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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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333/346

番外 晴天、波浪につき 15

お待たせしました。この回は長めだったため、H29年10月25日に次の回と二つに分けました。戦闘シーン、残酷表現有です。
化物クラーケンはそのぬめった白い足を攻撃され、手強い隣より先にと本格的に海賊船を貪ることにしたようだ。


いくつかの触手で船を抱きかかえ、凄まじい力で絞り上げながら、別の触手を伸ばし、波間で必死に泳ぐ奴らを海の中へ引きずり込んでいく。


耳を覆いたくなるような断末魔の悲鳴と、海を染める赤。


上からも、ブチブチブチッメキメキメキッ、と音を立て巻きつかれた支柱が傾き、ロープがバラバラにぶら下がった。


支柱を倒し、辺りを探るかのように彷徨い動く触手を見て、ヒューイックは血で汚れた甲板を滑らないようゆっくり後退り、海賊船船長室だか客室だかの裏に身を潜め、息を殺した。

縦長の頭の下にくっついている一対の金の眼が獲物を探しぎょろりと動いている。

(さて、どうする……)

戻るのはほぼ絶望的になった。

反対側を確認すれば、元いた船とは、先ほどよりも距離がある。加えて、彼らはいつまでもこの化け物の傍にいたりせず、少しでも離れる方を選ぶだろう。

船のマストが何本かそちら側へ傾いているが、まだ遠く、なおかつそれを登る自分を、あのイカが見逃してくれるとも思えない。


アイリッツたちは、と見れば、船は静まりかえっている。怪物を刺激しないよう動向を窺いつつ、攻撃のタイミングを図っているようだ。


(これは、詰んだな)

もはやとれる手立てはただ一つ。この爆発物を抱えたまま、至近距離で火をつけるしかない。


 懐に取っておいた手製火薬入り素焼きコップの重さを何度か確かめ、続いてヒューイックは火付け装置の作動を確認した。船が揺れ、ひっきりなしに軋む音、そしてあちこちでバシャバシャと海面が跳ね、断続的につんざくような叫び声が聞こえ、生臭く湿った嫌な風が吹いている。


音を立てぬよう隠れながら、じりじりと化物烏賊クラーケンに近づいていく。慎重に、慎重に。気づかれないよう定ギリギリまで近づいていく。

奴の死角へ。

倒れた柱や散らばる樽や板を利用しながら、這いつくばるようにして、近づいていく。

ギリギリ、というところになって、ヒューイックは、何かを振り切るように火薬入りコップからちょろっと出ている縄の傍で火付け具を動かした。

カチッ。

灯された小さな炎が、縄に近づけた瞬間、ふっ、と消える。


ヒューイックは舌打ちを堪え、カチカチと火付け装置を動かした。


燃え移らない。湿気っているのか……。


じわりと額に冷たい汗が浮かぶ。再びぎょろりと金色の眼が動き、その視線がこちらを向いた。。

すぐさま触手が伸ばされ、ヒューイックは剣を抜く。

叩き斬るが、先を切り取られてもなお怯まず、いくつか伸ばされた長い触手がぐるぐるとヒューイックの体を取り囲んできた。




隣の船では固唾を呑んで化け物の動きを見守っていた水夫たちのどよめきが上がり、
「ああもうヒューの奴、何やってんだよ!!」
アイリッツが叫んだ。


その声に、
「おい、どうした」
と例の海賊の親玉に猿轡を噛ませ柱に縛りつけていたモランが、寄ってくる。


レイノルドが無言で、船の上で蠢いている巨大烏賊を指差せば、ヌメヌメした足に絡め取られ、埋没しそうなヒューイックの姿が誰の目にもはっきりと映る。

「火縄が湿っていたのかもしれないな。……すまない、蝋につけておけばよかった」
いったん堪えるように言葉を切り、

「どうする……このまま砲撃すれば、あいつに当たる可能性が高い」

「もう、奴のことは諦めろ!」
誰かの声が飛ぶ。


リベロが、こちらも遠見筒で海面の様子を探りながら、どう指示を出すべきか考えあぐねているあいだに、アイリッツが、「レイ!あの中身は湿気ってないんだな……ちょっとそこの、火矢とボウガンを貸せ!」
「おい……何をする気だ。あれは人ひとり殺せるぐらいの規模はある。一歩間違えば、」
「とにかく、やってみる!おい、ヒュ―!こっちを向け!諦めるな!」
 ボウガンに火矢を取りつけ、構えて叫ぶアイリッツに、
「無茶苦茶だな…………だいたい、点火されてないぞ」
「わかった。点けてくれ。カウントするぞ。8,7,6,」
「やたら早いな、おい」
 レイノルドが呆れたように言って、火打石を用意する。触手に締め付けられているヒューイックへ向けて、もう一度アイリッツが叫んだ。
「おいヒュー!ぶっ放すぞ!なんとかしろよ!?レイ、いいぞ!点けろ!」
「カウントの意味が、ないな。………行くぞ」
 導火線に火が灯された。


 化物烏賊クラーケンに今にも絞めあげられそうになっていたヒューイックの耳に、こっちを向け、とかなんとか言っているアイリッツの声は届いた。

締めつけられたまま堪えかろうじてそちらに目をやれば、アイリッツがボウガンを構えている!

 瞬時にすべてを悟り、おいちょっと待てと、爆発物を握ったままの手を動かすが、まったく下ろす気配がない。奴はやる気だ。

ヒューイックは、自分が犠牲になるつもりだったのも忘れて、かすれ声で叫んだ。

「アイリッツの阿呆やろうが!」
 どうせ思いつきで、他の手を考えもしてないに違いない。


剣ごと巻かれていたせいで、骨を砕かれるまでには至っていない。


くそったれとばかりに力を振り絞り剣を動かすと、触手が怯み、わずかな隙間ができた。

「ぅらぁ!」
 火事場の馬鹿力という奴か。

限界を越えるほどの力で触手を斬り裂き、何か喚いているアイリッツと目があった。

今だ。

そうおもった理由はわからない。

ヒューイックは半ば無意識に火薬を、化物烏賊クラーケンの眼へと投げつけた。

ほぼ同じタイミングで、アイリッツの矢が狙い違わずその的を射抜く。

目と目の間に、当たり、跳ね返る直前にコップ当たった矢。

火矢の爆発と同時に引火し、凄まじい音と衝撃が辺りを揺るがした。


ヒューイックを爆風が襲う。

「う……くそ」
 剣で垂れ下がってくる触手を斬り払い、轟音でふらつく頭を振りながら、脱げかけていた靴を放り捨てる。

「らぁあああああッ」
 ぐらつくマストの根本に剣を叩きつけ、暴れる化物の足場を切り離すとそこへ、船から砲弾が降り注いだ。


 ぐちゅぐちゅと身を捩り、無差別に暴れる化物烏賊は、気色の悪い液体を飛び散らせ、船から中途半端に飛び出した姿で無差別に触手を振り回し、暴れまわっている。

ヒューイックは、甲板に抱きつくように這いつくばりながら、上でブンブン振られる触手と、それに伴い軋みを上げる船から放り出されないよう、耐えた。


さすがに重傷を受けたのか、化物烏賊クラーケンの動きが弱くなった。


隣の船では、
「おい、今のうちに離れよう!」
とラッケルが叫び、水夫たちも口々に同意の声を上げる。

「まだヒューイックがあそこにいるんだ!」
とアイリッツが叫び返す。
「だが積まれた火薬が爆発するぞ!それに、あの化け物が回復しちまう!ぐずぐずとここにいるわけには……」


「全員、口を今すぐ閉じろ!」
混乱の声に被さるように、さらに大声が響いた。「見ろ、弾薬庫に穴が空き、中身が海に流れている。浸水しているはずだが……念のため慎重に船を動かし、徐々に離れるやり方でいく」
リベロが静まり返った船上で冷静にそう言った。
「ヒューは……見殺しにするのか!?」
踵を返すその背にアイリッツが抗議の声を上げるも、
「阿呆が。船が大事にきまってるだろうが。ここで全員放り出されたらどうする……あいつに運があったら助かるだろうよ」
と言い捨て、操舵の指示を出した。

「くそ……こうなったらオレが」
船を睨むアイリッツに、
「冷静になれ……何か動きがあるかも知れない」
レイノルドが告げて、遠見筒に片目を当てた。



少しずつ二つの船が離れていく。あの化物は重傷のようだったが、悪あがきをするらしい。

渾身の力を籠め、船の舵先から真ん中を多くの触手でとうとう絡め割り、海に引きずり込もうとさらに体をくねらせる。


 海面はひどく波打ち、また二つの船の距離は開いた。

 海賊船全体が化物烏賊に痛めつけられ、いつ分解するかもわからない。
ヒューイックの頭の上で、揺さぶられる船に合わせて、ブン、ブゥンと帆の支柱が揺れている。


 酔いによる吐き気を堪え、ガンガンと割れるような痛みで鈍くなった頭を必死に働かせていたヒューイックは、あれを利用すれば、飛び移れるんじゃないか、と普段なら思いつきもしない、突拍子もない考えが閃いた。


 すぐさま揺れる船から垂れ下がるロープを掴み、腕や体に巻きつけるようにして、少し、また少しと慎重に登り、大きく揺れる支柱に、なんとかしがみつき、そこからさらに上がっていく。


 海賊たちの船はもはや軋むどころではない。バキ、バキッと怪物の触手によって完膚なきまでに破壊されていく。


「あ、あ、あ、くそ!もっと速度上げられねえのか!!」
苛々と焦る船乗りに、モランが、
「そう急いてもいいことなんざありゃしねえよ。見ろ、油と、火薬の樽が浮いてやがる……何かのきっかけで引火したら船底に穴が空く」
その言葉に、船乗りたちが、海面を凝視し、黙り込んだ。

べネットなど一部の船乗りは船内に設置されたオールを操り船が動く手助けをするため、すでに下に引っ込んでいた。

「おまえも、下を手伝って来いや!」
モランは化け物をちらちら見つめながら、来るな来るなと唸っているラッケルの尻を蹴飛ばした。


「おい、あれを見ろ!」
甲板下から上がってきたザックが向こうの支柱を指差し、叫んだ。
「あそこにヒューイックがいるぞ!」

もちろん、それにはアイリッツたちも気づいていて、上から、
「ヒューがマストを登り始めたぞ!こっちに移る気なんじゃないか!?」「……さてはあいつ、やけくそか。おい、ここにいても仕方ない。あれは海に落ちるぞ」
「ああ。わかってる。絶対拾い上げる!」
そう叫び上甲板から飛び降りたアイリッツが、腰から鉤付きの縄を外し、一見届きそうで、やはり距離のある支柱睨みつけながら、しがみつくヒューイックへ出来るだけ近づけるよう船の後方へまわる。


「おい、あいつ、飛び移るつもりらしいぞ!」
「無茶しやがって!!」傭兵や、水夫らが、なんとかできねえか、と口々に言いながら、ロープや魚網など手近な役に立ちそうなものを掻き集めていく。

「あの化物が沈めば渦潮が起こる……その時が勝負だ。こちらも、タイミングを計り、碇を下ろす。手隙の者はすぐまわれ!海面を注視し、指示を待て!」
 リベロが指示を出し、それを受けた何人かが慌てて碇の方へと向かう。

 海は荒れている。ブンブン、と揺られる支柱の上、小さな見張り台を掴み、ロープを腕に巻きつけながら、ヒューイックは、揺れを見定め、タイミングを計る。

 揺られながら、なんとか裸足でマストの上に立ち……跳んだ。ロープが伸び、体が宙へと放り出される。



 ザボーン!!


 残念ながらわずかに届かず、ヒューイックは海面に叩きつけられた。

「……グッソッ!」
 かろうじてもがきながら浮き、できるだけ足を動かして離れると、後ろで轟音とともに船が派手にぶち壊れ、化物烏賊クラーケンが海賊船を海の中へ引きずり込み沈んでいくのと同時に、荒波が立ち、渦が巻く。


「ヒュー!!掴まれ!」 渦が巻く前、アイリッツが船からヒューイックの体に鉤縄を投げつけた。……しかし、届かない。
「くそッ!」
もう一度、と焦る手で縄を手繰るアイリッツの横から、
「おい、しっかりしろ!」
とヒューイックに、次々に縄、投網、さまざまなものが投げつけられた。

ヒューイックは、紐付き板に始まるそれらに掴まり、そして底引き用の網に絡め取られ、水夫たちの掛け声とともに徐々に船に手繰り寄せられていく。


そのまませーのッ、という掛け声とともに、海から船へ、引き上げられることとなった。

同時に、背後で巨大な渦が巻く。

「今だ!錨を下ろせ!」
リベロの指示で、船が固定され、ヒューイックを絡めた網は、渦の中心へ引っ張られたが、引きずり込まれるほどの勢いはなく、やがて、完全に海賊船と化物烏賊クラーケンが沈むのと同時に、荒波は、収まった。


 えいほ、えいほ、との声とともに網引き漁の要領で引っ張り上げられていくヒューイックは、海藻にまみれつつ、
「……俺は魚か」
とそう呟き、クシュッ、と大きなくしゃみをした。


助かったものの、どうやら精神的にも肉体的にも限界が来たらしい。

アイリッツは、ヒューイックの無事を確認して、ほっとしたように、
「……よかった」
と呟いたのち、船の縁で鉤縄を使い、何やらやっている。

ヒューイックは這いずるように動いてその辺の桶を手にし、それから盛大に嘔吐した。

「うわっやりやがった。おい、しっかりしろ!」
「ひでぇ!熱があるんじゃないかこいつ!」
「船医はまだ生きてるか!?」
 そんな騒ぎを尻目に、じっと水面を見ていたアイリッツは、せっせと鉤縄を海に投げ込み、
「なあ見ろよ!これ、食えるんじゃね?」
きらきらした笑顔で、あの爆発により千切れ飛んだ化物の足を、わざわざ引き上げてきた。


 それから、蒼白な顔で倒れ込んでいるヒューイックを見て、
「ヒュー、どうした、真っ青じゃないか!!」
と今さらのように駆け寄ってきた。

その慌てた姿に、
「か……」
海賊どもを食らった化物の足なんて断る、と続けようとして――――――ヒューイックの意識は、暗転した。
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