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異郷より。 作者:TKミハル

序章

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見晴らし台

 快晴。早朝に登るキリジュ山は、溶けかけた雪が凍っていて足場が悪い。
 足元を確認しながら慎重にアルフレッドの後について歩くが、幾度か足を取られ、その度ひやっとしながらもなんとか持ちこたえてきた。

 二人の鈴の音がシャンシャンと重なる中、固い足音をさせ、普段と変わらないペースで歩くアルフレッドの背中はすでに遠く、時々止まってはこちらを窺っている。
 こちらも話ができる余裕はなく、始終無言。道程はまだまだ続き、この状態がずっと続くのは辛い。
 せめて何か別のことで気を紛らせないと、八つ当たりしてしまいそうだ。

 シャロンはよりよい足場を選んで進みながら、何も話さない相手への苛立ちを追いやり、あれこれと思考をめぐらせる。
 そもそも、案内人なら気の利いた台詞の一つも言えるだろう、という考えが浅いのかもしれない。
 例え案内人でも理由があってしゃべることのできない人は必ずいるはずだ。こうやって、足を止めて待っていてくれるだけ充分にありがたいじゃないか。
 そう見ると、黙って待っている男に不思議と腹が立たなくなった。

 アルフレッドは、しばらく歩いては振り返り、こちらの姿を確認してまた歩き始める。

 不揃いな髪といい、変化の乏しい表情でじっと窺っている感じといい……何かを彷彿とさせるのだが……。
 歩いているうちに、シャロンはその答えに行き当たる。

 わかった、大型犬だ。

 ぐだぐだと想像をめぐらしながら歩くと、道には少しずつ雪が増え、木も徐々に背の高いものより低いものの方が多くなっていく。

 やがて苦しさが消え、運動に慣れた体が動きやすくなったところで細い道は終わり、突然視界が開けた。

 どこまでもどこまでも続いている坂道は一面真っ白で、少し雪が溶けているため歩きやすく、やっと見回す余裕が生まれ始めた。

 道の両脇には布で張られた丈夫そうな滑り止め、ちょっと下がった真ん中に看板が立っており、文字の書いてある矢印がそれぞれ正面と、東を差していた。

『北:見晴らし台』
『東:林道・地獄口』

 東側の林道は、途中までかなりの広さがあるものの、その先はもう茂みの中に埋もれており、道筋がわからなくなっている。
 おそらく、吹雪の時に誤ってこの林道へ入ってしまったに違いない。

「ここには書いてないが……あとどのくらい続くんだ?」
 シャロンがアルフレッドに尋ねると、この坂を上ったらすぐ、と返事があった。

 白い雪は光を反射して眩しい。アルフレッドを見れば、例のものを装着していたので、シャロンも店で買った木のゴーグルをつけて歩き始めた。

 広い坂は進んでもずっと一本道で、脇道はまったく見られない。

「思ったより時間がかかってしまった。陽もだいぶ上がってきたし」
「……」
「天気もいいし、これから物見遊山の人たちで混み合うんじゃないか?」
「……」
 また沈黙。だんだん道端の石ころにでも話しかけているような気になってきた。あ、犬だったか。

 しばらく登り続け、また懲りずに話しかける。
「魔物がどこにもいなくてよかった……この鈴の効果は大きいな」
「……ここはもともと少ない。山奥へ行くと鈴があってもたまに出てくる」
 これには返事があった。

「そうか。じゃあ、また戦闘になるかもしれないな。アルフレッドは戦えそうか?」
「……」
 あまり戦力になりそうにない風貌だが……。

 とりとめもなくそんなことを思いながら歩くうちに、やがて徐々に狭まった道の先に、岩壁が見えてきた。
 この辺りは平らになっていて、小さな倉庫が設置されている。

 岩壁の上へと続く道を慎重に歩き、登っていくと、やっと頂上へ辿り着いた。

「う、わあ……」
  遠くに雪を被った山々がそびえ、眼下には森が広がっている。振り返ればそこには今まで通ってきた道と、ふもとの町が手に取るようにわかった。

 青空の下、素晴らしい景色を堪能していると、ふと前に広がる景色の東側の森の一部だけぽっかりと白く空き、その真ん中に大きな穴が開いているのに気づいた。
「あれは?」
 とくに何の感慨もなく隣に突っ立っていたアルフレッドは、簡潔に答えた。
「ただの穴。ふもとでは『地獄口』と名前がついてる」
「ひょっとして道があって、行けたりするのか?」
「行ける。でも、遠い」
「そっか……できたら寄ってみたいんだが」
「……」
 しばらく思案していたアルフレッドは、やがて頷いた。
 やった、と思わず呟く。本当に、運がいい。この時間だとひょっとしたらあの洞穴で泊まることになるかも知れないが……。

 頂上から下り、平らな場所へ再び戻ってきた。下には白く広い道、その先には足場に苦労して登ってきた森林がある。
「行きはそんなでもなかったが……下りは滑りやすいな。時間がかかりそうだ」
 正直なところ、頂上からここまで来るだけでもかなり神経をすり減らしたシャロンはため息を吐く。
「急ぎの人は、滑り板を使う」
 アルフレッドが傍らの倉庫から歪んだ板のようなものを引っ張り出してきた。
 それは大きな板の三方向から内巻きにゆるくカーブがかかっていて、前には掴むための短く太い紐、真ん中のふちからは手綱のようなものが伸びている。
「これはそりじゃないか?本の挿絵で見たことがある。でも、この下はずっと下り坂で、かなりスピードがでそうだな」
 アルフレッドは頷き、
「……使うのには技術がいる。稀に、興味本位で使った観光客が崖から飛び出す」
柵も何もない道の縁を指差した。

 これは、絶対に使いたくない。
「やっぱり地道に下りるか……しかし、この二つの紐はどうやって使うんだ?」
「……まず、前の人がここを握る」
 アルフレッドが乗るようにと促したので、せっかくだから乗り方だけでも学ぼうと、その滑り板に乗り、座って紐を掴んだ。
「後ろの人は調整役。長い方を持って、安全を確認して、後ろを蹴る。……こんな風に」
 アルフレッドは後ろの紐を持ち、滑り板に片方の足をかけ、もう片方で雪を強く蹴って見せた。

 ちなみにこの滑り板の先端は、下り坂の始まりの部分近くにある。

「おい……」
 蹴った勢いで、全体がずるっと大きく前へ傾いだ。

 落ちた先でドン、と軽く跳ねると、滑り板は下へ勢いよく走りだす。
「うわあぁーーっ」
 叫んでいる間にも景色はビュウビュウ後ろへ流れていく。

 アルフレッドが舵を取っているのか、崖に近づくとぐいっと曲がって別の方向へ走り抜け、大きく蛇行しつつも、最終的には張られた滑り止めの布にぶつかって止まった。

「ちょ……アル……行くとき、は、せめて、一言断って、くれ」
 紐をぎゅっと握り締めたままで、息も絶え絶えに訴える。

 シャロンのやや恨みがましい口調にも表情を変えず、彼は無言で手を差し伸べた。
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