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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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327/346

番外 晴天、波浪につき 9

H29年3月21日付け足しました。
「ゲオルク。まだ間に合う。今すぐ引き返すんだ。見馴れぬ船がうろついてると、不吉な噂を聞いた。漁師たちは皆、沖の不穏な空気を感じ取り、嵐が過ぎるのを待っている」
「阿呆。悪いクセだな、リベロ。なんでも考え過ぎて、ぐちゃぐちゃにしちまう。ワケのわからねぇこといってんじゃねえ」
グビ、グビリと音をさせ、船長であるゲオルクは空になった酒瓶を、床下へ放り捨てた。

「考えろ。めったにないどでかい儲けのチャンスをふいにしちまうのか?黙って進路を計算してな。てめえが危険だというなら、安全な航路をとりゃあいい……」
「……」
険しい顔のまま、無言でリベロは部屋を後にする。

「なんだっていうんだ……酒場でも、‘花売り’でも、そんなハナシ、出なかったじゃねぇか」

赤ら顔でぼんやり瞳を宙に泳がせながら、ゲオルクはそう、呟いた。


町を出港してから、あのリベロとかいう優男から薄ら笑いが消え、憂鬱そうな顔で水平線の向こうを眺めている姿が増えた。

年若い女性ならうっとりするかも知れない光景だが、残念ながら船上には商人や、一部の旅客(もちろん男)しかおらず……おまけにサルヴィスからはさらに、船長が雇ったのか、傭兵もどきの船員が増えた。


「よう、薪割り。相変わらずだなぁ。暇してんなら手伝えよ。必要な薪が今日もたんまりある」 水夫が三、四人来て、そのうち一人----確か、ダッツァ、とかいったか----?が、ちょっかいをかけ、皆で笑う。

あいつら余程暇なんだな、と結論づけて、無言で去りかけたヒューイックの元に、この空気をものともせず、アイリッツが駆け寄ってきた。

水夫の何人かがするように、髪が痛まないよう布のターバンを巻いて、後ろで留めている。

「なかなか似合うだろ、これ!海の男って感じで!」
知るか。

しらっと半目で睨むヒューイックには構わず、アイリッツは、
「なあヒュー。あれだけどさ、別に薪割りぐらいいいんじゃね?手も空いてそうだし」
「……俺は、下男のようにあいつらを手助けする気はない」
「そうか?ピッタリじゃねえか。たッ」
ビュゥ、と顔の前を鉈にも似た形状の剣が過ぎゆき、あっぶねぇ、とアイリッツは声を上げる。

「……どうしようもなく傍若無人で無神経。おまえは人を苛つかせるのが得意だな。一度、痛い目見ないとわからないらしい」
「いやいや、そこまで怒ることないだろ」
「馬鹿が。それがそもそも間違いだ」
ヒューイックの剣が、重く、唸りを上げた。


アイリッツは、いきなり戦闘が始まって顔を引きつらせる水夫たちに向かい、
「ちょい、それ貸せよ。意味わかんねえよ。薪を綺麗に割るには、技術がいるだろ!?」
「黙れ。その口に剣を叩き込んでやる」
ッたく、とアイリッツがヒューイックの剣に合わせて薪を上げ攻撃を防ぐ。

バシィ、と音とともに、割れ落ちる薪を足踏みしつつ、器用に膝で受け、邪魔にならないよう横へと蹴り寄せた。

そこへヒューイックが横凪ぎにするも、しゃがんで避け、バックステップで追い打ちを防ぐ。

再びアイリッツが薪を取り上げ、放るが、ヒューイックは剣で斬り受け、転がるそれを邪魔にならないよう脇へ蹴り甲板を滑らせ、踏み込むとアイリッツへと迫る。

剣による猛攻。その度に凄まじいタイミングでアイリッツは薪を取り、次々に受けて真っ二つにしては、あるいはヒューイックの目眩ましにと使い、あるいは膝や足、腕で受けて、次々と、へりや船室の壁際に寄せて、低く連なる薪の山脈を築き上げていく。

薪が積まれ、甲板に道を作る、その間をヒューイックとアイリッツが行く。
速く、鋭く、重く激しい剣を受け続け、薪の最後のひとつを、よっ、と足先で蹴り上げ、山の上に載せると、アイリッツが剣を抜く。


 まったく同じタイミングで、剣が重なり合う。

 止めるため集まってきた船員たちも、声もなく魅入っていた。

 それは剣舞にも似て、ひどく洗練されていた。打ち合いの音は、さほど響かず、互いに、互いの剣を髪一重で避け、必殺の一撃を狙う。


 ヒューイックが、アイリッツの肩を狙えば、彼は半転して斜め後ろへ動き、その横振りの剣を身を低くし避け、足払いをかけた。

 トン、と難なく避け、アイリッツが顎へ繰り出す蹴りを左腕で流し、ヒューイックがいったん下がり剣を振り被った。

 ギィン、と剣が鳴る。

 息が合っている。怖ろしいほど。少しでも剣を知る者が見れば、それがどれだけの時間の積み重ねによってできたものか、すぐに察することができる、一糸乱れぬ動き。どれほど二人が共に戦ってきたのか、それが垣間見える、それほどの戦い。

呼吸を合わせたわけでもなく、何合かキン、キンと剣がぶつかった。ひゅッ、と短くヒューイックが息を吸うのに、ピクリと反応し、鉈か斧のように重たく容赦ないヒューイックの剣が、横から首筋を、アイリッツが突くようにその相手の心臓を狙い、双方ともに、突き刺し切り裂くその寸前、ぴたりと剣先が止められた。

至近距離でしばし睨み合い、ふっと二人が緊張を解き、剣を全く同時にカチリと鞘に収める。

ごくり、と誰かの喉が鳴った。誰もまったく動かない。


 アイリッツがまわりを見渡し、やれやれと緊張を解き、にやりと笑いながら、頭の布に手をやり、
「それでは皆さん、オレたちの今のやりとりが、見事だった、なんて思った人は、ここにお捻りを」
なんておどけたように言って巻かれたターバンをカポッと外して差し出せば、居並ぶ面々から、ワッ、と歓声が上がり、二人はあっというまに取り囲まれた。小銭もいくらか投げ込まれる。


「あと、こいつはちゃんとヒューイックって呼んでくれよな。じゃないと薪みたいに真っ二つにされちまうぞ」
「ああそうだな!今の凄かったぞ!おまえもお茶目なとこあるじゃねえかヒューイック!久しぶりにいいモン見れたわー」
「しっかし、すげえな、綺麗に真っ二つだ。アイリッツのあの軽やかな身のこなし!どうやるのか教えろよ!」
「いや、それはもちろん、簡単にはできないぜ?厳しい修行が必要なんだ」
口々に言い寄る人々に笑顔で答えるアイリッツ。ヒューイックはできるだけ目立たないよう、人混みから後退り、ひっそりと離れた。……こういうとき、あいつは役に立つ。

 その場からこっそり離れると、舌打ちと同時に、格好づけが、と吐き捨てる声が耳に届く。
それから、年嵩の低い声で、そう言うな、あれは余興だ。それ以上でも以下でもねえ、と宥めるような声がした。


 いつもの定位置に戻る前に、足音が近づき、壮年の男と、三十ぐらいの男の、二人連れが現れた。
海風で傷みつつある髪と陽に焼けた肌の色をして、はっきり傭兵と分かる出で立ちをしている。

壮年の男が、こちらに気づき、
「よお、見事だったなぁ」と声をかけてきた。

「あのアイリッツとかいう奴は、人を惹きつける才能を持っているな。おまえといるとまるで光と陰だ」
「……意味がよくわからないん、だが」
相手からは、経験に裏打ちされた実力が滲み出ていて……事を構えると、ろくなことにはならなそうだ。

 ヒューイックは慎重に言葉を選びつつも、とぼける振りをする。

「警戒すんなよ、兄ィちゃん。ちぃっと気になっただけさ。いつまで、陰でいんのかって、な」
凄みのある笑みを浮かべ、
「せっかく同じ船なんだ。こっちにも来いよ。しごいてやらあ」
「ああ。……考えとく」「そう来なくちゃ。俺は、モランだ。こっちのはラッケル。じゃあな。待ってるぜ」
にやり、と笑い、立ち去っていく。

本気か、罠かは知らないが……。

ヒューイックは、緊張を解き、冷や汗の残る体で長く息を吐いた。


やがて、しばらくして、喧騒も収まり、穏やかな静寂が流れる時間。ぼんやりと船の縁から、海を眺めていると、やがて少しずつ、陽が傾き、夕暮れ時が近づいてくる。


「あ~やっと解放された。おい、丸投げしてくなよ。あと……何怒ってっか全然わかんないけど、悪かったよ」
タタタッと足音をさせ、どことなく悄気た様子で声をかけるアイリッツをちらと見、また海へと視線を戻しながら、
「阿呆。おまえはもっと考えて行動しろ。この無意識神経逆撫で野郎」
「いや、オレは別に」
「空気を読めというんだ」
だいたいな、と溜め息を吐いて、
「あんな奴らにサービスとか、俺は被虐趣味ねぇぞ。まるで頭空っぽみてぇだろうが」
「……あれ?そんな感じだったか?」
「もういい。どうせおまえは何も考えず、薪割りの鍛練なんて、楽しそうだとかって考えてたんだろうが」
タイミング悪すぎて阿呆だな、と再び溜め息を吐く。

「あー、あ、そういうこと、か」
 全然、まったくこれっぽっちも考えてなかった、と呟くアイリッツ。

「ちっとは考えろ」
 前向き過ぎるもほどがある、理解不能生物だな、なんてぼやくヒューイックにひでぇ、とアイリッツも笑う。


 暗くなりかけた海の向こうを眺め、アイリッツがポツリと呟いた。
「ひと雨来そうだな」
「……そうか?明日も晴れかと思ったんだが」
「晴れていても生ぬるい風が吹けば雨らしい。レイがそう言ってた。あとは、鳥が低く飛んだりする、とか」
「ふぅん。そういや、あのリベロとかいう優男の弟子にはなれたのか?」
「ふっ。聞いて驚け。オレはすでに着々とレベルアップしつつある!」
「言ってろ。俺がいない時なら好きなだけしゃべってくれていい」
「なんだよー、いいから聞いてくれよー。まず、ナンパの秘訣は第一が忍耐力。そして、相手の表情、雰囲気から、絶好のタイミングを計ること、だ」
「後半できてねえだろ。身につけとけ。もういい、食いもん取りに行ってくる。ここは任せた」
 ヒューイックが去りざまに片手を上げ、おうよ、とアイリッツは答えて、レイノルドが籠もりきりの部屋の入り口を見張る。

「……明日は雨が降る。帆を下ろせ。船長のお達しだ」
 夕闇にランタンを灯し、水夫たちに指示を出すリベロの声が届く。
「本当かよーおめえの勝手じゃねえだろうな」
「違う。降ってからの作業は辛いぞ、早いとこ動いた方がいい」
「ふ、ん……わーった、やっとく」

 船長との不仲状態が続けば、船員たちもそれを反映し、リベロに反発する。水夫は船長の下につくのであり、航海士の重要性など、理解することはない。

 じり、と焦る気持ちを、息を吐くことで押さえ、顔を上げたリベロは、アイリッツの視線に気づき、にこりと笑みを張りつけ、
「やあ。今日は講義は無しだ。いい男ってのは、自然と暇がなくなる。君も、早くそうなるといい」
余裕綽々、といった態度を見せつけた。
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