようには思えなかった。
 いろいろ聞きたいことがあるアーナだったが、果たして聞いていいのか迷っていた。リプトは間違いなく良い人であるが、リプトのやっていることが良いことなのかどうかはわからない、なんて申し訳ないことを考えていた。
 するとリプトの方からアーナに聞いてきた。
「ところでさ、アーナちゃんはなんでこんな時間にこんな所にいたの?若さ故のってやつ?」
 アーナは自分の父親のこと、小さな頃から図書館にいたこと、そして今日のことを話した。リプトは驚いたような関心したような表情で聞き、最後に、なるほどねーと、納得した。
 が、アーナの不安は少し大きくなった。アーナのことを知らないと言うことは、間違いなく図書館の関係者ではないということ。そして、関係者ではない人間がこうして、本来使われていない部屋を使っている。
 それでもアーナは聞いてみようと思った。もしかすると今日は怖いことが多すぎて、いつもより強気なのかもしれない。
「あの、リプトさん……。リプトさんはどうしてこんな所にいるんですか?」
 一瞬リプトの動きが止まる。ゾッとするアーナだったが、リプトは困ったような表情になり頭をかいた。
「んー……。そうだよねー。気になっちゃうよねー」
「あ、いや、いいんです。もし話せないようなことなら、別に」
 アーナが慌てて言った。それは怖いからではなく、リプトが本当に困っていたから。子供だからと嘘を言えばどうにでもなるのに、この人はそんな素振りすら見せない。
 この人は本当に良い人なんだ。アーナは先ほど疑ってしまったことを申し訳なく思った。
「いやいや。アーナちゃんだけ話して、わたしだけ秘密ってのは気持ちよくないでしょ。 それに、こんな偶然の出会いなんてそうそうないわけだからね」
 アーナには後半の理由はよくわからなかったが、そう言ってもらえるのはうれしかった。正直、ここで何も教えてもらえなかったら明日からの睡眠時間が減ってしまいそうだ。
 リプトがテーブルの下をまさぐる。
 どうやら引き出しになっているらしく、そこから何かを取り出してテーブルの上に置いた。
 それは上質な紙の束だった。ちょうど全ての紙の片面にびっしり文字が書いてある。
「わたしはね、ここで、本を書いてるんだ」
 もう困った様子を感じさせずに、堂々とリプトが言った。
「まあ、自分の家でも書けないことはないんだけどさ、今書いてるのはどうしても参考資料が必要でね。しかも最近ちょっと急かされてて。それで、ここで泊り込んでるってわけ」
 それはアーナが思ってもみなかった答えだった。今までいくつもの本を読んだアーナだったが、作家と一対一で出会うのは初めてだった。
「あの、今までどんな本を書いたのですか?」
 その質問に、リプトは苦笑してから二冊の本の題名を言った。
 今度はアーナが困る番だった。残念ながら二冊とも聞いたことすらなかった。何も言えず口ごもっていると、リプトが笑った。
「ははは、アーナちゃんが申し訳がることないわよ、売れてないのは私のせいなんだから」
 リプトはテーブルの上の紙の束、原稿を手に取ってぱらぱらめくる。
 そして、真面目な、少し悲しそうな顔をして、
「それに、だからこそこの仕事をもらえたんだから……」
 そう呟いた。
「それ、大きな仕事なんですか?」
「うん、まあね……。わたしの人生かかってる、って感じかな」
 何でもないようにリプトが言った。少し笑みをたたえたような表情、それを複雑な表情と感じるにはアーナは幼さすぎた。 
 アーナは、ただ心その本を読んでみたいと思った。
 題名も粗筋も知らない本。まだ完成していない本を読みたいと思ったのは初めてだった。
 ぜひ、読んでみたいです!
 アーナがそう言う前、リプトがつぶやいた。
「でもね、これはわたしの書きたいものを書いてるわけじゃないんだ……」
 

 人間あまりに驚くと、本当に言葉が出なくなることをアーナは知った。
 アーナが読みたいと思っていた本。
 帝国の国宝、まだ完成していない、先代の国王が書いた本。そして、今目の前にいるリプトが書いている本。
 その二冊は同一のものだった。
 つまり、リプトの請け負った仕事とは先代の国王の物語を書くことだった。このことを知っているのは、一部の役人と図書館の館長さんだけ。
「今までの本も代行者が書いたのがほとんどらしいわよ。その度にこの宿直室が、名も無き作家に貸し与えられたってわけ」
 リプトが一度部屋の中を見渡した。
 この狭い部屋もすっかり自分の部屋のように馴染んでしまった。
 二年ほど前に国からこの仕事を持ちかけられたときは、自分の才能が認められたと本当にうれしかった。
 が、今はどうだか自分でもわからなかった。
 自分の書く本が皆に注目されるのは間違いない、しかし、それはその本そのものの価値であり、リプトが書いた内容ではない。ならば誰が書いても同じではないのだろうか。
 最近では、この二年無駄にしてしまったように思えてならなかった。
 国から給与されるとんでもない額の報酬。残念ながらこれを使わないとリプトは生活することすらできない。それも現実だった。
「わたし、それでも読んでみたいです!」
 アーナが叫んだ。
 あまりに突然なことに、リプトは目を丸くした。
 アーナ自身、自分が叫んだことに驚いたが、言葉に嘘は無かった。
 国王自身が書いてこその国宝。それが違う人が書いていたとなれば、それはなんでもないただの本になってしまう。
 本当のことを知ったとき、アーナは自分が騙されていたとすら思った。怒りすら感じていた。
 もしかすると、叫びはそんな自分に対する抵抗だったのかもしれない。
 リプトが書いているのを少し読ませてもらったが、どの国王の物語にも負けないくらいの内容だった。どの国王の物語も忘れずに覚えている。
「……、へへ……、ありがとね」
 リプトが笑った。
 その笑みに、嘘偽りが無いのはアーナにもわかった。
 それから二人は夜が明けるまで、好きなように本のことを話し合った。




 
 その日、国王が国民の前に姿を見せた。それを見るために街から溢れんばかりの人が集まった。
 様々な格好、職業の人がいる。街として機能しているのか疑いたくなるほどの人が王を見つめていた。
 王の右手には、一冊の本が握られている。王はその本を一つの偉業として称し、先代の王を称えた。国民はそれを歓声で応える。
 アーナは図書館の関係者である父親のおかげで、それを特別席で見ることができた。
 それは先代の王が書いたんじゃない!
 そう叫びたい気持ちは確かにあったが、それをしたところで誰のためにもならないことをアーナはわかっていた。
 王の演説が終わり、式典も終わると、祭りが始まった。まさに、玩具箱をひっくり返したような騒ぎとなった。
 祭りの間、アーナは一人の作家を探したが、見つけることはできなかった。彼女とは一度会っただけで、それ以来会っていない。
「この仕事が終わったらさ、しばらくは好きなところへ行って、好きなようにやってみるよ。お金には困ってないはずだから」
 彼女が言った言葉、きっと今頃好きなところで好きなようにやっているのだろうとアーナは思った。
 自分も好きなようにやろうと思う、次に会ったときに恥ずかしくないように。



 それから数年して、国中で一冊の本が流行した。
 一人の女の子の図書館でのストーリー。書いたのは一人の女性作家だった。   


 
  
 
 


最後まで読んでいただきありがとうございます。
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