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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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333/342

番外 晴天、波浪につき 15(完結)

お待たせしました。今回長めにつきご注意ください。戦闘シーン有です。
化物クラーケンは隣より先にと本格的に海賊船を貪ることにしたようだ。

いくつかの触手で船を抱きかかえ、凄まじい力で絞り上げながら、別の触手を伸ばし、波間で必死に泳ぐ奴らを海の中へ引きずり込んでいく。


ブチブチブチッメキメキメキッ、と音を立て支柱が傾き、ロープがバラバラにぶら下がる。辺りを探るかのように彷徨い動く触手を見て、ヒューイックは血などで汚れた甲板を滑らないよう後退り隠れ、息を殺しながら巨大で縦長の頭と下にくっついている金の眼がぎょろりと動くのを見た。

(さて、どうする……)
と内心嘆息し、反対側を確認すれば、元いた船とは、先ほどよりも大分距離がある。

船のマストが何本かそちら側へ傾いているがまだ遠く、なおかつそれを伝って登る際、無防備になるだろう自分をあのイカが見逃してくれるとも思えない。


アイリッツたちは、と見れば、船は緊張感に溢れ、皆静まりかえっている。怪物を刺激しないよう動向を窺いつつ、攻撃のタイミングを図っているようだ。


 上甲板の裾側に隠れるようにして奴の死角にまわり、そこからこれを投げ、爆発させるしかない。

 懐に取っておいた手製火薬入り素焼きコップの重さを何度か確かめ、続いてヒューイックは火付け装置の作動を確認した。船が揺れ、ひっきりなしに軋む音、そしてあちこちでバシャバシャと海面が跳ね、断続的につんざくような叫び声が聞こえ、生臭く湿った嫌な風が吹いている。


音を立てぬよう隠れながら、じりじりと化物烏賊クラーケンに近づいていく。慎重に狙いを定めながら、ギリギリまで近づき、例のブツから出ている短い火縄の傍で、火付け具を動かした。

カチッ。

小さな炎が灯され、揺れる。縄に近づけた瞬間、それはふっ、と消えた。

ヒューイックは舌打ちを堪え、カチカチと火付け装置を動かした。

燃え移らない。湿気っているのか……。

じわりと額に冷たい汗が浮かぶ。ギョロリ、と金色をした縦長の眼が幾度か動き、そして、こちらと眼が合った。すぐさま触手が伸ばされ、ヒューイックは剣を抜いて叩き斬る、が、触手は先端を切り取られてもなお動き、ぐるりと取り囲んできた。


「……まずい、捕まった」
 隣の船から遠見筒を片手にレイノルドが、同じく固唾を呑んで見ていたアイリッツに告げると、
「ああもうヒューの奴、何やってんだよ!例のアレは!」
「火縄が湿っていたのかもしれないな。……すまない、蝋につけておくのを忘れていた。どうする……このまま砲撃すれば、あいつに当たる可能性が高い」
「レイ!中身は、湿気ってないのか!?……ちょっとそこの、火矢とボウガンを貸せ!」
「おい……何をする気だ。あれは小さいが、人ひとり殺せるぐらいの規模はある。一歩間違えば、」
「とにかく、やってみる!おい、ヒュ―!こっちを向け!」
 ボウガンに火矢を取りつけ、構えて叫ぶアイリッツに、
「無茶苦茶だな…………だいたい、点火されてないぞ」
「わかった。点けてくれ。カウントするぞ。8,7,6,」
「やたら早いな、おい」
 レイノルドが呆れたように言って、手持ちの火打ち石から火種を、蠟燭へと移す。触手に締め付けられているヒューイックへ向けて、もう一度アイリッツが叫んだ。

「おいヒュー!ぶっ放すぞ!なんとかしろよ!?レイ、いいぞ!点けろ!」
「カウントの意味が、ないな。………行くぞ」
 導火線に火が灯された。


 化物烏賊クラーケンに今にも絞めあげられそうになっていたヒューイックの耳に、こっちを向け、とかなんとか言っているアイリッツの声は届いた。

締めつけられたまま堪えかろうじてそちらに目をやれば、アイリッツがボウガンを構えている!

 瞬時にすべてを悟り、おいちょっと待てと、爆発物を握ったままの手を動かすが、まったく下ろす気配がない。奴はやる気だ。


「アイリッツの阿呆やろうが!」
 どうせ他の手を考えもしてないに違いない。


がむしゃらに剣を動かすと、刃に当たったのか触手が怯み、わずかな隙間ができた。

「ぅらぁ!」
 触手を斬り裂き、何か喚いているアイリッツと目があった。

今だ。

そうおもった理由はわからない。

ヒューイックは半ば無意識に火薬を、化物烏賊クラーケンの眼へと投げつけた。それが届くのとほぼ同じタイミングで、アイリッツの矢が狙い違わずその的を射抜く。の目と目の間に、当たり、跳ね返る直前、アイリッツの放つ矢がそこを直撃し、同時に凄まじい音と衝撃が辺りを揺るがした。


「う……くそ」
 隙をつき剣で触手を斬り落とし、轟音でふらつく頭を振りながら、脱げかけていた靴を放り捨てる。

「らぁあああああッ」
 ぐらつくマストの根本に剣を叩きつけ、暴れる化物の足場を切り離すとそこへ、船から砲弾が降り注いだ。

 ぐちゅぐちゅと身を捩り、無差別に暴れる化物烏賊は、気色の悪い液体を飛び散らせ、重傷のようだが、渾身の力を籠め、船の舵先をとうとう絡め割り、海に引きずり込もうとさらに体をくねらせる。

 海面はひどく波打ち、また二つの船の距離は開いた。

 海賊船全体が化物烏賊に締めつけられてひどく揺れ、いつ分解するかもわからない。ヒューイックの頭の上で、揺さぶられる船に合わせて、ブン、ブゥンと帆の支柱が揺れている。


 酔いによる吐き気を堪え、ガンガンと割れるような痛みで鈍くなった頭を必死に働かせたヒューイックに、あれを利用すれば、飛び移れるんじゃないか、と普段なら思いつきもしない考えが浮かび上がった。


 すぐさま揺れる船から垂れ下がるロープを掴み、腕や体に巻きつけるようにして、少し、また少しと慎重に登り、大きく揺れる支柱に、なんとかしがみつき、そこからさらに上がっていく。


 海賊たちの船はもはや軋むどころではない。バキ、バキッと怪物の触手によって完膚なきまでに破壊されていく。


隣の船では、
「おい、ここにいたら危険じゃないのか!?今のうちに離れよう!」
と水夫の一人が叫び、
「まだヒューイックがあそこにいるんだ!」
とアイリッツが叫び返す。

「だが爆発するぞ!ぐずぐずとここにいるわけには……」
「いや。見ろ、弾薬庫に穴が空き、中身が海に流れている。浸水しているはずだが……念のため慎重に船を動かし、徐々に離れるやり方でいく」
リベロが冷静にそう言って、操舵手に指示を出す。


「ヒューがマストを登り始めたぞ!こっちに移る気なんじゃないか!?」
「……さてはあいつ、やけくそか。おい、ここにいても仕方ない。あれは海に落ちるぞ」
「ああ。わかってる。絶対拾い上げる!」

 アイリッツが上甲板から飛び降り、腰から鉤付きの縄を外し、一見届きそうで、やはり距離のある支柱と、しがみつくヒューイックを注視した。
「おい、あそこから飛び移るつもりらしいぞ!」
「おお、俺たちも行くか!!」
傭兵や、水夫らが、口々に言って、手近な役に立ちそうなものを掻き集めていく。

「待った。あの化物が沈めば渦潮が起こる。……船ができるだけ離れるのを待ち、すぐに碇を下ろせ!巻き込まれるぞ!」
 リベロが騒ぐ者たちをさらに超す大声で叫び、慌てて何人かが碇の方へと向かう。


 海は荒れている。ブンブン、と揺られる支柱の上、小さな見張り台を掴み、ロープを腕に巻きつけながら、ヒューイックは、揺れを見定め、タイミングを計る。

 揺られながら、なんとか、裸足でマストの上に立ち……跳んだ。ロープが伸び、体が宙へと放り出される。



 ザボーン!!


 残念ながらわずかに届かず、ヒューイックは海面に叩きつけられた。

「……グソッ!」
 かろうじてもがきながら浮き、できるだけ足を動かして離れると、後ろで轟音とともに船が派手にぶち壊れ、化物烏賊クラーケンが海賊船を海の中へ引きずり込み沈んでいくのと同時に、荒波が立ち、渦が巻く。


「ヒュー!!掴まれ!」
 渦に巻き込まれる前に、タイミングよくアイリッツが船からヒューイックの体に鉤縄を投げつけた。

続いて、
「おい、しっかりしろ!」
と、次々に縄、投網、さまざまなものが投げつけられ、ヒューイックは、それらに絡まり、そして底引き用の網に絡め取られ、そのまませーのッ、という掛け声とともに、海から船へ、引き上げられることとなった。


 えいほ、えいほ、との声とともに網引き漁の要領で引っ張り上げられていくヒューイックは、海藻にまみれつつ、
「……俺は魚か」
とそう呟き、クシュッ、と大きなくしゃみをした。


助かったものの、どうやら精神的にも肉体的にも限界が来たらしい。ヒューイックは這いずるように動いてその辺の桶を手にし、それから盛大に嘔吐した。

「うわっやりやがった。おい、しっかりしろ!」
「ひでぇ!熱があるんじゃないかこいつ!」
「船医はまだ生きてるか!?」
 そんな騒ぎを尻目に、じっと水面を見ていたアイリッツは、せっせと網を海に投げ込み、
「なあ見ろよ!これ、食えるんじゃね?」
きらきらした笑顔で、あの、爆発により千切れ飛んだ化物の足を、わざわざ引き上げてきた。


 それから、蒼白な顔で倒れ込んでいるヒューイックを見て、
「ヒュー、どうした!!」
と今さらのように駆け寄ってきた。

「か……」
 海賊どもを食らった化物の足なんて断る。とかなんとか答えようとして――――――ヒューイックの意識は、暗転した。



 無理が祟ったのか、それから高熱が出て、なかなか引かなかった。

 ヒューイックがベッド上の住人となっているあいだに、水夫たちは、海賊にやられ、命を落とした者の亡骸を海へ送る儀式やら、無事を祝う宴会の準備やらで、忙しく働いていた。


「トニー、クロスビー、ヨハン、ルクツォ……おまえたちは、いい奴だった。たまに羽目を外すときもあるっちゃアあったが……あばよ」
 布に包まれ、板に乗せられた遺体は、ドボン、ドボンと物悲しい音を立て、船を離れていく。

 帽子を取り、胸に当て、皆が重苦しい雰囲気に包まれていた。

 それを明るく変えるように、腕と頭を包帯でぐるぐる巻きにしたザックが、パンパンッと手を叩く。
「さ、もう辛気臭ぇのは無しだ。パーッと飲んで、うさ晴らしちまおうぜ!」

 上は酷い有様なので、船内で行われた宴会では、食料の備蓄が少ないこともあり、アイリッツの引き上げた烏賊の足がメインとして振舞われ、そこに酢漬けや小魚と海藻炒めなどが並ぶ。


 そこに、船長ゲオルクの姿はない。海賊から逃げた腰抜けとして、皆から吊るし上げ寸前まで責め立てられ、部屋に閉じ籠もっている。……それを庇ったのは、意外にもリベロで、彼は、ほとんどの水夫から支持され指名を受けたが、あくまで船長代理としての立場を誇示し、船を動かしている。


「驚いた……てっきり喜んで引き受けるのかと」
 疑問を素直に口にしたアイリッツに対し、
「こういうのは二番手として動くのが重要なんだ。船長に恨まれ、寝首を掻かれることもない。それに……だ。むさい男連中を纏めるなんて、僕はまっぴらごめんだね」
やれやれといった様子で、そのままラム酒の杯を一気に傾けた。

 宴も盛りが過ぎた。煙草をふかそうと、甲板へ上がったリベロを追い、相当飲まされたにも拘らず、わりと平気なアイリッツは、チャンスだと後を追って外へ出る。

 案の定、リベロはそこにいて、
「ああ、そうそう。この船を守って戦った君たちには、いくらか都合しよう。まあ、船自体こんな有様だから、多くは出せないが」
追ってきたのを見るなり、そう言ったので、
「いや、金はいい。ちょっと、会ってほしい奴がいるんだ」
アイリッツはそう答えて、レイノルドが待つ船室へと、リベロを案内した。


 カンテラの灯に、測量器具と、本が、照らされ、緊張した面持ちのレイノルドが、リベロに頭を下げる。
「――――――お願いです。俺、いえ、私は、航海士として、一から学びたい。紹介状を書いていただけませんか」
「あー、君か。君ね。悪いけど、お断りだ」
バッサリと切られ、レイノルドは次の言葉が出ないまま固まった。
「ちょい待った。もう少し考える余地はあってもいいんじゃないかと」
アイリッツが慌てて声を上げる。


「君さ、その肌……船乗りに取っては致命的だよ。航海士は四六時中外に出てるってわけじゃないけど……それでも、日差しを浴びないことはない。火薬調合師にでもなったら?その方が、まだ、現実的だ」
「そんな……いえ、私は――――――」
 ずっと航海士に憧れてきた。そんな言葉は無意味でしかない。レイノルドは唇を噛み、机に丸めて束ねてあった地図に知らず知らず手を伸ばして、強く握り――――――。

「あ、それちょっと見せて」
「え、あ、どうぞ」
 レイノルドが答える間もなくリベロはそれを手に取り、バッ、と地図が開かれ、そこへ身を乗り出した。

「――――――これは、君が?」
「え、ええそうですが」
 うろたえるレイノルドに、ふうん、と返事を返し、
「僕のより正確だな。よし、わかった。紹介状を書こう。ただし……これと引き換えだ」
トントンと指先で地図を叩く。

「いいんですか!?これは独学で――――――」
「構わない。なんだったら、今すぐ書こう。ちょうど、引退した航海士に、おあつらえ向きのがいるんだ。頑固な爺さんだが、腕はいい。紙とペンは?」
「あ、これです」
 信じられないものを見るようなレイノルドの前で、さらさらと紹介状が書かれ、
「後は封蝋だが……ああ、ちょうどいいな」
 その辺に放り出されていた蝋燭に手を伸ばし、封筒にぽたりと垂らして、首に下げていた指輪で刻印した。

「これでよし、と。じゃあ、はいこれ。そっちと交換する」
「あ、ああ、ありがとうございます」

 地図と引き換えに、紹介状を渡され、夢ではないか、と疑っているのか、何度か首を振るレイノルドにリベロはにやりと笑い、
「男に情はかけないつもりだが、この地図はいいな。ああおまえ、言っておくが、航海士にとって正確な地図は山と積まれた黄金より価値がある。俺の同業に持ち掛けたとしても、死んでも手放さんだろうよ。ま、もう少し考えることだなひよっ子未満。あと、その肌が致命的なのも変わらない。……ま、俺の知ったことじゃあないな。こいつは有効に使わせてもらうよ」
軽く地図を振って、あっさりその部屋を後にした。


「レイ……あの地図、よかったのか?」
 呆然とアイリッツが呟けば、紹介状をしっかりと防水の袋に入れ、懐に仕舞い込んだレイノルドは、顔を自然とほころばせ、
「――――ああ。今の俺にこれは、何ものにも代えがたい。……それにだ」
あんな地図もう全部頭に入ってるから、また描き直せばいいだけだからな、と得意げに笑ってみせた。




 それからは再び穏やかな日々が続き、無事、テスカナータの町へ着く頃には、かなり体調は回復していた。

「ま、元気になってよかった」
 アイリッツと、よく長旅を堪えた、と思わせるようなこの船が波止場にロープで固定されるのを見つめながら、
「……結局、襲撃の原因は、積み荷だったんだな」
胡椒ピエメンタ、らしいな。中は偽物で、囮に使われたらしい。香辛料なんて売りさばくルートがなけりゃガラクタ同然だ、本物であっても海賊の奴らは無駄骨だったな、なんてレイきゅんが言ってた」
「……そうか。まったく迷惑な話だな」


 敢えて突っ込まず、さっさと下りる準備をして、重い荷物をさっさと下ろしていく。それから船の方を見やり、待つことしばらく。荷を下ろす水夫たちに交じって、ドサリ、ガラガラと、非常にたくさんの荷物とともに、フードを目深に被ったレイノルドが下りてきた。


 呼びかける前にベネットが船上からヒューイックに声をかけ、
「ヒューイック!すまんが、少し手伝ってくれ!荷が瓦礫に挟まって、動かせねえ!おまえの剣でちょちょいとだな」
「……ああーわかった。少しなら」
 低く通る声で答え。ヒューイックが手伝いのため一旦船へ戻っていく。

「おー頼られてんなあ……」
「しかもタダで使われてるな」
 アイリッツの呟きに、荷物を運んできたレイノルドも追い打ちのように返して、それから一度荷物を置き、改めてアイリッツに向き直ってから、深く頭を下げた。

「おまえたちには、本当に感謝している。目的を達することができた。……ありがとう」
「なんだよ、いきなり改まって。あ、そうだ、うっかりしてたけど、レイさ、その肌……ひょっとしたら、なんとかなるかも、だぜ。サルヴィスの町で、流れの商人たちが、噂してた。貴族の女性たちが陽に焼けないよう肌に使用する、特別な薬があるらしいんだ。もし、その話が本当なら……オレもさ、また詳しいことがわかったら、連絡するよ」
ほがらかに告げるアイリッツに、レイノルドが、何とも言えないような、渋い……奇妙なものを見るような顔つきになった。

「おい、なぜそこまでする。ただ同じ船にいて、たまたま依頼を受けただけの相手に」
「…………」
 アイリッツはふ、と笑みを浮かべてみせ、
「その方が、面白そうだから?」
「おい――――」
「ってのは冗談で。レイノルドは、白子……アルビノって、知ってるか?」
「………?あ、いや、聞いたことがある。獣の中に、たまにいる白い、アレだろ」
「オレが旅して会った奴に、学者がいて、そいつに言われた。オレのこの目……もう少し色素が薄ければ、太陽は拝めなかっただろう、って」
「……」
レイノルドが突然の話で何も言えずにいると、軽くまた笑い、
「だから、なんか他人事とは思えなくってさ。それに……それだけじゃない。このオレの目……乾いた血の色とかって蔑まれたり、乗船を断られることもあるんだ。特にこういった船乗りなんかは験を担ぐから」
「まあ……そうだな」
「今回さ、オレがすんなり受け入れられ、船でも何も言われなかったのは、レイノルドのおかげなんだよ。おまえがいたから……皆、オレより目立つ奇妙な存在に、すっかり気を取られてた」
「まあ………そうかも知れないが」
 憮然とした答えにアイリッツははは、と笑いながら、海を見やる。

「あの化物もオレ一人で、なんて倒せやしなかったよ。ヒューや、レイ、あの傭兵や水夫たちの協力あってこそだ。オレは、自分のことで精一杯だった。夢を追うので必死で、これまで気づけなかったけど………」
「……」
「ああ、こういう風にまわってるんだな、って思った。世界は、そうできてる。オレだけじゃ無理だった。足りなかった。レイノルドだけでもどうにもならなかっただろう。オレたちはそれぞれに、足りない。けど、それぞれに、出来ることがある。そうやって互いに補い合って、色んなものがまわっていくんだろうな」
「ああ、確かに……そうだな。そのとおりだ」
 レイノルドもまた、アイリッツと同じように、騒がしい船着場から、水平線の彼方を見やった。しばらく、穏やかな沈黙が、二人を包み込む。


「くそ、あいつらは、結局なんだかんだと扱き使いやがって……あ?なんだ、二人して」
 やっと帰ってきたヒューイックは、二人が黄昏ているのを見て、同じ方向を眺めたが……そこには水平線と、寄せてくる波があるだけて、特に変わったものはない。

「いや、レイに言ってたんだよ。オレたちがいつか船を持ち、冒険に出ることがあったら……航海士として来てくれないかって」
 アイリッツがウインクする。そのウィンクをレイノルドは手でパパッと払いながらも、
「そうだな。その時は力を貸そう。できるかぎり。ああ~もちろん、まず俺自身の命の保証と、報酬によっても変わるからな」
「当然それなりのものを用意するぜ。未来の有能なる航海士のために!」
そんなアイリッツの宣言を当然だというように頷いてみせ、
「まあその頃には、俺はあちこちで引っ張りだこ、予約待ちかも知れないけれどな!」
高らかに笑って、ああでも、まずは一から修行を積んでくしかない、と、リベロに貰った紹介状の受け取り人が住む場所、ひとまずの連絡先をアイリッツたちに告げて、あっさりじゃあな、と手を上げ、ガタゴトガラゴロとその場を後にする。


 その背中を見送り、依頼の完遂を実感したのか、アイリッツがやったな、と得意げに笑って手を振り上げ、こちらと勢いよくハイタッチをした。拳を合わせ、互いに改めて勝利と、無事航海が終えられたことの喜びを噛み締める。

「なあ、せっかくだから、美味いもん食いに行こうぜ!懐も潤ってることだし!」
「……やりすぎるなよ。一応、俺らは激貧、てことになってる」
「臨時収入があったと言えばいいだろ!」

 まあ、この場合はそれは正しいわけだが……。

「……わかった、好きにしろ」
 肩をすくめると、何が嬉しいのか、スキップでもしそうなほどテンションの高いアイリッツが、こちらを見、よく晴れた空に浮かぶ太陽のような満面の笑みを浮かべ、いつものように本気か冗談なのかわからない台詞を口にした。

「やっぱオレらは最高、おまけに最強、世界一のコンビだな。これは、ずっと変わらない。ぜったいにだ。…………オレとおまえが、生きている限り」

「あれ、レイきゅんが戻ってきたぞ。……おーい、忘れ物か?」

「いやよく考えたら……おまえらこの町に住んでるんだろ?安くていい宿と、美味い食堂があったら、紹介してくれ」
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